混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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妖精の遊戯と精霊の宴 その8

 アロガで存分に遊んだリルは、次にナナの手を取った。

 昨日の思い出を振り返るように、同じ踊りでステップを刻んでは笑っている。

 

 ほんの少し前までは、母の影を離れることすらためらう程だったのに――。

 今ではその母を置いて、誰に導かれずとも自分の足で踊り、笑い、手を伸ばせるようになっている。

 

 ――子どもの成長は早い。

 今はまだ小さな身体も、一体いつまで、この腕の中で抱けるだろうか。

 

 まだまだ母に甘える年頃だが、その内完全に親離れする日も来るのだろう。

 それを思う寂しい気持ちと、その成長を歓迎する気持ちでせめぎ合う。

 

 気持ちに折り合いが付かぬまま、ただリルを見つめていると……。

 その胸元で光る燈火の宝珠が、陽光を受けてきらりと光った。

 

 あの贈り物を受け取った時の、リルの誇らしげな表情を思い出す。

 精霊たちの眼差しに応えるように、リルは一歩ずつ、その付き合い方と向き合い始めているのだ。

 

 今はまだ、隣人としての側面が強いかもしれない。

 ナナという、姉妹同然の存在もある。

 

 しかし、そうした精霊ばかりではなく、敬意をもって接するべき存在だと、リルは知ったはずだ。

 

「……だがあの子は、もう精霊に好かれているのかもしれない」

 

 私は小さくそう呟き、目を細めた。

 最初の元となる好意は、私が理由となっているのは間違いない。

 

 しかし、精霊は本来、一個人に忖度する事は滅多になかった。

 宴で歓迎に現れた水の精霊が良い見本だ。

 

 形ばかりの礼をして、後は義理を果たしたとばかりに去って行く。

 それは精霊個人の気質も全く無関係ではなかったが、むしろあの対応の方が普通なのだ。

 

 私への義理と言うなら、それで十分果たされている。

 だが、多くの精霊はリルに好意的だった。

 

 ユニコーンがその背に乗せたのも、また一つの好例だろう。

 あれは忖度とは、完全に無縁の行動だった。

 

 私はリル達の踊りを、見るともなく見る。

 勝手気ままに踊るリルと、それに振り回されるナナ。

 

 精霊の型を教えようと奮闘していたが、はしゃぐリルには殆ど届いていなかった。

 

 見つめたままでいると、リルがこちらに手を振ってくる。

 どうした、と思ってみると、リルは期待の眼差しで言って来た。

 

「きょうは、おべんきょとか、ないんでしょ……!?」

 

「あぁ、今日はね。遅く起きたし……、リルもその様子じゃ、全然集中出来そうにないし……」

 

「やった……!」

 

 リルは飛び跳ねて全身で喜びを表現し、アロガの頭を叩くように撫でて走り出す。

 

「いこっ、アロガ! はたけのほう!」

 

 既に昨日の雰囲気は、露と消えているだろう。

 夜に見た光景は華やかだったが、今は整地すらされているかもしれない。

 

 そもそも、元に戻すという約束で好きに弄らせたので、今では跡形もなくなっている可能性すらあった。

 

 それを知らずに駆けて行ったリルが、少し不憫に感じる。

 後を付けて行ってみると、案の定、既に整えられた後だった。

 

 しかし、意外にも落胆はしていなかった。

 屋台は消え去り、演舞にも使われた広場など跡形もない。

 

 大方の撤去は終わっていて、後に残された物といったら、地面に散らばった花びらくらいだった。

 まだ完全に元通りとは言えない畑を見ながら、私はリルの背中に話し掛ける。

 

「妖精がやる事にしては、仕事が早いな。いや、屋台は精霊の出し物だし、彼らがやったのか……。ガッカリしたろう?」

 

「うん、ちょっとだけ。ちょっとだけね! でも、いーの!」

 

 リルは早速座り込んで、地面に落ちたままの花びらを拾い始める。

 

「おや、それをどうするんだい?」

 

「んひひっ、ヒミツ~!」

 

 花びらなら何でも良いわけではないらしく、一枚一枚確かめて選り分けている。

 私も一枚手に取って、しげしげと眺めた。

 

「それにしても……、これ本物の花びらか。昨日のやつは、全てマナで作った偽物だと思ってた……」

 

 実際に、弾けて消えたり、光となった物はそうなのだろう。

 だが、これを見る限り、本物も半分近く用意していたようだ。

 

「本当は全て本物にしたかったけど、無理だと思って諦めたかな。……うん、そっちの方がしっくり来る」

 

 何しろ、妖精のやる事だ。

 演出上有効だと考えるより、とりあえず集めてみて、無謀だと気付いたのではあるまいか。

 

「じゃ、お母さん、かえろっ!」

 

「おや、早いな……。もう?」

 

 リルは両手で収まる量の花びらを見せ付け、大いに頷いた。

 

「うん、いーの! シルケにも、みせてあげるの!」

 

「優しい子だ……」

 

 シルケも窓際から見ていたかもしれないが、実物を間近では見られない。

 その気遣いに、心が温かくなるのを感じながら、愛おしさのまま頭を撫でた。

 

「それじゃあ、早速シルケのやつにもおすそ分けしよう」

 

「うんっ!」

 

 

  ※※※

 

 

 家に帰って、リルから事情が説明されると、シルケは大いに喜んだ。

 家事に関すること以外、一切触れられない彼女だから、花びらを受け取ったりはしない。

 

 それでも、リルの思い遣りには感動して抱き着いた程だ。

 それも当然すり抜けてしまうから、本当の抱擁ではなかったが、リルは照れ臭そうに笑った。

 

 その後、リルは卓上に布を広げ“祭り帳”を作り始めた。

 先程の花びらを薄い紙に挟み、屋台の順番を思い出して絵を描いては、シルケに見せた。

 

 火の精霊の炎は赤い円だけでは足りず、リルは橙、金、そして点々の光を追加した。

 

「ここはね、かぜのわたがし。たべたらね、かみがたったの!」

 

 私が思い出して笑うと、リルは得意げに頷き、絵の端に小さな矢印付きで“ふわっ”と書き添えた。

 

 そうした説明とお絵描きは、その日の話題が終わるまで続けられ、その度にシルケは控え目に手を叩きながら喜んだ。

 

 

  ※※※

 

 

 それがひと段落すると、洗い桶に水を張る手伝いのあと、リルは庭で“ひとり遊びの競技”を始めた。

 

 花びら追いの代わりに、白い羽根を一枚家畜小屋から取ってきて、自分で投げては自分で追い、指先でそっと受け止める。

 

 知ってか知らずか、自主的なマナ訓練となっていた。

 今日はなしと言われ喜んでいたのに、宴の遊びをしている内に、どうやらそういう事になったらしい。

 

「――やっ!」

 

 羽根が土に落ちる前に、風を作って両手で空気を払う。

 

「もう少し、包み込む様に優しくね」

 

 ナナからのアドバイスを聞いて、動きが丁寧になった。

 そうして今度は、ナナの方が羽根を飛ばし、不規則な動きで落として来る。

 

 リルが自分で投げていた時より、大分難しく、途端にリルの動きが固くなった。

 狙いが定められず、足を前後に動かした後、飛び掛かろうと足を屈める。

 

 だが、いざその時になった時、不意に横合いから何かの影が動いた。

 それはリルより早く羽根に飛び掛かると、前足を振り下ろし、粉々に裂いてしまった。

 

「んもぉ~、アロガ~!」

 

 リルは憤慨したが、アロガはもっと遊べと言わんばかりに上機嫌だ。

 尻尾もはち切れんばかりに振って、次の羽根を待ち構えている。

 

「もう、ダメっ! はね、なくなっちゃうから!」

 

 そうは言ってもアロガはじゃれつくばかりで、リルは早々に諦めてしまい、次に光玉運びを始めた。

 だが、本当の光玉は用意できないので、小石で代用だ。

 

 匙の上に乗せ、屋外の壁際に置かれた樽の影まで、庭の“コース”を慎重に歩く。

 途中で小石が傾いた時、やはりアロガが突進して来て、小石は匙から飛び跳ねてしまった。

 

「んもぉ~! アロガ、ジャマしないで! れんしゅーちゅーなの!」

 

「グルゥ……」

 

 アロガは弱り切った顔で耳を伏せたが、そうは言っても、遊んでいる様にしか見えない。

 自分も遊んで、と寄り添いたくなる気持ちはよく分かった。

 

「それにしても、リル……。練習って、何の……?」

 

「またらいねん、“きょーぎ”があったときも、かてるように!」

 

「今からするには、少し早過ぎるような……」

 

「ようせいとしょーぶなの! こんども、ゼッタイかつんだから!」

 

 その熱意は素晴らしいが、来年も必ず開催するとは決まっていない。

 それは妖精の口からも明言されていた筈だ。

 

 しかし、リルの中では既に決定事項となっていて、昨日の熱が残っている今だからこそ、そういう結論になっていた。

 

 リルは再び小石を拾い、最初からコースを歩き直す。

 アロガはその周囲を心配そうにウロウロと歩き、そうしてゴールの樽に小石が触れた時、リルは自分で自分に拍手した。

 

 

  ※※※

 

 

 普段は料理の殆どをシルケに任せているが、今日はリルの要望もあって、私も台所に立った。

 シルケの料理に文句はなく、いつでも絶品には違いないが、それはそれとして、時には母の手料理が食べたいという可愛い我儘だ。

 

 実際、少し前までは、姿を見せられなかった事もあり、むしろシルケはサポートとして働いて貰っていた。

 それまで料理を作るのは私の方がメインだったし、その味が恋しいと思って貰えるのは、母としても嬉しい事だ。

 

 しかし、少し違うのは、今日はリルも料理に参加していることだった。

 どういう気紛れか、リルも手伝うと強く主張して来た。

 

「嬉しいけど、どういう心境の変化だろうね?」

 

「ミーナちゃんね、おうちでは、おしょくじのてつだい、してるんだって!」

 

「ほぉ、感心な子だ」

 

「ねっ! だからね、リルもやったほうが、いいのかなぁ?」

 

「そうだね、リルにはまだ早い事も多いから……。少しずつ、覚えていこうな」

 

「うんっ!」

 

 まだ包丁や火の扱いは任せられない。

 少し調味料を入れて貰うとか、皿の準備をして貰うとか、やってくれると嬉しい事はある。

 

 今はスープを作っている所で、私はリルに塩の入った掌サイズの壺を指差し、鍋への投入を頼んだ。

 

「ひとつまみ、入れてくれる?」

 

「んっ!」

 

 リルは椅子にのぼって塩をひとつまみ――のつもりが、ふたつまみ分も手に取ってしまい、慌てて戻す。

 

「お、ちゃんと気付けたな。偉いぞ」

 

「んひひっ!」

 

 リルは得意顔になって胸を張った。

 

「ねぇ、お母さん。リル、きづいちゃった」

 

「うん、何に?」

 

「きのうもね、せーれーたちといっしょにおどるとき、“みんなで一つ”ってかんじがあったの」

 

「うん、そうかもしれないね」

 

 あの宴――特に輪になって踊った時は、一体感というものがあった。

 リルが言う、“みんなで一つ”という感覚は、確かにその通りだ。

 

「あのかんじがね、だいどころにもあるみたい」

 

「ふぅむ……」

 

 鍋の泡が小さく弾ける音、まな板に包丁が触れる音、炉の火が静かに呼吸する音。

 それらをあるいは、輪の中の一体感と呼べるかもしれない。

 

「リルは素敵な感性を持っているね。大事になさい」

 

「うんっ!」

 

 リルはそのどれもが、自分の動作とぶつからないように――ゆっくりと、音と音のあいだに手を差し入れる。

 

 そうして完成した料理は、いつもより美味しく感じられた。

 特にリルは、自分が協力して作ったという自負が強く、とても満足気だ。

 

「おいしいね! いつもより、おいしい!」

 

「あぁ、リルのお陰だね」

 

「ねっ! だよね、アロガ!」

 

 残念ながら、アロガには塩っ気が強すぎるので、同じスープはあげていない。

 だが、それはそれとして、自分の自慢をしたいリルは、そのアピールを欠かさない。

 

 その様子が愛しく、また可愛らしく、私とシルケは顔を見合わせて笑っていた。

 

 

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