混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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病の試練と秋の終わり その1

 それから、翌日――。

 

 朝に目を覚まして、まだ寝ているリルと、ベッドのすぐ下で寝るアロガを置いて、一階へと降りた。

 

 階下では、既にシルケが朝食の準備を始めており、鍋がふつふつと沸く音と、小気味良く刻む包丁の音が聞こえていた。

 

「おはよう、シルケ。……お、今日もおいしそうだ」

 

 返答自体は出来なくとも、包丁を鳴らす間隔で返事をする。

 笑顔と共に返って来たそれに、同じく笑顔で応じてから、顔を洗った。

 

 そのあと水瓶に魔力で精製した水を溜め、それが終われば鶏の面倒を見に行く。

 簡単に掃除もして、昨日の生ゴミを含めた餌をやり終わると、落ち葉集めも始める。

 

 あの宴が終わってからというもの、一気に季節が動いた様に思える。

 まるで、宴の為に精霊達が季候を止めていたかの様だ。

 

 堰き止めていたものが一気に溢れ、それで急激に秋模様が濃くなったようにと思えた。

 朝ともなれば既に肌寒く、風の冷たさを実感する。

 

 ついこの間までの暑さは何処に行ったのか、本気で疑問に思うほどだった。

 

「季節が過ぎるのは早いな……。秋だと思ったら、すぐに冬だ」

 

 冬篭もりの準備を、始めなければならないだろう。

 保存食を妖精達の分も含めて、大量に作る事を考えると気が滅入る。

 

 だが、妖精はこの一年その為に、農作業に従事していたと言って良い。

 彼らの――引いては精霊界の住人の期待に、背くことは出来なかった。

 

「まぁ、今日辺りからボチボチ始めますか……」

 

 早めに始めれば時間的余裕も出来るし、それが気持ちの余裕にも繋がる。

 いつもギリギリから始める癖は、リルの教育的にも良くないと思っていた。

 

 そろそろ分別が付く頃だから、あまりだらしない所は見せたくない、親の見栄もある。

 

「……そろそろ、リルを起こすか」

 

 たとえ寒くとも、朝の鍛練は行われる。

 布団から出たくなくてグズるだろうが、ひっくり返してでも、ベッドから下ろさなければならない。

 

 コケコケと煩い鶏を魔力で動かし遠退けて、家畜小屋を後にした。

 

 母屋に戻れば料理はほぼ完成していて、食べようと思えば、いつでも食べられる状態だった。

 

「妙だな……。これだけ良い匂いがしてるなら、空腹に負けて下りて来るのに……」

 

 眠気より食い気のリルだ。

 寒いとは言え、まだ秋口に入ったばかりで、この程度ならば布団にかじり付くより朝食の方を選ぶ。

 

 二階に上がり、こんもりと膨れた布団を見る。

 あるいはもう起きていて、トイレにでも行ったのかと思ったのだが、どうやら違った様だ。

 

 アロガも未だ、定位置であるベッド傍に寝そべっていて、私を見るなり不安そうな声を出した。

 

「グルゥ……」

 

「ん、どうした……? リル、もう朝だよ。そろそろ起きなさい」

 

 そう言って、肩と思しき部分以外を揺らす。

 そうして返って来た応えは、のっそりと布団から顔を出す動きだった。

 

「お母さん……。なんか……、リルのからだ、ヘン……。あたま、イタい……」

 

「うん……? 確かに少し、顔が赤いな……」

 

 実際に手を当て、額と首筋両方の熱を計る。

 今のところ、高熱ではないものの、微熱とも言い難かった。

 

「……風邪を引いたのかもね。宴では、夜通し愉しくはしゃいでたんだ。疲れもあっただろうに、昨日も何だかんだと遊んでいたろう? 原因としては、そんな所かもね」

 

「リル、どうしよう……」

 

 熱っぽい顔で不安そうな態度を見せるリルに、私はからりと笑って頭を撫でた。

 

「……大丈夫。単にちょっと、身体が頑張っているだけだ。病気に打ち勝とうとして熱が出ているんだ。自然な事だから、思うように身体が動かくとも心配しなくて良いんだよ」

 

「ホント……?」

 

「本当だとも。だから今は、大人しく寝ていなさい」

 

「でも、たんれんは……? あさ、まいにちやるやつ……」

 

「そんな事、風邪ひいているのに、させられないよ。何か消化に良いもの作るから、朝食もここで食べなさい」

 

「うん……」

 

 今まで風邪など引いたことのない、健康優良児のリルだから、自分の状態をよく分かっていなかった。

 

 私としても、少し驚きだ。

 そうしたものとは無縁と思っていたが、リルだって当然、病に罹る時は罹るのだ。

 

 一階に下りるとタライに水を張り、タオルを浸して二階に戻る。

 その途中、シルケに朝食の変更を頼むのを忘れない。

 

「あぁ、すまない。メニューの変更だ。リルが風邪を引いてしまったようだ。栄養のあるもの、消化によいものを作ってくれるか」

 

 シルケはそれを聞いて、大慌てで料理を作り始める。

 彼女にとってもこれは一大事で、声に成らない悲鳴を上げて、普段からは考えられない動揺振りを見せた。

 

「そう、大袈裟にしてくれるな。ただの風邪だ」

 

 そうは言いつつ、私も少なからず動揺していた。

 いつも元気で、病気とは無縁と思っていただけに、こうなる事態をまるで想定していなかった。

 

「そう……、風邪くらい引くさ。子どもなんだ。むしろ体調は崩しやすいものだろう?」

 

 誰に言うでもなく、自分に言い聞かせたくて声に出す。

 その心の弱さに、我ながら苦々しく感じる思いだ。

 

 二階に上がって寝室に入り、リルの様子を窺う。

 言いつけ通り、布団を被って大人しくしているのだが、僅かな間に少し悪化している様に見えた。

 

 呼吸も荒く、喘鳴にも似た息遣いで、発汗も始まっている。

 

「少し目を離しただけで、これ程……?」

 

 それが普通でないのは明らかだった。

 手の甲で熱を計ると、やはり先程より上がっている。

 

「ただの風邪じゃないのか……?」

 

 熱があるならそうだろう、と安易に考えたのが悪かった。

 いや、私はそうであって欲しいと、無意気に思ったのだ。

 

 それ以外の可能性に蓋をしたかった。

 重篤な病でなければ、普段とはちょっと違う……しかし、日常の範囲で話は済む。

 

「ごめんな、リル……」

 

 自分の迂闊さに歯軋りする思いで、しかし決して表には出さず、その頭を撫でる。

 感情は隠すつもりでないと、案外簡単に伝わるもので、それが病人ともなれば過敏に感じ取る。

 

 タライに張った水から布を取り出し、きつく絞ってリルの額に乗せた。

 アロガはリルの傍にピッタリと寄り添って、決して離れようとしない。

 

 時折、心配そうに小さく喉を鳴らす、アロガの頭をポンと叩いて励ました。

 

「大丈夫、そんな声を出すな。リルはすぐに良くなる」

 

 それが、どんな病であれ、私が持つ知識と技術で必ず癒やす。

 全ての病を癒やせると豪語出来ないのは不本意だが、大抵の病の対処法は知っているのだ。

 

「だが、その為には、まず病の特定をしないとな……」

 

 息遣いは荒く、苦しそうに喘ぐリルに、応答は難しそうだ。

 せめて少しは安定してからにした方が良いだろう。

 

「だが……せめて、外から分かる特徴だけでも……」

 

 風邪に似ていつつも、風邪より重い症状。

 発熱、発汗があり、呼吸も荒い。

 

 他に上げられる特徴と言えば――。

 つぶさに観察しつつ、リルの胸元まで下がった布団を、首元まで戻そうとした時、それに気付いた。

 

「これは……」

 

 首筋に異常を見付けた。

 寝間着の襟元を緩め、胸元まで確認する。

 

 そこには、朱砂にも似た斑が浮かんでいた。

 今やその肌も、発熱で赤く灼けている様に見える。

 

「――朱砂の試練、か……」

 

 幼き子を襲う古から知られる病であり、精霊の祝福とも、悪魔の呪いとも囁かれてきたものだ。

 

 その見た目から、赤斑病とも呼ばれる。

 一度罹れば二度と再発しない病であり、克服すれば、より病に強い身体になると言われるものでもある。

 

「だが、これに特効薬などない……」

 

 両極端な別名を持つのは、それが理由だ。

 丈夫な身体になり、今後たとえ病に罹っても軽微になるのは、祝福とも映るだろう。

 

 しかし、その為には熱病にうなされ、三日三晩、苦しみ続けなければならない。

 

 余りに幼い時分に罹ると命を落とすことになるし、そうでなくとも、体力のない子供の場合、打ち克てなくてそのまま……という事もあった。

 

 悪魔の名を冠するのは、そうした親の嘆きから生まれたものだ。

 そして今、多くの親が辛抱と共に、子を見守って来たその気持ちがようやく分かった。

 

「リル……、大丈夫だ。お母さんがついてる」

 

 私は額から熱を吸った布を取り、改めてみずにら濡らして絞って額に置いた。

 

 ひんやりとした感触に気付いたのか、リルは薄らと目を開けた。

 

「お母さん……、ノドかわいた……」

 

「あぁ、すぐ用意しよう。少しは気分、良いのか? 何か食べられそうか?」

 

「うん……」

 

 リルは荒い呼吸の中でも、しっかりとした受け答えを見せ、それで少しは私も落ち着く。

 

「すぐに持って来るから、少しだけ待ってなさい」

 

 それだけ言うと階下に下り、シルケの方を伺うとも、しっかりと病人食を用意していた。

 

 流石の手際に感心しつつ、木製マグに水を注ぐと、食事と一緒に二階へ上がる。

 自分の朝食など含蓄になかった。

 

 ただ今は、少しでもリルを看病してやりたくて急ぐ。

 そうして戻ると、リルは苦しそうにしながらも、アロガの相手をしていた。

 

 相手というより、ベッドの端から出た手を、アロガが一方的に舐めている、と言った方が正しい。

 

 アロガも心配で堪らない様子で、いつもの如く背中に乗せようとしていて、しかしリルが反応しないので、それで余計に焦りのような感情を顕わにしていた。

 

「アロガ……。リルは今日、ずっとベッドの上だ。引きずり出そうなんて、するんじゃないぞ」

 

 一応の釘を刺し、私は椅子をベッドサイドに置き、少しでも苦しみを紛らわそうと、その小さな手に自分の手を添えた。

 

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