必要な物を確認して貰えば、後は倉庫に各種素材を持ち込むだけだ。
テーブルの上に広げてあった物を鞄に入れ直し――入れて見える様にし――、後は丸ごと持って行く。
そうして五百キロにも及ぶ鉱石と、三十個にもなる竜粉の瓶を卸した。
代金は据え置きの金貨五百枚で、バルミーロから革袋で受け取ると、雑に鞄へ放り込む。
「しかし……、そんな値段で良いんかい? 今の相場なら鉱石で三倍、竜粉はもっと値が張るんじゃぞ」
「食べて行くだけなら、これでも十分貰っている感覚だから……。竜粉にしたって、うちの近辺で取れる素材で作れるものだから」
「そりゃまた羨ましいと、錬金術師達が泣いて悔しがる台詞じゃな」
言うまでもなく、竜を狩るのは簡単な事ではない。
精鋭中の精鋭を用意し、事前に竜の特徴を捉え、どうした作戦で挑むか吟味したうえで挑むものだ。
それでも、挑める事と勝利する事は、大きすぎる隔たりがある。
勝てる対象としてまで、その存在を引き摺り落としたのは魔術士の存在あってのことだが、だから必勝を狙えるほど簡単な相手でもない。
だからこそ、その勲は高く評価されるし、冒険者の行き着く目標でもあった。
そして、竜の素材は非常に高価だ。
竜の鱗を使って、贅沢に鍛冶素材と使えたのは昔の話。
今では代替に出来る錬金レシピがあるから、専らそれを使うのだが、その素材からして入手難度が高かった。
竜鱗同様、高い値が付く代物なので、作れるのならば誰もが作りたいと思うものだろう。
竜を狩って鱗を入手するより、よほど現実的に入手できるという点でも、こちらを欲する者は多い。
――かつて、竜とは天災にも喩えられた。
決して人が挑める相手ではなく、隠れてやり過ごす存在だった。
それが覆えしたのは、海の外からやって来た、新たな魔術形態の伝来だ。
竜の鱗は固く、弩弓であっても弾かれ、魔術の攻撃でも似たようなものだった。
到底、竜鱗を撃ち抜けるものではないから、長い詠唱を必要としない分、弓矢の方が上等と言われた程だ。
それまでの魔術は
しかし、新たに伝来した魔術士という存在が、それを覆した。
より戦闘的で、鱗を撃ち抜く高火力。
その場に留まらず、動きながら放てる魔術。
それらが戦闘の要を握る様になった時、多くの魔物――天災と呼ばれる竜さえ、対抗できる手段が手に入った。
それまでの狩られる側の鬱憤は凄まじく、竜を狙って攻撃するようになる。
そして、その素材が有用である事が判明すると、
かつて、少しでも大きな町になれば、何処でも鐘楼が置かれているものだが……。
今では朝と昼、夕刻を知らせる鐘として、その名残を残すばかりだ。
「今となってはこの近辺では、ボーダナン大森林が奥……プレシヨウン火山の山頂に、その棲み処を残のみすと聞く。そこから最も近い棲み処となれば、山を二つは超えねばならぬとか……」
バルミーロは嘯く様にそう言うと、寂しげな瞳で私を見つめてくる。
「諸行無常じゃな。今度は人間こそが、その反撃に遭わねば良いのじゃが」
「そうだな……。竜にその気があれば、あるいは人間が度を越せば、今度こそ竜と人の争いが激化するかもしれない」
「そうはなって欲しくないものじゃが……」
人と比べて長命のドワーフだから、かつてあった人と竜の争いについても、現実味を帯びて理解している。
今は平穏な時代が続いているが、その昔は世界が焼かれるかもしれない、と思わせる激化を見せていたのだ。
「かつては一人の英雄が、竜を討伐ではなく、説得で以って沈静化させたという。人間も、それを期に積極的な竜刈りを止めた。どうした手品か知らんが、同じ事はもう起きまい」
「互いが節度を持って距離を保っていれば、大丈夫な話だ。竜粉なんてものが出回ったお陰で、竜を狩る意義を少しは減らせたしな」
そうしたレシピが生まれたのは、何も竜粉ばかりではない。
他の素材で代替可能なレシピが生まれた事で、危険な竜をわざわざ狩る必要が低減した。
今では専ら、冒険者のロマンとして、強大な敵に打ち勝つ理由で挑まれる。
代替可能とはいえ、その素材は相変わらず高価に取引されるのも、討伐意欲が消えない理由だろう。
ところで、とバルミーロは話題を変えて問い掛ける。
「お主、一体どこに住んでおるんじゃ? 嬢ちゃんは小綺麗な格好しとったし、持ち家なんぞあるんじゃろ?」
「……突然なんだ。黙秘に決まってる。あまり私達の私生活に立ち入るな」
「いや、ただ心配なだけじゃ。母と娘の二人暮らしなど、見る者が見れば良いカモよ。世話になっておる事だし、何かあれば助けてやりたいじゃろうが。何事かあれば、駆けつけてやりたいしの」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
外から見れば、確かに危うく見えるものだろう。
小綺麗な格好が出来るという事は、それに伴う収入があると見做される。
そして、女しか居ない家など、襲ってくれと言っている様なものだ。
私は後ろ盾を持つタイプに見えないし、親しい者ほど心配したくなる気持ちも良く分かった。
「だが、本当に心配はいらない。頼もしい番犬もいる事だしな」
「そうか……、番犬……。それなら良いが……」
果たして
そして私が、単なる行商紛いの女、とも思っていないのだ。
自力で逞しく生きていける奴、と思っているだけあって、実力による不安からの言葉ではないだろう。
家の立地やその警備について、心配しているに違いなかった。
「それよりも、だ……。そろそろ、小一時間経つぞ。リルの帰りはまだか」
倉庫から顔を出し、周囲に視線を向けながら言う。
裏通りに面した工房……その倉庫だから、見える範囲も限定的だ。
道を行き交う中には、全うに見える者ばかりではなく、脛に傷を持つ様な輩ばかりが見える。
少し足を伸ばして、裏路地の方を見ても、リルの姿らしきものは見えなかった。
グルダーニの姿もなく、どうたものかと腕を組んだ。
「何じゃ、物々しい……。小一時間と言っても、一分の誤差なく帰って来る事でもなかろう。あの嬢ちゃんの様子を見ても、相当乗り気で、楽しみにしておった。少々、遅れるくらい、おかしくも何ともないわい」
「まぁ、そうだが……」
「うちの不肖の弟子とて、街の歩き方ぐらい、良く心得ておる。人混みに流される事とてないじゃろうよ。ゆっくり待っとれ」
そう言われても、即座に動く気になれない。
妙な胸騒ぎが晴れず、だから何処かで怪我でもしてないかと、心配になる。
「失敗した……。念には念を入れておくんだった」
「どういう意味じゃ?」
「リルに被せたポンチョには、位置を知らせる魔術が付与してある。迷子になっても、即座に連れ戻せるように、と……。こんな事なら、危険な目に遭った時、即座に警報が飛ぶ様な仕組みにすればよかった……」
何しろ、今日は一日ずっと離れる予定がなかったので、その程度で十分と思っていた。
目を離す機会などない、と思っていたからこそ、その程度にしていたのだが、こうして誰かに任せると予想していれば、もう少し違う魔術を組み込んでいた。
「心配し過ぎじゃ、すぐ帰って来る。どれ、今お茶を淹れてやろう。お主が気に入る茶葉かどうかは分からんが……」
そう言って、早々にバルミーロは工房の中へと入って行く。
確かに、グルダーニは信用の置ける徒弟だ。
そうでなければ、幾らリルが行きたいと言っても、許可したりしなかった。
何かあれば、即座に知らせようともするだろう。
そう自分に言い聞かせて、最後に表通りの方へ顔を向けてから、バルミーロの後へついて行った。
※※※
「……遅い」
私はカップを乱暴に叩き付けて、家の外を睨み付けた。
しかし、バルミーロは何処までも呑気で、あからさまに溜め息をついて見せる。
「まだ十五分と経っとらんぞ。心配するには、ちょいと過敏すぎやしないか」
「いいや、動きがなさ過ぎる。……ちょっと見てこよう」
「……まぁ、止めやせんよ。入れ違いになった時に備えて、儂はここで待っとるがな」
「別にいいさ。爺さんの足を頼ろうとまでは思ってない」
短く吐き捨てて、私は工房から出て行った。
実は先程、カップの一口目を飲んだ辺りで、リルの位置を探知していた。
その時は、そう離れていない所にいると分かって、一度は安堵したのだ。
しかし、飲み終わった後も、リルの位置に変化がなかった。
これが何処か店舗の前であったなら、何かを熱心に見つめているだけ、と安堵もした。
しかし、裏路地に留まり続ける意味が分からなかった。
そんな所で、リルの目を留める物が置いている訳もなし……。
ならば、何かトラブルに見舞われている、と思うべきだった。
グルダーニがいれば、その辺り無難に回避すると思っていたが、彼でさえ切り抜けられない問題なら、リルの身が危ない。
「じゃあ、行ってくる」
風のように工房を飛び出し、探知を頼りに現場へ急行すると、そこには見覚えのある男どもがたむろしていた。
裏路地に入った時、素気なくあしらった小僧どもだ。
道の端に数段積み上げられた木箱の上で、だらしない格好で座り、下品な世間話で笑い合っている。
そして、その指先にリルのポンチョを引っ掛け、くるくると回していた。
「なるほど……」
では、留まっていたのは、あくまであのポンチョだけだったのだ。
付近にはリルの姿も、ましてグルダーニの姿も見えない。
何処ぞへ逃げたか、あるいは捕らえられているのか……。
恐らく、奴らがリルを見つけたのは、偶然に違いない。
しかし、先程の意趣返しになると思い、短絡的に襲ったのも間違いないだろう。
考える頭が足りないのは、その下衆な笑みを見ていれば嫌でも分かる。
私が敢えて足音を立てて近付くと、向こうもこちらの存在に気付いた。
中には、明らかに興が削がれた顔をする者までいる。
悪いことをした、拙い所を見つかった、などとは欠片も思っていない顔付きだった。
――しかし、気分を害したのは私の方だ。
彼ら一人一人を睨み付け、私は大股になって彼らへと近付いて行った。