混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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病の試練と悲しい別れ その7

 その日の夕暮れ、私とリルは歪みの消えた畑を後にして、ゆっくりと家路についた。

 

 妖精たちを見送った余韻はまだ胸に残っており、リルは道すがら途切れ途切れに言葉を紡いでいた。

 

「ひかりがキラキラしてたね」

 

「あぁ、普段よりもね。多分、はしゃいでいたからだろう」

 

「あの子たち、おもそうだったね」

 

「あの歪みを越えればすぐ精霊界だから、ちょっとの我慢のつもりなんだろう。食い意地のほうも……、ちょっとはあるかな」

 

 何しろ、持ち帰る事が目的だ。

 作った分だけ持ち帰れる約束だから、重いという理由で諦めたら大損になる。

 

 何かとだらける傾向のある妖精でも、この時ばかりは精力的だった。

 

「ふぅ~ん、スゴいね!」

 

 褒めているとも、揶揄してもいるとも採れる発言権をしながら、リルは笑う。

 

 そうした談笑をしながら家に戻ると、冷たい空気にさらされた頬が、じんわりと温まっていく。

 

 暖炉には『燈火の宝玉』が淡く光を放っており、それから暖を取る様に、火の小精霊が複数群がっていた。

 

 火を入れるまでもなく、室内に明かりとぬくもりが広がる。

 

 私は台所に移動し、鍋を火にかけると、全て心得ているシルケが刻んでおいた野菜を入れる。

 

 にんじん、かぶ、大粒の豆に塩漬けの干し肉。

 冬に備えて食料は大事に使わなければならないが、今日だけは特別に、他にも野菜を刻んで加えることにした。

 

「お母さん、デザートはくだものだからね!」

 

 椅子にちょこんと座ったリルが、目を輝かせて言ってくる。

 

「はい、はい。今日は精霊送りの日だからね、お祝いだ。あの子たちが持って行ったのと同じ物を、少しだけ食べよう」

 

「やった……! どれ? どのくらい?」

 

 妖精達が持って帰ったものは多岐に渡る。

 だから一口で言うのは大変難しいが、数種類、リルの好物を与えてやれば十分だろう。

 

「そうだね、ベリー系のドライフルーツや、同じく干した柑橘系とか……。リルの好きな、干しリンゴの蜂蜜漬けもどうかな」

 

「わぁ~っ……!」

 

 リルは小さな両手を胸の前で合わせて、嬉しそうに笑った。

 

 私はその笑顔を見つめながら、胸の奥にじんとした温かさを覚える。

 ――妖精や精霊と私たちの暮らしは、いつもどこかで騒がしく、ともすれば奪い合いさえ始まる。

 

 その心配がないリルの表情は屈託なく、純粋に食後について早くも思いを馳せていた。

 

 鍋から空腹を誘う香りが漂い始めると、リルは落ち着かない様子で椅子から立ち上がり、ぐるぐると台所を回り始めた。

 

「もうできた? もう食べられる?」

 

「もう少し待ちなさい。味がよく染みこまないと、美味しくならないから」

 

「んぅ……」

 

 リルは小さく唇を尖らせたが、それでもまたすぐ、嬉しそうに鼻をひくつかせた。

 

 私はそれに苦笑しながら料理を続け……やがて、しっかり煮込んで完成した。

 鍋の蓋を開け、湯気と共に甘く香ばしい匂いが広がる。

 

 シルケは器にスープをよそい、次々とテーブルに並べていった。

 リルは待ちきれぬとばかりに椅子に飛びつき、スプーンを握りしめる。

 

「いただきます!」

 

 一口すすったリルは、頬をほころばせて叫んだ。

 

「おいしい! あったかいし、それに……とにかく、おいしい!」

 

 適当な褒め言葉が出て来ないのは、この際ご愛嬌だろう。

 まだまだ語彙の少ないリルだが、私もシルケも、リルが喜んでくれたら、それが何よりのお礼だった。

 

 リルの足元にはアロガ、そして隣の席にはナナが座る。

 アロガには塩漬けしていない干し肉を骨ごと与え、ナナには私達と同じスープとパンだ。

 

 スープをかき込んでは、パンを千切って食べるリルの姿に微笑みながら、私もスプーンを手に取る。

 野菜の甘みが溶け込み、実に優しい味わいとなっていた。

 

 冬の入口でいただくこの一杯は、胃だけではなく心まで温めてくれる。

 しばらく夢中で食べたあと、リルはスプーンを止めて私を見上げた。

 

「ねぇ、お母さん。よーせーたちも、こんなふうに、たべてるのかな?」

 

「きっとね。精霊界でも、今ごろ贈り物を分け合っているだろう。あの子たちは小さな身体だけど、きっと私たちと同じように、火を囲んで夕食を食べているよ」

 

「じゃあ、せーれーのほうは?」

 

「精霊たちは……、それこそナナに訊けば良い。でも多分、今のナナとそう替わらないんじゃないか」

 

 そう言って視線を移すと、ナナはスプーンの手を止めて、口元を手で抑えながら説明を始めた。

 

「いや、精霊は余り、こんな風には食べないわ。勿論、食べる個体もいるけど、ごく少数派ね」

 

「じゃあ、もちかえったの、どうしてるの?」

 

「マナだけ貰う感じかしら。舌ではなく、心で味わうというか……」

 

「ココロで、たべるの?」

 

 リルは不思議そうに首を傾げた。

 

「そう。食べものって、身体だけじゃなく心も満たしてくれるでしょう? あなたが今、美味しいって笑っているみたいに。それを精霊は心の中で受け取るのよ」

 

 リルはしばらく考えこみ、やがて難しい顔で首を振った。

 

「もったいないね。たべたほうが、ゼッタイいいのに……」

 

 私は頷き、リルの髪を撫でた。

 

「そうだね。でも、精霊女王は甘味を特に気に入ったと聞いた。食べることも、これから少しずつ広まっていくかもしれないな」

 

「だったら、いいね! ココロだけじゃ、ゼッタイものたりないもん。ねっ、ナナもそうでしょ?」

 

「そうね……。精霊としては、非効率この上ないんだけど……。でも、こうやって皆と一緒に食べるのに慣れると、もう以前と同じには戻れないわ」

 

 その言葉にリルは満足げに微笑み、再びスプーンを動かし始めた。

 

 食卓を囲みながら、私の胸には静かな幸福が広がっていく。

 日常の何気ない食事であっても、こうして娘と語り合えば、それは世界とつながる小さな儀式のように思えた。

 

 やがてスープを飲み終えたリルは、頬杖をついて呟いた。

 

「ねえ、お母さん。ふゆのあいだ、よーせーたちにあえないの、さびしいね」

 

「そうだね。お母さんも少し寂しい……というか、そういう台詞は、彼らに直接言ってあげなさい」

 

「やっ! だって、すぐチョーシにのるもん! かおじゅう、ぐるぐる、よーせーまみれになるんだよ!」

 

 確かに、その光景は私にも容易に想像できた。

 彼らはリルを猫可愛がりしているから、喜ぶ台詞一つで大暴走しそうな危うさもある。

 

「でも、今はナナの力を随分引き出せるようになったろう? やられっぱなしには、ならないんじゃないかな」

 

「そういうモンダイじゃないの!」

 

 リルは勢い良く鼻から息を吐き出し、憤然と両手を振った。

 しかし、それも一瞬の事で、またすぐしおらしくなる。

 

「でも……はるになったら、またゼッタイにあえるんだよね?」

 

「そうとも。春の花が咲くころに、また帰ってくる。だから今は、この冬を元気に過ごそう」

 

 リルは頷き、目を閉じて何かを思い描くように微笑んだ。

 

「はるになったらね、よーせーたちに今日のスープのこと、はなすんだ。それできくの。『どうやって、たべてたの?』って!」

 

 その言葉に私は微笑む。

 娘の中で、今日の出来事が確かに記憶となり、未来へつながろうとしている。

 

 私は静かに頷き、声をかけた。

 

「それはきっと妖精たちも喜ぶだろうね。リルの思い出が、きっと春の贈り物になるよ」

 

 リルは嬉しそうに笑い、テーブルの下で足をパタパタと振った。

 暖炉の火がぱちぱちと音を立て、部屋の中をやわらかく照らしている。

 

 私はスープの器を片付けながら、心の奥でそっと祈った。

 ――この冬を、この子と共に笑顔で過ごせますように。

 

 そしてこれからも、春が過ぎ、夏が来て、また秋から冬に移り変わろうと、変わらずずっと過ごせるように……。

 

「さぁ、食後のデザートを食べようか。でも、あまりたべすぎてもダメだぞ」

 

「やったぁ~!」

 

 私の祈りは、リルの喜びと、そして甘い果実の香りと共に、夜の静けさへ溶けていった。

 

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