混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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そして、月日は流れ その5

 竜の長老ヴェサールから、『悪魔由来の契り』であると確信を得られた今、今度はその悪魔の名を知るため、別の竜――ウインガートを尋ねなければならない。

 

 一つの切っ掛けから、次々と次の手段が見えてきて、目の前が拡がるような感覚があった。

 

 ウインガートはヴェサールほど古き存在ではないが、人と竜の境を跨ぎ、長らく人の世を見守っていた変わり者でもあった。

 

 卵を産んで、その後のトラブルもあったから、今もきっと警戒心は強いだろう。

 

 人の足で近付くより、竜の翼で来訪した方が、心情的に受け入れやすい、という思惑もあって、籠での移動を頼んだ。

 

 家に帰ったのは出発から数時間後の事で、リルは未だに裏庭でアロガとナナの双方と戯れていた。

 

 出発の時との違いは、チャンバラを止めて、代わりに妖精も加わり、一緒に走り回っていた事だろう。

 

 リルはこちらに気付くと、急速に方向転換して突っ込んで来た。

 無意識なのか、そうでないのか……。

 

 風を纏った突進は瞬く間に距離を詰め、私の腹部に突き刺さった。

 

「――よっと!」

 

 だが――その寸前、後方に飛び退きながら勢いを上空へと逸らし、リルを勢い良く打ち上げる。

 

「きゃ~っ、あはははっ!」

 

 高速で射出されても、リルにはあくまでも楽しいだけの様だ。

 常人ならば気絶している速度なのに、ただ無邪気に喜んでいる。

 

 そうして、長い滞空時間を経て……、リルは私の腕の中に収まった。

 ズシリと過重が掛かり、魔力で慌てて補助したせいで、脇腹が軽く痛んだ。

 

 息を呑みつつ、痛みのことなどおくびにも出さず、私はリルの乱れた前髪を整えてやる。

 

「お前って子は、どうしてやっちゃ駄目って何度言っても、分かってくれないんだろうね」 

 

「だって、お母さんなら平気だも~ん!」

 

「それはまぁ、そうだけどね。……もしかしてだけど……学校の友達に、やってたり?」

 

「しないよ、お母さんだけ!」

 

「だったら良いけど……。いや、良くもないか」

 

 それにしても、と整え終わった髪を撫で、腕に収まるリルを見て思う。

 そろそろ片手で支えるのも、難しい年頃になってきた。

 

 我が子の成長は素直に嬉しい。

 ただし、体格だけでなく、その分だけ筋力、体力もついてきて、手に余る様になって来たのは悩ましい所だ。

 

「まだまだ、私の可愛いリルでいておくれ」

 

「えぇ~っ!? わたし、早く大人になりたいっ! 大っきいと、剣の勝負でも有利だもん」

 

「そうだね……。そしていずれ、誰もが大人になる。ただ寝ていても、大人にはなってしまうんだよ。子どもでいられる時間は、実はとても短いものだ。リルはいつまで、子どもでいたい?」

 

「んぅ~……。わかんない!」

 

 あっけらかんと笑って、リルは中空に浮いて出たナナと手を叩く。

 特に意味のある行動ではなく、二人の間ではよくやる手遊びだった。

 

「そうだ、リル。ウインガートの所に行くけれど、一緒に行くかい?」

 

「――いいの!?」

 

 リルは腕の中で腕を振り回し、喜びを全体で表現した。

 流石に片手で支えきれなくなり、両手でしっかりと掴む。

 

「ただし、リルが怖い思いをしても良いなら、だけどね」

 

「子どもじゃないんだから、もう怖がらないよ!」

 

「リルはまだ十分、子どもだよ」

 

 リルの額に頬を当てて、しっかりと抱き締めた。

 しかし、そんな私の態度が気に入らないのか、リルはむっつりとして頬を膨らませる。

 

「怖がらないのにっ!」

 

「別に恥ずかしい事じゃないよ。リルよりずっと大人の人でも、竜を前にしたら驚怖で竦むものだ」

 

 そう言っても、リルは全く納得しようとしない。

 変わらず頬を膨らませるままで、そっぽを向いてしまった。

 

 そこへナナが、リルの顔の向きとは反対に回り、私へと尋ねてくる。

 

「それで? いつ行くの?」

 

「今から!?」

 

 バッと顔を元に戻して言うリルに、私は苦笑しながら答えた。

 

「そんな早くには出掛けられないよ。色々と準備がいるからね。ウインガートの所は今もって雪が積もっているだろうから、対応した格好もしないといけないし……何より、空の旅だから、卵籠が必要だ」

 

「雪山かぁ~……。せっかく春になったのに、また雪?」

 

「仕方ないのさ。まさか、呼び付ける訳にもいかないからね」

 

 たとえ良き間柄であったとしても、ここに呼び付けるのは無礼になってしまう。 

 

 何しろ今回は、こちらが願いを口にする立場だ。

 自ら足を運ぶのが筋だろう。

 

「フンダウグルが来てくれたら、その日の内に出発だ。普段何処にいるのか、何をしてるのかも知らないから、どれくらいになるか分からないけどね」

 

「ん~ぅと……。あっ、お母さんにビタンビタンって、されてた竜だ!」

 

「そうだけど、そんな風に覚えられているとは……。フンダウグルも不憫な……」

 

 思い出す度にトラウマを掘り起こされるより、余程マシな覚え方だが、これでは竜の威厳など全くない。

 

「今は待とう。その内、竜の咆哮が聞こえるよ。それまでは、楽しみと心の準備をしておきなさい」

 

 

  ※※※

 

 

 それから、三日の時間が経った。

 朝食が済んで食休めを取っている時に、空に轟く咆哮が家の中にも聞こえて来た。

 

 リルは頭の耳を、ビクリと動かし身構える。

 

 その直後、私の表情を見て、何の緊張感も持っていないのを感じるや否や、身体から力を抜いた。

 

「お母さん、今のって……」

 

「うん、来たようだね。準備したものは、ちゃんとすぐ持ち出せる様にしてるだろうね?」

 

「うん、ベッドのすぐ横!」

 

「取っておいで」

 

「うんっ!」

 

 弾かれるように走り出し、リルは二階への階段を駆け上がる。

 それを見送りつつ、私は暖炉前に寝転がるアロガを見やった。

 

「悪いが、今回もお前は留守番だぞ」

 

「……フシッ!」

 

 まるで分かっている、と言わんばかりに、鼻から息を吐き出した。

 その姿は拗ねているようでもあり、諦めの境地に至っているようでもある。

 

 実際、可哀想な事に、大抵の場合は置いていくしかなかった。

 今のアロガは更に大きな体格になってしまったし、何処へ連れて行くにも目立ってしまう。

 

 今回の籠移動にしろ、かつてはギリギリ入れたアロガだが、今ではどうあっても不可能だ。

 甘んじて、我慢して貰うしかなかった。

 

「お母さん、準備できた!」

 

 その時、リルが防寒具を着込んで、上機嫌に下りてきた。

 残り三段を残してジャンプして、軽やかに着地する。

 

「こらこら、危ないから止めなさい」

 

「危なくないよ」

 

「獣人は身軽で丈夫なものだけど、見ているお母さんがヒヤッとするからね。リルが心配なんだよ」

 

「んぅ……、平気なのに……」

 

 子どもは時に、無邪気に危険なことをするもので、しかもその危険には無頓着だ。

 些細なことでも心配するのが親で、そして、その気持ちが子どもには伝わらないものではあった。

 

「とにかく、お母さんを心配させないでおくれ。いいね?」

 

「はぁ~い」

 

 気のない返事を返す辺り、きっとまたやるな、と思いつつリルを外へ促す。

 リルはアロガの頭を撫でて、行ってきます、の挨拶をしてから飛び出した。

 

 アロガは最後まで心配そうに付いて回り、時に行かせまいとしたぐらいだが、リルはそんなアロガの心配など全く気付かず行ってしまう。

 それを不憫に思いつつ、私はシルケに顔を向けて、玄関から出ようとした。

 

「もしかすると、ちょっと厄介な事になるかもしれない。しばらく帰れずにいても、心配しないでくれ」

 

 シルケは心配そうにしながらも、最終的には頷いて送り出してくれた。

 私はそれに手を振って、今や遅しと待ち構えるリルを追った。

 

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