混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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異形からの救出 その7

 春風が山の雪を溶かし、焦げた大地に緑の芽が戻りつつあった。

 焼け落ちた家々の残骸の間で、フェリカの叔父の村は、埋葬なども済んでようやく再建に取りかかっている。

 

 獣人たちの逞しい腕が木を運び、石を積んでいる姿は、活気を元に戻そうとしているかのようだ。

 ほぼ全滅だったフェリカの村とは違い、こちらの村での人的被害は少なかった。

 

 だからこそではあるのだろうが、それだけではない事情もある。

 しかし、それを知らないリルは、首を傾げて尋ねてきた。

 

「皆、どうしてこんなに元気なの? お家だって壊れてるのに……」

 

「実を言うとね、この国においては家が壊れるくらい、珍しい事でも何でもないからさ」

 

「……どうして?」

 

 リルは目を丸くして驚く。

 我が家を除けば街しか知らないリルにとって、それは当然の反応だろう。

 

「まず、自然災害が挙げられる。地震や強風、木製家屋の居住形態、それが火事の誘発も招いている。魔獣による被害も、そこそこあったんじゃなかったかな」

 

「じゃあ、木で建てなければ良いのに」

 

「そういう訳にもいかないのさ。被害からの復興し易さというのも、建材を選ぶのに重要だから。何しろ、木材は加工が容易だから、石材より余程簡単に建て直せる」

 

「でも、それでまた簡単に壊れるんなら……」

 

「リルの言いたい事は分かる。でも、頑丈であればあるほど、地震の揺れには弱いものなんだ。そして、頑丈で重い石材を退かして、また一から建て直すのはね、木材での建築よりずっと大変なんだよ」

 

「そういう、ものなんだ……」

 

 リルはどこか感じ入った様子で頷く。

 そして、家屋を手際良く建て直していく彼らのスピードを見て、更に感動した面持ちを見せた。

 

 リルはしばらく見入っていたが、我慢出来なくなったのか、大工らしき獣人男に話し掛けた。

 

「ねぇ、また壊れたらどうするの?」

 

「そりゃあ、また建て直すさ。こちとら慣れたもんだ。明日にはとりあえず、寝泊まり可能なくらいには直せるしな」

 

「明日……!? 速いねぇ……!」

 

「まだまだ建て直すもの、作り直すものがあるんだ。チンタラしてらんねぇよ。そういう訳だから……ほら、行った行った」

 

 しっしっ、と手を振られて、リルは私の元まで帰ってくる。

 そうして、顔に笑みを貼り付けて、先程の大工を指差した。

 

「ホントだった! 何ともないって!」

 

「そうだね、見てたよ」

 

 彼らにとって、日常とは言わないまでも、身近なものには違いない。

 だからこその余裕、みたいなものが表に出ている気がする。

 

 異形が村を襲い、ほとんどの建物を朽ちさせ、腐らせ、焼き払われた。

 だとしても、被害の多くは建物で、人命は助かった。

 

 代わりに畑と家畜がやられたそうで、この一年は辛く過酷なものとなるだろう。

 今は人手がどれ程あっても足りないものだろうし、手伝いを申し出た方が良さそうだ。

 

 フェリカとその母親を送り届けた時点で、もう十分義理は果たしたと思っているが、この窮状を見て見ぬ振りをするのも寝覚めが悪い。

 

 夜になれば薪が要るし、焼け残った建材など、再利用出来る物は多くある。

 だから、私はその家の裏手で斧を手にして、適した大きさへと切っていった。

 

 薪割りは久しぶりだったが、手を動かしていると、身体に滞っていた不安が少しずつ解けていく。

 そうしている間、リルとフェリカはというと、焚き火の傍で枝を集めていた。

 

「ねえ、フェリカちゃん。この枝、ちょっと曲がってるけど、使えるかな?」

 

「だから、ちゃん付けするのは止めてって。……でもまぁ、火を起こすには丁度良いんじゃない? まっすぐのは焚きつけには向かないし」

 

「へぇ……、物知りだね!」

 

「逆になんで、そんな事も知らないのよ」

 

 フェリカの鋭い物言いも、リルにとっては楽しくて仕方ない様だ。

 笑い声が空に響く。

 私はその声に振り返り、しばしの間見つめて、ふっと微笑んだ。

 

 

  ※※※

 

 

 それからしばらくして、作る薪もなくなってしまったので、私はリルと並んで、壊れた柵の修理をしていた。

 

 比較的軽微な被害だった家もあり、そうした家は少しの手直しで、またすぐ住めるようになる。

 だから手早く済ませてしまおうと、リルは釘を手に、真剣な顔で木を押さえていた。

 

「お母さん、これでいい?」

 

「あぁ、ありがとう。でもほら、もう少し左を強く押して」

 

「うん!」

 

 そんな中、背後から低い声が掛かった。

 

「……何してるんだ」

 

 振り向くと、フェリカの叔父が立っていた。

 大柄な獣人で、腕には焼け跡が残っている。

 

 彼はぶっきらぼうに私たちを見つめ、言葉を続けた。

 

「あぁ、いや……悪ぃな、礼も言わずに。妹と姪を助けてもらって……」

 

「いいや。あっちの村は残念だったが、二人の命を、助けられて良かった」

 

「だが……、妙だと思わないか?」

 

 彼の目が、じっと私の顔、そして身体全体へと向けられた。

 その瞳には、ありありと疑念の眼差しが浮かんでいる。

 

「……妙?」

 

「あんたが何処から来たのかは知らん。だが、国外(そと)から来たのは確実だろう。そのあんたが、こっちに来たのと同時に、異形が森に現れた。まるで、誰かを追ってきたように、だ」

 

 焚き火の煙が風に流れ、彼の表情を陰に隠す。

 

「つまり、俺たちが襲われたのは、“あんたらのとばっちり”じゃねえか、って話がある」

 

「それは……」

 

 この誤解を、どう解いたものだろう。

 獣人……それもこの国の獣人が、人間を嫌い、警戒するのは当然だ。

 

 今までは同胞を救ってくれた、という事実がそれに蓋をしていたが、悪感情から邪推する者が出るのは避けられなかった。

 

 そこへフェリカが、不安げに叔父を見上げる。

 

「おじさん……、この人は悪くないよ。あの異形からあたし、必死に逃げたんだよ。逃げた先に、偶然いただけで……。それに、そいつを倒してくれたんだ」

 

 叔父はしばらく黙っていたが、やがてため息をついた。

 

「……子どもの言うことは真っ直ぐだ。だが、疑いは簡単に拭えない。――いいか、余計な真似はするな。俺は見張っているからな」

 

 吐き捨てる様に言うと、そのまま背を見せて去って行く。

 リルはその姿を見つめながら、やはり不安げな視線を向けていた。

 

 

  ※※※

 

 

 その夜、風が強く吹いていた。

 焚き火の周りで、フェリカとリルが寄り添って座っている。

 

 私は少し離れた場所で、フェリカの母と薬草を煎じながら話していた。

 

「……ごめんなさい。兄さんも、決して悪気があって言っている訳では……」

 

「分かっているさ。異形に村を襲われて、未だ気持ちが落ち着かないんだろう。そこに人間を見つけたら、繋げて見てしまうのは無理もない事だ」

 

「でも、あの人、昔からそうなの。誰よりも村を守ってきたから……怖いんです。信じることが」

 

 彼女は一時手を止めて、沸かしていた湯を茶碗に移すと両手で包み、焚き火を見つめた。

 

「でも、あの時、あなたが助けてくれなかったら、フェリカも、私も……もう」

 

「感謝は既に受け取った。それ以上は不要だ」

 

「差し上げられる何かもなく……。申し訳なく思います」

 

「家も財産も失っているのに、その上で受け取ったら私の方が悪者だろう。だから、本当に気持ちだけで十分さ」

 

 私は苦笑してそう言いながら、火の粉の向こうで笑い合う二人を見つめた。

 リルがフェリカに何か耳打ちして、二人でくすくす笑っている。

 

 そうした様子を見ていると、疲れや不安も消し飛び、胸が温かくなる。

 

 絆というのは、時として時間に関係なく育まれるものだ。

 二人はどうやら、この短い時間で相当仲良くなったらしい。

 

 しばらくそうした憩いの時間を過ごしていると、またあの叔父がやってきた。

 

「兄さん……」

 

「邪魔して悪いが、また少し訊かせてくれ。……なぁ、どこから来た? 目的は?」

 

 妹の事などまるで無視して、鋭い眼差しのまま詰問する。

 私は憤ろうとする妹を手で制し、それとなく周囲の気配を探った。

 

 そうすると、こちらの動向を注視してもいる、幾つもの村人の姿があった。

 

「皆から話を聞いてきた。恩人という事で、とりあえず納得していた者も、他の者に感化されて不安に思うようになった。……本来なら、村の中に人間がいるだけでも異常なんだ。一緒に火を囲むには、信用と安心が必要だ。そして、ここに来て妹を疑問視する声も増えた。あんたが偶然居合わせただけ、と言うのが本当なら、俺を安心させてくれ」

 

「そうだな……」

 

 彼の言い分は少々乱暴だが、村を預かる立場なら、警戒をして、し過ぎると言うこともないだろう。

 

 時として、人間は驚怖の対象でもあるから、彼らからすると、私が拘束も捕獲もされていない魔物の様にも見えるのかもしれなかった。

 

「分かった。可能な限り、潔白を主張しよう。助けた側を無条件で信用しろ、と言うのも、暴論に過ぎるしな」

 

 私は一つ一つ頷くと、それから静かに告げた。

 

「だが、無関係であることを証明するのは、如何にも難しい。あの異形は私が作り出したものでもないんだしな」

 

 叔父の目が見開かれた。

 

「作る……作れるのか、あんなモノを………! そんな発想、俺達には微塵もなかった。それを口に出来る以上は……!」

 

「いやいや、あまり先走らないで欲しいな」

 

 一気に形成が傾きそうで、私は苦笑しなから手を振った。

 

「あれは悪魔と契約を結んだ者の末路だ。元が人だったからそういう言い方をしただけで、それについても書物に記されていたから、そういう事もあると知っていただけだ」

 

「それを、信ずる証拠は」

 

「だから、ないよ。だが、一つ言わせて貰うなら、あれは私を追っていたんじゃない。――逆だ。私がアレを追っていた。だから倒した」

 

 実際の所は、また少々事情が異なる。

 追っていたのは事実だが、今の言い方だと、まるで狩るために追っていた様に聞こえる。

 

 だが敢えて、それを訂正するつもりはなかった。

 誤解させるつもりで、言った台詞でもある。

 

「実際に、倒した事は間違いないんだろう。フェリカがその場を目撃したと聞いている。……しかしだ、それだけで全て信用しろ、というのも無理な話だ」

 

「最初に言ったろう? 異形に関与していない、なんて証拠は出せない。ないものを証明するのは、到底不可能なんだから」

 

「むぅ……」

 

 叔父はそれきり、黙り込んでしまった。

 しかし、とにかく証明しろ、などと癇癪を起こさないだけ、理性的ではあるのかもしれない。

 

 二人の間に沈黙が下りる。

 ただ緊張感が増す中、私の方から新たな提案を申し出た。

 

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