混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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街での騒動と母の怒り その7

「なぁ、どうやらこっちが何かやらかした、ってのは分かった。しかし、何したら、そんな物騒……」

 

「――座れって」

 

 弁明しようと思ってか、あるいは間を取って冷静を促そうとしての事か……。

 ワイスも必死だろうが、それを強制的に中断し、魔術で強制的に持ち上げ、座らせる。

 

 ワイスは引き攣った声を飲み込み、畏怖の視線を向けてきた。

 

 私は乱雑になった机を、腕の一振りで一掃し、自らもその上に腰掛ける。

 それで自然、ワイスを上から睨み付ける形になった。

 

 ワイスの顔色は悪く、額から脂汗が滲む。

 周囲は緊張に張り詰め、僅かな身動ぎすら出来ない雰囲気だった。

 

「なぁ、ワイス……。アイツ、知ってるか?」

 

「……知らん。若僧の顔なんぞ、一々覚えたりせん」

 

「だろうな。……じゃあ、そっちのお前、知ってる奴か?」

 

 一番に部屋へ飛び込んできた男――若頭へ顔を向けると、未だ気絶から復帰してないリーダーをちらりと見やって、口を結んだ。

 

 知っているとも、知らない、とも言わない。

 気不味そうに顔を逸らしている。

 

 それこそが答えみたいなものだが、沈黙を続けるのは許さなかった。

 

「……どうなんだ? 知ってるのか、知らないのか? ハッキリ、口に出して答えみろ」

 

「知ら――」

 

「因みに、嘘を言えば私には分かる。そして、嘘だと分かった時、()()()口を割らせる事になるぞ」

 

「……知ってます。二年前からいる奴で、最近は顔も余り出さないんで、そろそろシメようかって話に……」

 

 私は腕を振って、男の頬を叩く。

 

 距離が離れていようと関係なく、男の顔から乾いた音が響いた。

 口の端から血を流れ、弾かれた顔を戻すなり、手の甲で拭って顔を顰める。

 

「取って付けた様な言い訳するな。お前の所の若いのが、うちの娘を襲った。まだ五歳だ。衣服の一部を剥ぎ取って、戦利品の様に見せびらかしていた」

 

 若頭の顔が歪み、そしてワイスの顔も同様に歪んだ。

 

「エルトークスの若い者が、随分と節操ない事をすると、大いに呆れた。お前らを残していてやっているのは、こういう馬鹿を纏めさせる為だ。出来ないというなら、もういらんだろう、こんな所」

 

「――いえッ、それは……! あぶれ者というのは、何処にでもいる者……! 野放しになる方が治安に影響が……!」

 

「お前の所でならない理由は? あんな馬鹿をのさばらせるだけなら、もっと有用な組織を他に用意する」

 

 ワイスの顔色が更に悪くなる。

 ただそれは恐怖を感じているだけでなく、何かを待っているかの様にも見えた。

 

 企み事を勘付かせない為に、感情の発露を極力抑えているから、無理な緊張が垣間見えている。

 

 私は若頭へと視線を移した。

 だが、固唾を呑んで見守るばかりで、そちらで何か画策している訳ではない。

 

 その時、背後から薄っすらとマナの流れを感じ取り、視線だけをそちらへ向けた、

 部屋の入口には、若い衆が多く詰め掛けており、その何処かに潜んでいるようだ。

 

 両開きになった扉の外には、数え切れない程の者がいて、完全に封鎖されていた。

 それでも飛び込んで来ないのは、ワイスの言葉を律儀に守っての事だろう。

 

 忠義心があるのは結構な事だが……と、流し目を送った中で、そうして見つける。

 他人には分からずとも、私には異色を放つ者が紛れている、と分かった。

 

 服装それ自体は他と変わらない。

 それこそ若い衆に紛れていたら、見分けが付かない装いだ。

 

 しかし、魔術を隠蔽して使用するのは、非常に高度な技術を必要とする。

 隠そうとする努力こそ垣間見えるが、私の前では無意味だった。

 

「フン……」

 

 鼻で笑っていると、群衆の中から右手が一本伸びた。

 それで私に、何らかの魔術を飛ばすつもりだと察する。

 

 しかしそれは、何か力あるものとして発現するより前に霧散する。

 

 マナが集中し、術者と混じり合い、別の何かへ昇華しようとする前に干渉し、魔術の使用を妨害したのだ。

 

「――あれ!?」

 

 術者が声を上げてしまったのも、無理はないと言える。

 だが、そんな迂闊さを見せる相手に、容赦など必要なかった。

 

 手を小さく動かして、術者をこちらまで引っ張り出す。

 空中から紐で引っ張られるようにして、部屋の中央まで転がり込んだ。

 

 私はそれを一瞥して、その頭へと声を落とす。

 

「魔術士か……。私にぶつけようって? ……えぇ、ワイス?」

 

「い、いや、違う……!」

 

「な、何故……どうして術が……!」

 

 術者は信じられない顔付きで、自分の手を私を見比べている。

 

「それすら分からないなら、三流が良い所だ。よくもまぁ、こんなのを……」

 

「し、知らん……! 俺は知らん!」

 

 私はワイスの頭髪を掴み取り、そのまま机に叩きつける。

 鼻の潰れる音がして、耳に拾った術者は身体を縮めた。

 

「――会長ッ!」

 

「お前も動くな」

 

 走り寄ろうとした若頭を、部屋の隅へと吹き飛ばす。

 

 部屋の入口に集合していた彼らも、その動きに引っ張られて動き出そうとしたのだが、私の手を払う動き一つで、やはり後方へ吹き飛ばさた。

 

 男たちの呻き声が重なり、痛みに喘ぐ声も聞こえる。

 一瞬の内に無力化され、ワイスの表情は恐怖で歪んだ。

 

 私は握ったままの髪を持ち上げ、ワイスの顔を覗き込む。

 鼻からはダラダラと血が流れ、前歯も少し欠けていた。

 

「知らんはないだろう。魔術士に対抗できるのは、同じ魔術士だけ……。それが道理だ。私の暗殺計画でも立てていたか? 我が子を狙ったのも、その一環か?」

 

「ち、違う! 知らん! お前に子供がいたなんて……!」

 

「そんな話が通るか! これから殺そうって相手を、何の下調べもしてないって? それこそ有り得ない話だ」

 

「違う、本当に違うんだ!」

 

 ワイスは未だに鼻血を流しながら、必死に弁明を続ける。

 

「俺達みたいな稼業だ。相応に警戒もある! あんたを狙い撃ちにしてた訳じゃない! 本当だ!」

 

「まぁ、確かに……。あれを切り札と考えていたにしては、余りに弱すぎる」

 

「単にうちで雇っていただけの奴だ! 暴れてる奴がいるんだ、俺を助けようと動いただけだ! アンタとは関係ない!」

 

 それは言動からも事実だと分かったので、ここは素直に頷いておく。

 

「……というか、私の事をちゃんと周知させておけよ。何の為に、こんな派手な髪色してると思ってるんだ?」

 

「それ……地毛じゃないのか?」

 

「どうでも良いだろうが、そんな事は!」

 

 私が怒鳴りつけると、ワイスは恐怖に引き攣り、喉奥で悲鳴を上げた。

 

「余計な手間かけさせるなよ。うちの子は繊細なんだ、今度何か怖がらせる目に遭わせてみろ……! 怒鳴り込むなんて生易しい方法、次は取らないからな」

 

「あ、あぁ……。すまない……、しっかり教育しておく」

 

「そうしろ」

 

 頭髪から手を離し、掌を見つめると、数本の毛髪が指に絡みついていた。

 腕を払ってそれを落とし、そのついでにワイスの傷も癒やしてやる。

 

「おっ、あ……! これは……!」

 

 自らの鼻を触って、何ともない事を確認すると、ワイスは何とも感動的な顔付きをしていた。

 

「私は優しいだろう? とりあえず、傷は癒やしてやったが……」

 

「あ、あぁ……! 助かった、ありが……」

 

「だが、うちの子の安否次第じゃ、あと三回はその鼻を潰す。治してまた更に潰す。それが嫌なら、今すぐに居場所を教えろ」

 

 私が睨みを利かせると、ワイスは若頭に檄を飛ばした。

 

「さっさとソイツを起こして、今すぐ吐かせろ! 何をしても良い!」

 

 その言葉に弾かれて、若頭はリーダーの胸ぐらを掴んだ。

 抱き起こしながら、その両頬を何度も叩く。

 

 最初は平手打ちだったものが、数度叩いても起きないので、遂には握り拳に変わった。

 

 そうして更に二発殴った所で、リーダーはようやく目を覚ました。

 

「あ、イデッ! いでで……! なん……これ……え、若頭……! 一体、な……」

 

「馬鹿野郎テメェ、コラ! 五歳のガキ、攫ったって!? 何処に隠した、ボケッ!」

 

「え、は……? 何スか?」

 

 惚けた返しを聞かされて、若頭は更に数発、その顔を殴った。

 

「お前が隠したガキだよ! 襲ったんだろうが! どこにやったか、って訊いてんだ!」

 

「え、いや……! 隠してないッス! 逃げられたんで! 何処にも隠してないッス!」

 

「本当だろうな!?」

 

 若頭が更に殴れば、リーダーは何度も首を上下させた。

 

「一緒にドワーフのガキもいて……! そいつが逃がしました! 捕まえようとしたけど、フードを握るのが精々だったんで!」

 

「クソッ! 馬鹿野郎がッ!」

 

 若頭はもう一度、リーダーを殴り付けて床に転がす。

 そのリーダーも痛みに身体を震わせ、小さく丸まりながら、何度も詫びを口にしていた。

 

 若頭は拳をプラプラと振りながら息を整え、それから背筋を伸ばして頭を下げた。

 

「お聞きの通りです。お嬢さんは、そもそも捕まっていませんでした。もしかすると、もうお家の方へお帰りになられているやも……」

 

「その様だな。一度帰って、確認してみよう」

 

 机の上から降り、部屋の中央まで歩いてから、後ろのワイスへ振り返る。

 

「しかし、もし帰ってない、見つからない……何て事になってみろ。その時は、必ず、目にもの見せてくれるからな……!」

 

「うっ、……いや! その時は是非、捜索に協力させてくれ! そっちの方が有用だろう!?」

 

 潰す事は、いつでも出来る。

 本当に帰っていなければ、人海戦術が可能な捜索隊は必要だった。

 

「良いだろう。無事に帰ってる事を祈ってろ」

 

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