その後、村の中央で小さな祭りが開かれた。
祭りと言っても極々些細なもので、大きく篝火を焚いて、それを中心として座る、というものに過ぎない。
私とリルは上座へと誘導され、藁を布で覆った簡素な席に座らされた。
本来は様々なご馳走や酒が並ぶのだろうが、今あるのは猪の丸焼きだけだ。
「先程、村の者が狩ってきた獲物です。是非、お二人に饗したいとの申し出……。お受け取り下さいましょうか」
叔父が神妙な顔付きで頭を下げた。
しかし、そんな事をされても困る、と言うのが正直な感想だった。
信仰の篤い者達からすると、精霊王に認められた存在は、形は違えども精霊に次ぐ存在だ。
精霊の――それも中位精霊と契約を果たしたリルもまた、普通の獣人と同じくして扱っていけない存在だった。
ごく質素で、自然と共生する獣人族は精霊も好ましく思うので、その姿を見せる事がある。
しかし、それは小精霊に限った話で、人語を解して話す存在と接する機会は稀だった。
そして、精霊は嘘を好まない。
自分にも、他人にもそれを求める傾向があるので、先程ナナが言った台詞は真実だと、彼らは受け止めている。
だからこそ、それまで見せた不敬を払拭したいと必死なのだろう。
それは良く理解できるが、肉の丸焼きを前に、お預けを食らっている子ども達は可哀想だった。
「……リル、私達二人に食べて欲しいそうだが、どう思う?」
「ん……、なんかイヤ。皆で食べた方が美味しいし……、きっと楽しいよ」
「うん、お母さんもそう思う」
リルに一つ頷いてから、私は顔だけ叔父に向けて言った。
「そういう訳だから、皆にも振る舞ってくれ。それにも抵抗があるなら、そうだな……」
叔父の顔が芳しくない事を見て取り、私は固唾を呑んで見守る村民達を盗み見た。
私の一挙手一投足に気を配っていて、居心地も非常に悪い。
リルもまた似たようなもので、落ちつきなくソワソワと尻尾を揺らしていた。
「こちらも勿論、食べさせて貰う。その上で、残りを下げ渡す、という形にするのはどうだろうか」
「は……、それならば……」
互いに、ここでゴネテも始まらない。
この辺りが落とし所だと、叔父も思ったことだろう。
そもそも、丸焼き全てを私達だけで食べられる筈もない。
最初から食べ残しを食べる予定だったろうから、形式さえ整えば文句も出ないと思ったが、どうやらその通りだった。
「では、頂こう。――リルも、最初の一口は手をつけないといけないよ」
「そうなの? その後、一緒に食べるのに?」
「形式とは、そういうものさ」
納得はせずとも、私の意見に反抗する程ではなく、渋々ながら頷く。
「では、切り分けてくれ」
包丁を持ったのは叔父だった。
最も位の高い者が、手ずから肉に刃を入れ、饗する事に意味がある。
そうして、一口サイズには少し大きめの肉が、それぞれの前へ渡ると、まず私から口を付けた。
リルもそれを真似して食べ、ゆっくりと咀嚼して飲み込んだ。
それを見届けると、叔父は他の村民に向かって叫ぶように言う。
「精霊に愛されし者達より、饗する肉が下げ渡された!
その瞬間、ワッと歓声が上がる。
叔父以外にも肉を切り分ける為、主に女性達がやって来て、手際よく刃物を入れては分け与えていく。
葉の皿を持って押し掛ける者達は非常にパワフルで、しかし切り分け役も負けてはいない。
きっと――。
この光景が、彼らにとっての日常だからだろう。
先程までの緊張した雰囲気はなく、私達の存在を忘れているかのように振る舞っている。
こちらとしては、その方が変に意識しないで済むのでありがたいのだが、彼らの信仰心はその程度だったのか、と微笑ましく思ってしまう部分もある。
ともあれ、食料不足かと思いきや、彼らはめいめいに狩りを行っていたらしく、肉には困っていないらしい。
一番良い獲物は私達に。
そして、それ以外を自分達用に選別していて、別所で焼かれた肉を、こちら側へと運び込もうとする動きも見えた。
本当に祭りの熱気だ、と思ったところで、不意に腑に落ちた。
彼らにとって、これが祭りに近いものなら、精霊に捧げ物をした後は、この様に騒ぐに違いない。
精霊を敬うのは当然として、それはそれで祭りを盛大に祝う。
彼らは食を通して、それを行っているのだ。
既に誰も私達を気にしていないので、食べるのも気楽なものだ。
いつまでも、まんじりともせず、見つめられていては堪らない。
そう思っていると、リルの傍に小走りでフェリカがやって来た。
「あっ、フェリカちゃ……じゃない。フェリカ!」
「途中で気づいてくれたのには感謝するわ。でも、あんまり何度も呼んで欲しくなかったわね」
「んぅ、ゴメン……」
「目立ちたくないってだけよ。リルの言い方が悪かったんじゃないわ」
そう言って、フェリカは宴会場と化している焚き火の方へと、揶揄する様な視線を向けた。
「来てくれて嬉しいっ! ここだと何か、仲間外れみたいだもん……」
「まぁ、身内じゃないって意味ではそうかもね。大抵は、一つの村で一つの家族みたいなもので、周り親戚だらけだから。だからね、ウチのお母さんみたく、近くの村に嫁ぐのは珍しいんだって」
「ふぅ~ん……、そうなんだ」
「だから、あたしだってこの村に来た回数は数えるくらいだから……。あんまり身内って感じ、してないのよね。叔父さんはともかく、他の人は名前も知らないし……」
「でも、ほら……」
リルがフェリカの背後、肩の当たりを指差しながら言った。
「フェリカもリルと一緒で――」
「ちょっと待って」
手の平を前に突き出し、リルの言葉を途中で遮った。
「それを知られたくないのよ。分からない? あたしは確かに、リルのよりご立派でもないけど、それでも獣人族からすると、とっても凄い事なのよ。それこそ普段から、今のリルみたいに扱われるくらいに」
うんざりした様子で言うフェリカに、リルはうんうんと、何度となく頷いて返した。
「皆と一緒に食べられないの、嫌だもんね!」
「そうだけど、それだけでもなくって……」
フェリカは楽観的な感想しか出ないリルに、苦笑を噛み殺して話を続けた。
まぁ、そういう反応にもなるだろう。
獣人社会に縁のない生活を送っていたし、精霊がごく身近な存在だったリルには、想像も付かない世界だ。
「普通はね、精霊と契約出来るのは、精霊に愛されたから、って思われるのよ。つまり、それだけ貴重で、重要な存在だとして祭り上げられる。……それだけじゃなくて、巫女とかもさせられるかも」
心底、嫌そうに言うフェリカに、リルは労るように言う。
「何か……、大変なんだね」
「何が最悪って、村に囲われる事よ。そして、他の村の行事とか、祭事があれば引きずり出されるんだわ。そんなの絶対にゴメンよ」
「よく分かんないけど、凄く大変なのは分かった」
フェリカはリルの反応を見て、脱力しながら大きく息を吐いた。
「街暮らしでは、そんな反応になるのかしらね……。羨ましいわ。あたし、いつか村の外に出るんだ」
「そうなの? お母さんと離れ離れになるのに?」
「別にそんなの、大きくなったら普通でしょ。それに、あたしは戦士になりたいの。誰からも認められるような戦士にね。今回のことで、無力なのが身に染みたし……」
そう言って、フェリカは暗い視線を地面に落とす。
リルが何事か慰めの言葉を贈ろうとしたが、それより速くフェリカが顔を上げて続けた。
「まぁね、今のままじゃ簡単じゃないってのも、良く分かってるけどね。でも、もしあたしに力があったら、お母さんを置き去りにする事なんか、しなくて済んだと思う。逃げるしかない無力感って、本当に酷いものよ……。もう二度とゴメンだわ」
「うん、ヤダね。わたしにも分かるよ、それ……。お母さんはとっても強いけど、でもそれで死んじゃうとか、考えるだけでも嫌だもん」
でしょ、とフェリカは言って、次いで変えた表情はどこか夢見るものの様だ。
「だからあたし、大きくなったら冒険者になりたい。獣人国にはギルドがないから、外に出て沢山旅をするの」
「へぇ~……、旅かぁ~……」
「ほら、水のせいれ……じゃない。アレが一緒だと、道中の水にも困らないし。持って歩くと重いし、かといって、常に水を探して歩くのは大変だし。向いてると思うのよね」
「そっかぁ……、食べ物だけあっても駄目だもんね」
「それはそうよ。……でもね、それを考えるには、あたしはまだ幼いし……。それに、まだゼンゼン弱いから……。もっと強くなってからじゃないと、出発すら出来ないわ。それぐらい分かってるの。せめて、師事できる人がいたらなぁ……」
我流で鍛えるには限界がね、とフェリカは言って溜め息をついた。
私はそれを聞いて、彼女の身体を盗み見る。
確かに鍛えてはいる様だが、戦士を志すには未だ心許ない。
同い年である筈のリルの方が、余程マシな部類だった。
彼女の言うとおり、我流で……それも子どもの発想では限界がある。
恐らく、母の方から指導らしきものはあるのだろうが、それも込みで我流と言っているのだろう。
そうして表情を暗くさせたフェリカに対し、正反対に顔を輝かせたリルは、私の方に顔を向ける。
……嫌な予感がした。
「だったらさ、お母さんに教われば良いよ! お母さんなら、ゼッタイ大丈夫だよ!」
嫌な予感が的中して、私は渋くなる顔を抑え切れず、小さく息を吐いた。