混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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村での生活と悪魔の撃退 その2

 リルの瞳は期待で輝き、断られるとは微塵も考えていない様に見えた。

 そしてその逆に、フェリカの方は、疑念の視線に溢れている。

 

 先程とは全く逆の関係に、思わず笑いそうになり――そして、笑える状況ではない、と思い直した。

 

「いや、リル……。待ちなさい」

 

「まじょ……じゃない。リルのお母さん、そういうの、出来るの? 魔法についてなら、勿論そういうの、とっても得意なんでしょうけど……」

 

「お母さんは、何でも出来るよ! わたしは剣を習ってるけど、素手の時もあるし……。それにね、お母さんは剣の私に、素手で勝つんだよ!」

 

「へぇ……!」

 

 リルの力説に、どこか懐疑的であったものが氷解し、その視線には多大な期待が膨らんでいた。

 

「いや、教えるといってもね、リル……。何日もここには居られないし、そんな短い時間じゃ、教えるも何もないよ」

 

「えっ、すぐ帰っちゃうの!?」

 

 発言したのはフェリカだが、こちらへ振り向く動きは二人同時だった。

 フェリカが続けて言う。

 

「誤解も解けたし、いつまでも居て良いのに……! 皆も歓迎すると思うわ。というより、歓迎し足りないって言い出すんじゃないかしら。何にしても、向こう三日はこんな感じが続くと思う」

 

「ねぇ、お母さん。わたし、すぐに帰りたくない。もっと居たい!」

 

「気持ちは分かるけどね……」

 

 親しくなったフェリカと、もっと仲良くなりたい、もっとお喋りしたい、と思う気持ちは当然だ。

 

 しかし、それがこの村にとって、大きな負担となるのは間違いないだろう。

 今日は弔いの意味もあったから、かなり大袈裟な事になっているが、それは食料事情が悪くてもやらねばならない事ではない。

 

 彼らは心尽くしとして多くを捧げ物をするだろうし、だからこそ、畑に種を撒き直すなど、やるべき仕事がそれだけ疎かになってしまう。

 

 この数日が、冬への備えとして、どこまで蓄えられるか、の瀬戸際なのだ。

 それで飢える事になってしまえば、リルも自分を責めるだろう。

 

 それに、理由は他にもあった。

 そしてそれこそ、私に出立を急がせる理由でもある。

 

「リル、私達はここから帰るのに、歩いて行かねばならないんだよ。ヒュッと飛んで、はい到着、とは行かないんだ」

 

「そうなの? なんで?」

 

「こっちに運んで貰うだけでも、相当渋っていたからね。呼んだとしても、間違いなく来てくれないよ。逆に怒らせるだけさ」

 

「んぅ~……」

 

 リルは不機嫌そうに鼻を鳴らし、それでも、と言い募る。

 

「それでも、まだ居たいもん! ねぇ、お母さん、どうしてもダメ?」

 

「正直なところ、お母さんにとっても、相当予想外な事態だからね。本来の予定では、日帰りになるか、日を跨いてから帰るか……その程度だと思っていた。だからね……」

 

「でも……」

 

「あまり待たせると、アロガが心配するよ。勿論、シルケだって……」

 

「そう……、そっかぁ……」

 

 リルの勢いは途端に鳴りを潜め、肩だけでなく、尻尾と耳もシュンと垂れる。

 

「ここから徒歩だと、普通にひと月は掛かってしまう。ゆっくりはしてられないんだ」

 

「そんなに!?」

 

 目を剥いて驚くリルに、私は至極真面目に頷く。

 

「勿論、本当に歩く訳じゃないけどね。どこかで、騎乗出来る動物でも見つけられたら……」

 

 野生の動物はそう簡単に乗せてくれないが、相手を選べばあるいは、と言うこともある。

 

 それに、購入する事も検討して良かった。

 馬などを手に入れても、我が家では飼えないので、最寄りの街で再度売却する事になるだろう。

 

 金銭的にも損し辛く、最も現実的な方法かもしれない。

 

「ともかく、何を選べるかも分からないし、それによって掛かる日数も変わる。下手をすると、何にも乗れないかもしれないんだ。急ぐに越したことはないよ」

 

「うん……」

 

 リルは悲しげだったが、事情を聞いて尚、我が儘を言う程ではなかった。

 ただしフェリカの方は、何か考え込む仕草で篝火の方を見つめている。

 

 その沈黙が、何とも不気味だった。

 

 

  ※※※

 

 

 翌日、私達は未だ、村の中にいた。

 昨日、作られた篝火は未だに燃え続けていて、それを囲む村人は入れ替わり立ち替わりやって来る。

 

 何しろ、燃やして良い薪代わりは破損した建材だから、数は幾らでもある。

 

 建て直しや一部改築などで、端材も多く出るので、それを燃やして処理する意味もあり、だから火が途絶える事はなかった。

 

 また、ただ燃やすだけでなく、鎮魂も兼ねているのだと、後で教えて貰った。

 篝火の上に吊された花飾りが、春の風に揺れる。

 

 村人たちは歌い、笛を吹き、フェリカとリルは手を繋いで輪の中を回った。

 

「お母さん! 見て、魂送りの踊り、教えて貰ったの!」

 

「あぁ、見ていたよ。上手だったね」

 

 リルの頬が赤らみ、笑顔が火の光の中で輝いた。

 その時、フェリカの母がそっと近寄り、私に頭を下げた。

 

「獣車の準備は、こちらで手配させて頂きました。隣の村落との交渉次第ですので、いつまでとお約束は出来ませんが、五日は掛からないと思います。それまでどうか、少しでも歓待させて下さい」

 

「そうさせて貰うよ。こうなってしまった以上は仕方ないものな……」

 

 昨晩、フェリカが妙に神妙な顔付きをしていたのは、これが理由だったのだと、朝起きた時に気付いた。

 

 恐らく寝る前に母へと相談していたのだろう。

 そして、それが叔父に伝わり、獣車を手配する運びとなった。

 

 東の空が薄ら明るくなった時点で、もう出発していたと言うから、その時まだ寝ていた私には止めようもなかった。

 

 これを放って出立する訳にはいかず、結果として済し崩し的に、留まる事になってしまった。

 

 当然、リルは大喜びで、朝食が済むなり遊びに出掛け、今やすっかり村に馴染む勢いだ。

 その後継機を見て、私も腹を括った。

 

 実際、獣車を使えるのなら、五日程度の時間的損失はすぐに取り返せる。

 だが問題は、その獣がどういう種類か、と言う事だった。

 

 何しろ、獣車と一口に言っても幅広い。

 村や隊商が使う運搬、交通に適した手段の場合と、戦闘にも利用できる、好戦的な獣を用いた場合では、その速度は雲泥の差だ。

 

 それに、獣には当然、一長一短あって、長く走る予定の用途に適さない事もあった。

 余程変なものは持って来ないとは思うが、何が来るか怖い思いもある。

 

 ともかくも、待つと決めた以上は、その間の時間は有効利用するつもりだ。

 その内一つが、フェリカに稽古を付けてやる事だった。

 

 だが、昨日から続く鎮魂の儀は未だに続き、今回の様な災害などで多数の命が同時に失われた場合は、数日に渡って執り行われるも事がある。

 

 そこに、精霊との契約者が居ることの意味は大きい。

 しかもリルは獣人の子で、中位精霊を宿す存在でもある。

 

 フェリカ以外の誰もが『リル様』と尊称付きで呼び、敬う姿勢を崩さない。

 それは精霊王の覚えめでたい、私に対しても同様だった。

 

 お昼より前、まだ陽が高くなるより早い時間帯に、五人前後の獣人達がやって来た。

 彼らは一様に片膝を付いて、尻尾を身体の横に巻いて礼を取る。

 

 これは敬意を向けつつ、いつでも動ける中庸の姿勢だった。

 貴人に対する正式な礼であり、獣人族の誇りを感じさせる姿でもある。

 

 右手は胸に、左手は膝に添えられており、視線は足元ではなく、相手の喉元か胸元へ向けられていた。

 これもまた、“敵意なし”を意味しつつ、“対等な誇り”を保つ礼式だ。

 

「貴き方に、爪を伏してご挨拶申し上げます」

 

 随分と大仰な挨拶だった。

 この挨拶文も定型句みたいなもので、()を伏するかは種族によって違う。

 

 彼は猫獣人だから、爪を伏する事で敵意なく敬意を示す事に繋がるのだろう。

 私はそれに苦い笑みを浮かべながら、とりあえず頷く。

 

「丁寧な挨拶をありがとう。大変、痛み入るよ。でも、もう少し砕けた態度で接してくれると嬉しい」

 

 獣人達は互いに顔を見合わせ、どうするべきかと窺っている。

 想定していた反応と違ったからか、戸惑う姿がありありと見え、最初に見せた精悍な姿は既に消えていた。

 

「突然、不躾に済まなかった。でも、覚えておいてくれると嬉しい。私もリルも、そういう態度は好まない」

 

「は……」

 

「それで……、何か用でも?」

 

 私が水を向ければ、ようやく本題に入れると、獣人達は耳をピンと立て、顔を明るくさせた。

 

「本日、朝早くから狩りに出掛けまして……! ビッグボアの良い肉が取れましたので、是非、献上出来れば、と……!」

 

「ありがたく頂こう。リルも喜ぶ」

 

『おぉ……!』

 

 彼らにとって大事なのは、むしろそちらだろう。

 そう察して名前を出せば、案の定、良い反応が返ってきた。

 

 彼らは互いに顔を見合わせ、喜悦を隠せずにいる。

 リルを饗することは、その背後にいる精霊に対して行うも同然なので、彼らの反応も已むなしと言えた。

 

 彼らは用が済むと再び見事な礼を見せ、整然と去って行く。

 まだお昼前だと言うのに、ドッと疲れた気持ちになり、私は大きく息を吐いた。

 

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