混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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村での生活と悪魔の撃退 その3

 離れる獣人達と同じくして、フェリカの母もまた離れる。

 

「では、お肉の下処理などもあるでしょうから、手伝って参ります」

 

「うん、そうか……。分かった」

 

 何くれと防波堤代わりとなってくれる彼女には、いつも近くに居てくれた方が助かる。

 

 だが、村の中は鎮魂の祭りと、村の復興が同時に行われている状況だ。

 

 人手は足りていないだろうし、今回、獣車を借りるという話にしろ、実は渡りに船だっのではないだろうか。

 

 獣車だけではなく、働き手もまた借りようとしていた可能性は、大いにあった。

 私がそうした考え事をしていると、リルがフェリカを連れてやって来た。

 

「ねっ、お母さん。フェリカが型を教えて欲しいって。私が教えても良い?」

 

「リルが知っている三の型は、あくまで素手でも扱えるものであって、専門の格闘術とは違う。そのまま教えると、歪な感じになってしまうよ」

 

 そう言って、私はフェリカへと目を向ける。

 暇しているところを見られると、またぞろ誰かがやって来るかもしれない。

 

 指導めいた事をしていれば、遠巻きに見つめるだけで近付いて来ないかも、と期待を込めて立ち上がる。

 

「どうせ待つしかないから、少し見てあげるか」

 

 

  ※※※

 

 

 獣人族の子どもは大変可愛がられ、また大層大事にされる。

 七つまでは精霊界に身体を半分置いている、という考えを持っていて、これは小児の死亡率の高さから来るものだ。

 

 七つまでに死んだ子どもは精霊になって生まれ変わるとも言い、その死を悼むと共に、救いがあって欲しい、という願いから生まれたものだろう。

 

 だが、人の世界では五歳を越えると、労働力として使われるのが普通の中、村の中では母親の傍をうろちょろしていた。

 

 しかし、私が何か教えていると分かると、興味本位で近付いて来る。

 一定以上寄っては来ないが、親の許しがあれば一緒に参加しそうな雰囲気があった。

 

「……そう、それで肩幅まで足を開いて……違う、もう少し広く」

 

「こう……?」

 

 だが、私はそれを敢えて無視して、指導を続けた。

 これで呼び込んでしまうと、只でさえ修復作業の手を止める大人がいるのに、彼らにも参加する口実を与えかねない。

 

 フェリカがその作業に参加しないのは、あくまで村外の獣人だからと言う理由が一つ。

 

 もう一つが、リルと親しい間柄だから、お付きとして側に付きっ切りでいるのを求められた、という理由だ。

 

 村外の誰かより、この村としては、誰か別の者にしたかったろう。

 だが、他ならぬリルがフェリカを望んだので、今の形になった。

 

 そのリルは、型を教わるフェリカの真似をして、同じ動きを取る。

 基礎は出来上がっているだけに、その立ち姿はフェリカと雲泥の差だ。

 

 リルにとっても一応初めての型だが、私との訓練に慣れている。

 だから、コツを掴むのも早かった。

 

 それを目の前で見ていたフェリカは、不満をありありと見せながら言う。

 

「どうして、そんなに簡単に出来るの? あたしなんて、すぐ脇を締めろとか、肩を前にとか、足の幅が違うとか、一々注意受けるのに……」

 

「毎日やってることに、ちょっと似てるからだよ。前はいっつも、わたしが同じ注意受けてたよ」

 

 そう言えばそうだった、と少し昔を振り返る。

 リルは別に物覚えの悪い方ではないが、こうして事は頭で覚えるのではなく、身体に染み込ませて覚えるものだ。

 

 呼吸する様に動けるようになってからが本番なので、それまではむしろ、何度でも注意されるものだった。

 

「ほらほら、お喋りしない。まず、しっかり型を覚え込みなさい。私が居られる時間は少ないんだから……」

 

「は、はいっ!」

 

 型を覚えたら、今度は実践的な訓練に入る。

 実際に手合わせする形になるので、リルがこのとき型を覚えたのは、練習相手としても丁度良かった。

 

 

 私達にとっての村内の生活は、その様にして過ぎて行く――。

 時折、フェリカが手伝いで借り出される時以外、全ての時間は基礎訓練に費やされた。

 

 そうして、叔父が獣車を連れて戻って来たのは、母親の言うとおり、五日が経ってからの事だった。

 

 

  ※※※

 

 

 幌の付いた獣車が村の入り口から入って来て、場は一時騒然となった。

 何しろ、その獣車を牽いているのは、何処でも簡単に見掛けられる獣ではない。

 

 天を突く様に生えた一対の黒角が特徴である、長毛の角獣だった。

 筋肉質で思い車体などものともせず、その上スタミナにも優れる。

 

 睥睨する様に歩く様は、いっそ泰然とさえしていた。

 木製の車体には風除けの帆布や、魔除けの護符が吊るされていて、車体の方にも、相当手間暇が掛けられていると分かる出来だ。

 

 決して、昨日今日で用意されたものではない。

 つまり、急遽用立てた物ではない、と言うことだ。

 

 無理して取り上げた、などと言うことではないと良いのだが……。

 だが今は、それよりも目の間の事を優先だ。

 

「さぁ、フェリカ。もう一度、リルと立ち会いなさい」

 

「はいっ!」

 

 まだ手合わせを始めて三日だが、最初は優勢だったリルも、今では本気を出し掛かっている。

 

 フェリカの戦闘センスは抜群で、将来は冒険者になりたいと言うのも、決して子どもの夢想でなかったのだと思わせる。

 

 普段から我流で訓練していたと言うから、それが非常に非効率だったとしても、今の彼女の基礎固めとなっていた。

 

 ――これはむしろ獣人だから、というべきかな……。

 大抵、獣人の身体能力は、只の人より高いとされる。

 

 その中でも、フェリカはリルに負けず劣らずなのかも知れなかった。

 だがそれも、磨き続けられる意識と、研磨してくれる環境あってのものだ。

 

「行くよ、リル!」

 

「いつでもいいよ!」

 

 二人の少女が、互いに構えを取って向かい合う。

 その姿は完全に鏡映しで、たった三日でそれだけ出来るフェリカに、やはりセンスの良さを感じさせた。

 

「ちゃんと考えないと、またすぐだよ、フェリカ!」

 

 リルが挑発するように笑った。

 常に次の手を考え、攻防どちらも意識して立ち回る事――。

 

 それは私がリルと訓練している最中、よく口にすることだ。

 普段は自分が言われる側だから、それを口に出来るのが嬉しいらしい。

 

 フェリカは耳を伏せ、足の爪先をわずかに地に立てた。

 尾が低く揺れ、体重が沈む。

 

 次の瞬間、彼女は弾ける様に動いて掻き消えた。

 文字通り、目にも留まらぬ速さだが、リルにとっては慣れた速さ――というより、普段の訓練より遅い動きだ。

 

 その突進する動きに合わせてリルの拳が放たれ、フェリカの頬をかすめた。

 その頬に一筋の傷が生まれ、細く血が飛んだ。

 

 フェリカは猫のように、軽やかに飛び退き、牙を見せて笑った。

 

「へへっ……、やっぱ通じないか。今のあたしに出せる、全力の速度だったんだけどね」

 

「今の今まで隠してたの? お母さんの方がずっと速いから、あんまり意味なかったよ、それ」

 

 それは挑発ではなく、純粋な指摘だったが、フェリカはそう受け取らなかった。

 鼻の頭に皺を刻んで、顔を顰めている。

 

 リルは地を蹴り、両腕に魔力の光輪を展開した。

 淡い緑光が腕を包み、空気を押しのけるように唸る。

 

 それは風を拳に宿した、リルが最近使うようになった精霊魔法だった。

 ナナと相談して、格闘用の魔法を作ったと笑顔で報告して来たのは、つい昨日の事だ。

 

 私に言わせれば改善の余地が幾らでもある魔法だが、一切の口出しはしていない。

 そうやって試行錯誤するのが重要で、大なり小なりの失敗が、今後の糧になるからだ。

 

「ちょ、ちょっとタンマ!」

 

 フェリカは明らかに顔を引き攣らせて、攻撃から逃げつつ、横へ滑り込む。

 彼女の動きは低く、滑らかで、森の中の獣そのものだ。

 

 リルの拳が空を切り、風圧がフェリカの髪を数本飛ばす。

 その瞬間、フェリカの足が地を蹴った。

 

 ――狙うは腹。狙いは見え見えだが……。

 

 直撃すると思われた寸前、リルの手が閃いた。

 拳を包んでいた風が輝き、見えない壁が張られる。

 フェリカの拳が衝撃と共に弾かれ、彼女は後ろへ転がった。

 

「くっ……!」

 

 だが、すぐに砂を蹴り上げて立ち上がる。

 頬の傷から、ひとすじの血が垂れた。

 

 リルはその様子を見て、少しだけ申し訳なさそうにして息を呑む。

 

「……もうやめる?」

 

「冗談!」

 

 反してフェリカは、むしろ歯を見せて笑った。

 

「そっちだけアリなの、絶対ズルいって……! だから、こっちだって!」

 

 その瞬間、足元の水たまりがごく淡く光った。

 フェリカの中に宿る水精霊が、彼女の意志に応えて力を使ったのだ。

 

 彼女にとって幸いなのは、宿す精霊が下位精霊だったこと。

 発揮出来る力はまだ小さいので、表出する力もまた小さい。

 

 傍目には、フェリカが精霊魔法を使っているなど分からなかった。

 

 霧が生まれ、彼女の足元に絡みつき形を変える。

 流水を補助に滑るような加速をすると、フェリカが跳んだ。

 

 水煙が舞い、リルの防御を越えて、拳が肩をかすめる。

 今度はリルの方が距離を取って、にんまりと笑った。

 

「使って大丈夫? 知られたらイヤって、言ってたのに」

 

「使うのが一瞬なら、目立たないし良いんだよ!」

 

 フェリカは肩で息をしながらも、やはりリルと同じように笑った。

 

 睨み合う中で、リルは平常通りなのに対し、フェリカ息を整えるのに時間を使う。

 地力の差が出た形だが、ここまでリルに食らい付ける事を、素直に褒めるべきだろう。

 

 私はフェリカの才を認めつつ、微かな厳しさを視線に乗せて、二人の闘いの終わりを見守っていた。 

 

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