混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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村での生活と悪魔の撃退 その4

 二人の組み手は、結局リルの勝利で終わった。

 

 そこはやはり経験の差から来るものであり、隠していた手札を全て使い切った時点で、フェリカに勝ち目はなくなった。

 

 そしてそれは、これまでの訓練で何度となく見てきた光景でもあった。

 

 後には息も絶え絶えで身体を休め、大の字に寝転がるフェリカが残される。

 リルの方は汗こそ掻いているものの、呼吸はしっかりと規則正しい。

 

 私はフェリカの息が整うまで待ち、意識を向けられるようになってから口を開いた。

 

「……随分、派手にやったな」

 

 リルは声を聞くなり姿勢を正し、フェリカも尻尾を引っ込めて頭を下げる。

 訓練中は母と娘ではなく、師匠と弟子だ。

 

 だからリルは甘えて駆け寄る事もないし、フェリカはより強い敬意を込めた姿勢を取る。

 

「先程の組み手は、見る人が見れば、どちらも精霊魔法の遣い手だと分かってしまうよ」

 

「やっぱり、まずかった……ですか?」

 

 自覚はあったのか、フェリカは気まずそうに言った。

 

「幸い、見ていた多くは子どもだし、大人にしても魔法の遣い手を他に知らないだろう。どうとでも言い訳出来るだろうさ」

 

 もう一つの幸いは、リルとフェリカの組み手が、ここ数日続く日常となってい事だ。

 大人顔負けの素早い攻防も、見慣れれば注目も緩くなる。

 

 実際、先程の組み手も特別、騒ぎ立てられてはいない。

 また凄い事しているな、といった視線が向けられるばかりだ。

 

「それに、血の通った稽古は良いものだ。白熱するのも、年齢を考えれば当然と言えるし……」

 

 それに、本当に問題になりそうなら、それをフォローするのが、私の役目だ。

 多少、派手に暴れても、私が上手く言葉を尽くせば誤魔化せるだろう。

 

 だが今は、それより重要なことがある。

 私はこれまで見てきた組み手の中で、指摘出来る部分を一度整理し、それから改めて口に出した。

 

「フェリカはどうやら、まだ“流れ”を掴めていない様だ」

 

「……流れ?」

 

 リルにも散々、教えてきた事だ。

 精霊(ナナ)と契約してからは、また別の意味を持つようになり、そして今に至っても尚、修得してはいない。

 

「リルも良く見ておきなさい。離れて見ることで、分かることもあるからね。少し、実戦で教える」

 

 そう言ってから、私は風の魔術を使用した。

 空気が僅かに渦を巻き、周囲の砂を吹き払っていく。

 

 強い風ではない。

 リルの精霊魔法を模して、それらしいものにしただけだが、違いは拳からではなく、身体の全体から発生している事だ。

 

 その上で、私は一歩も構えない。

 ただ両手を緩やかに、前に出しただけだ。

 

「さて、フェリカ、かかってきなさい」

 

 そう言ってやると、フェリカは一瞬、息を呑んだ。

 一拍遅れて構えを取るが、どう攻めるか困っている様子だ。

 

 躊躇う時間は、五秒ほど続いた。

 隙だらけなのに攻められない、とその顔に書いてあるが……。

 

 しかし、いつまでも待っている訳にはいかない。

 私が手首を動かして誘うと、追い立てられる様に地を蹴った。

 

 爪先から風を裂き、低く滑るように懐へ飛び込んで来る。

 

「はっ!」

 

 呼気と共に拳を放つ――が、私は腕をほんの少し傾けただけで、流すように受けた。

 フェリカの拳は空を切り、その勢いのまま横に転がる。

 

「う……!」

 

「あ、わたしがいつも、やられるヤツだ……

!」

 

「そうだよ、リル。力は押し返すものじゃない。流して、導くのさ」

 

 フェリカは転がる動きから立ち直ると、近付いて膝をつき、傾聴の姿勢を取る。

 

「風も、水も、打ち消し合わない。ぶつかれば、ただ乱れるだけ。けれど導けば、より遠くまで、より速く流れる」

 

 フェリカは立ち上がり、眉をひそめた。

 

「……でも、そんなの、どうやって……」

 

「感じるのさ」

 

 私は一本指を立て、フェリカの額に触れた。

 

「フェリカには精霊の気配が見えているはずだ。感覚的なそれをね、誰が相手でも出来るようになりなさい」

 

「それはつまり……、人間や獣相手でも?」

 

「そう。敵の動きもまた、“流れ”だ。それを読む。反応ではなく、先を感じ取るのが重要だ」

 

 そう言って離れると、私は再び構えを取った。

 フェリカは今度こそ即座に構え、集中して機を窺っている。

 

 耳がわずかに震え、風の音をつぶさに感じ取ろうとしており、気迫も先程とは段違いだ。

 

 私が動く――いや、“動こうとする”気配を察知して、その瞬間、フェリカは自然と身体を傾けた。

 

 拳がすれ違い、空を切る。

 今度は逆に、フェリカが手を返して押し出し、私の外套の裾が、僅かに揺れた。

 

 ――大したものだ。

 私はほのかに笑みを作り、一拍置いてから尋ねる。

 

「……今ので、少しは分かった?」

 

 フェリカは息を荒らげながらも、しっかりと頷く。

 

「……はい。風が……分かりました。動く前に、流れが……」

 

「それが“格闘”という形を借りた、マナとの対話でもある。見るだけではなく、感じ取り、“流れ”を導く。それが出来るようになれば、きっともっと強くなれるだろう」

 

「すごい……」

 

 そう呟いたのは、フェリカではなくリルだ。

 私が言ったとおり、当事者ではなく、放れたところから見たことで、何か掴めたりしたのかも知れない。

 

 フェリカは息を整えながら、尾を揺らした。

 その目の奥で、何かが確かに光りはじめている――。

 

 どうやらあの一回だけで、“流れ”を掴む直感を手に入れたらしい。

 やはり、フェリカにはセンスがある。

 

 うかうかしていると、リルはすぐに追い付かれてしまうだろう。

 とはいえ、冒険者という明確な目標を持つフェリカだからこそ、成長目覚ましいとも言えた。

 

 今のリルにはそうした目標(もの)がないし、将来を決めるには、まだ早過ぎる時期だ。

 

 憧れを持って何かになりたいと思っても良いのだが、生憎そうした話はリルの口から聞いたことがなかった。

 

 リルは将来、何になるのだろうか。

 楽しみに思う反面、不安になる。

 

 僅かな思案に耽っているっと、視界の端から一人の獣人が近付いて来た。

 

 顔を向ければ見知った相手で、それはやや緊張した面持ちの叔父――ロウランだった。

 ついこの間、フェリカから名前を教えて貰ったが、我ながら遅すぎたと思う。

 

「紫銀の方、少し……お話よろしいでしょうか」

 

 私が名を明かさない事は今更なのだが、それでは呼び名に困ると言うことで、大抵の場合に使用する通名を教えていた。

 

 名前を教え合うのは信頼の第一歩だし、獣人は特に名を大事にする。

 だから、名前を呼べないのは不信の証と取れ、それ故の緊張とも思ったが……どうやら、今回は違う様だ。

 

「何か……、トラブルでも?」

 

「は……、それが少々……」

 

 獣車の付近には多くの獣人が囲んでいて、散っていく様子もない。

 そして、出ていった時より明らかに人数が多いことから、やはり他村から人手を借りてきたのだと思った。

 

 獣車を間違いなくこの村に持って行くのか、途中で売り払ったりしないか、或いは渡すところまで見届けるつもりがあるのか――。

 

 いずれにせよ、その為の人員だとしても、その数は明らかに多かった。

 ……何とも、嫌な予感がする。

 

「隣村から獣車を借りられたのですが、その為には条件がありまして……」

 

「条件ね……。まぁ、無料(ただ)という訳にもいかないか……」

 

「いえ! 我れの命、我らの村を救って頂いた事に対する礼ですので、これについては我らの方で対価を支払う予定だったのです」

 

「しかし、対価と言っても、払うものが……」

 

 その多くは焼けたか、損壊してしまったのではないだろうか。

 払える物など、十分にはない筈だ。

 

 その気持ちが、表情に出ていたのだろう。

 ロウランは先んじて説明を始めた。

 

「ええ、ですから労役ですとか、狩猟した獲物の譲渡……。あるいは、猟場の一時的な使用権などを考えていたのですが……」 

 

 だが、その口振りからして、それでは交渉が決裂してしまったと見える。

 では、代わりの条件は何か、と問い質そうとした時、また別の獣人が割って入って来た。

 

「おぉ! そなたが高名な、“あの”魔女殿か! 我が名はティガル! 同胞(はらから)を救ってくれたこと、また被害を最小限に留めてくれたこと、改めて感謝しますぞ!」

 

 ティガルと名乗った獣人は、ロウランより一回り大きい、筋骨隆々の大男だった。

 虎獣族であるのは、はだけた上半身から見える、その特徴的な柄から明らかだ。

 

 しかし、どういうつもりで来たかはさて置き、彼の発言には眉をひそめざるを得なかった。

 

「何の事を言ってるのか分からないが、私は“あの”でも、“その”魔女でもない。そもそも、魔女と名乗ってすらいないぞ」

 

「……そうなのか?」

 

 ティガルは目を丸くして、驚く素振りを見せてから、ロウランへと顔を向ける。

 

「話が違うではないか」

 

「だから、きちんと言っておいただろう。精霊王の覚えめでたく、またその娘も精霊の愛し子なだけだと……」

 

「そんな異常事態、普通の人間に起こるわけないだろうが。言っている事が嘘でなければ、それはもう……他に可能性などあるのか?」

 

 ティガルの言うことは正しい。

 リルの方はともかく、精霊王に認められる事など、早々あることではなかった。

 

 それこそ、過去一千年に渡り、その寵愛を受けたと言えるのは、人間では私の他に二人くらいだ。

 

 獣人族となると、その自然融和の観念から精霊に愛されやすいという事もあって、もう少し数は多くなる。

 

 それでも十人に満たない筈だから、存命な人間の魔術士という時点で、その正体が“あの”魔女だろうと考えるのは、むしろ当然だった。

 

 とはいえ、可能性がどれだけ高かろうと、それを認める訳にはいかない。

 ここは話を逸らすのが最善だろうな、と思いながら、私はロウランの方へと話し掛けた。

 

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