混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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村での生活と悪魔の撃退 その5

「結局……、これはどういう話なんだ? 強い魔術士に何か助力を頼みたいとか……、これはそういう話か?」

 

「え……あぁ、そう……! そうなのです」

 

 ロウランは突然向けられた水にもかかわらず、むしろ救いの手が差し出された、と言わんばかりの表情で応ずる。

 

「森獣の獣車を差し出す……その見返りとして、助力を願いたいと……」

 

「本末転倒と言うんじゃないのか、それは……」

 

 私は呆れを隠さず嘆息した。

 そもそも、森獣などというご立派な獣車を、私は要求していないし、必要としていない。

 

「私は別に、野生の何かを捕獲して乗るのでも良かったんだ。でも、見つけるまでどれだけ時間が掛かるか分からないし、下手をすると捕獲してからが大変な事もある。だから、そちらの言う礼を受け取ろうとしたんじゃないか……」

 

「はい、えぇ……ご尤もです。あくまで、謝礼代わりと言いますか、感謝の気持ちをお伝え出来れば、と……」

 

「でも、獣車が欲しければ、そっちの願いを聞かないといけないって?」

 

 つらり、とティガルへ視線を向けたのだが、恐縮するのはロウランばかりで、向けられた当人は平然としたものだ。

 

 獣人族の――とりわけ、肉食の獣人には己の我を通すのが当然、と思っているタイプが多い。

 

 決して思慮が浅いという意味ではないのだが、融通が利かないので結果としてそう見られがちでもあった。

 

 ロウランが渋面を通り越した、歪んだ顔をしている所からして、この話題を止めたくとも止められなかったのだろう。

 

 別に彼の顔を立てる必要もないのだが、既に時間的遅れは、五日にもなっている。

 こうなっては、いち早く獣車が欲しいのも事実だった。

 

 それに――。

 ちらり、とリルを盗み見る。

 

 獣車を欲する一番の理由はリルだ。

 まだ長期の旅など経験した事がないし、それが徒歩の旅ともなれば尚更だ。

 

 三日を超えた時点で足裏に豆が出来、それが潰れてしまえば痛みで歩けなくなる。

 それが最低でもひと月の間、続くのだ。

 

 道中でのトラブルは幾らでも想定出来るし、そうなったら更に、時間が掛かる事になるだろう。

 

 あの森獣ならば間違いなく時間の短縮になるし、たったの七日で帰るのも不可能ではなかった。

 

 何を頼まれるか……何をさせるつもりか、聞くのが恐ろしくもある。

 だが、みすみす手放すのも惜しい。

 

 こちらの急いで帰りたい、という事情を知ってあの態度だとすれば、強気の態度になるのも分かる気がする。

 

 断られるなど、微塵にも思っていないに違いない。

 だがそれも、全ては話の内容を聞いてからだ。

 

「まぁ……、簡単な頼み事なら、聞くのも吝かではないが……」

 

「おおっ、本当か! なぁに、そなたならば難しい事ではあるまい! 何しろ、得意分野だ!」

 

 歯茎を見せて笑うティガルに、思わず訝しげな視線を向ける。

 

「……魔物退治でも、して欲しいのか?」

 

「おぉ、まさに!」

 

 ティガルは大いに頷いて、腕を組んだ。

 

「公国人という、魔物にも等しい悪鬼の退治を頼みたい。得意なのだろ、敵首魁の首だけを討ち取るのは? 是非とも、それを成し遂げて欲しいのだ!」

 

 私は本気で頭痛がして来て、額を手の平で覆った。

 ティガルから視線を切る形になり、代わりにロウランを横目で見る。

 

「コイツは何を言ってるんだ? わたしを暗殺者か何かだと、勘違いしていないか?」

 

「いえ、決して……! 決して、そう言う訳では……!」

 

 ロウランの狼狽は本気のもので、この遣り取りが不本意なものだと告げている。

 そして、ティガルはと言えば、全くの悪意なく言っているのが、いっそ厄介だった。

 

 自分が言った意味を理解していないのではなく、惜しみない賞賛を送ったつもりでいる。

 

 裏表のない獣人族は、だからこそ私も好ましく思っているが、口にした結果を考えなさ過ぎる。

 

 かつて、エルフ達の良い様に利用された理由も、良く分かろうというものだ。

 私は視線をティガルへと戻して、ズシリと重くなった気持ちのまま尋ねる。

 

「なぁ……、そっちでは……。当然、私とは無関係の話だが……。魔女とは、どういう風に伝わってるんだ?」

 

「無論、武芸百般、魔術全能! まさに万夫不当に相応しい! 敵には一切の容赦なく、味方には広く慈悲を給う!」

 

 熱を上げつつそこまで言って、更に興奮度を上げて続けた。

 

「かつて魔女は、不当な支配を許さんと、たった一人で抗い、獣人族の首に巻かれた鎖を解き放ったという。その戦いの最中、先兵とされた獣人族に一切の傷はなかった! 同じ事を、また頼みたいと言うのだ」

 

「あぁ、そう……」

 

 言っている事は間違っていないものの、どうにも獣人びいきで、美化され過ぎているのは否めない。

 

 伝聞なのか、伝承なのかは知らないが、彼らの中で理想の魔女像が出来上がっているのは確かな様だ。

 

 そもそも、味方と言う認識からして間違っている。

 ただ、“混沌の魔女”にとって、敵として見られなかった、というだけだ。

 

 そして、当時の彼らはエルフ達の為に戦う奴隷兵でしかなく、仮にそれで全滅しようと、エルフは痛痒を感じなかった。

 

 減ったらその分補充すれば良く、それは獣人族が絶滅するまで、続けられたに違いない。

 

 だから、無駄に命を奪うだけでエルフに対して意味はなく、だからこそ的を絞った……と、考えたに過ぎなかった。

 

 ともあれ、それで彼らが傷付かず、奴隷から解放されたのは事実だ。

 多少の美化も、誇張も已むなしだろう。

 

 だが、それを持ち出して頼み事をされても、私にとっては迷惑でしかなかった。

 

「獣人国の窮状は知っているさ。公国を悪し様に言いたい気持ちも分かる。それだけの事をしている、とも思う」

 

 公国との軍事力差が、原因でもあった。

 公国は山岳地帯を有する国で、その国土の多くが農耕に適していない。

 

 だから平原や森林を多く有する、獣人国の土地が欲しいのだ。

 だから攻め込むのは、ある意味で理解できる。

 

 自由競争は、“混沌の魔女”が由とした事だ。

 エルフ一強の完全支配と管理を、否定したからこそ反旗を翻したのだし、今の東大陸の現状がある。

 

 しかしそれは、同時に強者が弱者に攻め込み、また別の争いの火種を生んだことを意味した。

 

 弱肉強食は世の常で、自然界では基本的な原則だ。

 それは獣人族(かれら)も理解しているだろうが、だからと言って、座して死を待つ訳がない。

 

 公国は鉄の武具を身に付け、兵士の大半が魔術を扱う。

 その練度は決して高いものではなかったが、学べば身に付く一つの技能だ。

 

 武具の差は獣人の身体能力で巻き返せるが、魔術の有無はその差を更に広げてしまう。

 

 ならば獣人族も魔術を学べば良いと思うのだが、それを精霊信仰が邪魔していた。

 

 魔法とは、精霊の愛し子が授かる特別なものであって、余人が気軽に扱うのは不敬に当たる、という考え方だ。

 

 明かな劣勢と理解しても、未だに魔術を学ぼうとしないのだから、その考えは筋金入りで、種族としての根幹に根差し過ぎていた。

 

 公国も公国で、単に土地を手に入れたいから戦争を仕掛けた、という訳でもなかった。

 

 獣人族を劣等種と蔑み、対等に扱おうとしない。

 その差別は虐待へと至るまでになり、種の根絶さえ謳う程だ。

 

 彼らの目的は支配ではない。

 だからこそ、どこまでも苛烈になれる。

 

 それが現在の、獣人国を追い詰める理由だ。

 講和が不可能な以上、抗うしかない。

 

 だが、連敗を重ねて窮していたところ――。

 起死回生を狙える救世主が現れた、と感じてしまったか。

 

 ――かつて、窮状を救ってくれた時の様に。

 

「だが、私にも余裕がないし、それに都合の問題もある。悪いが協力は出来ないよ」

 

「うぅむ、そうか……」

 

 残念そうではあるが、それ以上食い下がる様子もなかった。

 先程の熱意とは真逆の様だが、こちらにとっては好都合だ。

 

 ――そして、余裕もなければ、都合も悪いと言ったのは、決して方便ではない。

 

 悪魔の真名は突き止めたのだ。

 早々に召喚して、この身を蝕む呪いを解かせなければならない。

 

 無論、丁寧に頼んで、どうこうなる相手ではないし、話を聞きすらしないだろう。

 というより、既に交渉のテーブルに着かせるのは不可能な程、悪魔からの心象は悪い。

 

 ――戦闘になる。

 そして、戦うのならば、誰も巻き込まない場所が好ましい。

 

 帰るには公国を通らなければならないし、近づく程に人気(ひとけ)はなくなる筈だ。

 

 適した場所はすぐに見つかるだろう。

 その戦闘の後に、また更に別に公国人との戦闘など、考えるだけで頭が痛い。

 

 最悪なのは、戦闘に勝利しても解呪されないパターンだ。

 頑なになった悪魔を頷かせるのは、至難の業だった。

 

「ともかく、私にその意思はない。獣車が無理なら、すぐにでも出立の準備をする」

 

「――あぁ、いや、お待ち下さい!」

 

 踵を返した私の前に、ロウランが手を差し出して止めた。

 そして、ティガルを睨む様にして言う。

 

「ほら、満足しただろう? 交渉の方法は任せるが、断られたら素直に渡す約束だ」

 

「そうだな!」

 

 ティガルは鼻息荒く頷き、そうして獣車へと掌を向ける。

 

「口惜しいが、断られたのなら仕方あるまい! 約束は約束だ。これは譲り渡す! 同胞の救助に感謝する!」

 

「ありがたいが……、いいのか?」

 

「構わん! 俺も首長に頼まれただけだ。助力を得られれば僥倖だったろうが、最初から想定になかったものだ! 元からないものが、改めて無くなっただけだから、惜しいとも思わぬ!」

 

「そうか……。そういう、サッパリしたところも、やはり獣人、といった感じだな」

 

「それは褒めとるのか?」 

 

「勿論だ」

 

 薄く笑って言うと、ティガルもまた歯茎を見せて笑う。

 闊達で気っ風の良い相手は、接しているだけで気持ちか良い。

 

 私は改めて感謝を述べると、ようやく面倒が解決した安堵で息を吐いた。

 それからリルを伴い、改めて出発の準備に取り掛かったのだった。

 

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