混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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村での生活と悪魔の撃退 その6

 これまで寝床として使っていた家へ向かう道を歩いていると、後方から春の風が撫で抜けた。

 近くの焦げ跡に咲く白い花が、日の光を受けて静かに揺れる。

 

「ねえ、見て、お母さん! 小さな芽が出てる!」

 

「本当だ……灰の中から、強い子だね」

 

 私が応じると嬉しそうに笑い、リルはその場にしゃがみ込んでしまう。

 花を愛でるのは結構なことだが、今は出発の準備の方が優先だ。

 

 実は先程からこの様子で、準備も遅々として進んでいなかった。

 ……いや、リルの魂胆は分かっている。

 

 慣れ始めた村の生活や、フェリカとの別れを惜しむから、少しでも時間を稼ごうとしているのだろう。

 

「リル、気持ちは分かるけど……。そうしていたら、惜しむ気持ちで溢れてしまうよ。そして、溢れる程に辛くなる……」

 

「うん……、そうだね……」

 

 納得しようと、惜しむ気持ちが無くなる訳ではない。

 それでもノロノロとした動きで立ち上がり、再び私の横を歩き始めた。

 

 その間に遅れていたフェリカが追い付いてきて、リルの隣に並ぶ。

 そして、元気付ける様に、その肩を叩いた。

 

「そんなにショボくれる事ないじゃない。これで最後な訳じゃないんだし」

 

「んぅ……、そうだけど……」

 

 リルにとって外泊は初めての事だったし、獣人に囲まれ、獣人だけで生活するのも当然、初めての事だった。

 

 家での生活、街での生活と全く違い、異文化との触れ合いは良い刺激となっていた。

 毎日が新しい事の発見で、また学びも多かった。

 

 我が家は色々な所が便利すぎ、一般的な生活様式からは掛け離れているから、尚のことだろう。

 火を熾し、火の始末をする事すら、リルにとっては非日常だったのが、それを物語っている。

 

 毎日の水汲みも大変な作業だと知り、一家一日分を水瓶に満たすには、井戸を何往復もしなくてはならない。

 

 気付けば勝手に満ちている我が家との違いに、リルは大いに戸惑っていた。

 いつか教えなければ、と思っていた事が、実地で学べたので、教育という意味でも満足出来る滞在だった。

 

 そして、そのフォローや指導に一番奔走してくれたのがフェリカだ。

 よくよく礼を言っておかねばならない。

 

「この五日程は、大変な苦労だったろう。改めて、感謝するよ」

 

「そんな、止めて下さい……! 貴女は命の恩人なんですから。このくらいは当然です!」

 

 フェリカは手をパタパタと振って、顔を赤くさせながら否定した。

 私はそれに笑顔で応じると、リルを伴い出発の準備を始めた。

 

 とはいえ、持ち込んだ荷物など殆ど無く、着の身着のまま、みたいなものだ。

 礼として受け取った物や、リルへの貢ぎ物としての食料など、それらの方が余程多いくらいだった。

 

 持って行くのにも限界があったので、獣車の存在は実に有り難い。

 リルにも荷台へ荷物を運んで貰っていると、あちらこちらから助けの手が入って来た。

 

 復興作業に忙しい筈の彼らだが、みな笑顔で手伝ってくれて、そこに含みらしきものはない。

 

 精霊の愛し子に関われる事は、それだけ名誉なことなのだ。

 誰も彼も、()()()()()を狙っていて、この期に精霊がチラとでも姿を見せないかと期待している。

 

 だが結局、ナナは最後まで姿を見せることはなかった。

 そうして、最後の荷物を積み終わると、私は森獣の体調や空腹度合いを確認する。

 

「……うん、良し」

 

 問題なさそうだ、と判断して御者席に腰を下ろす。

 

 手綱を手に取ると、横合いから慌てたような声が掛かった。

 顔を向けると、そこにはロウランがいる。

 

「お待ちを! もう、今すぐ出発なさるのですか?」

 

「そのつもりだ。長居しても迷惑になるし……」

 

 実際、初日と違って、私達は復興の手伝いをしていなかった。

 そんな事はさせられない、というのが彼らの弁だが、働かない者を食わせるのは、今の村にはそれなりに負担の筈だ。

 

 また、ただでさえ精霊の愛し子を歓待しようと、苦しいながらに精一杯の食事を饗しようとして来る。

 

 明らかに子ども一人分に見合わない量と質を出してくるので、それがなくなれば食料事情も変わってくるだろう。

 

 そう言う訳で、獣車が手に入り次第――それが夕暮れ間近でない限り、即座に出ようと決めていた。

 

「しかし、そうであれば……! いえ、こちらも見送りの準備などありますし……! 今夜は壮行会などで盛大に――」

 

「いや、それこそ村には負担になるだろうし……、何より心苦しい。やはり、このまま行かせて貰うよ。気遣いを無にするようですまないが……」

 

「い、いえ……。ならば、せめて……。――おいっ!」

 

 ロウランは手近な一人に声を掛けると、何やら命じて遠くの家屋に指を向ける。

 応じた男は即座に踵を返して走り出し、そしてまた、手に荷物を持って帰って来た。

 

 ロウランは荷物を受け取ると、今度はそれを恭しく差し出す。

 見ればどうやら、荷物の中身は食料の様だ。

 

「日持ちのする保存食が入っています。荷台に積んだ食料も、ある程度加工はしているでしょうが、こちらはひと月()ちます。邪魔にはならないかと……」

 

「うん、ありがたく受け取ろう」

 

 言葉と共に礼をして、受け取った荷物を荷台へと載せた。

 すると今度はフェリカがやって来て、まだ乗り込んでいなかったリルに抱き着く。

 

「こんなに急になるなんて、ぜんぜん思ってなかったから……。渡せる物とか、そういうの用意してなくって……」

 

「わたしもビックリしてる。もうちょっと……後一日だけでも……」

 

 自然、上目遣いになるリルに懇願されても、既に私の答えは決まっている。

 静かに首を横に振ると、諭すように言った。

 

「さっきも言ったろう。長引く程に、別れが惜しくなるんだ。もう一日だけ、あと少しだけ……そういって止めどなく留まってしまう。スパッと割り切る為にもね、手早く出ていった方が良い」

 

 リルは悲しそうに眉根を寄せたが、意見が覆らないと悟ったのだろう。

 フェリカをギュッと抱き締め直し、耳元に口を寄せて言った。

 

「また会おうね。必ずだよ」

 

「えぇ……! すぐには無理でも、必ず! 冒険者になったら、きっとリルの住む街まで会いに行くわ!」

 

「うん、きっとね……っ!」

 

 リルの瞳には涙が溜まり始め、声には嗚咽が混じってた。

 それでも気丈に振る舞って、涙を必死に堪えている。

 

 泣き出さないのは、フェリカが泣いていないからだろう。

 同じ精霊魔法使いとして、同い年の友達として、そして何よりライバルとして、不甲斐ない姿は見せられない――。

 

 そんな姿勢は、素直に感心出来るものだ。

 まだ幼いリルは、感情を制御するのは本来、難しい筈なのだ。

 

 その成長を喜ばしく思っていると、フェリカは自分の首から首飾りを外して、リルへと渡す。

 

「これ、あげるわ」

 

「いいの……?」

 

 首飾りは木の実とドングリを使った、素朴な手製ものだ。

 特別、手の込んだ物ではなく、もしかしたらフェリカが手ずから作った物かもしれない。

 

「あたしのこと、忘れないでね。それを見たら思い出して」

 

「うんっ、忘れない。ゼッタイ忘れないよ! わ、わたしも何か……」

 

 そうは言っても、リルはあげられる物など、都合よく持っていなかった。

 唯一、肌身離さず身に付けているのは、私があげたネックレスだけだ。

 

 指にチェーンが掛かった時、一瞬迷う素振りを見せたものの、それでもすぐに(かぶり)を振った。

 そうして、申し訳なさそうに呟く。

 

「ごめんね……。わたし、代わりにあげられるもの、ないみたい……」

 

「いいんだよ、そんなの。こっちが好きでやってるんだからね。だけど……、失くさないでよ?」

 

「うん、大事にする!」

 

 にこやかに言うと、受け取った首飾りを大事そうに胸へと仕舞い込んだ。

 それを見届けると私はリルを抱き上げ、同じく御者席に座らせる。

 

 席の高さは大の大人が、直立するよりまだ高い。

 見下ろす形になったリルは少しだけ驚いていたが、すぐに慣れて私に身を寄せつつ手を振る。

 

「じゃあね、フェリカ! じゃあね、皆!」

 

「改めて……、世話になった」

 

 既に獣車を取り囲まんとばかりに集まっていた者達へ、一通り目を向けて会釈した。

 短い間だったし、恐れ多いと積極的な会話もなかったが、こちらを見つめる目には素直な敬意に満ちていた。

 

 手綱を手に取り直し、いざ森獣を進ませようとしたその時、ロウランが一歩進み出て来た。

 

「王国へ向かうと窺いましたが、どの様なルートで向かうのでしょう?」

 

「特に深く考えていないが、主要な道を真っ直ぐ進むつもりだ」

 

「であれば、国境を越えるのは難しいと思います。公国人は決して、通してはくれないでしょう」

 

「そうなのか……?」

 

 訝し気に問うと、ロウランは忌々しいものを見る目つきで頷く。

 

「獣人を見つけたら、即座に捕らえようとする奴らです。理由がどうあれ、国境に近付く者に容赦しません。そこより南方沿いの山岳方面に別の道がありますので、そちらであれば、もしかすると……」

 

「そこに見張りはいない?」

 

「……いない、という事はないでしょう。公国人どもの悪逆に堪り兼ね、国を出ようと考える者も少なくないと聞きます。そうした者達が、公国の目を避けるのに使う道とも聞きますが……。こんな田舎にも伝わる話を、果たして奴らが見逃しているかどうか……」

 

「行ってみるまで分からない、か……」

 

 返事はなく、ただ無言のまま首肯する。

 避けられるものなら避けたいが、立地的に公国を通らねば王国には出られない。

 

 そこを迂回しようとすると、とんでもない遠回りとなり、帰宅が半年後になっても不思議ではなかった。

 竜の助けがあれば、こんな苦労はしなくて済んだのだが……。

 

 今はそれを考えても仕方のない事だ。

 

「分かった。気を付けて行くとするよ。公国に目を付けられていない事を祈っていよう」

 

 私は礼を言って、改めて獣車をゆっくりと歩かせる。

 盛大に送り出す声と共に見送られ、手を振りながら離れた。

 

 リルはついに涙を流してしまい、拭う事もせずに手を振り続ける。

 春の風が、灰の匂いをさらっていた。

 

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