混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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村での生活と悪魔の撃退 その9

「あの魔法陣が見えるか」

 

 赤よりも朱い球形の魂には、目も口も付いていない。

 しかし、こちらの様子は見えている、と確信して言った。

 

 そして、どうやらそれは間違いなかったらしい。

 魂からは、明滅する光と共に返答があった。

 

『応えるのは癪だが、言ってやる。我を召喚するのに用意したものだろう。……それがどうした』

 

「只の魔法陣とは違う。ごく小規模な“マナ溜まり”の上に敷いた」

 

 “マナ溜まり”とは、例えるなら地下水湖にも似ている。

 

 長い年月を掛け、空気中のマナ、地を流れるマナが、僅かずつ一部に溜まったものだ。

 

 地形的にそうなり易い環境があって、だから私は、魔法陣にマナを自動供給する為、運良く見つけられたここを、召喚場所に選んだ。

 

「分かるか? お前の魂を魔法陣に組み込む事で、このマナが尽きるまで自動召喚できる。ついでにお前そのものを媒介にするから、コストも大分落ちるしな」

 

『何……!?』

 

 不穏な気配を感じ取り、悪魔は肉体を再び作ろうとする。

 しかし、本来は目にも留まらぬ速さで作れる肉体も、私に握られている状態では遅すぎた。

 

 私は瞬く間に広がる霞を、即座に使用した魔術で消し飛ばした。

 

『ウグワァァァ……ッ!?』

 

「退魔の光、悪魔殺しの術だ。良く利くだろう? お前を殺せる訳じゃないが、それでも身体をズタズタに引き裂かれる痛みが走る筈だ。――お前の同胞は、この魔術に僅か五回で泣きを見せたぞ」

 

『き、貴様……! 愚弄するか、我を……我らを!』

 

「この魔術を魔法陣に組み込む。召喚と同時に肉体が滅び、強制送還された直後に再召喚だ。マナ溜まりにあるマナが尽きるまで、何度でもその苦しみを味わう事になるぞ」

 

『勘違いするなよ。悪魔は脅す方の立場であって、決して脅される事はない。何が望みで、そんな勘違いをしたいか知らないが――グワァァァ!!』

 

 言い終わる前に、退魔の光を魂にぶつけた。

 朱い球は黒ずみが更に増し、渦巻いていた黒いものも、心なしかその動きが鈍った様に思える。

 

「私に掛けた呪いを解け。私だって好き好んでこんな事がしたいんじゃないんだ。意地を張り続けても、ずっとこれが続くだけだぞ」

 

『悪魔よりも、悪魔らしい奴だ……。しかし、断る。こちらも契約を結んでの呪いだ。その程度のことで解けば、悪魔としての沽券にかかわる』

 

「そうか……。そういう答えになるか」

 

 どうせ、そういった反応だとは予想していた。

 先程言っていたとおり、悪魔は脅す側であって、人間に頭を下げたとなれば、生きてはいけまい。

 

 悪辣な罠や悪行は、悪魔の得意分野であり、人間に屈したなどと知られたら、良い笑いの種だろう。

 

 それに、悪魔は悪辣な存在で、嘘吐きでもあり、簡単に契約を結べる相手ではないが、だからこそ一度結んだ契約は遵守する。

 

 いっそ病的な程だが、それが悪魔の本能と言うものなのかも知れなかった。

 しかし、だからと言って、私もそう簡単に諦めるつもりはない。

 

 私は今も逃げ出そうとする魂を握り込み、魔法陣の中心に据える。

 そうして、抜け出せない様、陣そのものが拘束力を持つよう、組みこむ形で封じ込めた。

 

「さて……、だが私も『はい、そうですか。では、仕方ありません』と諦めるつもりはなくてな。これは命を蝕む呪いだろう?」

 

『そうだ、お前の魔力を糧として成長する呪いだ。強い魔術を使う程、浸食は早まる事だろう。今もさっきの魔術で、更に浸食したのではないか?』

 

 そう言って、苦しげだった声は、次に嘲るものに変わった。

 

『何が長く苦しみを、だ。その前にお前が死ぬではないか。そうなれば術も解けるだろう。我はほんの僅かな間、辛抱すれば良いだけよ』

 

「では、どうあっても解呪する気はないと?」

 

『悪魔の契約とは、そういうものだ。交わした契約の内容次第では、己の首を絞めると後に分かろうとも解除しない。悪魔とは、そういうものだぞ』

 

「……そうだな、そうだった」

 

 悪魔に契約を反故させる事は、殆ど不可能に近い。

 以前喚び出した悪魔にしろ、そこに契約が介在しないから素直に帰った。

 

 そんな相手に、果たして拷問は有効だろうか。

 最初からそのつもりで準備していたが、この意識の強さを見る限り、どうにも望みは薄かった。

 

 だが、言うべき事、訂正しておくべき事は伝えた方が良いだろう。

 

「予め言っておくが、この陣は私が死んでも機能し続ける。既にマナ溜まりと直結させているからな。止まるのは、あくまでもマナが尽きた時だ」

 

 起動する為には魔力を流さなければならないが、労力と言えばその程度の事だ。

 

「私の概算だが、消費されつつも、その間も僅かながらにマナは蓄積していくから……。おおよそ千年、これは続くぞ」

 

『千年……!?』

 

「嘘を言っているかどうか、試してみるか?」

 

『ムゥ……』

 

 言葉に窮し、沈黙が続く。

 私は指を一つ鳴らして、魔法陣に魔力を流した。

 

『グワッ! グォワッ! グガガガ……ッ!』

 

 一瞬で強制的に身体が構築され、そして一秒で炭と化す。

 それが六度続いた所で、また指を鳴らして魔力を送り、陣を停止させた。

 

『ハァッ、ハァッ、ハァッ……!』

 

 魂――それも現し身でしかない魂のみの存在なのに、荒い呼吸が繰り返される。

 これは魔界の本体にも、間違いなくダメージがいっている証拠だ。

 

「私に掛かる労力は、指一つ鳴らす程度だ。だが、お前の方はどうかな? とりあえず、一日放置してみるか?」

 

『ふ、ふ、ふ……』

 

「気が()れるには、まだ早いぞ」

 

『そうではない。感心していたのだ。性根の腐った奴、野心を秘めている奴、復讐を誓う奴、ただ愚かな奴……。悪魔を召喚しようと言うのは、大体どんな奴かは決まっている』

 

「……それで?」

 

『お前の様なタイプは初めてだ。悪魔を屈服させてでも、言うことを聞かせようと言うタイプはな……』

 

 そう言ってから、一拍置いて、再び口を開く。

 

『……お前は、何者だ? ただの魔術士に、こうも易々と拘束されたりはせん。さぞかし、名の知れた魔術士だろう……』

 

(おだ)てても無駄だぞ。そう言って名乗らせて、起死回生でも狙うか? ――そうはいかない」

 

『そんな小狡い手を使うものか。大体、この状態で何が出来る? また強制召喚されて死に続けるだけだ。そうだろう?』

 

 殊勝な心掛けだが、騙し、詐欺、虚言は悪魔の得意分野だ。

 呼吸と同レベルで、それらを働く。

 

 到底、言葉通りに受け取る訳にはいかなかった。

 どうせ今も、虎視眈々と抜け出す機会を狙っている事だろう。

 

「……悪魔の提案を飲むと思うか? お前は取り引き出来る立場じゃない。私の要求を飲むか、それとも死に続けるか、だ。はっきり口に出して答えて貰うぞ」

 

『そう急くな。お前の勝ちは決まったようなものだろう? 勝者の余裕、ってものを見せるべきだぞ。フルネームとは言わない。その名だけでも……』

 

 いやに食い下がって来る所が、また怪しい。

 それとも、時間稼ぎのつもりだろうか。

 

 本当の狙いは名前と思わせて……というのは、実にありえそうな手だ。

 私は鼻を鳴らして、言葉を投げる。

 

「フン……、名前をどうにか聞き出せれば、と思っても……どのみち無駄な事だぞ。私は名をとうに捨てた。今となっては、只の魔女だ」

 

『魔女? 魔女だと……? しかし、我を拘束するだけでなく、ここまでしてやれるのは……』

 

 そこまで言って、ハッと息を呑む音が聞こえた。

 

『お前……、“混沌の魔女”か! クソッ! あぁ、そうか! そうでなくては、到底理解できん! そうか、お前が……お前がそうなのか!』

 

 私はそれに応えない。

 いや、そうだと()()()()()()()()()()()、と言った方が正しい。

 

 私はただ無言で、魂たる朱い球を見つめ、錯乱に近い状態の、悪魔の声に耳を傾けた。

 

『なるほど、ここまで容易に拘束出来る訳だ! 時空間の壁を初めて破り、我らの世界と繋げた者! 召喚術式を理論立て、構築した初めての人間! ――お前がそうなのか!』

 

「随分とお喋りな奴だな。だが、もういい。オマエに解呪するつもりがない事は理解した」

 

 私が話を打ち切ろうとすると、それまでの、狼狽振りが嘘のように声音が変わる。

 

『……そうか、お前がそうなのか』

 

 ただ変わった訳ではない。

 そこには明確な悪意が込められていた。

 

『我はお前を呪うぞ……。我らを好き勝手、オモチャにしやがって……!』

 

 ――拙い。

 そう思って、咄嗟に魔法陣を起動した。

 

 また一瞬の内に身体が生まれ、そして直後に焼き切れていく。

 

『グガガガ……! お前の名は知らん。だから、直接は呪えん。だが、小賢しくも魔力を絶ち、それで延命しようなどと思わぬ事だ!』

 

 既に十度は死んでいるというのに、悪魔の意思は尚も強固で、痛みなどないかの如くに、赤と紫の瞳で睨みつけて来た。

 

『お前が魔力を使わなければならない状況を作り出してやる……! 安息の日はもう二度と訪れないと心得よ! ――グワァァァッ!』

 

 言いたい事を言うと、それきり断末魔の悲鳴と消滅の中に包まれた。

 耳を覆っても、貫通して来そうな、怖気の走る悲鳴だ。

 

 このまま放置しておくと、悲鳴に怯えるだけならまだしも、興味を持って近づく者が出るかもしれない。

 

 悪魔がこれ幸いと、騙して魔法陣を解除させる可能性すらあった。

 

 私は魔法陣に更なる一手間を加え、消音と隠者の結界を張る。

 これで何人(なんぴと)も、この悪魔の存在に気付けないはずだ。

 

「お前こそ、私を呪った事を後悔しろ。そこで永遠に焼かれ死ぬがいい」

 

 後には、静寂だけが残される。

 空が元に戻り、湖が光を取り戻す。

 

 私は深く息を吐き、また更に熱を帯びた気がする脇腹に手を当てる。

 ――くそっ……。

 

 解除出来る唯一の手段、そして希望が、いま打ち砕かれた。

 そこへ、事の解決を見たリルが、湖を回り込んで駆けて来る。

 

 私は努めて脇腹の熱を無視して、愛する我が子を迎え入れた。

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