エルトークス商会を後にする時には、入口に残りの商会員が詰めていた。
戦闘になるか、と腕を上げた瞬間、それらが左右に分かれて一本の道が出来上がる。
「お帰りですか!」
「お気を付けて!」
全員が頭を下げて見送って来る。
私は顔を顰めながら、その間を通って外へ出た。
出た後も足音立てて外へ出て、道を塞ぎなら頭を下げてくる。
どうやら、この短い間の遣り取りで、私に対してどう接するのが正解か理解したようだ。
しかし、通行人の邪魔になるし、そこまでされると迷惑でしかなかった。
「おい、
「いえ、そういう訳には! ご一緒にお嬢さんをお探しします。お名前や髪の色、特徴など教えて下されば……」
「あぁ、教える。教えるが……、まず確認してからだ。そのとき改めて遣いを出す」
「承知しました!」
若い衆が一斉に頭を下げて、了承を示す。
私は逃げる様にして――実際、逃げる心境で――、その場を小走りに立ち去った。
※※※
バルミーロの工房前に辿り着くと、そこから子供の泣き声が聞こえていた。
それをあやす男の声も聞こえるが、すっかり参っている様子だ。
私は急いで駆け付け、部屋の中へと滑り込む。
そして、泣き声の主がリルであるのを確認するなり、椅子の上に座るリルに抱き着いた。
「あぁ、どうした、リル……! この偏屈ジジイに意地悪されたのか……!?」
「おかぁさぁぁん……!」
私を見るなり、更に泣きじゃくるリルの背中を、優しく撫でる。
胸の中に抱きかかえ、リルの頭に頬を乗せた。
キメ細かい髪の毛と、シャンプーの香りが鼻腔をくすぐる。
その体温を全身で感じ取り、私自身安堵しながら、左右に小さく振ってあやした。
しばらくそうしてやれば、リルは落ち着きを取り戻し始める。
私はリルの頭に頬を乗せたまま、バルミーロとグルダーニを睨み付けた。
「小さい子を泣かせて、どういうつもりだ……?」
「いや、違う! 勝手に泣き出したんじゃ! 儂は何もしとらん!」
「そう、違うんですよ、誤解です! 貴女が傍に居なくて、心細くて泣いてしまったんだと……! 何とか、ご機嫌取ろうとしたんですよ、こっちも!」
「……そうなのか? リルは寂しくて泣いてたのか?」
耳元で優しく問い掛けると、リルは泣いたままで、こくりと頷く。
抱いてあやしている内に、リルも安心して来たのか、今では涙も治まって来たようだ。
「……だが、それはともかくだ。グルダーニ、リルを危険な目に遭わせたな……」
低い声で問い掛けると、グルダーニは平身低頭、謝り倒す。
その場に片膝を付き、祈る仕草で両手を組んだ。
そうして真っ直ぐこちらを見つめながら、彼なりの言い訳を始めた。
「勿論、お嬢さんの安全第一にご案内しました! でも、突然、変な奴らが絡んで来て……! その時は抱き上げて、即座に逃げようとしたんですよ! でも……」
「お母さんがつくってくれたフードね、とられ……とられ、ちゃった……! ひっく……っ! びゃぁぁぁ!」
「あぁ、よしよし……」
背中をとんとん、と優しく叩き、グルダーニを睨む。
恐縮し続ける彼は、そうやって何度も頭を下げた。
憤りはあるが、全てグルダーニが悪い、という話でもない。
上手く逃げ切ってくれたら最善だったが、確執をあの男に根付けたのは私だとも言える。
切っ掛けを辿ると、グルダーニに責任を押し付けられるものではなかった。
そもそも悪いのは、あの男だ。
そして、そちらの話はもう付いている。
客観的に見て、グルダーニを責めるのは余りに酷だった。
私はリルをあやしながら、グルダーニに声を掛ける。
「……いや、私の言い方も悪かった。……そうだな、リルを守ってくれようとしたんだ。その事には感謝すべきかもな」
「い、いえ!」
グルダーニは弾かれた様に顔を上げた。
「信頼して預けていただいたのに……、慣れているからと、油断した自分が悪いのです!」
「リルに傷はなかったんだ。それで良しとするさ。それに……」
私はあの男から取り戻した、リルのポンチョを取り出して見せた。
「こうして、無事に取り戻したしな」
「あっ、リルの……!」
手に持ったポンチョをリルが見た途端、顔を輝かせて見つめた。
私はリルを片腕で支えながら、器用にそれを被せてやる。
無事に被り直したリルは、それと同時に涙も引っ込んだ。
今も鼻をぐずらせて、垂れ流しているモノもあるが、鼻紙を使ってリルの小さな鼻を支える。
「ほら、チーン!」
ぶびぃ、と盛大に鼻を噛んでスッキリさせると、リルは華やかな笑みを浮かべた。
すっかり機嫌も治ったリルに頬ずりして、それからバルミーロに声を掛ける。
「それじゃあ、慌ただしくて済まないが、私達はそろそろ行く。リルの世話をありがとう」
「え、あ……? 何じゃ、もう行くんかい」
「昼はリルに街の食事をさせようと思ってたんだ。それに、買い足したい物を、まだ買ってもないし」
「そうか……、それじゃあ引き留めるのも悪いかの。今度はもっと、ゆっくりして行け。……いや、これいつも言っとるけど、おんしは全く気に掛けたりせんな」
私はそういう性分なのだ。
街よりも森の方が落ち着く。
それに、街は際限なく厄介事が舞い込んで来そうな危うさがあった。
帰れるものなら、いつでも早く帰りたいのだ。
「私の鞄は?」
「おぉ、こちらで預かっておる」
そう言うと、部屋の奥から私の鞄を持って来てくれた。
それを受け取ると、リルを腕に抱いたまま背を向ける。
「次に来るのは、春先になるかな」
「相変わらず、冬は家に籠もるんかい」
「……冬は嫌いだ」
バルミーロの顔を見ぬまま歩き出す。
肩口に手を乗せるリルが、後ろのドワーフ二人に手を振るのが見えた。
私は鞄を持っているので手を触れないが、鞄を小さく掲げる事で、分かれの挨拶に変えた。
※※※
軍資金も調達出来たし、ようやく本命の買い物が出来る。
欲しい物で優先するのは、まず調味料。
特に塩は森で手に入らない必需品だ。
冬の間、途中で切らさない分量を、しっかり購入する。
あとは糸や毛糸も購入しておく。
子供の成長は早いものだ、去年のセーターは少し窮屈だろう。
毛糸はバラせば再び使えるが、さりとて同じ柄では味気ない。
可愛く着飾ってあげるためにも、そうした気配りは必要だった。
「さて、他に必要な物は……」
市場の中をぐるりと回って、欲しい物は大体、揃えた。
後は趣向品となるが、目に付く物は殆どない。
結局、何か実用品を、と身体を反転させた時、リルから甲高い声が上がった。
「お母さん、あれ!」
リルの指差す方を見ると、そこには人形が並んでいた。
木彫り細工の人形で、服の切れ端で作ったと思しき服も着ている。
素人目で見ても、出来が良いとは思えないのだが、どうやらリルの目には留まったらしい。
「あれが欲しいのか?」
「うん、ほしい!」
ポンチョの上から出ている耳が、ぴこぴこと揺れている。
怖い目にも遭った事だし、街での良い思い出も必要だろう。
私は快く頷くと、それを素直に買い与えた。
手渡してやると胸に抱いて、リルは満足そうな顔をする。
「ありがとう、お母さん!」
「どういたしまして」
買う物はそれくらいか、と市場から出ようとした所で、チーズが売られているのを見つけた。
保存食としても有用だし、食卓に並んで嬉しい食品だ。
ワインのツマミにもなるし、言う事がない。
「じゃあ、チーズと……そうだ、バターも忘れてた」
我が家で入手できないのは、主に乳製品だから、これを買わずにいたら後悔するところだった。
「そうとなれば、牛乳も欲しいな。あれがあると、料理の幅も広がるし……」
「……ぎゅーにゅー?」
「リルも飲んだ事あるだろう? 白いやつだ」
「……おぼえてない」
リルはふるふる、と首を横に振った。
覚えてない筈はないのだが、美味しいもの、という認識が薄いせいかもしれない。
栄養に良い、と言って飲ませたものの、確かその時、リルは嫌な顔をして突き放したのを覚えている。
確かに牛乳は、慣れないと難しい飲み物かもしれない。
餌の内容次第で、乳にも臭みが出るし、当たり外れもある。
しかし、リルの興味を引く言葉を、私は知っているのだ。
「これがあると、美味しいおやつが作れたりする」
「ほしい、ぎゅーにゅー!」
途端、態度を豹変させて、凄い食いつきを見せた。
私はそれに苦笑しながら、纏まった量を買い付ける。
こうした場では、自分で容器を用意するもので、しかも重くなるから大量に買い付けられない。
しかし、そこは『魔法の鞄』があるので、私にとっては関係なかった。
未使用の木バケツに注いで貰い、次々と鞄に仕舞って見えるように、空間内へ移動させていく。
牛乳は日持ちしないし、空間内でもしっかり腐敗は進むので、欲しい分だけ大量に、と行かないのが辛いところだ。
そうして、冬ごもりに必要な全ての物を買い揃えると、今度こそ昼食にしようと食堂へと足を伸ばした。