混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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人助けの難しさ その6

 今日は、ただ治すだけでは終わらない。

 “これから先”を考えて、村の人たち自身でも作れる薬を、用意しなければならなかった。

 

 全くの素人には難しいだろうが、どの村にも薬師はいる。

 仮にいなくとも、薬草を見分けたり、磨り潰したりするくらい出来るだろう。

 

 今はそれに期待して、魔力に頼らない治癒方法を実践するだけだ。

 いざ戸を開けると、人々は一斉に私とリルに道を空けた。

 

 怯えと敬意の混ざった沈黙が下りる。

 その中で、私は静かに声を掛けた。

 

「怪我の者から順に、この子――リルが診る。病の方は私が見るが……、ここでは手狭だな」

 

 そう言って周囲を見渡し、誰にともなく声を掛ける。

 

「対応出来る部屋を用意してくれ。今から薬を調合するから、今後あなたたち自身でも治せるよう、やり方を教える。得意な者が村にいるなら、すぐに呼んで来なさい」

 

 人々は戸惑いながらも頷き、そうしてその中に含まれていた村長が、泡を食った様に急ぎ部屋を用意した。

 

 私とリルが入ると、怪我の者もまた、順に部屋へ入って行く。

 私の方は室内を片付け、空いたスペースで治療と調合を行うことになった。

 

 部屋の隅に置かれた調理台を借り、私は村人たちに材料の提供を頼んだ。

 近隣で採れる薬草、家畜から取れる獣脂、蜜蝋、清潔な布、お湯、臼と杵。

 そして、各種薬草……。

 

 次々運び込まれる道具を前に、私は手際よく作業に入る。

 

 まず最初に手を付けたのは、霜降りミラ草と呼ばれる薬草だった。

 春の雪解け後に芽吹く白縁の葉を持つ草で、“冷気を吸う”といわれ、打撲や炎症を沈める働きがある。

 

 放っておくと苦みが増し、家畜も食べないため、早摘みが重要な薬草だ。

 それを手早く磨り潰し、次に赤根カスラを手に取った。

 

 土の浅い場所で育つ根菜の一種で、根の内部が赤く、煎じると血行を促す。

 止血剤にもなるが、生のまま刻むと毒性が少し残るため、よく煮込む必要がある。

 

  山ほたる苔は夜間、わずかに光る苔だ。

 湿地や古木の根元に多く、傷口の化膿を防ぐ。

 水の精霊が好むとされ、古くから“精霊苔”とも呼ばれる。

 

  鋭葉リステは鋭い切れ込みのある葉を持ち、煮出すと強い殺菌作用が出る。

 扱いを誤ると皮膚がかぶれるため、手を出す時は慎重になる必要がある。

 

 私は大鍋に獣脂を溶かし、温度が上がりすぎないよう、注意しながら火力を調整する。

 その合間、リルは次々と入ってくる村人の治療にあたっていた。

 

「ナナ、お願い! ここに集中して!」

 

 周囲のマナが集約する事で、淡い光が少年の折れた指を、撫でるように包み込む。

 骨の位置が整い、腫れが引いていくたび、周囲に驚きの声が上がった。

 

「おお……!」

「あぁ、精霊様……! 愛し子様……!」

「奇跡だ……! 本当にこんな事が起こるなんて……!」

 

 感動は結構だが、治療が終わっても祈りを捧げようとして、立ち去らないから困りものだ。

 

 リルの治療を待つ者はまだ多くいるのに、その感謝が妨げになっている。

 私は注意を飛ばして、村長に流れの制御を頼むと、手元の薬作りに戻った。

 

 獣脂が柔らかく溶けたところで、ミラ草を細かく刻んで混ぜる。

 白い縁の葉が油に染み込み、淡い青の香気が立ち込め始めた。

 

「これで炎症は抑えられる……」

 

 次に、すりつぶした赤根カスラを加えると、少し赤みを帯びた軟膏に変わっていく。

 

 山ほたる苔は控えめに。

 リステは香りが強いため、刻んでから熱を逃がして加える。

 

 杵で混ぜる手つき、精緻かつ、静かに行う。

 力任せにやると、折角の薬効がにげてしまうのだ。

 これが分かる者は多くないが、しかし村の薬師だけは感嘆の息を吐いていた。

 

 私の方は、リルの様に目に見えた、分かりやすい結果は出ない。

 だから熱意の様なものはなく、同じ事を期待していた者からは、落胆めいた視線すらあった。

 

 しかし、私は構わず軟膏を渡す。

 

「これは治療と同時に、再発防止用でもある。身体が弱っている時は、特に戻りやすいから注意する様に。これを一日二回。使い方は……ほら、こう」

 

 そうは言っても薬の提供に村人たちは素直で、無料と聞くと目を見張り、深く頭を下げた。

 

 

  ※※※

 

 

 リルは汗をかき、時に小さく息をつきながらも、疲れた顔を見せずに治療を続けていた。

 

「……リル、頑張るのは良いけど、無理し過ぎないように。リルの方が倒れたら、本末転倒だからね」

 

「うん。でも、もうちょっと……!」

 

 魔力を使い過ぎれば、精霊との均衡を乱してしまう。

 ここは我が家の森の中ではないので、息するように、マナの補給は出来ない。

 

 しかし、私は心の奥でこそ案じるが、口には出さなかった。

 リルが自分で限界を学ぶ機会も、また必要だ。

 

 その一方で、部屋は治療を求める人で溢れ続けた。

 

 老人の咳が止まり、少女の擦り傷がみるみる消え、疲労で眠れなかった母親が深く息を吸えるようになり……。

 

 人々の表情に、徐々に安堵が戻っていく。

 そして、リルの治療が一段落した頃、私は最後の軟膏をかき集め、布に包んで村長へ渡した。

 

「これだけあれば、しばらくは足りるだろう。私たちは明日には出発するが、薬は自分たち自身で作れるように、レシピも残していく。必要な材料は全て、この辺りの森にあるものだ」

 

 村長は深々と頭を下げ、声を震わせた。

 

「旅のお方……、どう感謝して良いやら分かりません。医者も治癒術士も居ないこの村では、とにかく薬効のある何かを煎じ、治すに任せるしかなかったのです……」

 

 そして、その薬効さえ不確かで、過去の経験則から意味があると、縋るしかなかったのだろう。

 

 無論、多種多様の病に対応するなど不可能で、痛み止めを風邪の相手に処方する……といったことは、小さな村ほど珍しくなかった。

 

 いずれにしても、とりあえず私の役目は終わった。

 片付けも済まさなければならず、春の夜がようやく静けさを取り戻したのは、月が天頂を少し過ぎた頃だった。

 

 リルはもう相当な()()()で、ゆっくりと船を漕いでいる。

 簡素な藁敷きの部屋へ戻ると、リルは治療の疲れもあって、敷布に倒れ込むように横になった。

 

 すると、数呼吸も経たずに寝息を立て始める。

 その寝顔を見守りながら、私は静かに腰を下ろし、夜の深まりと共に疼く脇腹を押さえた。

 

「……今夜は、魔力を使っていない筈なのに」

 

 痛みは、鋭い棘が内部を撫でるように断続して襲ってくる。

 だが、辛い表情を浮かべることすら、今は避けたかった。

 

 たとえリルが、見ていないと分かっていても、痛みの度に顔を歪める様になれば、それが癖になっており取り繕えなくなる。

 リルを安心させるためにも、自分は揺らがない柱であらねばならない。

 

 春の夜気は冷たく、野の花の匂いがほのかに混じっていた。

 外では時折、村人たちの低い囁きが聞こえる。

 今夜の奇跡について、互いに口にしたくて堪らないのだ。

 

 私は静かに目を閉じ、胸に手を当てた。

 

 ――リルの力が、誰かの救いになったこと。それは本当に、喜ばしい事だ。

 

 だが、その力がこれから先どんな重荷を背負わせるのか。

 それを案じる気持ちは、夜が深まるほど濃くなった。

 

 ――痛みは、さらに深い場所へと沈んでいく。

 

 私はゆっくりと横になり、長い夜を、ただ一人でじっと耐えた。

 

 

  ※※※

 

 

 鳥の囀りが近くの林から聞こえてきた頃、私はうっすらと目を開けた。

 痛みは残っているが、昨夜よりは幾分ましだ。

 

 隣ではリルが藁を抱え込んで眠っている。

 ふにゃ、と小さく寝返りを打つその気配に、こわばっていた表情が少し緩んだ。

 

 ……本当に、よくやった。

 

 リルを起こさないよう静かに身を起こし、私は外の空気を入れようと、戸を開けた。

 

 春の朝の光が、村全体を黄金色に照らしている。

 霧がまだわずかに残り、煙のように屋根の上を流れていた。

 

 だが、何よりも驚いたのは——。

 家々の前に並ぶ、村人たちの姿だった。

 

 十数人ほどが、こちらへ向かって深々と頭を下げている。

 

「お、起こしてしまいましたか……」

 

 村長がこちらを見るなり、気恥ずかしそうに頭を下げた。

 私は慌てず、落ち着いた声音で尋ねる。

 

「一体、どうしたんだ? まだ他にも、診て欲しい者が……?」

 

「いえ、そうではないのです。ただお礼を……せめて、心からの感謝を捧げたかったのです。本当に……本当に、ありがとうございました」

 

 村長はそこまで言うとゆっくり頭を上げ、昨夜とは違う、澄んだ顔を向けたのだった。

 

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