混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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母の副業 その1

 広い牧草地と、それに伴う牧畜が盛んなだけあって、食堂では肉料理が盛んだった。

 

 また、乳やチーズと一緒に煮込むシチューが名物で、私もこれが好物だ。

 家では乳料理は滅多に作れないので、ここに来たら食べる定番ともなっている。

 

 今は昼を過ぎた頃で、昼食時ピークも終わっていたから、食堂の席にもそこそこ空きが見えた。

 

 私とリルは、空いている席――四人がけのテーブルへ、二人横になって座った。

 隣同士に座るのは、リルが粗相した時に、すぐフォローする為だ。

 

 最近は口に運ぶ際、零す事も少なくなったが、店での食事となると勝手が変わる。

 それを思っての事だったが、実際にシチューを食べ始めて、それで正解だったと確信した。

 

「お母さん、コレおいしー!」

 

「うん、美味しいな」

 

 牛乳とチーズのまろやかさと、良く火が通りつつ、固くなっていない肉。

 シチューと一緒に食べる為か、小さめに切られた肉も良い感じだった。

 

 まだ小さなリルなら、むしろ丁度良い大きさなくらいだが、口元をベトベトに汚してしまっていた。

 

「ほら、リル。もっと落ち着いて食べなさい」

 

 私は懐から取り出したハンカチで、リルの口元を優しく拭う。

 リルはスプーンでシチューを掬い取りながら、恥ずかしそうに笑った。

 

「んひひ……!」

 

 そうして美味しそうに食べている姿が見られるだけで、心が温かくなる。

 私もシチューを口に運び、笑みを交わしていると、そこに不躾な闖入者がやって来た。

 

 ズカズカと靴音を鳴らして、向かい側の席に断りもなく男が座る。

 とはいえ、街の食堂において相席など当然だから、誰が来ても文句を言えるものではない。

 

 しかし、その顔を確認するなり、私は食事の手を止めて、思わず顔を顰めてしまった。

 

「……相変わらず、ツレない反応だねぇ。そこまで嫌な顔しなくても良いだろうに」

 

 私は敢えて無視して、そのままシチューを口に運ぶ。

 野菜も多く入っているのだが、ウチで栽培している物より苦みが強く、雑味もあった。

 

 ニンジンに至ってはそれがより顕著で、普段のニンジンを期待して食べたリルは、非常に苦い顔をしていた。

 

「おいおい、挨拶くらいしようぜ。見なかったフリはないだろう」

 

「こっちは食事中だ。用がないなら、消えてくれ」

 

 あくまで視線を合わせず、ぶっきらぼうに話を切ると、男は慌てて手を振った。

 

「いや、あるよ。勿論、ある!」

 

「じゃあ、言うだけ言って、さっさと消えろよ」

 

「いやいや、それがここじゃあ、ちょっとなぁ……! 俺にも色々あるんだよ、分かるだろ?」

 

 拝み倒す様に見てくるが、そもそも相手にするつもりがない。

 無視して食事を進めていると、食堂の娘がやって来て、嘆息混じりに口を出した。

 

「ラーシュさん、ここは食堂ですよ! 席に座ったんなら、何か頼んでくれないと!」

 

「え、……あぁ? 俺、さっき食べて来たばかりなんだよなぁ……!」

 

「じゃあ、出てってくれます?」

 

「あぁ、いや……! じゃあ、飲み物だけ! 塩入ミルク茶(スーテイツァー)一つ!」

 

 娘は露骨に嫌そうな顔をして、じとりとラーシュを睨む。

 

「それだけですかぁ?」

 

「いや……、ドネちゃん今日も可愛いね! いよっ、この街一番の看板娘!」

 

「そんなバカみたいな褒め言葉に、騙されたりしませんけど……」

 

 ドネの言葉には明らかな棘が混じっていて、視線まで冷たい。

 

 いよいよ言葉に窮したラーシュだが、彼女にも他の接客があり、とりあえずこの場は仕方なく折れた。

 

「はぁ……、全く……。塩入ミルク茶(スーテイツァー)ですね、少々お待ちを!」

 

 溜め息一つ零すと、身体を翻して去って行く。

 ラーシュは冷や汗を拭う真似をして、細く息を吐いて肩を竦めた。

 

「いや、参ったね……。ピークは過ぎたんだし、ちょいと融通利かせてくれても……」

 

「お前の用っていうのは、雑談を続けたい事なのか? ギルドの長が、随分とお暇なことだ……」

 

 私からもジロリと睨むと、ラーシュは渋い顔をして肩を落とした。

 

 軽薄な言動、軽薄な身なり、三十も半ばを過ぎたと言うのに、落ち着きもなければ威厳もない。

 

 何故この男に冒険者ギルドの長が務まるのか、全く不思議でならないのだが――。

 

 そうはいっても、かつては王都で冒険者をしていて、そこそこ名も売れていたらしい。

 それも何処まで本当か怪しいものだ。

 

 現役を引退した冒険者が、そのままギルド員になるのは、それほど珍しい経歴ではない。

 

 ギルド職員になれるのは難しくなくとも、その長ともなれば簡単ではないのだ。

 

 それでも実際に役職を得ているのは、なまじ実力があったから貧乏くじを引かされた、とかそういう理由なのかもしれない。

 

「……で、用は?」

 

「あ、ぉぅ……」

 

 いつまでも切り出そうとしないので、こちらの方から声を掛けてやったのに、ラーシュはまるで上の空だ。

 

 というより、リルを見つめては呆けている。

 

 リルの愛くるしさに気付いて、いつまでも見ていたい気持ちは分かるが、怪しげな男の視線にリルを怯えさせたくもない。

 

 私はラーシュを一際強く睨んで、その視線を咎めた。

 

「いつまで不躾に見つめるな。リルが怯えるだろ」

 

「ぁ……、リル? そいつ……」

 

 ラーシュが力なく指を向けて、呆けた声を出した時、ドネが木製マグを持ってやって来た。

 

「はい、お一つね。他に頼まないんなら、さっさと飲んで帰ってよ。――あ、こちらのお客さんは、どうぞごゆっくり!」

 

 ラーシュを睨みつけ、しかしそれとは正反対に愛嬌を振りまくと、ドネは他の接客へと移って行った。

 

 ラーシュはその背を見送って、届いた塩入ミルク茶(スーテイツァー)を、のろのろと口に運ぶ。

 

 そうして、元よりなかった威勢を更に落として、口元を木製マグで覆いながら訊いてきた。

 

「そっちのガキ……じゃない、子供って……お前の子か?」

 

「だったら、何だ?」

 

「マジかよ……!」

 

 ラーシュはマグを叩きつけるように置いて、両腕で頭を抱えてしまった。

 そうして、そのまま動かなくなり、何やら独り言をブツブツと言い始める。

 

「おかぁさん……」

 

 その姿にリルも怯えてしまった。

 大層、不安そうに見上げて来るので、その頭を優しく撫でてやる。

 

「大丈夫、ちょっとおかしな人ってだけだ。街にはこういう奴もよくいる。近付いたら駄目だぞ」

 

「じゃあ、いますぐにげる?」

 

「今はお母さんがいるから大丈夫。でも、もし傍にいなかったら、ちゃんと逃げなさい」

 

「わかった!」

 

 良い返事をしたリルの、頭の耳を畳むように撫でた。

 耳の毛は髪の毛よりも更にきめ細かく、撫でていると肌触りが楽しい。

 

 リルの皿を見ると、野菜だけが綺麗に残っていて、思わず眉根に皴が寄る。

 

 栄養を考えれば、勿論全部食べるべきなのだが、うちの野菜に慣れているリルには厳しい苦さだ。

 

 いずれ外の味にも慣れるべきとは思うが、幼い舌に苦みは辛い。

 この場は注意だけして、代わりに私が食べる事にした。

 

「出された物は、なるべく食べる。食に感謝して食べる。それを忘れてはいけないよ」

 

「うん、でも……このおやさい、きらい……」

 

「そうだな。でも街の……というか、外の野菜は大抵そんなものだ。いずれは慣れていかないとな」

 

 頭を撫でながら言うと、リルは不満そうにして首を横に振った。

 

「おそとのやさいなんて、たべたくない……っ」

 

「今はな。今はそれで良いけど、大きくなると慣れないといけない事は、沢山あるんだ」

 

 そうは言っても、リルは即座に納得してくれない。

 そもそも、外の野菜を食べなくてはならない、という理屈を理解できないのだろう。

 

 永遠に森で過ごすのならそれでも良いが、きっとそうはならない。

 だからこその親心なのだが、これを理解出来ずとも仕方ないだろう。

 

「さて、リルが食べ終えたとなれば、私も早く食べてしわないと……」

 

 残りは二口か三口分ほど。

 それを急ぎ過ぎずにかき込み、口の端をハンカチで拭う。

 

 リルの口も一緒に拭うと、鞄と帽子を手に取り、代金を置いて席を立った。

 テーブルの間を行き来していた、ドネの方にも声を掛けていく。

 

「それじゃあ、どうもご馳走様」

 

「ごちそうさまでした!」

 

 リルからも元気ある声が掛かると、ドネは相好を崩して手を振る。

 

「あら、どうもぉ〜! またいつでも、来てくださいね!」

 

 私が小さく会釈すると、リルもドネに向かって大きく手を振った。

 その後ろでは私を呼び止めるラーシュの声と、慌ててマグの中身を飲み干す音が聞こえた。

 

 私は努めて無視して、店の外へと出る。

 日差しは明るく、良い昼の盛りだった。

 

 秋の風は冷たすぎず、火照った身体に心地よい。

 この後すぐに帰るべきか、この陽気に誘われて、少し歩いてみるのも良いか――。

 

 そう考えていると、後ろから店を飛び出し呼び止める声が掛かった。

 やはり無視して歩き出したのだが、走って追う音が聞こえてくる。

 

 どうやら、話すら聞かずに去るのは難しいかもしれない、と秋の高い空を見ながら歩を進めた。

 

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