混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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母の副業 その2

「ちょっと待て! 待ってくれ!」

 

 後ろからラーシュが追い付いて来て、私の右隣に並んだ。

 左手はリルと繋いでいるので、自然そういった立ち位置になる。

 

 私は胡乱げな視線を向けてから、敢えて顔を背け、通りの反対にある店を指差す。

 

「ほら、リル。あそこに珍しい秋果物が見える。食後に甘い物でも一つ買おうか」

 

「あまいの!? たべたい!」

 

 リルが喜び勇んで、私の手を引っ張って歩き出した。

 その引く力に任せて方向転換すると、それに合わせてラーシュも付いて来る。

 

「頼むから、話を聞いてくれ! 露骨な話題逸らしなんかしないでくれよ」

 

「お母さん、これにする!」

 

 しかし、ラーシュの情けない声での嘆願も、リルの声で遮られる。

 当然、情けない男の頼みより、リルの方が優先だ。

 

 リルは華やぐ笑顔で一つの果実を指差したが、私はやんわりと首を横に振って窘めた。

 

「リンゴなんて、いつでも食べられるだろう? どうせなら、家では食べられないものにしたらどうだ?」

 

「んぅ……。でも、どれがおいしいか、わからない……」

 

「そうだな……。お、ザクロなんてあるじゃないか。うちでは食べられないものだぞ」

 

「おいしい?」

 

「好みがあるから、リルにも美味しく感じるかは分からない。でも、一部地域では『天国の果実』なんて呼ばれるくらい、甘くて美味しい果物だ」

 

 私の説明に、リルはすっかり興味が向いたようだ。

 もう口の端から涎を垂らして、ザクロに熱い視線を送っている。

 

「じゃあ、それにする!」

 

「うん。じゃあラーシュ、ここの払いは任せるぞ」

 

「――え!?」

 

 突然、水を向けられたラーシュは、驚きながら凝視した。

 

 しかしそれは、金の無心を強請られたことより、自分に言葉を向けた事にこそ、驚いている様に見えた。

 

「話を聞いて欲しいんだろう? まさか、タダとは言わんだろうな?」

 

「あ、うぅん……。まぁ、そうか。分かった、そうだな……。勿論、払いは俺に任せてくれ」

 

「それじゃあ、折角だし、お土産用に追加で十個ほど買おうか」

 

「えっ、二つじゃ……?」

 

「更に十個」

 

 私はラーシュに目を向けないまま、店員に向かって注文する。

 相手からも分かり易いよう、数を数えながら、鞄の中へと次々と放り込んだ。

 

 そうして、最後の一個をリルの好きに選ばせてやる。

 腕の中に抱えて、商品台の上から見下ろせば、何となく大きそうに見える一つを手に取った。

 

 リルは早速、齧り付こうとしたが、私はそれに待ったを掛ける。

 これはリンゴのように、皮の上から食べられる果実ではない。

 

 ベルトに刺した小さなナイフを取り出すと、厚めの皮を剥いてやる。

 すると、そこからプチプチとした果肉が姿を現した。

 

 一見すると美味しそうに見えないし、実際にリルは、露骨に嫌そうな顔をさせる。

 

 本当に食べて大丈夫なのか、という視線すら向けて来たので、代わりに私が一口食べてやった。

 

 すると、プチプチとした食感とみずみずしさが、口いっぱいに広がる。

 ルビーのように赤く透明な果粒には、甘味と酸味が調和していた。

 

 中には酸味が強過ぎて、食用に向かないものさえあるが、これは中でも当たりの部類だった。

 

 私が美味しそうに頬を緩めるのを見て、リルは食べても大丈夫なもの、という認識になったらしい。

 

 少々、おっかなびっくりだったものの、口をつけてみれば、その顔はすぐに笑みへと変わった。

 

「おいしー!」

 

「そうだろう? お母さんは、嘘をついたりしないんだ」

 

「うんっ!」

 

 リルは非常に機嫌良く頷いて、私の腕の中で人形を片手に腕を振り回した。

 小さな口で大きく頬張り、口の周りを果汁で盛大に濡らしている。

 

 そこまで喜んでくれると、私まで嬉しくなって来る。

 

 店主に礼を言って場所を離れ、そうして幾らか歩いた時、お代を払い終わったラーシュが追い付いて来。

 

「なぁ、それで……話を聞いてくれるんだよな!?」

 

「そうだな、言ってみろ」

 

「いや、ここじゃ何だから……。ギルドの方まで来てくれないか?」

 

「厄介事だと思ってたら、やっぱり厄介事だったか。……面倒だな」

 

「いやいやいや、お代まで払わせておいて、そいつは余りに……」

 

 乗り気でない事など、ラーシュからしても百も承知だろう。

 

 しかし今回は、彼も中々引き下がらない。

 仕方なく、私の方からも折れてやった。

 

「まぁ、今日はリルの街デビューだ。ギルドの中を見せてやるのも、少しは楽しみになるかな」

 

「ぎるど……って、なに?」

 

「何というか……、便利屋さんの受付場かな」

 

 そう言われても、リルに理解できる訳がなかった。

 

「まぁ、行ってみれば分かるだろう」

 

 リルはザクロに齧り付きながら、分かったような分からない顔で頷く。

 口元に溢れた果汁を見て、ハンカチを懐から取り出し、優しい手付きで拭った。

 

 リルとのやり取りに、ラーシュは安堵した表情で息をつき、私はそれとは正反対の息を吐いた。

 

 

  ※※※

 

 

 再び、職人通りへと戻る事になり、今度は表通りを突っ切って奥へと進んだ。

 人通りは午前中よりも賑わいを見せていて、武具の値段を値切る冒険者などの姿が見える。

 

 その間に、ラーシュを見掛けた冒険者は、彼に手を挙げて挨拶する場面もあった。

 

 面倒見の良い彼だから、なんだかんだと慕われており、そして気安い性格のラーシュも、呑気に手を振り返しては笑っている。

 

 そうしてしばらく歩いていると、目的地へとたどり着いた。

 ギルドは石造りの頑丈な建物で、一度に多くの人間が出入り出来るよう、入口は大きい。

 

 門扉は開いたままだが、人の出入りは多くなかった。

 

 それもそのはず、この時間帯は丁度出払っていて、午前中に受けた仕事を片付けて帰って来るには、少し速い時間だ。

 

 床板は木材だが、頑丈な材質を利用しているらしく、傷はそれほど目立たない。

 

 防護剤を厚塗しているのか、木目も綺麗に残っていて、天井の灯りを艷やかに反射していた。

 

「わぁ……!」

 

 天井にあるのは蝋燭の灯りではなく、魔石を用いる白い光りだ。

 宝石が輝いている様にも見える事から、馴染みのないリルには、さぞ美しく見えるのだろう。

 

 入口から真っ直ぐ進むと、受付嬢のオンブレッタ・マッテウッチが、私の顔を認めるなり立ち上がる。

 

 現在はギルド内も郭公鳥(カッコウドリ)が鳴いている状態で、受付を求める冒険者は誰もいない。

 彼女はわざわざ、こちらにまで走り寄り、人懐っこい笑顔で頭を下げた。

 

「ようこそ、いらっしゃいました! まさか、本当に来ていただけるなんて!」

 

「ラーシュの奴に掴まったから」

 

「ギルド長も、たまには仕事するんですね!」

 

「そういうこと、笑顔で言ってくれんなよ……」

 

 ラーシュが疲れた顔で苦言を呈しても、オンブレッタには梨の礫だ。

 

「それで……、既にお話の内容はお聞きに?」

 

「いや、まだだ。外では聞かせられない内容だと……。それでここに」

 

「あぁ、そうなんですね……。では、二階の応接室にご案内いたします。……で、良いですよね、ギルド長?」

 

「あぁ、そうしろ。俺も部屋に戻って、資料を持ってから向かう」

 

 ――資料、ね……。

 一体、どういう厄種を持って来られるものか、分かったものではない。

 

 眉間にシワを寄せている間にも、オンブレッタが先導して、ギルドの奥へ案内してくれた。

 

 素直に後をついて行きながら、依頼ボードであったり、各種懸賞金の掛かった魔物や盗賊の張り紙の前を通る。

 

 リルはそれらを物珍しそうに見ながら、私の腕を抱き込む用に握った。

 

 しかし、そうして不安そうな態度を見せつつも、好奇心は抑えられないらしい。

 武器や防具を身に着けた冒険者に、目は釘付けだった。

 

 表通りでも散々目にしただろうに、間近で見るとなれば、また違うらしい。

 

 そうしている間にカウンター脇にある道から奥へ入り、踊り場から階段を登って二階へ行く。

 

 案内された応接室は、これと言った特徴もなく、上等なテーブルとソファー、華美にならない程度の調度品が置かれている。

 

「ただいま、お茶をお持ちいたします」

 

 一礼したオンブレッタは、そう言って素早く身体を翻して退室して行った。

 

 その頃にはリルもザクロを食べ終わっていて、残った部分をどうしようかと手元で持て余していた。

 

「さぁ、リル。座って」

 

 リルをソファーに降ろし、ザクロの芯を受け取って鞄に仕舞う。

 

 実際には仕舞うように見せ掛けているだけだが、何処に目があるか分からぬものだから、こういう芝居めいた事は必要なのだ。

 

 そうして次に、目の前へ頭部程の大きさの水球を生み出す。

 それをリルの前まで持っていくと、その中に手を差し入れる様に指示した。

 

「ほら、両手とも入れて。手がベタベタするだろう?」

 

「うん。……こう?」

 

 リルが水球の中に手を入れたのを確認するなり、水球の中に水流を生み出す。

 そうして、指や掌に付いた果汁をこそぎ落とした。

 

 洗われているリルも擽ったそうに笑って楽しそうだが、十分、綺麗になった事を確認すると水球を消す。

 

 しかし、遊び足りないリルは、若干不満そうだ。

 

「遊ぶ為のものじゃないからね。……さ、これで拭きなさい」

 

 これまで使っていた物とは別の、まだ真新しいハンカチを手渡すと、辿々しい手付きで水滴を拭う。

 

 その時、リルの手も綺麗になった所で、背後の扉がノックされた。

 返事をするより前に開かれ、オンブレッタが茶器を持って入室して来る。

 

 二人の前にそれぞれ用意されるのを見ながら、何を言い渡されるものか辟易する思いで、ラーシュの到着を待った。

 

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