混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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通過儀礼と砦の横暴 その5

 私は代官を拘束したまま、あえて兵士たちには一切の命令を向けなかった。

 彼らは整然と構え、視線も散らさない。

 

 いつでも攻撃できる準備をしているが、彼らに出来る事と云えばそれだけだった。

 だからこそ、私は代官にだけ問いを投げる。

 

「お前は、今この状況をどう判断している?」

 

 問われた代官は一瞬、言葉を探す。

 その沈黙が、すでに答えだった。

 

「……では、質問を変えようか。お前には何を命じられる?」

 

 明確に急所を突かれた代官は、やはり何も言えず、ただ喉から呻きが漏れた。

 

「……兵よ、構わず――」

 

「おっと、それはいただけない」

 

 私は再び暴風の檻を縮めて、言葉を奪った。

 

「いいや、無理だ。お前に命令は発せられない。言おうとすれば、また溺れると、もう理解したと思ったがな……」

 

「……かっ、かは……っ!」

 

 代官は喉を押さえ、少しでも呼吸しようとしてか、口を窄めて貪っていた。

 顔が紅潮するまで、然したる時間は必要なく、次いで青くなったのを見計らって、また風の範囲を広げた。

 

「ぜひゅっ、ぜひっ……! ゴホガハ……っ!」

 

 荒い呼吸を繰り返し、周囲を見やる余裕もない。

 兵士たちは微動だに出来ず、まるで嵐が過ぎ去るのを待つように静観していた。

 

 私は続ける。

 

「どうする、また攻撃を命じてみるか? だが、理解しているはずだ。遠隔攻撃は不確実な上、お前が死んでしまう恐れが大きい。その檻を縮めれば、空気だけなんて言わずその全体を切り刻む事も出来る」

 

 代官もその事実には気付いていただろう。

 反論もなく、ただ歯を噛みしめる。

 

「……ならば、交渉だ」

 

「交渉?」

 

 私は少しだけ、楽しげに首を傾げる。

 

「条件は?」

 

「ここを無事に通して……」

 

「いやいや、馬鹿を言うな」

 

 私は一笑に付して、顔の横で手を振った。

 

「私がここを通るのに、何か障害になる物なんてあったか? 兵士からの攻撃? 砦の堅牢な格子? ――ひとつも意味がない」

 

 代官は言葉に詰まる。

 ここまで強力な魔術を使う私だ。

 

 まさか手札がこれ一つという訳もなく、そして我を通そうとして不可能ではない、と知った事だろう。

 

 そして彼には、差し出せるものが何もない。

 無傷での通行以外、代官の持つ権限として、出来る事がないのだ。

 

 私は淡々と結論を告げる。

 

「それに今は、公弟殿下とやらが見ているんだろう? ここまでの醜態を晒して、その上で通行を許すなど、有るまじき失態だ。お前には厳罰を下され、地位も失う。それを防ぐには……」

 

 私は一度言葉を止め、うつむき掛けの顔を覗き込む。

 

「無事通過したと安堵した所で、背後から撃つことだ」

 

 代官の肩が僅かに跳ねる。

 動揺を見せねば、あるいは……と言うこともあっただろう。

 

 だが、そう出来なかった所に、この男の限界が見えた。

 私は姿勢を元に戻しながら、続ける。

 

「ありがちだが、有効だ。不利を有利に転換できる。最早、お前に出来るのはそれ位しかなかっただろう。囚われ、交渉のカードすらないお前には……」

 

「調子に……、乗るなよ……! お前が暢気に話していられるのは……!」

 

 怨嗟の瞳で睨み付ける代官に、私は煩そうに手を振った。

 

「分かっているさ。お前の命令がなくても兵は動く。何しろ、()()なんだ。この砦を任されている本当の責任者と指揮官は、あの公弟なんだろう? だから、視察だか、監査だかしに、今日はやって来ていた訳だ」

 

「公弟殿下は利に聡く、分別を知るお方。……だが、何より侮辱を嫌う。お前の行いは、必ずや怒りを買うだろう……!」

 

「そうだろうな。それが狙いだ」

 

 即座に殺さず、暢気にこんな事をしているのは、殺す価値がなかったからではない。

 公弟殿下が監査で来ている、と聞いた時点で、私には真に相手すべきはその公弟だと、理解していた。

 

「まさか、お前の狙いは……最初から……!」

 

「いいや、最初から、なんて事はない。お前達がもう少し真面(まとも)ならば、こんな事をしなくて済んだ」

 

 その時、背後から怒りの気配を漂わせた金髪の美丈夫が、砦の中から姿を現した。

 鉄製の門扉は両開きで、姿がよりはっきり見えるようになる度、代官の顔が歪む。

 

「な……なりません、殿下! こやつの狙いは……!」

 

「黙ってろ」

 

 私は暴風の檻を狭めて言葉を奪い、視線を公弟に向けた。

 公弟の両隣には、身分の高そうな騎士がおり、油断なく剣の柄に手を掛けていた。

 

 もう片方の手には、何やら宝珠らしき物を握っているから、魔術秘具で間違いないだろう。

 

 状況からして、魔術を無効化するとか、そうした防御手段だと思われる。

 だが――。

 

 私は手を伸ばして、その宝珠奪う。

 

 一定範囲の魔術を無効化するのだろうから、当然、宝珠を奪われたりしないと高を括って、あぁして見せていたのだろう。

 

 敢えて見せる事が、一種の示威行為でもあった筈だ。

 それを一瞬で奪われ、驚愕で目を見開いた時には、既に公弟さえ私に拉致されていた。

 

 代官で散々見せた、暴風の檻だ。

 案の定、捕らえられた公弟は、激しく動揺して抜け出そうとする。

 

「バッ、馬鹿な……! “魔封じの宝珠”だぞ! 一体、どんなカラクリだ!?」

 

「言った所で意味はないし、何より時間の無駄だ。お前も黙ってろ」

 

「貴様、誰を相手に――」

 

 言い終わる前に、檻の範囲を狭めて言葉を奪う。

 振り乱していた手足は檻によって弾かれ、それどころか手傷を負った。

 

 かすり傷程度だが、彼にとっては血が流れたこと自体、恐ろしく映ったらしい。

 ワナワナと傷付いた手を震わせ、信じられないものを見た表情をしていた。

 

「さて……」

 

 一息()いた所で、背後にピッタリと寄り添っていたリルが、顔を覗かせて言う。

 

「終わったの……? もう、怖いこと、ない……?」

 

「あぁ……、怖がらせてごめんよ」

 

 私はリルの頭をやさしくて撫で、それから公弟と代官を見やる。

 

「こうした横暴の決着に、必ずしも流血は必要ない。頭を抑えるとは、そういう事だ。彼らはもう、何も出来やしないよ」

 

 私はチラリと笑って、兵士達へ……そして次に、騎士二人へ視線を移す。

 

「武器を捨てなければ、この二人の命は保障しない」

 

 そう言うと、騎士達は剣柄に添えていた手を、憤怒の表情のまま、震えながら離した。

 兵士達にも苦渋に満ちた顔が広がっており、次々に武器を投げ出す。

 

 何か打つ手はないか、と考えている者もいる様だが、現状打てる手などないし、私がそれを許さない。

 

 そもそもとして私は、魔術の達人だと思われているし、何が出来るのか考えあぐねているだろう。

 

 私は投げ捨てた武器を一カ所に集めさせてから、リルに向けて静かに言う。

 

「武力の解体の次は、彼らの無力化だ」

 

「どうやって?」

 

「彼ら自身に縛らせるのさ。こういう砦だ。縄くらい当然、用意している」

 

 リルの前だから敢えて言わないが、処刑好きな彼らのことだ。

 縛り首に必要な縄や、拘束用の縄は必ずある。

 

「済まないが……」

 

 そう言って、私は剣士に顔を向けた。

 未だに剣を構えたまま、微動だにしていたかった彼は、ビクリと肩を震わせてこちらを向く。

 

「な、何だろうか?」

 

「奴らが拘束される間の、監視を頼みたい。直ぐに解けるよう、緩めて縛るくらいの工作はするだろう。それを防ぎたい」

 

「う……む……、しかし……」

 

「今更、私達を敵とは思わないだろう。そこの従者殿はこちらで見ておく。どうかここは、頼めないか?」

 

 剣士は逡巡する素振りを見せたが、結局は断らなかった。

 それからは話が早い。

 

 手練れの冒険者らしく、そつなく彼らを監視、指示して拘束していく。

 

 全員の拘束には時間が掛かったものの、怪しい素振りを見せた瞬間、公弟の呼吸が奪われ苦しみ藻掻く姿を見せられれば、直ぐに従順になった。

 

 そうして本当に全員の無力化が終わってから、公弟の処遇を考える事になった。

 彼は一応王族なので、他と同様にする訳にはいかない。

 

 それは剣士も理解している様で、代官の拘束だけを行った。

 こうしてようやく、砦での横暴が終着したのだった。

 

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