私は代官を拘束したまま、あえて兵士たちには一切の命令を向けなかった。
彼らは整然と構え、視線も散らさない。
いつでも攻撃できる準備をしているが、彼らに出来る事と云えばそれだけだった。
だからこそ、私は代官にだけ問いを投げる。
「お前は、今この状況をどう判断している?」
問われた代官は一瞬、言葉を探す。
その沈黙が、すでに答えだった。
「……では、質問を変えようか。お前には何を命じられる?」
明確に急所を突かれた代官は、やはり何も言えず、ただ喉から呻きが漏れた。
「……兵よ、構わず――」
「おっと、それはいただけない」
私は再び暴風の檻を縮めて、言葉を奪った。
「いいや、無理だ。お前に命令は発せられない。言おうとすれば、また溺れると、もう理解したと思ったがな……」
「……かっ、かは……っ!」
代官は喉を押さえ、少しでも呼吸しようとしてか、口を窄めて貪っていた。
顔が紅潮するまで、然したる時間は必要なく、次いで青くなったのを見計らって、また風の範囲を広げた。
「ぜひゅっ、ぜひっ……! ゴホガハ……っ!」
荒い呼吸を繰り返し、周囲を見やる余裕もない。
兵士たちは微動だに出来ず、まるで嵐が過ぎ去るのを待つように静観していた。
私は続ける。
「どうする、また攻撃を命じてみるか? だが、理解しているはずだ。遠隔攻撃は不確実な上、お前が死んでしまう恐れが大きい。その檻を縮めれば、空気だけなんて言わずその全体を切り刻む事も出来る」
代官もその事実には気付いていただろう。
反論もなく、ただ歯を噛みしめる。
「……ならば、交渉だ」
「交渉?」
私は少しだけ、楽しげに首を傾げる。
「条件は?」
「ここを無事に通して……」
「いやいや、馬鹿を言うな」
私は一笑に付して、顔の横で手を振った。
「私がここを通るのに、何か障害になる物なんてあったか? 兵士からの攻撃? 砦の堅牢な格子? ――ひとつも意味がない」
代官は言葉に詰まる。
ここまで強力な魔術を使う私だ。
まさか手札がこれ一つという訳もなく、そして我を通そうとして不可能ではない、と知った事だろう。
そして彼には、差し出せるものが何もない。
無傷での通行以外、代官の持つ権限として、出来る事がないのだ。
私は淡々と結論を告げる。
「それに今は、公弟殿下とやらが見ているんだろう? ここまでの醜態を晒して、その上で通行を許すなど、有るまじき失態だ。お前には厳罰を下され、地位も失う。それを防ぐには……」
私は一度言葉を止め、うつむき掛けの顔を覗き込む。
「無事通過したと安堵した所で、背後から撃つことだ」
代官の肩が僅かに跳ねる。
動揺を見せねば、あるいは……と言うこともあっただろう。
だが、そう出来なかった所に、この男の限界が見えた。
私は姿勢を元に戻しながら、続ける。
「ありがちだが、有効だ。不利を有利に転換できる。最早、お前に出来るのはそれ位しかなかっただろう。囚われ、交渉のカードすらないお前には……」
「調子に……、乗るなよ……! お前が暢気に話していられるのは……!」
怨嗟の瞳で睨み付ける代官に、私は煩そうに手を振った。
「分かっているさ。お前の命令がなくても兵は動く。何しろ、
「公弟殿下は利に聡く、分別を知るお方。……だが、何より侮辱を嫌う。お前の行いは、必ずや怒りを買うだろう……!」
「そうだろうな。それが狙いだ」
即座に殺さず、暢気にこんな事をしているのは、殺す価値がなかったからではない。
公弟殿下が監査で来ている、と聞いた時点で、私には真に相手すべきはその公弟だと、理解していた。
「まさか、お前の狙いは……最初から……!」
「いいや、最初から、なんて事はない。お前達がもう少し
その時、背後から怒りの気配を漂わせた金髪の美丈夫が、砦の中から姿を現した。
鉄製の門扉は両開きで、姿がよりはっきり見えるようになる度、代官の顔が歪む。
「な……なりません、殿下! こやつの狙いは……!」
「黙ってろ」
私は暴風の檻を狭めて言葉を奪い、視線を公弟に向けた。
公弟の両隣には、身分の高そうな騎士がおり、油断なく剣の柄に手を掛けていた。
もう片方の手には、何やら宝珠らしき物を握っているから、魔術秘具で間違いないだろう。
状況からして、魔術を無効化するとか、そうした防御手段だと思われる。
だが――。
私は手を伸ばして、その宝珠奪う。
一定範囲の魔術を無効化するのだろうから、当然、宝珠を奪われたりしないと高を括って、あぁして見せていたのだろう。
敢えて見せる事が、一種の示威行為でもあった筈だ。
それを一瞬で奪われ、驚愕で目を見開いた時には、既に公弟さえ私に拉致されていた。
代官で散々見せた、暴風の檻だ。
案の定、捕らえられた公弟は、激しく動揺して抜け出そうとする。
「バッ、馬鹿な……! “魔封じの宝珠”だぞ! 一体、どんなカラクリだ!?」
「言った所で意味はないし、何より時間の無駄だ。お前も黙ってろ」
「貴様、誰を相手に――」
言い終わる前に、檻の範囲を狭めて言葉を奪う。
振り乱していた手足は檻によって弾かれ、それどころか手傷を負った。
かすり傷程度だが、彼にとっては血が流れたこと自体、恐ろしく映ったらしい。
ワナワナと傷付いた手を震わせ、信じられないものを見た表情をしていた。
「さて……」
一息
「終わったの……? もう、怖いこと、ない……?」
「あぁ……、怖がらせてごめんよ」
私はリルの頭をやさしくて撫で、それから公弟と代官を見やる。
「こうした横暴の決着に、必ずしも流血は必要ない。頭を抑えるとは、そういう事だ。彼らはもう、何も出来やしないよ」
私はチラリと笑って、兵士達へ……そして次に、騎士二人へ視線を移す。
「武器を捨てなければ、この二人の命は保障しない」
そう言うと、騎士達は剣柄に添えていた手を、憤怒の表情のまま、震えながら離した。
兵士達にも苦渋に満ちた顔が広がっており、次々に武器を投げ出す。
何か打つ手はないか、と考えている者もいる様だが、現状打てる手などないし、私がそれを許さない。
そもそもとして私は、魔術の達人だと思われているし、何が出来るのか考えあぐねているだろう。
私は投げ捨てた武器を一カ所に集めさせてから、リルに向けて静かに言う。
「武力の解体の次は、彼らの無力化だ」
「どうやって?」
「彼ら自身に縛らせるのさ。こういう砦だ。縄くらい当然、用意している」
リルの前だから敢えて言わないが、処刑好きな彼らのことだ。
縛り首に必要な縄や、拘束用の縄は必ずある。
「済まないが……」
そう言って、私は剣士に顔を向けた。
未だに剣を構えたまま、微動だにしていたかった彼は、ビクリと肩を震わせてこちらを向く。
「な、何だろうか?」
「奴らが拘束される間の、監視を頼みたい。直ぐに解けるよう、緩めて縛るくらいの工作はするだろう。それを防ぎたい」
「う……む……、しかし……」
「今更、私達を敵とは思わないだろう。そこの従者殿はこちらで見ておく。どうかここは、頼めないか?」
剣士は逡巡する素振りを見せたが、結局は断らなかった。
それからは話が早い。
手練れの冒険者らしく、そつなく彼らを監視、指示して拘束していく。
全員の拘束には時間が掛かったものの、怪しい素振りを見せた瞬間、公弟の呼吸が奪われ苦しみ藻掻く姿を見せられれば、直ぐに従順になった。
そうして本当に全員の無力化が終わってから、公弟の処遇を考える事になった。
彼は一応王族なので、他と同様にする訳にはいかない。
それは剣士も理解している様で、代官の拘束だけを行った。
こうしてようやく、砦での横暴が終着したのだった。