「もっと、ちゃんとお話出来たら良かった……。全然、話せなくて……。私、全然ダメだぁ……」
「まぁ、確かに……いつものリルらしくなかったね。もっとグイグイ、いくものかと思っていたよ」
「何か難しい話、してたし……。難しい言葉、沢山知ってたから……。話したら恥ずかしいかなって……」
「そんな事ないさ。いつも通りで良いんだよ。でも、話に水を差さないでいたのは偉かった。あぁいう時は、それが正解だ」
うん、とはにかむように笑い、リルはそれからこてん、と首を傾げた。
「でも、ここで待たなきゃ、なんだよね? どのくらい?」
「それは分からないけど、森獣の足なら一日と掛からない筈だ。前線の方に行くのか、それとも後方の陣地の方なのかで、話は違って来るが……」
そこはもう、私には分からない事なので、運任せみたいなものだ。
私が笑ってリルの頭を撫でると、今は自由の身である公弟から、非難がましい視線を向けられた。
声を荒らげもしないし、暴れもしない辺り、やっても無駄だと学習しているようだ。
しかし、せめてもの抵抗として、睨み付けるのは止めていない。
私は公弟に片手を向けながら、後ろ手に縛られた兵士達へと命じる。
「全員、地下牢へ行け。勝手知ったる場所だ、良く分かるだろう?」
砦は関所としての役割を担う物だから、犯罪者を収容する牢があるものだ。
案の定、牢などないとか異論は出ず、ノロノロと立ち上がっては歩いて行く。
彼らは既に、抵抗する気など無いようだが、念には念を入れておく。
代官の額に人指し指を向け、魔力によって思考を支配した。
「個別に隔離し、私語は禁止。私信なく監視し、食事と水は与えておけ」
「……承知しました」
代官は薄らぼんやりと頷き、兵士達に続いて砦の中に消えていった。
兵士に対しては、これで十分だ。
次なる問題は――。
私の前に立たされている、公弟の方だった。
彼は縛られていないし、その必要もなかった。
逃げようとすれば、再び魔術を行使し、風で四肢を奪う。
声を荒らげれば、空気が喉を塞ぐ。
自害を選ぶ隙も与えず、そして頼りに出来る近衛も、身を守る武器もない。
縄がなくとも、公弟は逃げ出せなかった。
それを理解していても、彼は背筋を伸ばして立っていた。
それこそが、王族としての矜持の示し方、なのかもしれない。
「……なるほど。力ずくで縛らぬのは、この私の精神も支配する為か?」
それは嘲るような声だった。
「牢に入れぬのは、情けか? それとも、私が王族だからか?」
私は首を横に振って答える。
「どちらでもない。精神支配する方が確かに楽だが、どうせ何も出来ないと知っている」
彼がそれなりの武技を修めているのは、その立ち姿、物腰から察せられる。
しかし、あくまでも“それなり”でしかない。
軍を預かる者として、また王族として、恥ずかしくない程度に修めているに過ぎなかった。
それならば、私から下手に手を出さず、むしろ相応しい対応をした、と思わせる方が得策だった。
「それに牢とは、罪人を入れる場所だ。そこの所を言うと、あなたは罪人ではない」
公弟殿下の眉が、わずかに動く。
「……ほう?」
「あなたは“問題”なのだ」
そう言って、私は淡々と告げる。
「処罰すれば、政治になる。殺せば、戦争が激化する。釈放すれば、混乱が起きる」
私は一歩近付き、圧を強めた。
「だから――単に、切り離すだけで済ます」
彼はここで初めて表情を消し、沈黙した。
「扱いは丁重にするから、安心していい。衣食住は保証しよう。代官には、そう命じておく。拷問もしないし、辱めもしない」
ただし、と言葉を継ぐ。
「あらゆるものから切り離し、孤立して貰う」
私は顔を巡ら背視線を動かし、砦の構造を観察する。
そうしてすぐに、適した場所を発見した。
外壁に張り出した南塔――窓は大きいが、外は断崖。
扉は一つきり、通路は空中にあり細く直線で、守りやすく逃げにくい。
そして何より、外界との接点が、視覚以外に存在しない所が良かった。
私は指差しながら、公弟に流し目を送る。
「……あそこが良いな。陽当たり良好、眺めも良さそうだ。……なぁ?」
それが皮肉であるのは明らかで、だから公弟は返事をせず、別の問いを飛ばす。
「護衛は?」
「付けないに決まっているだろう。だが、喜べ。監視役もいないぞ」
公弟は意趣返しする様に、皮肉げに笑う。
「監視役もいない監禁とは、随分と自信がおありだ」
「そうだろう?」
私もまた皮肉な笑みを浮かべ、彼の足元に風の陣を刻む。
私の方からわざと触れて触れれば、突風が吹き荒れて、彼の身体を持ち上げた。
空中で姿勢を保てず、すぐにバランスを崩して倒れ込む。
今は公弟が直接踏んだ訳ではないから、僅かな影響しか受けていない。
しかし、直接踏もうものなら、あの通路から落とされる事になるだろう。
そうなれば、まず、命の保障はない。
「部屋から一歩でも出れば、猛烈に後悔する事になる。こっそり近付いて、忍び寄ろうとした者も同様だ」
流石に彼の理解は早かった。
「……魔術による移動制限か。直接、労せずとも、同様の効果を得るのは容易と言う訳だ」
「では、お行儀良くしていろ。ほんの一日か、そこらの話だ。難しくないだろう?」
そう言って、踵を返して砦へ向かおうとした所で、公弟から声が掛かる。
「一つ……いや、二つ訊かせろ」
私はしばらく見つめてから、静かに頷いた。
「何故、獣人どもに味方する? それだけの力があって、なぜ表舞台に姿を見せなかった? お前の様な者が居ると知っていたら、ノコノコと姿を見せたりしなかったものを……!」
「……そうだな。一つ目の答えは単純だ。お前達は明らかに、やり過ぎたからだ。戦争や紛争なんて、時に下らない理由で起きるものだが、お前達は好悪の感情だけで虐殺を繰り返した……」
そう言って、私はリルを抱き寄せて、その頭を撫でた。
「どちらを味方したくなるかなんて、分かり切った事だろう?」
「……二つ目の理由は? 何故、お前ほどの者が知られていない? 魔封じの宝珠は、魔術に対して絶対的な無効化を与える物だぞ……!」
「何気なく質問を増やすな。だがまぁ、名が知られていない方は簡単だ。世に飽いた達人が、人里離れた山奥で隠居暮らし、と……そういう話は珍しくないだろう?」
公弟は非常に不満げな顔で眉根を顰め、不躾に指を突き付けてくる。
「では何故、ここに居るのだ」
「野暮用だ。隠居暮らしでも、時には山を下りて市井の市場を歩いたりもする。ここに居るのは単なる偶然で、非常に間の悪い事に、私の目の前で、
あんな、の部分を強調して言う。
当然、獣人を獣狩り同様の気楽さで殺し、そしてセフィリアもまた、面白半分で殺そうとした事だ。
「本来ならば、私の幻術に騙されて、問題なく素通りするだけだった……」
公弟は嫌悪に近い表情で歯嚙みする。
――間の悪い事はあるものだ。
もしも、私達がセフィリアと同じ組でなければ――。
もう少し、ほんの少し、時間がズレていたら――。
きっと、この状況は回避されていただろう。
私は小さく鼻を鳴らすと、公弟を南塔の部屋へ連れて行く。
扉に鍵は掛かっていなかったのでそのまま開けると、簡素だが整った室内が見えた。
寝台、机、書架と最低限の体裁は整っており、水差しと食器も用意されている。
「ここには書簡も、使者も来ないが……。ここでとりあえず、生きていて貰う」
公弟は返事をせず、窓辺に近寄ると外を眺めた。
「私は……、どうなる?」
私は部屋から出て行きながら、振り返らずに答えた。
「そんなものは知らない。それはこれからやって来る獣人達が決めることだ。……だが、一つ言えることは、自らの行いは、必ず自分に返ってくるものだぞ」
「……そうか」
それ以上、会話はなかった。
そして、彼と交わす言葉は、これが最後になるだろう。
私はリルの手を握りながら、今度こそ振り返る事なくその場を去って行った。