混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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王都 その3

「オラ、拾えよ。勝負はまだ着いてねぇだろ?」

 

 男は剣先で落ちた剣を示し、顎をシャクって促す。

 女剣士は悔しげに顔を歪め、呼吸を整えていた。

 

 そうして十秒程の時間が経つと、疲労で震える腕を動かし、剣柄を掴んだ。

 そうして、同じ展開が繰り返される。

 

 女剣士はがむしゃらに食い付くが、その剣が男を捉えることは、一度としてなかった。

 そうして、また剣を弾かれ、転ばされてしまう。

 

「あ、あぐ……っ!」

 

「あぁン? それでもう終わりか? だぁら、言ったろうが。お前らみたいなぺーぺーは、ギルド本部に来るんじゃねぇって。分を弁えろ、ってやつだ。えぇ、そうだろ? お遊びだったら、余所でやれよ」

 

 言っている事は、間違っていない。

 新人冒険者が門を叩くギルドとして、本部は正しい選択とは言えないからだ。

 

 それを知らない相手に、厳しい現実を突き付けてやるのも、先輩冒険者としては、正しい選択かもしれないが……。

 

 ――しかし。

 次に起きた出来事には、私も思わず顔を顰めてしまった。

 

「な、何をする! やめろ!」

 

「あぁン? やめろだ? だったら、退()けてみろよ」

 

 男が女剣士の上に覆い被さり、その両手を拘束して顔を近付ける。

 下品な笑みを浮かべ、腰を振って股間を擦り付けていた。

 

「離せ、このっ! 変態が!」

 

「だから、嫌なら抜け出せよ。えぇ? 外で襲ってきた相手が、そんな言葉で退くかよ? 野盗だの、魔獣だのが止めてくれるか?」

 

 そう言って、更に顔を近づけ、その頬に舌を這わせた。

 

「魔獣なら、今ので首筋噛み千切られて、そこで終わりだったろうな。えぇ、どうするよ? そのまま死ぬか? 決死の抵抗するか? これはそういう状況だぜ?」

 

 周囲から非難の声が上がるのは、彼女のパーティーメンバーからだけだった。

 他の者達は尚も囃し立て、男を煽る。

 

 それに応えて、男は腰の動きを激しくするなどして、パフォーマンスを強めた。

 リルは眉間に皺を寄せ、ムッツリと口にする。

 

「……あんなの、イヤ。あれが冒険者なの?」

 

「そうとも。教育のつもりかもしれないが、度が過ぎている。あぁいう品性しかないのが、冒険者というものさ。全員じゃないけど、大体があんなもの、と思っていれば……まず、間違いない」

 

 それを聞いたリルが、少し残念そうに言う。

 

「冒険者って、もっと強さとか、力の使い方を知ってて、それでもっと格好いいと思ってた。全然違うし、ガッカリ……」

 

「あぁいうのを、品性下劣と言うんだ。そういう相手とは、なるべく関わらない様にしなさい」

 

「はいっ!」

 

 師からの教えと捉えたリルは、背筋を伸ばして返事をした。

 私はふんわりと笑ってリルの頭を撫で――そしてその時、剣呑な声が割って入った。

 

「――聞こえてんだよ。誰が品性下劣だ、えぇ?」

 

「聞こえる様に言っていたんだ」

 

 今も覆い被さる格好のまま、睨み付けてくる冒険者に、私は睨み返した。

 

「忠告してやるヒトが必要だろう、という親切心からな。下劣な品性しかなくても、馬鹿でなければ理解出来るだろう」

 

「おう、おうおうおう! えぇ!? お前、誰に喧嘩売ってんのか、分かってんだろうな!? アァ!?」

 

 男が覆い被さっていた体勢から立ち上がり、剣先を向けてがなり立てる。

 

「舐めてると、お上りだからって容赦しねぇぞ!?」

 

「C級程度で、まぁ……。よくも、そんなに粋がれるものだな。感心するよ」

 

「俺はA級十六位だ! そんな低級どもと同じにするんじゃねぇ!」

 

 男から殺意が立ち上るが、リルはそんなものに緊張すら見せず、のんびりとした口調で聞いてきた。

 

「それって、凄いの?」

 

「A級の中では中間くらいさ。つまり、やっぱり強くないし、粋がる前に腕を磨けって感じだな」

 

「んひひっ!」

 

 屈託なく笑うリルを、私は髪を漉きながら撫でる。

 これを挑発と受け取った男は、剣を何度も突き付けながら怒声を上げた。

 

「ふざけんじゃねぇ、このクソアマがっ! ちぃっと綺麗な顔してるから、なに言っても良いって勘違いしたかよ!? 俺はテメェみたいなのでも容赦しねぇ! 下りてこい、オラァ!」

 

「フン……」

 

 怒りと興奮で、周囲が見えなくなっている。

 流石にそれは……、と難色を示す者も中には居た。

 

 やんわりと窘めているのは、恐らく彼の仲間だろう。

 しかし、それでも彼はその手を振り払って剣先を突き付けてきた。

 

「さっさと来い! A級に見合う実力ってやつを、お前の身体に叩き込んでやる! 今更、なかったことには出来ねぇそ!? 逃げようなんざしたら、その獣車をぶっ壊してやるからな!」

 

「ふぅん……? 本当にそんな事をしようものなら、お前は法で裁かれる。器物破損は当然として、暴行罪も適用されるな。……それでも?」

 

「強ければ何しても良いんだよ! 許される、強さの前には! 法なんぞ知ったことか!」

 

 私は大袈裟に溜め息をついて、それからリルの頭をひと撫でしてから離した。

 

「あれこそまさに、下劣な品性と呼ぶに相応しい。法を軽視するのはね、本当に愚かしい事だよ」

 

「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! 俺をもっと怒らせたいか! 来いって、言ってんだ!!」

 

 私が暢気にこんな話をしていたのは勿論、全く脅威ではない、という判断も理由の一つだが、先程の女剣士を逃がす為でもあった。

 

 彼女をイチ押し助けるつもりで、注意がこちらに向いていれば、衆目を浴びずにこの場を離れられる。

 

 そして実際、人垣の中に仲間と共に消えたのを見届けると、私はようやく動き出した。

 

「やっちゃえ、お母さん!」

 

「……ま、程々にね」

 

 リルの突き出す拳に、同じく拳を当てて返し、余裕の笑みを浮かべる。

 そして、相手にはその余裕が気に食わなかったらしい。

 

 男は明らかに目を血走らせ、こめかみに血管を浮かび上がらせていた。

 呼吸も荒く、獣のように細く息を繰り返す。

 

「女ァ……! お前、法とやらが、本当に守ってくれるとでも思ってんのか、お? ガキの前で裸にひん剥いて、生意気きいた口で謝罪させてやる……!」

 

「あぁ……、それは結構だが、――警告だ」

 

 私はそれまでの安穏とした気配から一転、戦意を剥き出しにすると、半身に構えて左手は後ろに――そして、右手を前に出して構える。

 

「A級という看板に泥を塗りたくなければ、今すぐ回れ右して帰れ。恥を掻く前にな」

 

「うるせぇ、このクソアマがァァァ!」

 

 素手の相手にも容赦はなく、男は剣を振り上げる。

 先程の女剣士と戦っていた時と、その動きは雲泥の差だった。

 

 一足飛びに距離を詰め、剣を構えて肉薄する。

 ――しかし、それでも私に対しては遅すぎた。

 

 振り下ろすよりも先に、私が一歩速く接近すると、手の甲を打ち抜き剣を弾く。

 手から離れた剣は、石畳の上に転がって固い音を響かせた。

 

「……そら、拾え」

 

 静かに告げると、男は呆然としていたのも束の間、恨みと怒りで歯噛みしながら、その剣を拾った。

 

「――オラァ!」

 

 今度はこちらが構えるより前に、殆ど不意打ちに近い形で、横薙ぎからの返しを繰り出す。

 

 だが私に動揺はなく、一歩下がると踏み込みに合わせて――、再び打つ。

 

 今度は、剣を握る指の付け根を狙った。

 骨を折る感触が伝わると同時、またも剣が宙を舞い、そして落ちた。

 

 周囲から、どよめきが起きて、あれは何者だ、と言う声もチラホラ聞こえた。

 私はそれを無視して、同じ言葉を繰り返す。

 

「……拾え」

 

 元より赤かった男の顔が、更に赤くなる。

 怒りだけではない。

 

 焦りと羞恥、その二つが原因だ。

 自分が否定される感覚に気付きつつ、それを認められないでいる。

 

 男はまたも剣を拾おうとして、ここで初めて自分の指が折れていると気付いた。

 痛みで震える手で、それでも無理やり剣を握る。

 

 ――執念だ。

 あるいは、A級とやらのプライド故、かもしれない。

 

 全身を使った、渾身の一撃。

 恐らく、この男が最も頼みにする、この男の得意技だろう。

 

 踏み込む瞬間、その重心が前に寄る。

 剣を奪われまいとする意識が、上に――あるいは手元に、集中し過ぎていた。

 

 私は体勢を低くし、しゃがみ込んで足首を払う。

 

「――っ!?」

 

 男の体が、前に崩れた。

 剣を離すまいとした手が、逆に体勢を立て直す邪魔をしている。

 

 鈍い音が響き、男は石畳に倒れ伏す。

 今度はもう、男は剣を拾えなかった。

 

 前提として、剣と素手の戦いは、実力差がないと成立しない。

 その上での完勝だから、どちらが上かなど、論じるまでもなかった。

 

 私はただ無言で男を見下ろす。

 男はからだ全体を震わせ、周囲の群衆へと叫んだ。

 

「お前ら、出て来い! コイツを全員で、ぶっちめるんだよッ!」

 

 僅かな間を置いて、三人の男が前に出て来る。

 明らかに乗り気ではないし、周囲からは今度こ大きな難の声が上がった。

 

「やり過ぎだ!」

 

「負けを認めろ! 明らかだろ!」

 

「勝てないから、味方とボコす? 恥も外聞もねぇな!」

 

 その声を聞いて、仲間内の一人からも声が上がった。

 

「なぁ、もう良いじゃないか……」

 

「良いわけねぇだろッ! このままスゴスゴと負けを認めてみろ! 俺らァ明日には、この街の全員から舐められんだぞ!」

 

「それじゃ、仕事もろくに取れんな……」

 

「仕方ねぇか……」

 

「裸に剥くのは無しにしてやるよ。せめてもの情けでな」

 

 四対一……。

 しかし、それでも尚、私に動揺はない。

 

 取り囲む四人には、それぞれの武器が握られ、私は変わらずの無手だ。

 

「お母さん! ヒキョー者なんかに負けないで!」

 

 いつの間にか群衆の最前列にやって来ていたリルに、小さく手を挙げる。

 それから改めて、私は向き直って構えを取った。

 

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