「オラ、拾えよ。勝負はまだ着いてねぇだろ?」
男は剣先で落ちた剣を示し、顎をシャクって促す。
女剣士は悔しげに顔を歪め、呼吸を整えていた。
そうして十秒程の時間が経つと、疲労で震える腕を動かし、剣柄を掴んだ。
そうして、同じ展開が繰り返される。
女剣士はがむしゃらに食い付くが、その剣が男を捉えることは、一度としてなかった。
そうして、また剣を弾かれ、転ばされてしまう。
「あ、あぐ……っ!」
「あぁン? それでもう終わりか? だぁら、言ったろうが。お前らみたいなぺーぺーは、ギルド本部に来るんじゃねぇって。分を弁えろ、ってやつだ。えぇ、そうだろ? お遊びだったら、余所でやれよ」
言っている事は、間違っていない。
新人冒険者が門を叩くギルドとして、本部は正しい選択とは言えないからだ。
それを知らない相手に、厳しい現実を突き付けてやるのも、先輩冒険者としては、正しい選択かもしれないが……。
――しかし。
次に起きた出来事には、私も思わず顔を顰めてしまった。
「な、何をする! やめろ!」
「あぁン? やめろだ? だったら、
男が女剣士の上に覆い被さり、その両手を拘束して顔を近付ける。
下品な笑みを浮かべ、腰を振って股間を擦り付けていた。
「離せ、このっ! 変態が!」
「だから、嫌なら抜け出せよ。えぇ? 外で襲ってきた相手が、そんな言葉で退くかよ? 野盗だの、魔獣だのが止めてくれるか?」
そう言って、更に顔を近づけ、その頬に舌を這わせた。
「魔獣なら、今ので首筋噛み千切られて、そこで終わりだったろうな。えぇ、どうするよ? そのまま死ぬか? 決死の抵抗するか? これはそういう状況だぜ?」
周囲から非難の声が上がるのは、彼女のパーティーメンバーからだけだった。
他の者達は尚も囃し立て、男を煽る。
それに応えて、男は腰の動きを激しくするなどして、パフォーマンスを強めた。
リルは眉間に皺を寄せ、ムッツリと口にする。
「……あんなの、イヤ。あれが冒険者なの?」
「そうとも。教育のつもりかもしれないが、度が過ぎている。あぁいう品性しかないのが、冒険者というものさ。全員じゃないけど、大体があんなもの、と思っていれば……まず、間違いない」
それを聞いたリルが、少し残念そうに言う。
「冒険者って、もっと強さとか、力の使い方を知ってて、それでもっと格好いいと思ってた。全然違うし、ガッカリ……」
「あぁいうのを、品性下劣と言うんだ。そういう相手とは、なるべく関わらない様にしなさい」
「はいっ!」
師からの教えと捉えたリルは、背筋を伸ばして返事をした。
私はふんわりと笑ってリルの頭を撫で――そしてその時、剣呑な声が割って入った。
「――聞こえてんだよ。誰が品性下劣だ、えぇ?」
「聞こえる様に言っていたんだ」
今も覆い被さる格好のまま、睨み付けてくる冒険者に、私は睨み返した。
「忠告してやるヒトが必要だろう、という親切心からな。下劣な品性しかなくても、馬鹿でなければ理解出来るだろう」
「おう、おうおうおう! えぇ!? お前、誰に喧嘩売ってんのか、分かってんだろうな!? アァ!?」
男が覆い被さっていた体勢から立ち上がり、剣先を向けてがなり立てる。
「舐めてると、お上りだからって容赦しねぇぞ!?」
「C級程度で、まぁ……。よくも、そんなに粋がれるものだな。感心するよ」
「俺はA級十六位だ! そんな低級どもと同じにするんじゃねぇ!」
男から殺意が立ち上るが、リルはそんなものに緊張すら見せず、のんびりとした口調で聞いてきた。
「それって、凄いの?」
「A級の中では中間くらいさ。つまり、やっぱり強くないし、粋がる前に腕を磨けって感じだな」
「んひひっ!」
屈託なく笑うリルを、私は髪を漉きながら撫でる。
これを挑発と受け取った男は、剣を何度も突き付けながら怒声を上げた。
「ふざけんじゃねぇ、このクソアマがっ! ちぃっと綺麗な顔してるから、なに言っても良いって勘違いしたかよ!? 俺はテメェみたいなのでも容赦しねぇ! 下りてこい、オラァ!」
「フン……」
怒りと興奮で、周囲が見えなくなっている。
流石にそれは……、と難色を示す者も中には居た。
やんわりと窘めているのは、恐らく彼の仲間だろう。
しかし、それでも彼はその手を振り払って剣先を突き付けてきた。
「さっさと来い! A級に見合う実力ってやつを、お前の身体に叩き込んでやる! 今更、なかったことには出来ねぇそ!? 逃げようなんざしたら、その獣車をぶっ壊してやるからな!」
「ふぅん……? 本当にそんな事をしようものなら、お前は法で裁かれる。器物破損は当然として、暴行罪も適用されるな。……それでも?」
「強ければ何しても良いんだよ! 許される、強さの前には! 法なんぞ知ったことか!」
私は大袈裟に溜め息をついて、それからリルの頭をひと撫でしてから離した。
「あれこそまさに、下劣な品性と呼ぶに相応しい。法を軽視するのはね、本当に愚かしい事だよ」
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねぇ! 俺をもっと怒らせたいか! 来いって、言ってんだ!!」
私が暢気にこんな話をしていたのは勿論、全く脅威ではない、という判断も理由の一つだが、先程の女剣士を逃がす為でもあった。
彼女をイチ押し助けるつもりで、注意がこちらに向いていれば、衆目を浴びずにこの場を離れられる。
そして実際、人垣の中に仲間と共に消えたのを見届けると、私はようやく動き出した。
「やっちゃえ、お母さん!」
「……ま、程々にね」
リルの突き出す拳に、同じく拳を当てて返し、余裕の笑みを浮かべる。
そして、相手にはその余裕が気に食わなかったらしい。
男は明らかに目を血走らせ、こめかみに血管を浮かび上がらせていた。
呼吸も荒く、獣のように細く息を繰り返す。
「女ァ……! お前、法とやらが、本当に守ってくれるとでも思ってんのか、お? ガキの前で裸にひん剥いて、生意気きいた口で謝罪させてやる……!」
「あぁ……、それは結構だが、――警告だ」
私はそれまでの安穏とした気配から一転、戦意を剥き出しにすると、半身に構えて左手は後ろに――そして、右手を前に出して構える。
「A級という看板に泥を塗りたくなければ、今すぐ回れ右して帰れ。恥を掻く前にな」
「うるせぇ、このクソアマがァァァ!」
素手の相手にも容赦はなく、男は剣を振り上げる。
先程の女剣士と戦っていた時と、その動きは雲泥の差だった。
一足飛びに距離を詰め、剣を構えて肉薄する。
――しかし、それでも私に対しては遅すぎた。
振り下ろすよりも先に、私が一歩速く接近すると、手の甲を打ち抜き剣を弾く。
手から離れた剣は、石畳の上に転がって固い音を響かせた。
「……そら、拾え」
静かに告げると、男は呆然としていたのも束の間、恨みと怒りで歯噛みしながら、その剣を拾った。
「――オラァ!」
今度はこちらが構えるより前に、殆ど不意打ちに近い形で、横薙ぎからの返しを繰り出す。
だが私に動揺はなく、一歩下がると踏み込みに合わせて――、再び打つ。
今度は、剣を握る指の付け根を狙った。
骨を折る感触が伝わると同時、またも剣が宙を舞い、そして落ちた。
周囲から、どよめきが起きて、あれは何者だ、と言う声もチラホラ聞こえた。
私はそれを無視して、同じ言葉を繰り返す。
「……拾え」
元より赤かった男の顔が、更に赤くなる。
怒りだけではない。
焦りと羞恥、その二つが原因だ。
自分が否定される感覚に気付きつつ、それを認められないでいる。
男はまたも剣を拾おうとして、ここで初めて自分の指が折れていると気付いた。
痛みで震える手で、それでも無理やり剣を握る。
――執念だ。
あるいは、A級とやらのプライド故、かもしれない。
全身を使った、渾身の一撃。
恐らく、この男が最も頼みにする、この男の得意技だろう。
踏み込む瞬間、その重心が前に寄る。
剣を奪われまいとする意識が、上に――あるいは手元に、集中し過ぎていた。
私は体勢を低くし、しゃがみ込んで足首を払う。
「――っ!?」
男の体が、前に崩れた。
剣を離すまいとした手が、逆に体勢を立て直す邪魔をしている。
鈍い音が響き、男は石畳に倒れ伏す。
今度はもう、男は剣を拾えなかった。
前提として、剣と素手の戦いは、実力差がないと成立しない。
その上での完勝だから、どちらが上かなど、論じるまでもなかった。
私はただ無言で男を見下ろす。
男はからだ全体を震わせ、周囲の群衆へと叫んだ。
「お前ら、出て来い! コイツを全員で、ぶっちめるんだよッ!」
僅かな間を置いて、三人の男が前に出て来る。
明らかに乗り気ではないし、周囲からは今度こ大きな難の声が上がった。
「やり過ぎだ!」
「負けを認めろ! 明らかだろ!」
「勝てないから、味方とボコす? 恥も外聞もねぇな!」
その声を聞いて、仲間内の一人からも声が上がった。
「なぁ、もう良いじゃないか……」
「良いわけねぇだろッ! このままスゴスゴと負けを認めてみろ! 俺らァ明日には、この街の全員から舐められんだぞ!」
「それじゃ、仕事もろくに取れんな……」
「仕方ねぇか……」
「裸に剥くのは無しにしてやるよ。せめてもの情けでな」
四対一……。
しかし、それでも尚、私に動揺はない。
取り囲む四人には、それぞれの武器が握られ、私は変わらずの無手だ。
「お母さん! ヒキョー者なんかに負けないで!」
いつの間にか群衆の最前列にやって来ていたリルに、小さく手を挙げる。
それから改めて、私は向き直って構えを取った。