倒れ伏していた男は、震える身体を押さえ付ける様にして立ち上がった。
無理をしているのは明らかだが、それに合わせて、他の三人も構えを取る。
装備や、その立ち振る舞いからして、場数を踏んでいるのは直ぐに分かった。
決してワンマンチームではなく、彼ら全員が同程度の実力者なのだろう。
一人は、長柄を武器にしていた。
槍――いや、穂先が短く刃が広い。
斬ることも突くこともできる戦斧槍(ハルバード)だ。
もう一人は、片手に短剣、もう片方に小型の盾を構えていた。
接近戦の専門だろう。
最後の一人は戦鎚で、他三人より僅かに遠い位置にいた。
怖じ気づいたからではなく、そういう作戦だろう。
「さすがに、素手は不公平だろ」
男の仲間が、苦笑混じりに言う。
だが、その目は笑っていなかった。
「獲物が欲しいって言うなら、待ってやっても良いが……? 素手が本業って訳じゃないんだろ?」
私は肩をすくめ、敢えて小馬鹿にした口調で言った。
「いらないな。お前達から武器を奪えば済む話だ」
「あぁ、そうかい。――後悔しろッ!」
その瞬間、踏み込みと同時に戦斧槍が突き出された。
私は横に跳ぶだが、追随する様に横薙ぎされる。
「……フン」
私は身体を前に倒してそれを躱すと、殆ど地面に接地する程の低姿勢のまま肉薄する。
一際強く踏み込み、刃の根元、柄の中程へ。
「――シッ!」
角度を選ぶんで拳をぶつけたが、甲高い音を返すだけで、取り落としはしなかった。
先程、散々取り落とす仲間を見ていたからか、警戒は十分だった様だ。
「ぐぅ……っ!?」
だが、取り落とさずに済んでも、衝撃は残る。
体勢を崩した所へ、私は半回転して肘を打ち込み――すると、呆気なく槍使いがよろけた。
その瞬間、私は柄を掴み、足を払う。
「――くっ!」
柄を離すまい、としたのが逆に徒となった。
倒れる反動を利用して、そのまま柄を引き抜く。
そして、抜いた直後、優れた起き上がろうとしていたその喉元に石突きで突いた。
「ごぁっ! ゲッ、ゲホァッ!」
槍使い捨ては悶絶して、のたうち回る。
その無防備な所に顎先を蹴り付け昏倒させた。
泡を吹いて白目を剥く男を余所に、私は奪った獲物の感触を確かめる。
戦斧槍を手首に乗せるようにして回転させてから一閃、その重さと重心を把握した。
私が持つには少々、重い。
だが、重心を知れば、扱えない重さではなかった。
「……さて、まず一人」
私が低く呟くと同時、短剣と盾の男が、距離を詰めてくる。
盾で正面を固め、短剣で刺す構えだ。
私はハルバードを逆手に持ち替え、待ち構える。
刃ではなく、石突きを使う。
盾が前に出る、その瞬間。
石突きを、盾の縁へ叩き込んだ。
「ふっ……!」
衝撃が盾越しに腕へ伝わり、相手の動きが一瞬、止まった。
そこへ柄で足を払い、倒れた顔面横へと、返す動きで刃を振り下ろした。
「う……、あっ、ひっ……!」
戦意を喪失した男は武器を手放し、倒れた格好のまま両手を上げた。
短剣の柄頭を蹴り付け、宙を舞ったそれを掴む。
左手に短剣を持ち、次に襲い掛かろうとしていた、戦鎚使いに向き直った。
「二人目」
「くっ、ウォォォオ!」
本来ならば、短剣使いはもっと善戦している予定だったのだろう。
食い止める為の盾だし、彼は普段からそうした役回りの筈だ。
その隙に、横合いから殴り付け、力任せに戦局を終結させる――そういう予定だった。
力の限り、ただ武器を振り下ろすだけで良い役回りだからこそ、この男は柔軟な対応が不得手だ。
あるいは、そうした柔軟性がないから、力任せで済むポジションを、与えられていたのかもしれない。
「喰らえやッ!」
振り下ろされる一撃に、立てた戦斧槍を軸にして半回転する。
そのまま顔を蹴り上げ、怯んだ隙に、短剣を鎧の隙間から脇腹に差し込んだ。
「――動くな。急所は外してある。内蔵の隙間を通しているからな。だが、ほんの少し刃を傾けるだけで、お前は激痛と共に死ぬ」
「や、止めてくれ……!」
「だったら、そのまま動かずにいろ。自分で抜こうともするな。手元が狂えば、やはり死ぬ。癒者に診て貰いながら抜いて貰え」
「あ、ぅ……っ! うぁ……っ!」
辛うじてそれだけ言うと、男は短剣周りを手で覆って膝をついた。
まるで僅かに吹く風すら、短剣に触れさせまい、とするかの様だ。
私は戦鎚使いに背を向けると、一度肩越しに睨み付けた。
妙な動きをしたら容赦しない、という脅しだ。
前に向き直ると、戦斧槍の柄――石突き近くを蹴り付ける。
勢い良く回転しながら、上空へ放物線を描いて飛び上がり、私はゆっくりと歩く。
「三人目」
数歩進んだ所で、戦斧槍が手元に落ちてきて、重さを手首の回転で受け流しつつ、手に取る。
最後まで残った男は、最初に喧嘩を売ってきた男だ。
未だにダメージは抜け切っておらず、ふらつく身体を無理に正し、剣を構えていた。
しかし、全身から溢れていた敵愾心は、最早微塵も見えない。
その構えの重心も後ろ向きで、戦う姿勢というより、逃げる姿勢だ。
「な、何なんだ、お前は……! どこの冒険者だ……!?」
「お前らみたいなのは、よく勘違いするよな。世の強者の全ては、冒険者にしかいないと思ってる」
私は鼻で笑って、戦斧槍の刃を地面に突き刺し、柄を腋で抱えた。
「――そんな訳がないだろう。むしろ、真の強者は表に出ない。せこせこと、魔獣を倒して小金を得る必要なんてないからだ」
「お前は……、お前は一体……」
「行商人だ」
周囲からざわめきが起こる。
そんな馬鹿な、と声が上がり、それに同意する声も同様に幾つも上がった。
「……まぁ、私が何者かなど、今はどうでも良い話だ」
言うと同時に、遠心力を利用して引き抜く。
そうして肩の上に乗せ、テコの原理を利用して、勢いそのままに振り下ろす。
戦斧槍みたいな重い武器の利点は、防御を許さない点だ。
案の定、相手も受ける事なく回避したが、一撃躱した程度で終わりはしない。
「――なっ!?」
地面が刃を噛んでも、勢いを利用して更に半回転して追撃した。
今度は躱せず刀身で受け、衝撃を受け流せず吹き飛ばされる。
倒れた所へその首に向け、ギロチンの様に刃を落とした。
だが、本当に首を落とす訳にはいかないので、脅しの為に当然ズラす。
薄皮一枚だけを切り裂いて、つい、と首から一筋の血が流れた。
動くに動けず、視線だけ刃に向けた男からは、荒い息だけが漏れた。
「は……はっ、ふぅ……ふぅ……っ!」
これで決着、だった。
私が僅かでも柄を押すだけで、男の首は落ちる。
それを理解しているから、男は口を開く事すら出来ない。
私は倒れ伏した男達を睥睨し、それから視線を目の前の男に戻した。
「四人で囲み、勝ったところで……どのみち恥だが……」
私は柄から手を離し、蔑みの息を吐く。
「あげく、負けるのか」
反論はない。というより、出来なかった。
ただ悔しげな、荒い呼吸が繰り返されるだけだ。
私は敢えて腰を曲げ、男に顔を近付けて言う。
「これからは、下を向いて生きていけ。誰にも顔を見られない様に。侮蔑の視線を見ずに済む様に」
私が身体を起こして、完全に背を向けると周囲から歓声が沸いた。
手を叩く音や、口笛なども響いてくる。
「ありゃ、何モンだ!?」
「きっと、名のある方に違いねぇ!」
「スカッとしたよ! さっきから気に入らなかったんだ!」
女剣士に下劣な真似をしていても、囃し立てていた者も、その中には居た。
結局の所、騒いで楽しい事ならば、内容などどうでも良いのだろう。
溜め息を吐きたい気持ちでいると、人垣の中からリルが飛び出して抱きついて来た。
「お母さん、格好いい! でも、びっくりしちゃった! 槍みたいの、すごく上手に使えるんだ!」
「お母さんは、大抵の武器は使えるよ。森では逆に邪魔になるから、使う機会がなかっただけで……」
「わたしも使える様になりたい! ギュ~ンてなって、グルグル~ってなって、かっこ良かった!」
「でもリルは、まず剣術を修めないとね。中途半端が、一番いけない」
私が優しく諭すと、リルは素直に頷いて、満開の笑みを浮かべた。
「うんっ! じゃあ、次ね! 次に、槍みたいなの、使い方教えてね!」
……次、か。
それだけの時間が、果たして私に残されているのだろうか。
しかし、それを決して表に出さず、ただ笑みを浮かべて頭を撫でた。