混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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王都 その4

 倒れ伏していた男は、震える身体を押さえ付ける様にして立ち上がった。

 無理をしているのは明らかだが、それに合わせて、他の三人も構えを取る。

 

 装備や、その立ち振る舞いからして、場数を踏んでいるのは直ぐに分かった。

 決してワンマンチームではなく、彼ら全員が同程度の実力者なのだろう。

 

 一人は、長柄を武器にしていた。

 槍――いや、穂先が短く刃が広い。

 斬ることも突くこともできる戦斧槍(ハルバード)だ。

 

 もう一人は、片手に短剣、もう片方に小型の盾を構えていた。

 接近戦の専門だろう。

 

 最後の一人は戦鎚で、他三人より僅かに遠い位置にいた。

 怖じ気づいたからではなく、そういう作戦だろう。

 

「さすがに、素手は不公平だろ」

 

 男の仲間が、苦笑混じりに言う。

 だが、その目は笑っていなかった。

 

「獲物が欲しいって言うなら、待ってやっても良いが……? 素手が本業って訳じゃないんだろ?」

 

 私は肩をすくめ、敢えて小馬鹿にした口調で言った。

 

「いらないな。お前達から武器を奪えば済む話だ」

 

「あぁ、そうかい。――後悔しろッ!」

 

 その瞬間、踏み込みと同時に戦斧槍が突き出された。

 私は横に跳ぶだが、追随する様に横薙ぎされる。

 

「……フン」

 

 私は身体を前に倒してそれを躱すと、殆ど地面に接地する程の低姿勢のまま肉薄する。

 一際強く踏み込み、刃の根元、柄の中程へ。

 

「――シッ!」

 

 角度を選ぶんで拳をぶつけたが、甲高い音を返すだけで、取り落としはしなかった。

 

 先程、散々取り落とす仲間を見ていたからか、警戒は十分だった様だ。

 

「ぐぅ……っ!?」

 

 だが、取り落とさずに済んでも、衝撃は残る。

 体勢を崩した所へ、私は半回転して肘を打ち込み――すると、呆気なく槍使いがよろけた。

 

 その瞬間、私は柄を掴み、足を払う。

 

「――くっ!」

 

 柄を離すまい、としたのが逆に徒となった。

 倒れる反動を利用して、そのまま柄を引き抜く。

 

 そして、抜いた直後、優れた起き上がろうとしていたその喉元に石突きで突いた。

 

「ごぁっ! ゲッ、ゲホァッ!」

 

 槍使い捨ては悶絶して、のたうち回る。

 その無防備な所に顎先を蹴り付け昏倒させた。

 

 泡を吹いて白目を剥く男を余所に、私は奪った獲物の感触を確かめる。

 戦斧槍を手首に乗せるようにして回転させてから一閃、その重さと重心を把握した。

 

 私が持つには少々、重い。

 だが、重心を知れば、扱えない重さではなかった。

 

「……さて、まず一人」

 

 私が低く呟くと同時、短剣と盾の男が、距離を詰めてくる。

 盾で正面を固め、短剣で刺す構えだ。

 

 私はハルバードを逆手に持ち替え、待ち構える。

 刃ではなく、石突きを使う。

 

 盾が前に出る、その瞬間。

 石突きを、盾の縁へ叩き込んだ。

 

「ふっ……!」

 

 衝撃が盾越しに腕へ伝わり、相手の動きが一瞬、止まった。

 そこへ柄で足を払い、倒れた顔面横へと、返す動きで刃を振り下ろした。

 

「う……、あっ、ひっ……!」

 

 戦意を喪失した男は武器を手放し、倒れた格好のまま両手を上げた。

 

 短剣の柄頭を蹴り付け、宙を舞ったそれを掴む。

 左手に短剣を持ち、次に襲い掛かろうとしていた、戦鎚使いに向き直った。

 

「二人目」

 

「くっ、ウォォォオ!」

 

 本来ならば、短剣使いはもっと善戦している予定だったのだろう。

 食い止める為の盾だし、彼は普段からそうした役回りの筈だ。

 

 その隙に、横合いから殴り付け、力任せに戦局を終結させる――そういう予定だった。

 力の限り、ただ武器を振り下ろすだけで良い役回りだからこそ、この男は柔軟な対応が不得手だ。

 

 あるいは、そうした柔軟性がないから、力任せで済むポジションを、与えられていたのかもしれない。

 

「喰らえやッ!」

 

 振り下ろされる一撃に、立てた戦斧槍を軸にして半回転する。

 そのまま顔を蹴り上げ、怯んだ隙に、短剣を鎧の隙間から脇腹に差し込んだ。

 

「――動くな。急所は外してある。内蔵の隙間を通しているからな。だが、ほんの少し刃を傾けるだけで、お前は激痛と共に死ぬ」

 

「や、止めてくれ……!」

 

「だったら、そのまま動かずにいろ。自分で抜こうともするな。手元が狂えば、やはり死ぬ。癒者に診て貰いながら抜いて貰え」

 

「あ、ぅ……っ! うぁ……っ!」

 

 辛うじてそれだけ言うと、男は短剣周りを手で覆って膝をついた。

 まるで僅かに吹く風すら、短剣に触れさせまい、とするかの様だ。

 

 私は戦鎚使いに背を向けると、一度肩越しに睨み付けた。

 妙な動きをしたら容赦しない、という脅しだ。

 

 前に向き直ると、戦斧槍の柄――石突き近くを蹴り付ける。

 勢い良く回転しながら、上空へ放物線を描いて飛び上がり、私はゆっくりと歩く。

 

「三人目」

 

 数歩進んだ所で、戦斧槍が手元に落ちてきて、重さを手首の回転で受け流しつつ、手に取る。

 

 最後まで残った男は、最初に喧嘩を売ってきた男だ。

 未だにダメージは抜け切っておらず、ふらつく身体を無理に正し、剣を構えていた。

 

 しかし、全身から溢れていた敵愾心は、最早微塵も見えない。

 その構えの重心も後ろ向きで、戦う姿勢というより、逃げる姿勢だ。

 

「な、何なんだ、お前は……! どこの冒険者だ……!?」

 

「お前らみたいなのは、よく勘違いするよな。世の強者の全ては、冒険者にしかいないと思ってる」

 

 私は鼻で笑って、戦斧槍の刃を地面に突き刺し、柄を腋で抱えた。

 

「――そんな訳がないだろう。むしろ、真の強者は表に出ない。せこせこと、魔獣を倒して小金を得る必要なんてないからだ」

 

「お前は……、お前は一体……」

 

「行商人だ」

 

 周囲からざわめきが起こる。

 そんな馬鹿な、と声が上がり、それに同意する声も同様に幾つも上がった。

 

「……まぁ、私が何者かなど、今はどうでも良い話だ」

 

 言うと同時に、遠心力を利用して引き抜く。

 そうして肩の上に乗せ、テコの原理を利用して、勢いそのままに振り下ろす。

 

 戦斧槍みたいな重い武器の利点は、防御を許さない点だ。

 案の定、相手も受ける事なく回避したが、一撃躱した程度で終わりはしない。

 

「――なっ!?」

 

 地面が刃を噛んでも、勢いを利用して更に半回転して追撃した。

 今度は躱せず刀身で受け、衝撃を受け流せず吹き飛ばされる。

 

 倒れた所へその首に向け、ギロチンの様に刃を落とした。

 だが、本当に首を落とす訳にはいかないので、脅しの為に当然ズラす。

 

 薄皮一枚だけを切り裂いて、つい、と首から一筋の血が流れた。

 動くに動けず、視線だけ刃に向けた男からは、荒い息だけが漏れた。

 

「は……はっ、ふぅ……ふぅ……っ!」

 

 これで決着、だった。

 私が僅かでも柄を押すだけで、男の首は落ちる。

 

 それを理解しているから、男は口を開く事すら出来ない。

 私は倒れ伏した男達を睥睨し、それから視線を目の前の男に戻した。

 

「四人で囲み、勝ったところで……どのみち恥だが……」

 

 私は柄から手を離し、蔑みの息を吐く。

 

「あげく、負けるのか」

 

 反論はない。というより、出来なかった。

 ただ悔しげな、荒い呼吸が繰り返されるだけだ。

 

 私は敢えて腰を曲げ、男に顔を近付けて言う。

 

「これからは、下を向いて生きていけ。誰にも顔を見られない様に。侮蔑の視線を見ずに済む様に」

 

 私が身体を起こして、完全に背を向けると周囲から歓声が沸いた。

 手を叩く音や、口笛なども響いてくる。

 

「ありゃ、何モンだ!?」

 

「きっと、名のある方に違いねぇ!」

 

「スカッとしたよ! さっきから気に入らなかったんだ!」

 

 女剣士に下劣な真似をしていても、囃し立てていた者も、その中には居た。

 結局の所、騒いで楽しい事ならば、内容などどうでも良いのだろう。

 

 溜め息を吐きたい気持ちでいると、人垣の中からリルが飛び出して抱きついて来た。

 

「お母さん、格好いい! でも、びっくりしちゃった! 槍みたいの、すごく上手に使えるんだ!」

 

「お母さんは、大抵の武器は使えるよ。森では逆に邪魔になるから、使う機会がなかっただけで……」

 

「わたしも使える様になりたい! ギュ~ンてなって、グルグル~ってなって、かっこ良かった!」

 

「でもリルは、まず剣術を修めないとね。中途半端が、一番いけない」

 

 私が優しく諭すと、リルは素直に頷いて、満開の笑みを浮かべた。

 

「うんっ! じゃあ、次ね! 次に、槍みたいなの、使い方教えてね!」

 

 ……次、か。

 それだけの時間が、果たして私に残されているのだろうか。

 

 しかし、それを決して表に出さず、ただ笑みを浮かべて頭を撫でた。

 

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