混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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王都 その5

 リルの柔らかな髪と、ふわふわな耳を撫でて癒やされている最中、ふと思いたって動きを止めた。

 

 よくよく考えると、先程の行動は、娘の教育に、良い影響を与えないのではなかろうか。

 

 冒険者のやり口は見ていて不快だったし、私も衝動的に文句を口に出していた。

 だが、やりようは他にもあったし、もっと穏便な手段はあったように思う。

 

 今から軌道修正は可能だろうか――。

 私は必死に考えながら、リルの頭から手を離して、真面目ぶって口にする。

 

「いいかい、リル。今回はあの冒険者も悪かったけど……でも、お母さんにも悪い所があった」

 

「そうなの? お母さん、ゼンゼン悪くなかったと思うけど……」

 

 不思議そうに問い返すリルに、私は首を横に振って答える。

 

「いいや、お母さんには、相手の実力が分かっていた。自分より弱いと分かった上で、挑発し……怒らせた」

 

「……うん」

 

「私はあの行為を下劣だと思ったし、止めさせるべきとも思った。でもね、わざと激昂させ、引けない状況に持って行く必要はなかった」

 

「でも、怒った相手も悪いんじゃないかなぁ。だって、ホントの事を言っただけでしょ?」

 

 私は大いに頷いて続ける。

 

「それは、その通り。でもね、圧倒的に強い方が、相手を精神的に追い詰め、逃げられない状況を作ってから叩きのめす、というのは……」

 

 私はここで一拍、置いてから続けた。

 

「これを“卑劣”と言う」

 

 リルは耳をピンと立て、思わぬ事を聞いた表情で、目を丸くさせた。

 

「ひれつ……」

 

「正しく身に付けた力は、正しく使わなければ意味がない。リルはそういう使い方が出来る子だ。……出来るね?」

 

「はいっ!」

 

 リルが背筋を伸ばして返事をした所で、人垣の中から飛び出して来る人影があった。

 

 反射的にそちらを見ると、最初に組み伏せられていた、あの女剣士だと分かる。

 その後ろには仲間らしき女性冒険者達もおり、それぞれが感動の面持ちでこちらを見ていた。

 

「まだ帰ってなかったのか……。騒動の間に姿を隠してれば良かったものを……」

 

「いえ、矢面に立って頂いたのに、勝手に帰るなど……! そんな失礼な真似は出来ません。それに……!」

 

 只でさえ輝く瞳が、それで更に輝きを増した。

 ……何だか、嫌な予感がする。

 

「あの……、どうか……どうか、貴女の弟子にしてくれませんか!?」

 

「お願いします、わたしたちも……!」

 

 女剣士だけでなく、その仲間達まで、声を揃えて懇願してくる。

 

「何でこういう事になるかな……」

 

 額に手を当てて溜め息を吐くと、女剣士とその仲間は、次にリルへ顔を向けた。

 

「娘さんですか!? では、日頃から色々と教わって……?」

 

「んぅ……、そう。お母さんに剣術とか、他にもいっぱい……」

 

 人見知りする子ではないのだが、その気合いに気圧され、私の後ろに回って、それだけ答えた。

 

 女剣士は大いに感動して、更に意気込む。

 

「では、姉弟子ですね! 私はクリス・ブルーイブと言います。宜しくお願いします、姉弟子!」

 

「あ、姉弟子……!」

 

 その単語を聞いた途端、リルは私の後ろから飛び出して、腕を組んでは大儀そうに胸を張る。

 

「正しく身に付けた力は、正しく使わなきゃダメなんだよ!」

 

 鼻をぴすぴす、と鳴らす誇らしげな姿は、尊大な態度なのにもかかわらず、ただ愛らしいばかりだ。

 

 それは彼女たちも同様で、拍手をしたり、妙に頷いて見せたりで、口々に褒め称えている。

 

「姉弟子、可愛い!」

 

「姉弟子、流石です!」

 

 煽てられて、リルはみるみる、やる気に満ちていく。

 今にも勝手に全員の面倒を見る、と言いだしかねない雰囲気だ。

 

 私はその前にリルを抱えて、その場を逃げ出す。

 

「盛り上がってるところ悪いが、弟子入りは認めていない。諦めてくれ」

 

「ああっ、そんな! 師匠~っ!」

 

 師匠じゃないし、なるつもりもない。

 大体、我が家に連れて帰れる訳もないのだから、断る以外に選択肢などないのだ。

 

 人垣の間を駆け抜けようとすると、彼らは吹き飛ばされるとでも思ったのか、サッと左右に分かれる。

 

 今は一応、ありがたく思いながら、出来上がった道を突っ切ろうとした。

 しかし、横合いから憎々しい視線を受け取り、咄嗟に顔を向ける。

 

 そこでは、ようやく戦斧槍(ハルバード)から助け出された、あの男がいた。

 

 その顔からは、敗北を認め、謙虚になる態度など微塵もなく――。

 復讐を誓う、醜悪な憎悪が見え隠れしていた。

 

 

  ※※※

 

 

 その後は、獣車に飛び乗るなり手綱を乱暴に叩き、振り切ることで事なきを得た。

 しかし、獣車を預けられる宿屋はそう多くなく、宿選びは難航した。

 

 ようやく見つけた時には、既に夕方だった。

 食事を取って部屋に入ると、リルはベッドにダイブして、泳ぐ様に足をバタつかせる。

 

「久々にゆっくり寝れるね!」

 

「うん、砦にもベッドはあったけど、安眠なんかとは程遠いものだったし……。今日は安心してお眠り」

 

「うんっ!」

 

 リルは枕に一度顔を(うず)めたかと思うと、糸が切れた様に動かなくなった。

 しばらくすると、微かな寝息が聞こえてくる。

 

「そんな格好じゃ、寝苦しいだけだろうに……」

 

 私は苦笑しながら、リルの身体を起こして横たえてやる。

 そのあどけない寝顔を見ていると、今日の疲れなど、どこかへ吹き飛んで行ってしまう。

 

 今日の――。

 私はむっつりと押し黙って、窓の外を見る。

 

 王都の外れにある宿屋だが、流石に人口の多さが桁違いだけあって、こんな場所でもヒトの往来は激しい。

 

 夕方の帰宅時間や、仕事終わりの時間帯と重なっているからか、尚のことそう感じるのかもしれなかった。

 

 ――今日の冒険者は、恐らくこのまま黙ってはいないだろう。

 安いプライドの為に……そして、幾らかでも評判を挽回する為に、なんらかの手を打とうとする筈だ。

 

 正面からは来ないだろう。

 彼我の実力差は、あまりに明かだ。

 

 それを分からぬ筈もない。

 ならば、他に何の手を打つか――。

 

 考えられる可能性は、それほど多くなかった。

 リルの首元まで、しっかり布団を整えてやると側を離れ、悪意に対する反撃をどうするべきかを考え始めた。

 

 

  ※※※

 

 

 夜も深まり、誰もが寝静まる時間帯になってから、彼ら四人は姿を現した。

 周囲に気配を配り、体勢を低くしながら、足音を消して、私達が泊まる宿へと近付いて行く。

 

 その一部始終を、三件離れた建物の屋根から、私は窺っていた。

 

「フン……」

 

 隠密行動は素人に毛が生えた程度で、全くなっていない。

 周囲を何度も確認するせいで、どこから見ても完全な不審者だ。

 

 私は音を出さずに屋根の上を飛び移り、そしてやはり、音も無く彼らの後ろに降り立った。

 

 最後尾とは、手を伸ばせば届く距離だと言うのに、誰もこちらに気付く素振りもない。

 

 先頭を行くのは喧嘩を売ってきたあの剣士だが、見るのは正面と左右ばかりで、後ろには全く注意を払っていなかった。

 

 役割分担でもしているのだろうか。

 その割に、最後尾の戦鎚使いは、後ろの確認があまりに散漫だ。

 

 さて、一気に昏倒させてしまうか、と思った所で、押し殺した声が前から聞こえて来た。

 

「なぁ……、本当にここか? 間違いないのか?」

 

「獣車に乗ってる奴なんざ、ごまんといるがよ。森獣となれば、話は別だ。ここで間違いねぇ」

 

 どうやら、先頭を行く二人が話し合っている様だ。

 

「でも……、本当にやれるのか? 最初は確かに油断もあったが……、明らかに俺達より上だぞ」

 

「だから、寝込みを襲うんだろうが……! どんな達人だってな、眠らず生きられりゃしねぇんだよ」

 

「それは分かるが……」

 

 口ごもる仲間に対し、苛立ちを交えながら、押し殺した声音で言う。

 

「いいか、分かってんのか? 今日中に何とかしねぇと、俺達ぁ居場所を失くすんだぞ」

 

「まぁ、あんだけ派手にやられちゃあな……」

 

「自業自得とは思わねぇよ。あの女、明らかにやり過ぎた。アレのせいで明日から、ギルドから仕事なんか回って来ねぇ」

 

「そうだな……。俺達にも生活があるからな……」

 

「ふん縛って連れ回してよ、周りの奴らに知らしめてやらねぇと、王都からだって締め出され兼ねねぇんだ……!」

 

 話す毎に興奮度合いが高まっていき、鼻息も荒くなる。

 

「本人が駄目なら、ガキを人質って手もある。とにかく、やるんだ。やらねぇとよ……A級の看板に泥塗った、てなぁ……、他のA級から制裁される……!」

 

 リルの事を口に出した時点で、彼らの命運は決まった。

 私だけを狙うなら、まだしも痛め付けて返すだけで済んでいたのに……。

 

 彼らは、私の逆鱗に触れたのだ。

 ――掻かなくて良かった、要らぬ恥を掻いて貰う。

 

 私は暗い視線を四人に向け、そして一瞬の間に、悉く意識を刈り取った。

 

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