混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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束の間の安息 その5

 私の奥義を教えてからと言うもの、リルは試行錯誤しながら、剣を振るう機会が多くなった。

 

 ナナから積極的に勧められた事もあり、だから魔力鍛練にも力が入っている。

 この奥義で大事なのは、剣の技量ではない。

 

 それはあくまでイメージの補助に過ぎず、どう斬れば対象を切断出来るか、それを実感と共に納得する方が優先だ。

 

「必要なのは、魔力を拡げる事だけど……。それが如何にも難しい……」

 

 今も自主練しているリルを見つつ、洗濯物を干しながら呟く様に言う。

 

「世界と調和する様なイメージ、と口にするのは簡単だけど、それを実行するのは至難の業だ」

 

 努力よりも、センスの問題になる。

 どれだけ魔力があろうとも、出来ない者には永遠に出来ない。

 

 その様な事を考えていると、ナナがふわりと飛んで来て、私の近くを周遊し始めた。

 

「どうした、ナナ?」

 

「何て言うか……、ちょっと違和感がね」

 

「うん……? 何がだ?」

 

「何をそんなに急いでいるの? あんな高度な技、今のリルには必要ないじゃない」

 

 それは事実だ。

 リルはまだ幼く、基礎をどれだけ固めても、固めすぎるという事がない時期だった。

 

「過程を全て飛ばして、いきなり、だなんて……。足りないものが多すぎて、意味なんかないのに」

 

「やる気にするには有効だろう? いつも基礎ばかりでは飽きてしまうし……、実際リルはやる気になっている」

 

「それはそうだけど……」

 

 そう言って、互いにリルヘ顔を向けると、今も変わらず試行錯誤しながら、再現しようと躍起になっている姿が見えた。

 

「でも、それが本当の理由じゃないんでしょ? ……そんなに悪いの?」

 

 敢えて主語を抜いて訊いてきたのは、彼女なりの労りだろうか。

 それとも、単なるカマ掛けか……。

 

 しばし考え込んでいると、ナナから苦笑と共に言葉を投げられた。

 

「別に言いたくないなら良いわよ。でも、精霊には漠然と、分かってしまうものよ。目に見える訳じゃないけれど……、貴女を取り巻く、嫌な感じが増している」

 

「うん……」

 

「あっちで悪魔を封印してからは、特に酷くなってる感じだわ。……でも、どうして? だって、封印したんでしょう?」

 

 私は思わず口をつぐむ。

 これを告白するのは、中々心苦しいものがあった。

 

「……悪魔の執念が勝ったからだ。普通なら、心が折れてしまう筈だし、その時点で呪いも消えると思ったが……」

 

「悪魔って殺せないの?」

 

 私は眉間に皺を寄せて、頭を振った。

 

「無理だ。現世でどれだけ害そうと、本当の意味で死にはしない。だから、心を折る方向で、言う事を聞かせようとしたんだ」

 

「なるほどね……。そしてだからこそ、時間の経過で呪いが酷くなっているのかしら……。その怨みつらみが、逆に反骨心を強くしているのかも……」

 

 有り得ない話ではなかった。

 そして、今も尚、呪いが強まっている事実を思えば、かなり正解に近い部分を指摘していると思う。

 

「最初は極力、魔力を使わなければ良い、と考えていた。それで呪いは最小化できると……。だが、奴は私に使わざるを得ない状況を作り出すと言い、更には強い怨みで呪いそのものを強めている点だ」

 

 だから最早、魔力を使わずにいても意味がない。

 呪いに呑みこまれるまでの時間が延びるだけで、いつかは完全に呑みこまれる。

 

「……どうにかならないの?」

 

「我慢比べだな……。即座に折れなかったのは流石と言っても良いが、永遠には無理だろう」

 

「じゃあ、もし……」

 

 ナナは口元を引き攣らせて、挑むように訊ねる。

 

「もし、呪いの方が先に全身を覆ったら……」

 

「異形が生まれる……、だろうな。それも恐らく、これまで類を見ない規模の異形となるだろう。それだけじゃなく、異形の支配権を得た悪魔は、自らの開放を命じるだろう。そうなったら、それまで溜め込んだ鬱憤を発散しようとする……かもしれない」

 

 周辺地域の壊滅は勿論、私が最も愛するリルを、自らの手で殺せと命じるだろう。

 それも、最も残虐な方法で……。

 

 ナナは顔を青くして、呟く様に言う。

 

「どうにかならないの? 今からでも、何か手が……」

 

「あるなら、とっくに行動してるよ。それに、下手に外へ出ると、使()()()()()()()()状況に襲われそうだ」

 

「この前は大丈夫だったじゃない? ……ほら、冒険者の奴らとかさ。あぁいうのなら、素の実力でとっちめられるし……。あたしだって手伝うわよ!?」

 

「確かに、ナナの手助けは助かるよ。でもそれは、リルを無用な騒動に巻き込むって事でもある。あの程度の木っ端冒険者なら、どうとでもなるのは確かだが……」

 

 それを許してくれない状況が、きっと来るだろう。

 誰かの命を見捨てるとか、リルの安全を確保するとか、そうした已むに已まれぬ状況が、きっと来る。

 

「このまま森に引き籠もっていれば、確実に安全……なの?」

 

「それは分からない。だが、解呪を求めて外へ出ると言うには、もう八方手を尽くしてしまった……」

 

「そんな……」

 

 朝の森は、いつもより少しだけ柔らかな印象だった。

 家の周りに生えるら木々の隙間から差し込む光が、淡く揺れながら地面に落ちている。

 

 その平和的な光景とは裏腹に、私の周囲だけが、どんよりと蜘蛛っている様に感じられた。

 

 

  ※※※

 

 

 私は鍋を火に掛け、木匙で中身をかき混ぜていた。

 シルケと共に台所に立ち、料理するのは珍しくない。

 

 だが、その頻度は格段に上がり、今ではほぼ毎回の事になっている。

 少しでも、リルにやれる事を増やしたいからだった。

 

「さて……」

 

 薬草と根菜を刻み、塩と少量の獣脂を落とす。

 それだけの簡素な煮込みだが、お昼のスープはこれで十分だ。

 

「まだ~?」

 

 背後から、リルの気の抜けた声が聞こえる。

 

「まだだよ」

 

 即座に返すと、リルは頬を膨らませた。

 

「昨日もそれ言ってた」

 

「昨日も、まだだったからね」

 

 ナナがくすくすと笑いながら、鍋の上をふわりと旋回する。

 湯気に触れた途端、びくっと跳ねて、慌てて距離を取った。

 

 アロガは母屋の縁側に腹ばいになり、前脚を投げ出したまま、私とリルを交互に見ている。

 

 時折、森の奥へ視線をやり、何かを確かめるように鼻を鳴らした。

 

「アロガ、番犬気取り」

 

 リルがそう言って、アロガの首元に飛びつく。

 ずしり、と音がしそうな勢いなのに、アロガは嫌がりもせず、むしろ嬉しそうに尾を振った。

 

 その勢いで、リルの髪がぐしゃりと乱れる。

 

「ちょ、ちょっと! 毛が口に入るってば、もぅ!」

 

 抗議しながらも、笑っている。

 私はその様子を横目で見て、鍋に蓋をした。

 

「今日は、森の見回りも畑仕事も、全部お休みだ」

 

「ほんと? この前も休みだったよね?」

 

 リルの弾む声に、笑顔で応じる。

 

「ほんと。リルはちょっと気張りすぎだし、魔力の使い過ぎも身体に毒だ。こういうのは蓄積するから、リセットしないといけない」

 

「じゃあね、じゃあね!」

 

 リルは何か思いついたらしく、奥の部屋に駆けていく。

 後を追うように、アロガがのっそりと立ち上がり、ナナがその上をくるくると舞った。

 

 しばらくして、リルは一抱えの布切れを抱えて戻ってきた。

 

「外で食べよ!」

 

 それは、以前一緒に染めた布だった。

 色むらもあるし、端も揃っていないが、リルはそれを宝物のように扱っている。

 

「良いとも。じゃあ、そうしようか」

 

 敷物としてそれを広げ、それから皿を並べる。

 アロガは当然のようにその横に伏せ、ナナはアロガの腰にちょこんと腰掛けた。

 

「いただきます」

 

 三つ分の声が、少しずれて重なる。

 煮込みは、湯気と一緒に素朴な香りを立てていた。

 

 リルは一口食べると、目を細める。

 

「……おいしいね!」

 

「それは良かった」

 

「昨日よりおいしい」

 

「それは、気のせいかもね」

 

 ナナが「気のせいかもね」と真似して、また笑う。

 食後、リルはアロガの背に凭れかかり、空を見上げた。

 

 雲がゆっくりと流れていく。

 

「ねえ、お母さん」

 

「なに?」

 

「こういう日、ずっと続いたらいいね」

 

 私は答えず、その代わりにリルの髪を指で梳いた。

 アロガが満足そうに喉を鳴らし、ナナがその音に合わせてふわふわと上下する。

 

 森は変わらず、静かに息をしていた。

 危険も、訓練も、焦りも――今は少し遠くに置いて。

 

 ただ、母と娘と、魔獣と精霊が揃った、何でもない一日。

 今はただ、その幸せを堪能していたかった。

 

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