最初に森から飛び出して来たのは、冒険者の一団だった。
魔女狩りに参加を要請されるくらいだから、間違いなくS級だろう。
彼らの多くは、格上との戦いに慣れているから、油断など出来ない。
軍隊のように決められた行動ではなく、よく言えば臨機応変、悪く言えば、好き勝手に動くのも、その一因だ。
統率はあるが、それは命令系統ではなく、経験と勘に裏打ちされた“空気”のようなものだ。
誰かが合図を出すわけでもないのに、前衛が前に出て、後衛が間合いを取り、支援役が魔力の流れを整え始める。
厄介、極まりない。
これが軍隊なら、陣形を崩せば瓦解するのだが、冒険者は違う。
一人一人が小さな戦場であり、それぞれが判断し、修正し、なお戦い続ける。
実力でのし上がったS級とは、そういうものだ。
闇を裂いて飛び出してきたのは、五人。
先頭に立つのは、大剣を担いだ男だった。
刃は欠け、血に黒ずんでいるが、研ぎ澄まされた気配は誤魔化せない。
その左右には、軽装の双剣使いと、盾を構えた女戦士がいた。
一歩遅れて、杖を携えた魔術士と、弓手が現れ、矢を番える。
大剣の男と視線が合った。
ほんの一瞬だが、それで十分だった。
「……本物の魔女。光栄だね」
大剣の男が呟いたが、それは決して逃げ腰から出た言葉ではなかった。
恐怖はあるものの、それ以上に、昂揚が勝っている。
――ああ。
これだから、冒険者は……S級は嫌いだ。
私が剣を構えると、相手も動いた。
弓手と魔術士が攻撃を放つ。
私は剣の一振りで矢を落とし、迫る火炎球を外套で払って、上空に弾いた。
月へ重なる様に爆炎が広がり、熱風が私の髪を揺らした。
私は同じく火炎球を投げ返したのだが、盾役が地面を踏み鳴らし、魔力障壁を展開する。
私の魔術は無力化された。
「……良い盾だな」
感心していると、その影から、双剣が跳び出す。
低く、速く、死角を突く様な動きだった。
だが当然、それは私には見えている。
牽制も兼ねて、指二本を向けた先から魔力弾を放つ。
踏み込む直前――跳躍し迫ろうとした、その足首を狙った。
「――っ!」
体勢を崩しながらも、即座に回転して距離を取る。
――なるほど、判断が早い。
舌打ちしたい気分でいる間に、魔術士の詠唱が完成する。
火炎球が防がれたと同時に、次の魔術に取り掛かっていたらしい。
放たれたのは雷属性の魔術だ。
空気が焼け、音が遅れてやって来る。
当たらない高威力の魔術より、速さに重きを置いた魔術を選んだ。
その考えは大いに正しい。
だが、どちらにせよ、私には通じなかった。
注意を逸らしたその隙を突いたつもりだろうが、やはり外套が魔術を防いでくれる。
しかし――、それこそが狙いだったのか。
大剣の男が、もうすぐそこまで来ていた。
跳躍し、重い斬撃が振り下ろされる。
真正面から受ける気はなく、刃を滑らせ、軌道をずらした。
私は返す動きで、そのまま肩口へ攻撃を――。
しようとした所で、盾が割り込んだ。
金属同士が噛み合い、火花が散る。
「――っ、重い!」
盾役の女が歯を食い縛り、裂帛の気合いで睨み付けてくる。
こちらも、只者ではない。
防御特化の前衛は、決して珍しいものではないが、女性というのは珍しい。
――だが。
「次の一手が欲しかったな」
私は剣を引かず、そのまま魔力を流し込む。
刃ではなく、“重さ”を増やし、盾ごと屋根から叩き落としてやった。
直後に衝撃音が聞こえ、土と草が跳ね、森が軋む。
その瞬間、直上から空気を切り裂く殺気を感じた。
曲射に寄って放たれた矢が、音もなく迫る。
私は外套を翻して大剣を牽制しつつ、飛来した矢を躱した。
だがその直後、背後から殺気を感じて、身体に捻りを加えて蹴り付ける。
「ちっ……!」
そこには果たして、双剣使いがいた。
屋根の上で攻防を繰り広げている間に、背後から忍び寄っていたらしい。
今は腕を交差し、悔しそうな顔付きをしながる後方に跳んでいる。
「深入りするな。誘い込まれるぞ!」
冒険者たちは、一度距離を取る事にした。
本気の私と一当たりして全滅しておらず、それどころか、誰も欠けていない。
――優秀だ。
大変優秀な冒険者達だが……しかし、それでも。
「お前たちでは、届かない」
静かに告げると、彼らは顔を見合わせ、苦く笑った。
「だろうな」
大剣の男が、肩をすくめる。
「でもよ。俺たちも、引けねぇ理由があってさ」
彼の背後、森の奥では、まだ、無数の気配が控えている。
私は、剣を水平に構えた。
「なら――」
夜気が震える。
「全力で叩き潰すしかないな」
この森で。
この一戦で。
S級冒険者たちとの、本当の戦いが始まろうとしていた。
※※※
この家の構造も、癖も、私は隅々まで知っている。
藁と木材で組まれた屋根だが、内部には補強の術式が張り巡らされていた。
もしもの時に備えて、高台として使う前提で作ったものだ。
多少の衝撃では、軋み一つ上げない。
「くそっ……! 上にいやがるのが面倒くせぇ!」
大剣の男が吠えると、弓手が腕の角度を変え、魔術士が再び詠唱を始める。
――だが、遅い。
屋根の上は、私の庭も同然だ。
視界は開け、死角は少ない。
足場は不安定に見えて、実際は地上よりもずっと自由が利く。
何より――。
下から来る攻撃は、すべて“見上げる動き”になる。
――矢が来る。
鋭く放物線を描くそれを、剣の切っ先で軽く弾いた。
力はいらない。
軌道を少し狂わせるだけで十分だ。
今さら防がれる事など、相手側からしても想定内だろう。
その間に双剣使いが側面へと周り、壁を蹴って屋根へと飛び上がろうとする。
――コイツはそういう役どころだな。
軽快に動き回り、正面からよりもむしろ、その背後から攻撃するのを好む。
そして、起点となるのが弓手の攻撃で、だから外れても問題ないのだ。
パーティーとしては、ごく当然の役割分担だろう。
私は屋根を横切るように走り、棟木の上で方向を変える。
重心を低く、足裏で木の感触を確かめながら走った。
屋根に手が掛かる、その直前。
「そこ」
私は魔術弾を放ち、手の甲を弾くと、回転しながら落ちていく。
「っ!」
双剣使いは即座に受け身を取るが、着地は乱れた。
そこで私は屋根の上から踏み込み、飛び降りざま剣を振り下ろす。
我が家の庭を汚すのは嫌だが、だからといって、殺しを躊躇いはしない。
体勢を整えようと、起き上がる瞬間を狙って、肩口から脇腹へ深く斬りこむ。
俊敏さを活かす皮鎧は、何らかの魔術を付与された代物だったが、それを易々と切り裂き、骨を断って内蔵を抉った。
双剣使いは吐血と共に地面を転がり、そのまま動かなくなる。
赤い染みが地面に広がっていく。
「クレッタ!? よくも……ッ!」
盾役の女が叫ぶ。
彼女は私を牽制しながら、仲間の位置を調整している。
統率役は、どうやら彼女だ。
悪くない。
だが――。
私は再び屋根へと戻る。
激昂して襲い掛かってくればまた違ったが、強敵相手に相応の警戒心も持ち合わせている。
だが、だからこそ、私を屋根の上へと戻してしまった。
「もういい加減、骨身に染みたと思うがな。――お前たちでは、私には勝てない」
魔術士が歯噛みして睨み付けてきた。
詠唱には集中が要る。
屋根の上を自在に動き回る相手を捉えるには、地上は不利すぎた。
大剣の男が、一歩前に出て言った。
「……この家ごと壊すか?」
「やってみろ」
私は小馬鹿にした口調で鼻を鳴らした。
その瞬間、彼が地面を踏み砕く。
全力の一撃が家屋の柱を横殴り、衝撃波が走ったものの――、起きたことはそれだけだった。
家屋が揺れる事さえなく、だから屋根も崩れる気配さえない。
圧縮された結界が、ただ静かに光るのみだった。
「なっ……!」
驚きも露わにする男に、私は棟木の上に立ち、剣を構える。
「何度やっても無駄だ」
屋根の上という利、開けた視界、制する間合い――。
それら全てが勝っていた。
私は剣先を、冒険者たちへ向けた。
「お前達に――」
魔力を制御し、手の平に魔術を一つ作り出しながら、静かに告げる。
「主導権は与えない」
そうして、魔術の放たれる音が、合図になった。