混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女狩りの夜 その2

 最初に森から飛び出して来たのは、冒険者の一団だった。

 魔女狩りに参加を要請されるくらいだから、間違いなくS級だろう。

 

 彼らの多くは、格上との戦いに慣れているから、油断など出来ない。

 軍隊のように決められた行動ではなく、よく言えば臨機応変、悪く言えば、好き勝手に動くのも、その一因だ。

 

 統率はあるが、それは命令系統ではなく、経験と勘に裏打ちされた“空気”のようなものだ。

 

 誰かが合図を出すわけでもないのに、前衛が前に出て、後衛が間合いを取り、支援役が魔力の流れを整え始める。

 

 厄介、極まりない。

 これが軍隊なら、陣形を崩せば瓦解するのだが、冒険者は違う。

 

 一人一人が小さな戦場であり、それぞれが判断し、修正し、なお戦い続ける。

 実力でのし上がったS級とは、そういうものだ。

 

 闇を裂いて飛び出してきたのは、五人。

 先頭に立つのは、大剣を担いだ男だった。

 

 刃は欠け、血に黒ずんでいるが、研ぎ澄まされた気配は誤魔化せない。

 その左右には、軽装の双剣使いと、盾を構えた女戦士がいた。

 

 一歩遅れて、杖を携えた魔術士と、弓手が現れ、矢を番える。

 

 大剣の男と視線が合った。

 ほんの一瞬だが、それで十分だった。

 

「……本物の魔女。光栄だね」

 

 大剣の男が呟いたが、それは決して逃げ腰から出た言葉ではなかった。

 恐怖はあるものの、それ以上に、昂揚が勝っている。

 

 ――ああ。

 これだから、冒険者は……S級は嫌いだ。

 

 私が剣を構えると、相手も動いた。

 弓手と魔術士が攻撃を放つ。

 

 私は剣の一振りで矢を落とし、迫る火炎球を外套で払って、上空に弾いた。

 月へ重なる様に爆炎が広がり、熱風が私の髪を揺らした。

 

 私は同じく火炎球を投げ返したのだが、盾役が地面を踏み鳴らし、魔力障壁を展開する。

 私の魔術は無力化された。

 

「……良い盾だな」

 

 感心していると、その影から、双剣が跳び出す。

 低く、速く、死角を突く様な動きだった。

 

 だが当然、それは私には見えている。

 牽制も兼ねて、指二本を向けた先から魔力弾を放つ。

 

 踏み込む直前――跳躍し迫ろうとした、その足首を狙った。

 

「――っ!」

 

 体勢を崩しながらも、即座に回転して距離を取る。

 ――なるほど、判断が早い。

 

 舌打ちしたい気分でいる間に、魔術士の詠唱が完成する。

 火炎球が防がれたと同時に、次の魔術に取り掛かっていたらしい。 

 

 放たれたのは雷属性の魔術だ。

 空気が焼け、音が遅れてやって来る。

 

 当たらない高威力の魔術より、速さに重きを置いた魔術を選んだ。

 その考えは大いに正しい。

 

 だが、どちらにせよ、私には通じなかった。

 注意を逸らしたその隙を突いたつもりだろうが、やはり外套が魔術を防いでくれる。

 

 しかし――、それこそが狙いだったのか。

 大剣の男が、もうすぐそこまで来ていた。

 

 跳躍し、重い斬撃が振り下ろされる。

 真正面から受ける気はなく、刃を滑らせ、軌道をずらした。

 

 私は返す動きで、そのまま肩口へ攻撃を――。

 

 しようとした所で、盾が割り込んだ。

 金属同士が噛み合い、火花が散る。

 

「――っ、重い!」

 

 盾役の女が歯を食い縛り、裂帛の気合いで睨み付けてくる。

 こちらも、只者ではない。

 

 防御特化の前衛は、決して珍しいものではないが、女性というのは珍しい。

 

 ――だが。

 

「次の一手が欲しかったな」

 

 私は剣を引かず、そのまま魔力を流し込む。

 刃ではなく、“重さ”を増やし、盾ごと屋根から叩き落としてやった。

 

 直後に衝撃音が聞こえ、土と草が跳ね、森が軋む。

 

 その瞬間、直上から空気を切り裂く殺気を感じた。

 曲射に寄って放たれた矢が、音もなく迫る。

 

 私は外套を翻して大剣を牽制しつつ、飛来した矢を躱した。

 だがその直後、背後から殺気を感じて、身体に捻りを加えて蹴り付ける。

 

「ちっ……!」

 

 そこには果たして、双剣使いがいた。

 屋根の上で攻防を繰り広げている間に、背後から忍び寄っていたらしい。

 

 今は腕を交差し、悔しそうな顔付きをしながる後方に跳んでいる。

 

「深入りするな。誘い込まれるぞ!」

 

 冒険者たちは、一度距離を取る事にした。

 本気の私と一当たりして全滅しておらず、それどころか、誰も欠けていない。

 

 ――優秀だ。

 大変優秀な冒険者達だが……しかし、それでも。

 

「お前たちでは、届かない」

 

 静かに告げると、彼らは顔を見合わせ、苦く笑った。

 

「だろうな」

 

 大剣の男が、肩をすくめる。

 

「でもよ。俺たちも、引けねぇ理由があってさ」

 

 彼の背後、森の奥では、まだ、無数の気配が控えている。

 私は、剣を水平に構えた。

 

「なら――」

 

 夜気が震える。

 

「全力で叩き潰すしかないな」

 

 この森で。

 この一戦で。

 

 S級冒険者たちとの、本当の戦いが始まろうとしていた。

 

 

  ※※※

 

 

 この家の構造も、癖も、私は隅々まで知っている。

 藁と木材で組まれた屋根だが、内部には補強の術式が張り巡らされていた。

 

 もしもの時に備えて、高台として使う前提で作ったものだ。

 多少の衝撃では、軋み一つ上げない。

 

「くそっ……! 上にいやがるのが面倒くせぇ!」

 

 大剣の男が吠えると、弓手が腕の角度を変え、魔術士が再び詠唱を始める。

 ――だが、遅い。

 

 屋根の上は、私の庭も同然だ。

 視界は開け、死角は少ない。

 

 足場は不安定に見えて、実際は地上よりもずっと自由が利く。

 何より――。

 

 下から来る攻撃は、すべて“見上げる動き”になる。

 

 ――矢が来る。

 鋭く放物線を描くそれを、剣の切っ先で軽く弾いた。

 

 力はいらない。

 軌道を少し狂わせるだけで十分だ。

 

 今さら防がれる事など、相手側からしても想定内だろう。

 その間に双剣使いが側面へと周り、壁を蹴って屋根へと飛び上がろうとする。

 

 ――コイツはそういう役どころだな。

 軽快に動き回り、正面からよりもむしろ、その背後から攻撃するのを好む。

 

 そして、起点となるのが弓手の攻撃で、だから外れても問題ないのだ。

 パーティーとしては、ごく当然の役割分担だろう。

 

 私は屋根を横切るように走り、棟木の上で方向を変える。

 重心を低く、足裏で木の感触を確かめながら走った。

 

 屋根に手が掛かる、その直前。

 

「そこ」

 

 私は魔術弾を放ち、手の甲を弾くと、回転しながら落ちていく。

 

「っ!」

 

 双剣使いは即座に受け身を取るが、着地は乱れた。

 そこで私は屋根の上から踏み込み、飛び降りざま剣を振り下ろす。

 

 我が家の庭を汚すのは嫌だが、だからといって、殺しを躊躇いはしない。

 体勢を整えようと、起き上がる瞬間を狙って、肩口から脇腹へ深く斬りこむ。

 

 俊敏さを活かす皮鎧は、何らかの魔術を付与された代物だったが、それを易々と切り裂き、骨を断って内蔵を抉った。

 

 双剣使いは吐血と共に地面を転がり、そのまま動かなくなる。

 赤い染みが地面に広がっていく。

 

「クレッタ!? よくも……ッ!」

 

 盾役の女が叫ぶ。

 

 彼女は私を牽制しながら、仲間の位置を調整している。

 統率役は、どうやら彼女だ。

 

 悪くない。

 だが――。

 

 私は再び屋根へと戻る。

 激昂して襲い掛かってくればまた違ったが、強敵相手に相応の警戒心も持ち合わせている。

 

 だが、だからこそ、私を屋根の上へと戻してしまった。

 

「もういい加減、骨身に染みたと思うがな。――お前たちでは、私には勝てない」

 

 魔術士が歯噛みして睨み付けてきた。

 詠唱には集中が要る。

 

 屋根の上を自在に動き回る相手を捉えるには、地上は不利すぎた。

 大剣の男が、一歩前に出て言った。

 

「……この家ごと壊すか?」

 

「やってみろ」

 

 私は小馬鹿にした口調で鼻を鳴らした。

 

 その瞬間、彼が地面を踏み砕く。

 

 全力の一撃が家屋の柱を横殴り、衝撃波が走ったものの――、起きたことはそれだけだった。

 

 家屋が揺れる事さえなく、だから屋根も崩れる気配さえない。

 圧縮された結界が、ただ静かに光るのみだった。

 

「なっ……!」

 

 驚きも露わにする男に、私は棟木の上に立ち、剣を構える。

 

「何度やっても無駄だ」

 

 屋根の上という利、開けた視界、制する間合い――。

 それら全てが勝っていた。

 

 私は剣先を、冒険者たちへ向けた。

 

「お前達に――」

 

 魔力を制御し、手の平に魔術を一つ作り出しながら、静かに告げる。

 

「主導権は与えない」

 

 そうして、魔術の放たれる音が、合図になった。

 

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