混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女狩りの夜 その3

「来るぞ、魔術だ!」

 

 誰かが悲鳴のような声を上げた。

 それと同時に全員が備える。

 

 判断は早い。

 だが――それでも尚、私に対しては遅かった。

 

 屋根の上に立つ私は、すでに“場”を支配している。

 そしてここ一帯は、私が何度も結界を張り、魔力の流れを馴染ませてきた土地だ。

 

「――展開」

 

 短く告げると同時に、屋根の周囲に幾何学模様が浮かび上がる。

 円環、交差する線、風を示す符号。

 

 次の瞬間――轟、と音がした。

 風が巻き起こったのだが、勿論ただの突風ではない。

 

 屋根を中心に、渦を巻くように発生した圧縮風が、地上へ叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

 

 盾役の女が踏ん張る。

 だが、足元の土が削られ、体勢を維持できなかった。

 

 弓手の放った矢は、途中で弾かれ、あらぬ方向へ飛んでいく。

 魔導士の詠唱は、声が風に散らされ、成立していなかった。

 

 そうして、暴風にあおられ、吹き飛ばされ――彼らは一カ所に集められる。

 私は屋根の上を移動しながら、術式を重ねた。

 

 風だけではなく、次なる一手は――圧だ。

 視線を落とした先、大剣の男の足元に、円陣が浮かぶ。

 

 そして、気付いた時には、もう遅い。

 重力が、反転した。

 

「なっ――!」

 

 男の体が、地面に“押し潰される”。

 斬撃でも衝撃でもないこの魔術は、ただ、立っていることだけの事が苦痛になる。

 

 私は彼らを冷静に見下ろし、声が届かないと知りつつ言った。

 

「エルフなんぞに与するから、こういう事になる。……だが、そうだな。S級にまで上り詰めると、そういう訳にもいかないか。この時の為の冒険者だ」

 

 憐憫の視線と共に、杭を投げて地面に突き刺した。

 これは呪いを受けるより遙か前に用意していた物で、魔術が封入されている物だ。

 

 ほんの僅かな魔力を照射するだけで、誤差なく発動してくれるから、今の私には助かる武器だ。

 

 ただし、威力や範囲の調整が出来ないのは、少し考えものだった。

 

 杭から放たれた魔力の束が、蛇のようにうねり、地面を這う。

 咄嗟に避けようとした冒険者達だったが、今は重力によって、その身体は縫い止められている。

 

 躱そうにも躱せず、その足首に絡みついて締め上げる。

 

「お前達も、こんな末路を迎える為に、腕を磨いて来たんじゃないだろうにな……」

 

 私は一歩足を出し、棟木を踏み鳴らす。

 

「こんな所では、死なないと思ったか?」

 

 冒険者だから、いつでもその覚悟はあっただろう。

 だが、勝ち続けたからこそ、今の地位があり、そして生き残り続けた矜持もある。

 

 いつか死ぬかも、と思いつつ、それは今ではない、という相反する思いがあるものだ。

 だが、いよいよ、その時がやって来たのだ。

 

 彼らの能力と限界を超えた相手――。

 逆立ちしても勝てない相手――。

 

 それをようやく、理解し始めた顔をしていた。

 この戦いは、力比べではない。

 技量比べですらない。

 

 ――圧倒的な高みから見下ろされ、指先で転がされている感覚。

 それが今、彼らの身に起きている事だった。

 

「……お前達の実力は大体、分かった。私も少しは温存して戦えそう、という事もな」

 

「ま、待っ……!」

 

 言葉は最後まで続かなかった。

 それより前に重力が、規定値を超えてしまったからだ。

 

 もう少し早い段階で範囲外に逃げれば助かったのだが、それも封じておいたので、やはり彼らの命運は、既に決まっていた様なものだ。

 

 ひしゃげ、潰れる音を聞きながら、私は屋根の上で、今は静かに息を整える。

 まだ終わりではない。

 

 森の奥に潜む本命は、まだ動いていない。

 冒険者もまた、あれ一組だけではないだろう。

 

 私は夜空と月を背に、再び魔力の制御を始めた。

 

 

  ※※※

 

 

 次に森を割って姿を現したのは、エルフと人間の混成部隊だった。

 

 前列には冒険者が置かれ、先程の捨て身の一団とは違い、装備も動きも洗練されている様に見える。

 

 盾役、前衛、術士、斥候――役割分担が明確で、互いの間合いを正確に保っている。

 

 そして、その後方には、月光を受けて淡く銀色に光る影が見えた。

 

 エルフの精兵だ。

 しかも、ただの弓兵ではない。

 

 長弓を携えた射手の列の間に、短槍と曲刀を持つ近接兵が混ざり、さらにその奥には、樹皮のような装束を纏った魔術士が控えている。

 

 ――森林戦仕様の、完成された編成。

 

 冒険者が前線で撹乱し、エルフが後方から制圧する。

 視界、距離、地形。

 

 すべてを活かし切るための組み合わせだ。

 私は、そこでようやく腑に落ちた。

 

「……なるほど」

 

 先程の冒険者達は、捨て石に過ぎなかった訳だ。

 私をある一定の場所に拘束していれば、それで役目を果たしている。

 

 その上で魔力を使わせ、術の傾向を測るなど、そうした役割もあったのかもしれない。

 

 あくまでも、時間稼ぎ――。

 

 戦力の逐次投入は愚策。

 そんなことは、戦を知る者なら誰でも理解している。

 

 だからこそ、あれだけの戦力しか来なかった時点で、気付くべきだった。

 

 ――本命は、別にいる。

 

 もっとも、分かっていたとして、防げたかと問われれば、それはまた別の話だ。

 

 呪いがある以上、私は魔力を際限なく使えない。

 そして、高所――屋根の上に陣取っての防衛戦は、合理的であると同時に、殆どそれしか選べない様なものだった。

 

 エルフが呪いとその効果を、知らない筈がない。

 それを見越しての作戦行動だと、察するべきだった。

 

「……来るか」

 

 精兵達が合図を交わした次の瞬間、戦場の空気が変わった。

 

 冒険者達が、一斉に動く。

 

 盾役が前へ。

 斥候が左右に散り、死角を作る。

 

 魔術士が詠唱を始め、エルフの射手が弓を引き絞った。

 矢は、まだ放たれない。

 

 だが、その“溜め”が、逆に圧となってこちらを押して来ていた。

 

「……ここからが本番だな」

 

 私は屋根の上で、深く息を吸った。

 

 無理に迎撃すれば、魔力の損耗が拡大する。

 だが、放置すれば、包囲されてしまうだろう。

 

 取れる選択肢は少ない。

 ――ならば、削る。

 

 私は、術式を一段、静かに切り替えた。

 

 派手な魔術は使わない。

 まず必要なのは、整然とした足並みを崩すことだ。

 

 ベルトから杭を取り出すと、それぞれの指の間に挟んで、合計六本、前方に放った。

 

 封入されていた魔術が展開される。

 そうして、最初に異変が起きたのは、冒険者の前列だった。

 

「――なっ!?」

 

 踏み込んだ足が、沈む。

 先程の冒険者にも使ったものと術式は違うが、たとえ事前に見ていたとしても、彼らには躱せない。

 

 勝手に隊列を崩すことは許されていないはずだから、むしろ受けるしかなかったと言える。

 

 そして、動けないというそれだけの事で、連携は乱れ、作戦行動に支障が出るだろう。

 

 だが、動揺から立ち直るのは早く、エルフの射手達が次々と矢を放った。

 雨の様に降り注ぐ矢は――しかし、屋根まで届かない。

 

 風の小精霊が集合し、僅かに軌道を逸らしたからだった。

 

 私は視線を上げ、夜空と月を背に、低く告げる。

 

「……いい部隊だ。よく訓練されている」

 

 余裕のなさを、表に出す訳にはいかない。

 どこまでも泰然と――そして、尽きない余裕を見せ付けなければならなかった。

 

「ここから先は、消耗戦だな」

 

 彼らが一歩進む度に、私は一手放ち、その戦力を削る。

 どうあっても、何をやっても、小揺るぎもしない、と思わせねばならない。

 

 その圧力でもって、踏み出す足が鈍ってくれなければ、私の負けだ。

 

 そして――。

 

 私の敗北は、そのままリルの危機へと繋がる。

 生存者は誰一人残さないだろうし、何よりリルに渡した“首飾り”が拙い。

 

 もし、それを見つけられたら、それが持つ“力”を知らない、なんて言い訳は通じないだろう。

 

 その存在を、他に漏らされない為にも、必ず始末される。

 だから、この身がどうなろうとも、負ける訳にはいかなかった。

 

 それに、切っていない札は、まだいくつも残っている。

 呪いのせいで、身体の痛みは脇腹を中心として全身に広がっていたが、リルを想えば耐えられた。

 

「フウゥゥゥ……」

 

 細く息を吐いて、今は耐える。

 

「返り討ちだ。何をしても無意味だと、教育してやる……」

 

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