混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女狩りの夜 その4

 エルフ、冒険者にかかわらず、彼らは実に優秀で――だから、地面の対処に移るのも早かった。

 

「焦るな! 拘束力は、そこまで高くない!」

 

 冒険者の一人が叫び、隊列が即座に修正される。

 抜け出すのに苦労する者もいたが、その辺りは何かしらの魔術を使って脱出したりしている。

 

 ――それで良い。

 とりあえず、損耗は強制できた。

 

 そして無事に抜け出せても、無駄な突撃はして来ない。

 踏み込みを浅くし、間合いを測り直している。

 

 ――判断が慎重だ。

 だが、それは私の想定内でもある。

 

 迂闊な攻撃では届かないこと、そしてそれが、自らの首を絞めると理解しているから、安易に手を出せないのだ。

 

 しかし、守勢に入っている者ばかりではなかった。

 後列の魔術士達が地面を硬化させると共に、前衛が動き出して圧力を強めている。

 

 最前列は盾を並べ、また防御結界も展開して、まさに盤石の守りだ。

 最初の一撃で半数を落とせたのは、この準備をする前だったからで、いま同じことをしても恐らく通じないだろう。

 

「森の中で、散々痛めつけられた彼らだ。鬱憤も溜まっていたんだろうし、見える敵は私ひとり……。逸った一人に、つられたかな」

 

 仮にそうなら、突出したのは冒険者だろうか。

 規律正しいエルフ達が、勝手をやったとは思えないから、多分そうだろう、という予想でしかないが――。

 

 今はもう、彼らの警戒度は最高潮に達している。

 私が何を考え、何を仕掛けるかを、慎重に見極めようとしていた。

 

「……うん?」

 

 その時、エルフの指揮官と思しき男が、一歩前に出た。

 細身の体躯で、戦士のようには見えないが、立ち姿に迷いはない。

 

「前進を止めろ。弓は温存。魔術士隊、攻撃に備えて防衛術式を展開」

 

 即座に後方の術師達が詠唱を始める。

 感知、解析、魔力の痕跡を洗い出すための術式だ。

 

 これにより、私が術を発動させるより前に、適した魔術で対応しようと言うのだろう。

 

 ――舐められたものだ。

 

 私の術を解析できる、と思っていることもそうだし、魔術の内容を先んじて判れば、対処出来ると思っている事にも。

 

「その驕りは、正してやらねばならない」

 

 指先で、外套の裏地を軽く弾いた。

 外套に縫い込まれた巻物が三つ、淡い光の粒子となって消えていく。

 

 これは予め用意していた、攻撃用の魔術だ。

 私の意思一つで発動するので負担はなく、呪いを気にせず使える。

 

 しかし、この場で有用と言える巻物の数は少なく、数もそれ程なかった。

 

「まさか、魔力を温存して戦うなんて、かつては思ってもみなかったからな……」

 

 思わず、言い訳染みた独白が漏れる。

 だから、純粋な攻撃用の巻物など、そもそも数の用意がなかった。

 

 いま使ったのが、攻撃用巻物の全てだ。

 だが、とにかく――。

 

 同質の巨大な魔力が、屋根の左右に散り、巻物に書き込まれていた術式が展開された。

 

「……反応が、三つ?」

 

 魔術士隊から困惑する声が聞こえる。

 彼らには、私が三人に“増えた”様に見えたかもしれない。

 

 魔力そのものをターゲットとしていたなら、より困惑させられただろう。

 解析とは本来、“確率”を削る作業である。

 

 不確定要素が増えれば、それだけ判断は鈍り、こちらの次なる一手を探るのに苦労する。

 

 前衛は、動きを止めざるを得ない。

 その隙を見逃さず、私は彼らに巻物の魔術を解き放った。

 

「どれかに絞って受けるのか? それとも、どれも受け止められず、半端な防御で蹴散らされるのか?」

 

 問い掛けは、選択を迫る刃だ。

 答えを出すより早く、三つの術式が同時に“起動”した。

 

 左――大気が歪み、圧縮された風刃が連なって放たれる。

 右――地面の下で魔力が脈動し、石と土を束ねた衝撃波が隆起する。

 

 そして正面では――、何も起こらなかった。

 

 だが、“何も起こらない”という事象ほど、戦場で不気味なものはない。

 遅れてやって来るのか、それとも見えない所で発動したのか、気が気でないだろう。

 

「備えろ!」

 

 号令が飛び、盾兵と防衛術式が正面に集中する。

 ――賢明ではある。

 未知を恐れるのは、生き延びられる者の資質だ。

 

「……ふん、対処は二の次、ただ防御を固めるだけか」

 

 私は屋根の上で、静かに息を吐いた。

 どうやら、解析は間に合わなかったらしい。

 

 瞬時に、それぞれに適した防御魔術でも展開させられたら、と危惧したが、そこまで有能ではなかった。

 

 二つの魔術が彼らに迫る。

 左右に展開された風刃と衝撃波は、正面から衝突し、隊列を崩した。

 

 風刃が前衛の側面を裂き、体勢を崩した者が多く出る。

 そして、隆起した地面に足を取られ、後衛との距離が強制的に開かれた。

 

「狙い通り」

 

 その瞬間を、私は待っていた。

 

 正面、防衛術式が最大出力で展開された、その“内側”。

 

 何も起きないはずの場所に、遅延式の術式が、静かに完成する。

 

 光も、音もない。

 ただ、空間の“意味”だけが書き換えられた。

 

「――何かおかしい!」

 

 誰かが叫んだ時には、もう遅い。

 防衛術式の内側で、空気が反転した。

 

 外から守るはずの結界が、内圧を逃がせず、行き場を失った魔力が暴発する。

 

 ただし、火炎を伴う様な爆発は起こらず、衝撃なども皆無だった。

 

「か、は……っ!」

 

 術式を維持していた魔術士が、膝から崩れ落ちる。

 血を吐く者、耳を押さえて悶える者、その反応は様々だ。

 

 魔力の圧壊とでも言うべき現象で、魔術士部隊は最早、新たに魔力を練り込めない。

 しばらく安静にしていれば回復するが、今この時は、完全に戦力としては無効化された。

 

「馬鹿な……! 防衛術式の内側で?」

 

 エルフの指揮官が歯噛みする。

 流石に魔女討伐を任されただけあって、現象に対する理解が早い。

 

 そしてだからこそ、次の手を読むのも早いだろう。

 私は、一度だけ脇腹付近を撫で、屋根の上で姿勢を正した。

 

 ――攻撃用の巻物は尽きた。

 魔力も温存しなければならない。

 

 エルフがせめるのを決断したくらいだ。

 私の身に起きていること、そして侵蝕具合についても、ある程度予測出来ているだろう。

 

 だが、彼らはまだ、具体的な部分までは知らない。

 ここまでの戦いで、私の余裕を見せ付けられ、自らの予想についても揺らいでいる事だろう。

 

 そして彼らは今、こう考えているはずだ。

 

 ――まだ、切り札がある。

 ――まだ、罠がある。

 ――慎重に行かなければならない。

 

 その“慎重さ”こそが、私の最大の武器だ。

 

「次はどうする?」

 

 私は、誰にともなく呟いた。

 

 攻めるか、守るか。

 あるいは、他に手立てを隠しているのか。

 

 選択肢が多いほど、人は迷う。

 そして迷いは、戦場では――死よりも重い隙になるのだ。

 

 その時、冒険者達が焦れた様子で前に出ようとした。

 だが、エルフの指揮官は、それを制する。

 

「待て。魔女は……魔女が、こちらを見ている。立て直す方が先決だ……!」

 

「ンなこと言ったって、魔術士隊はもう、使い物にならんのでしょうが! 魔術の防御はもう無理だ! 後手に回るだけ不利! 攻めるしかない!」

 

 冒険者の怒号に、前線がざわつく。

 剣を握る手に力が入り、今にも飛び出しそうな気配が、こちらにまで伝わってきた。

 

 血の匂いと、焦燥。

 どちらも、戦場では扱いやすい感情だ。

 

 エルフの指揮官は一瞬だけ目を伏せ、深く息を吸った。

 

「……分かっている。だが、それこそが狙いだ」

 

「何……?」

 

「攻めさせたいんだ、魔女は。我々が我慢出来なくなる瞬間を、ずっと待っている」

 

 その言葉に、数人の冒険者がぎくりと動きを止めた。

 理解できた者と、できなかった者。

 

 その差が、既に隊の中に生まれている。

 私は屋根の上で、その様子を黙って眺めていた。

 

 ――正解だ、エルフ。

 彼にはまだしも、戦況が見えている。

 

 私は追撃していない。

 分断し、無力化し、多くの戦力を削ったが、まだ決定打も打ってはいなかった。

 

 それは、出来ないからではない。

 今ある戦力が、魔女討伐の全戦力だと、思っていなかったからだ。

 

「三年前の……、あの隊長クラスを、私はまだ見ていない」

 

 斥候部隊を低く見る訳ではないが、重要度から言って、本作戦に投入しない理由こそない筈だ。

 

「温存しているのか、あるいは……」

 

 切り札として伏せているか、だ。

 その可能性は実際高いだろうし、だから迂闊な真似は出来なかった。

 

 また、あの狂気の執念で、下手な呪いを受けたくない。

 私の油断から生じた事とはいえ、んなのはもう二度とご免だった。

 

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