エルフ、冒険者にかかわらず、彼らは実に優秀で――だから、地面の対処に移るのも早かった。
「焦るな! 拘束力は、そこまで高くない!」
冒険者の一人が叫び、隊列が即座に修正される。
抜け出すのに苦労する者もいたが、その辺りは何かしらの魔術を使って脱出したりしている。
――それで良い。
とりあえず、損耗は強制できた。
そして無事に抜け出せても、無駄な突撃はして来ない。
踏み込みを浅くし、間合いを測り直している。
――判断が慎重だ。
だが、それは私の想定内でもある。
迂闊な攻撃では届かないこと、そしてそれが、自らの首を絞めると理解しているから、安易に手を出せないのだ。
しかし、守勢に入っている者ばかりではなかった。
後列の魔術士達が地面を硬化させると共に、前衛が動き出して圧力を強めている。
最前列は盾を並べ、また防御結界も展開して、まさに盤石の守りだ。
最初の一撃で半数を落とせたのは、この準備をする前だったからで、いま同じことをしても恐らく通じないだろう。
「森の中で、散々痛めつけられた彼らだ。鬱憤も溜まっていたんだろうし、見える敵は私ひとり……。逸った一人に、つられたかな」
仮にそうなら、突出したのは冒険者だろうか。
規律正しいエルフ達が、勝手をやったとは思えないから、多分そうだろう、という予想でしかないが――。
今はもう、彼らの警戒度は最高潮に達している。
私が何を考え、何を仕掛けるかを、慎重に見極めようとしていた。
「……うん?」
その時、エルフの指揮官と思しき男が、一歩前に出た。
細身の体躯で、戦士のようには見えないが、立ち姿に迷いはない。
「前進を止めろ。弓は温存。魔術士隊、攻撃に備えて防衛術式を展開」
即座に後方の術師達が詠唱を始める。
感知、解析、魔力の痕跡を洗い出すための術式だ。
これにより、私が術を発動させるより前に、適した魔術で対応しようと言うのだろう。
――舐められたものだ。
私の術を解析できる、と思っていることもそうだし、魔術の内容を先んじて判れば、対処出来ると思っている事にも。
「その驕りは、正してやらねばならない」
指先で、外套の裏地を軽く弾いた。
外套に縫い込まれた巻物が三つ、淡い光の粒子となって消えていく。
これは予め用意していた、攻撃用の魔術だ。
私の意思一つで発動するので負担はなく、呪いを気にせず使える。
しかし、この場で有用と言える巻物の数は少なく、数もそれ程なかった。
「まさか、魔力を温存して戦うなんて、かつては思ってもみなかったからな……」
思わず、言い訳染みた独白が漏れる。
だから、純粋な攻撃用の巻物など、そもそも数の用意がなかった。
いま使ったのが、攻撃用巻物の全てだ。
だが、とにかく――。
同質の巨大な魔力が、屋根の左右に散り、巻物に書き込まれていた術式が展開された。
「……反応が、三つ?」
魔術士隊から困惑する声が聞こえる。
彼らには、私が三人に“増えた”様に見えたかもしれない。
魔力そのものをターゲットとしていたなら、より困惑させられただろう。
解析とは本来、“確率”を削る作業である。
不確定要素が増えれば、それだけ判断は鈍り、こちらの次なる一手を探るのに苦労する。
前衛は、動きを止めざるを得ない。
その隙を見逃さず、私は彼らに巻物の魔術を解き放った。
「どれかに絞って受けるのか? それとも、どれも受け止められず、半端な防御で蹴散らされるのか?」
問い掛けは、選択を迫る刃だ。
答えを出すより早く、三つの術式が同時に“起動”した。
左――大気が歪み、圧縮された風刃が連なって放たれる。
右――地面の下で魔力が脈動し、石と土を束ねた衝撃波が隆起する。
そして正面では――、何も起こらなかった。
だが、“何も起こらない”という事象ほど、戦場で不気味なものはない。
遅れてやって来るのか、それとも見えない所で発動したのか、気が気でないだろう。
「備えろ!」
号令が飛び、盾兵と防衛術式が正面に集中する。
――賢明ではある。
未知を恐れるのは、生き延びられる者の資質だ。
「……ふん、対処は二の次、ただ防御を固めるだけか」
私は屋根の上で、静かに息を吐いた。
どうやら、解析は間に合わなかったらしい。
瞬時に、それぞれに適した防御魔術でも展開させられたら、と危惧したが、そこまで有能ではなかった。
二つの魔術が彼らに迫る。
左右に展開された風刃と衝撃波は、正面から衝突し、隊列を崩した。
風刃が前衛の側面を裂き、体勢を崩した者が多く出る。
そして、隆起した地面に足を取られ、後衛との距離が強制的に開かれた。
「狙い通り」
その瞬間を、私は待っていた。
正面、防衛術式が最大出力で展開された、その“内側”。
何も起きないはずの場所に、遅延式の術式が、静かに完成する。
光も、音もない。
ただ、空間の“意味”だけが書き換えられた。
「――何かおかしい!」
誰かが叫んだ時には、もう遅い。
防衛術式の内側で、空気が反転した。
外から守るはずの結界が、内圧を逃がせず、行き場を失った魔力が暴発する。
ただし、火炎を伴う様な爆発は起こらず、衝撃なども皆無だった。
「か、は……っ!」
術式を維持していた魔術士が、膝から崩れ落ちる。
血を吐く者、耳を押さえて悶える者、その反応は様々だ。
魔力の圧壊とでも言うべき現象で、魔術士部隊は最早、新たに魔力を練り込めない。
しばらく安静にしていれば回復するが、今この時は、完全に戦力としては無効化された。
「馬鹿な……! 防衛術式の内側で?」
エルフの指揮官が歯噛みする。
流石に魔女討伐を任されただけあって、現象に対する理解が早い。
そしてだからこそ、次の手を読むのも早いだろう。
私は、一度だけ脇腹付近を撫で、屋根の上で姿勢を正した。
――攻撃用の巻物は尽きた。
魔力も温存しなければならない。
エルフがせめるのを決断したくらいだ。
私の身に起きていること、そして侵蝕具合についても、ある程度予測出来ているだろう。
だが、彼らはまだ、具体的な部分までは知らない。
ここまでの戦いで、私の余裕を見せ付けられ、自らの予想についても揺らいでいる事だろう。
そして彼らは今、こう考えているはずだ。
――まだ、切り札がある。
――まだ、罠がある。
――慎重に行かなければならない。
その“慎重さ”こそが、私の最大の武器だ。
「次はどうする?」
私は、誰にともなく呟いた。
攻めるか、守るか。
あるいは、他に手立てを隠しているのか。
選択肢が多いほど、人は迷う。
そして迷いは、戦場では――死よりも重い隙になるのだ。
その時、冒険者達が焦れた様子で前に出ようとした。
だが、エルフの指揮官は、それを制する。
「待て。魔女は……魔女が、こちらを見ている。立て直す方が先決だ……!」
「ンなこと言ったって、魔術士隊はもう、使い物にならんのでしょうが! 魔術の防御はもう無理だ! 後手に回るだけ不利! 攻めるしかない!」
冒険者の怒号に、前線がざわつく。
剣を握る手に力が入り、今にも飛び出しそうな気配が、こちらにまで伝わってきた。
血の匂いと、焦燥。
どちらも、戦場では扱いやすい感情だ。
エルフの指揮官は一瞬だけ目を伏せ、深く息を吸った。
「……分かっている。だが、それこそが狙いだ」
「何……?」
「攻めさせたいんだ、魔女は。我々が我慢出来なくなる瞬間を、ずっと待っている」
その言葉に、数人の冒険者がぎくりと動きを止めた。
理解できた者と、できなかった者。
その差が、既に隊の中に生まれている。
私は屋根の上で、その様子を黙って眺めていた。
――正解だ、エルフ。
彼にはまだしも、戦況が見えている。
私は追撃していない。
分断し、無力化し、多くの戦力を削ったが、まだ決定打も打ってはいなかった。
それは、出来ないからではない。
今ある戦力が、魔女討伐の全戦力だと、思っていなかったからだ。
「三年前の……、あの隊長クラスを、私はまだ見ていない」
斥候部隊を低く見る訳ではないが、重要度から言って、本作戦に投入しない理由こそない筈だ。
「温存しているのか、あるいは……」
切り札として伏せているか、だ。
その可能性は実際高いだろうし、だから迂闊な真似は出来なかった。
また、あの狂気の執念で、下手な呪いを受けたくない。
私の油断から生じた事とはいえ、んなのはもう二度とご免だった。