混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

325 / 325
魔女狩りの夜 その5

「……隊列を再編する。前衛は下がれ。斥候を二組、左右に――」

 

「待ってられるかよ!」

 

 ついにしびれを切らした一人の冒険者が、指揮官の声を無視して飛び出した。

 彼のパーティーと思しき戦士達も、それに続いて後を追っている。

 

 彼らは一様に重装の剣士だが、それを感じさせない速度で走っていた。

 そして、その自信に裏打ちされた実力もあるのだろう。

 

 だからこそ、我慢出来なかった。

 屋根の上から、私はその動きを酷く冷淡に見据えていた。

 

 剣士が我が家まで後半分、という距離まで踏み込んだその瞬間、後方からエルフの叱責が飛ぶ。

 

「戻れ! それ以上は――」

 

 だが、もう遅い。

 そこには妖精に回収させた、ゴーレムの残骸が埋まっている。

 

 正しく調整・運用すれば、その巨体を動かす程のエネルギーになるが、扱いを誤ればそのエネルギーは暴発して牙を剥く。

 

 地表の下で、何かが――鳴った。

 

 鈍く、腹の底に響くような、金属と魔力が擦れ合う音だ。

 それは爆発音ですらなく、むしろ破裂音に近かった。

 

「――っ、止まれ!」

 

 遅れて気付いた冒険者が叫ぶが、重装の足は簡単には止まらない。

 一歩、二歩……。

 

 三歩目を踏み出した、その瞬間だった。

 ――地面が、沈んだ。

 

 沈下したのではなく、撓み、歪み、爆発の影響で変化したのだ。

 

 埋めておいたゴーレムの残骸――胸部炉心の破片が、踏圧を引き金に、内部の魔力回路を誤爆させた。

 

 次の瞬間、地中から吹き上がったのは、歪みの力だった。

 空気がねじれ、音が潰れ、視界が一瞬だけ白く歪む。

 

 魔力が暴発する際に起こる、おおよそ最悪の現象――“境界破断”だ。

 

「う、ぐわ――ッ!?」

 

 剣士の足が、消えた。

 正確には、削り取られた、と言うべきだろう。

 

 装甲ごと、肉ごと、存在そのものを剥ぐように、脛から下が消失していた。

 

 続いて突っ込んできた二人が、慌てて止まろうとして――やはり遅かった。

 恐怖は、ブレーキの助けにならない。

 

 彼らは転び、絡まり、互いを押し倒しながら、危険地帯に踏み込んでしまう。

 

 ゴーレム残骸は、全部で七つ。

 それら全て、妖精達がデタラメに配置したものだ。

 

 狙ってやるにはその知識がないから無理なのだが、マナの純度に敏感な彼らだから、そこにさえ注意すれば、埋める段階では危険を最小限に出来る。

 

 それを無感動に見ていた私は、屋根の上から淡々と告げた。

 

「……どうせなら、もっと多くを巻き込めたら良かったな」

 

 聞こえるはずもない距離だが、耳の良いエルフには届いたらしい。

 指揮官が、歯を食いしばって、周囲に告げた。

 

「……退け! 無理に助けるな! その場所から離れろ!」

 

 正しい判断だ。

 埋没しているゴーレムの罠は、未だ全てが起動していない。

 

 だが、その命令を“即座に”実行できる兵だけで、構成された部隊でないのが徒となった。

 

 冒険者は仲間を見捨てない。

 それが美徳であり、同時に弱点でもある。

 

 私は屋根の縁へと歩み寄り、視界に入るよう、わざと姿を晒した。

 

「……魔女が何かするぞ!」

 

 誰かが叫び、その瞬間、全員の意識が私に向く。

 助けるべき仲間から、視線が外れた。

 

 私は静かに、外套の内側に指を滑らせ、巻物の残数を確かめる。

 

 攻撃用巻物はもうないが、治癒の巻物がひとつだけ残っていた。

 いかにも、今から攻撃して来るようにみえるだろうが、私も攻撃を躊躇う場面だった。

 

 追撃するには絶好の機会――。

 だが、今は私を見て畏怖し、足を止めさせていた方が、今は益が高い。

 

「――次に踏み出す足は、慎重に選べ。同じ目に遭いたくなければな」

 

 冒険者達が躊躇した、その刹那。

 森の奥から、低く、重い音が響いた。

 

 エルフの精兵部隊が、動き出した音だ。

 私は、薄く息を吐く。

 

 ――いいだろう。

 ようやく、全員が盤上に揃った。

 

 

  ※※※

 

 

 ――やはり、来たか。

 

 屋根の上から見下ろした視線が、精兵の一角で止まる。

 氷色の外套、背に負った大剣。

 

 その歩調と魔力の運び方を見ただけで、すぐに誰かは分かった。

 

 三年前、森の結界を抜け、罠を潜り、最後の最後まで私に食らい付いた人間――。

 

 名前は確か……、ミッコラだったか。

 

 仲間の一人を犠牲にして逃げ切るという、中々(したた)かな面もあり、運が大きく味方したとはいえ、この森からまんまと逃げ(おお)せた。

 

 その彼女が、今は隊列の中心にいる。

 ――精兵の核、か。

 

 ミッコラは足を止めない。

 詠唱は短く、殆ど一呼吸の間に終わらせる。

 

 すると空気が冷え、瞬く間に地面が白く染まり、次の瞬間には凍結した。

 バキリ、という嫌な音と共に、分厚い氷が敷かれる。

 

 埋伏した罠は、あれでは動作しないだろう。

 しかも表面はザラついて、敢えて雑に起伏が多くなっている。

 

 あれでは歩行するにも、支障は最低限で済みそうだ。

 

「……中々、見事な術だな」

 

 思わず、声が漏れた。

 

 氷結魔術は単純な術式に見えて、実際には極めて高度なものだ。

 その上、地形を読み、罠の存在を前提とし、それら全てを一括で無効化するのは、並大抵の腕では出来ない。

 

 ――中核に据えられるだけの事はある。

 そこへエルフの指揮官が、短く号令を飛ばす。

 

「前進! 足場は安定した。散開しつつ、魔女を圧迫しろ!」

 

 精兵達が、氷上を慎重に進む。

 罠が完全に無効化されたか、今はどうしても半信半疑の状態だ。

 

 もしかしたら――、それを考えずにはいられないだろう。

 誰も彼も、足を失う二の舞いは踏みたくない。

 

 ミッコラは、その先頭に立ちながら、一瞬だけこちらを見上げた。

 

 目が合って、そこに強烈な意思を感じ取る。

 怯えも慢心もなく、そこにあるのは、執念にも近い集中だった。

 

 ――あぁ。

 彼女は、三年前の敵討ちをしに来たのだ。

 

「……罠は潰された、か」

 

 呟きながら、私は屋根の上で姿勢を低くする。

 

 魔力は極力、使いたくない。

 高所防衛という地の利も、罠を無効化されたことで、少しずつ崩れ始めている。

 

 だが――。

 

 私は指を弾いて、パチッ、と軽い音を立てた。

 それを合図に、各種の小精霊が音もなく宙を舞う。

 

 私はそれらに視線を向けると、顎で森の奥を指した。

 それを合図に、小精霊らは三々五々に散っていく。

 

 森の奥へと消え行く彼らを見送りながら、私は思考を切り替える。

 ――地面は封じられた。

 

 それは仕方がない。

 最初から最後まで、全て手の平の上などと、自惚れてもいなかった。

 

 視線を上げて、木々と枝、そして夜空に目を移す。

 

 そして、氷結魔術という一点に、力を集中させた――ミッコラを見据えた。

 

「……相変わらず、愚直な奴だ」

 

 それは美点であり、同時に突破口でもある。

 

 私は、屋根の縁から一歩、後ろへ下がった。

 次に動くのは、私ではない。

 

 ――森だ。

 森は、いつでも私の側にある。

 

 

  ※※※

 

 

 ――森は、生きている。

 それは決して、比喩ではない。

 

 魔女として生きた千年は、各地を転々と移動し、居を移す必要性を迫られたが、拠点というものは存在している。

 

 各地にある拠点はいずれも、ヒトが近付くには難所と言える場所ばかりだが、ここはその中でも別格だった。

 

 何しろこの数百年、この森と共に在り続け、精霊達と生きてきた私は、それを誰よりも理解している。

 

 氷に覆われたのは、あくまで地表だけで、しかも森の縁から我が家に続く、狭い距離のみだ。

 

 枝の先、幹の内、根の奥。

 そこまで完全に凍らせる程、ミッコラの魔術は強力ではなかった。

 

 ――だから、そこに付け入る隙がある。

 そうして最初に異変が起きたのは、その音だった。

 

 ギ……、ミシ……。

 

 氷の下で、何かが軋む音がする。

 精兵の一人が、違和感に足を止めた、その時だった。

 

 地面を覆う氷が内側から盛り上がり、彼らの足元を揺るがした。

 

「な――っ!?」

 

 次の瞬間、氷を突き破って現れたのは、黒褐色の“根”だ。

 太く、節くれ立ち、まるで意思を持つ蛇のように蠢く。

 

 それも一本、二本ではない。

 森の至る所から同時多発的に、それは起こっていた。

 

 これら全て、精霊達と妖精の手によるものだ。

 超自然的存在である彼らだから、自然と調和し、それを利用する事など造作もない。

 

 氷の平面を前提に組まれた隊列が、即座に乱れる。

 

「足元だ! 根が――」

 

 誰かの叫びは、途中で途切れた。

 足首に絡みついた根が、強引に引き倒したのだ。

 

 精兵といえど、結局は人の身体だ。

 氷の上で姿勢を崩せば、立て直しは難しい。

 

 それに、引き倒しただけでは終わらない。

 根に引き上げられ、宙吊りにされる者も現れる。

 

 そして、次は枝だ。

 風もないのに、木々の枝葉がざわめき、しなり、狙い澄ましたように精兵達の頭上へと伸びる。

 

 絡め取り、持ち上げ、そして――放り投げた。

 氷上に叩き付けられる衝撃音が、あちこちで響く。

 

「……森が、動いている?」

 

 誰かの呆然とした声。

 

 ミッコラは即座に理解したらしい。

 大剣を背負ったまま、鋭く視線を走らせる。

 

「魔女だけ、と考えていたのは間違いだった……! ここが……森全体が、全てが敵だ……!」

 

 ――その通りだ。

 私は屋根の上で、外套の裾を風に揺らしながら、静かに息を吐いた。

 

 氷結によって均された戦場は、今や完全に仇となった。

 焦りから滑り、転び、逃げ場を失う。

 

 幾ら凹凸を多くして、歩き易くしたと言っても、平地と同様にはいかない。

 焦りが募れば尚のことだろう。

 

 ミッコラが歯噛みする。

 

「……搦め手ばかり……! 魔女が直接動いていないのに、これなの……!?」

 

 私は、その呟きに小さく笑った。

 

「そうとも」

 

 聞こえるはずもない声で、私は静かに告げる。

 

「ここは私の領域だ。私が動かなくていい戦場を、作るのはむしろ当然だろう」

 

 そして、向って来る者は、容赦なく排除する。

 

 精兵達の足が止まり、隊列は完全に分断された。

 攻めるための時間を稼ぐつもりだった彼らは、今や逆に、時間を奪われる立場とかっている。

 

 私は、屋根の縁に立ち、剣の柄に手を置いて息を吐く。

 

 ――さぁ、次に動くのは、誰だ?

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜(作者:山下敬雄)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

彩光都市シロツメのギルド【エメラルドクロウ】には、一人の優秀な受付係がいる。▼男の名はシロイ。人当たりが良く新人冒険者への配慮も欠かさない彼は、誰もが認めるギルド職員の鑑だった。▼だが、そんな彼にも誰にも言えないような秘密がある。▼そう彼の正体は、近頃話題のD級賞金首、殺人モンスター〝トランプメン〟。▼屈強な王国の騎士団すら時には手にかけると噂されるほど、冷…


総合評価:28/評価:-.--/連載:53話/更新日時:2026年05月20日(水) 11:11 小説情報

半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】(作者:神野あさぎ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ダークな世界で論理的異能バトル──仲間の為になら“悪”にも成る。▼半妖として生まれた瞬間、彼の運命は“処刑”で始まった。▼鎖国明けの国─玖(きゅう)─。 そこでは、異能《シン》を持つ者は神に選ばれた存在として崇められ、あるいは恐れられていた。▼青髪の青年・辛(かのと)は、金属を生成する能力者。 半妖ゆえに「化け物」と蔑まれ、人々から愛されることなく、孤独に生…


総合評価:6/評価:-.--/連載:29話/更新日時:2026年05月20日(水) 13:19 小説情報

この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」(作者:庫磨鳥)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

美少女が謎の生命体と戦うソシャゲみたいな世界で、『謎の生命体』として生きていくことになった主人公が色々と活躍するお話。▼【二・五章完結】▼※カクヨムにも投稿を始めました▼登場人物の短編を別枠で投稿しているものがありますので、よろしければこちらもご覧ください。▼[くるがい ストーリー集]https://syosetu.org/novel/306231/▼活動報…


総合評価:48834/評価:8.95/連載:101話/更新日時:2025年06月11日(水) 18:00 小説情報

創世のアームズ・ディーラー〜現代と異世界を駆け回る貧乏高校生の武器商売奮戦記!(作者:大和タケル)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【現実味のあるファンタジーを求める貴方に、超ロマンを届けます!】▼ 西暦2030年、太陽フレアがきっかけで地上に魔物が現れた。自衛隊が交戦するも全く歯が立たず、お手上げ状態。そんな折、一人の青年が覚醒する。▼ 貧乏な高校生、大和創真が手にしたのは先祖の英霊と異世界への扉。▼ 脅威が迫りくる現代。彼は魔物に抗う武器を求めて異世界へと旅立った。自衛隊へ売る為に。…


総合評価:11/評価:3.29/連載:88話/更新日時:2026年04月29日(水) 08:08 小説情報

ダンジョン中毒から抜け出したい【書籍化&コミカライズ決定】(作者:1パチより4パチ派)(オリジナル現代/コメディ)

ダンジョンのドロップにどハマりして身を崩した主人公が、過去に脳を焼いちゃった仲間や世間からの妨害(ほぼ自業自得)にめげずに社会復帰を目指す話。▼※2026年2月10日 書籍化&コミカライズ決定しました。


総合評価:7261/評価:8.25/連載:82話/更新日時:2026年05月19日(火) 23:20 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>