混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女狩りの夜 その7

 私は、静かに呼吸を繰り返し、息を整えた。

 

 呪いがある以上、魔力の大量消費は自殺行為に等しい。

 だが――使わねば、異形を撃退出来ないし、その背後に控える者達も倒せない。

 

「……仕方ない」

 

 外套の留め具に指を掛け、ひとつ外す。

 それだけで、封じていた魔力の流れが、堰を切ったように溢れ出した。

 

 森が応え、空気が変わる。

 その圧力が、重さを持って場を支配した。

 

「聞け。ここから先は、私の領分だ」

 

 言葉と同時に、私は地面へと掌を向けた。

 

 ――魔女術、“深層連結”。

 

 土壌、根系、岩盤、そのすべてと魔力を接続する術式。

 通常ならば儀式が必要となる大魔術だが、私にとっては違う。

 

 “魔術”と“魔女術”の違いは多くあるが、魔術が魔力を用いて物理現象を起こすものとするなら……。

 

 魔女術は物理世界の法則から脱却する、という正反対のアプローチをする点が、一番大きな部分だろう。

 

 異形の足元で、大地が蠢く。

 

 土が盛り上がり、岩がせり出し、無数の根が絡みついた。

 拘束から抜け出そうとする異形を、分解するように引き裂きつつ、拘束する。

 

 だが異形も、ただ黙っている訳ではない。

 触手を振り回して暴れ、炎を撒き散らす。

 

 しかし、地面ごと押さえ込まれているため、逃げようがない。

 

「再生する? 結構。なら――」

 

 私は指を鳴らす。

 

「再生する前に、削ぎ続ける」

 

 地面から突き出た石槍が、連続して異形を貫いた。

 一撃では足りない。

 だから、十。百。千……と数を増やした。

 

 核を見極める必要などなく、あらゆる箇所を無差別に削る。

 そうなれば、運悪く核を打ち抜かれ、悲鳴を上げながら朽ちる個体も現れた。

 

 だが、その時――。

 

「――構わん! まとめて焼き払え!」

 

 鋭い号令が戦場に響き、エルフの精兵達が動いた。

 

 彼らは既に、準備を完了させていた。

 異形は最初から味方などと思っていないだろうし、諸共攻撃する事に躊躇などないだろう。

 

 弓が一斉に引き絞られる。

 その矢尻には、複雑な紋様が刻まれていた。

 

「魔力貫通矢……!」

 

 私は舌打ちする。

 

 それは、対象だけでなく、周囲の魔力場ごと破壊する兵器だ。

 異形を消し飛ばす代わりに、私の術式も巻き添えにする。

 

「撃て!」

 

 放たれた矢は、流星のように降り注いだ。

 

 命中と同時に轟音が響き、爆炎と衝撃波が撒き散らされる。

 地面ごと、異形と拘束を吹き飛ばし、私もまた、それに巻き込まれた。

 

 爆風が収まると、異形達は全て、跡形もなく消えた。

 だが私は、全身の打ち身だけで済んでいる。

 

「――っ!」

 

 煤と埃を払って立ち上がると、一瞬、視界が白く弾けた。

 

 腹の内側から、焼け付くような痛みが走り、それが全身に駆け巡る。

 崩れそうになる膝を必死に叱咤し、私は何とか踏み留まった。

 

「……あと何発、使えるんだか……」

 

 私はエルフ達を睨みながら、呟く様に言った。

 どうやら、私が魔女術を使うのを待っていた様に思えるし、その隙を狙って、今回の攻撃をした様に思う。

 

「あれが切り札だったのか……?」

 

 精兵達は無言で、敵意の視線ばかりがある。

 二の矢がないのは、あれだけの数を用意するのに精一杯だったからか……。

 

 そうだろう、と思うと同時に、それだけか、と訝しむ私がいる。

 決定打に成り得る攻撃ではあったが、事実、私は無事に立っている。

 

 エルフはそこまで楽観的だろうか。

 呪われているのは知っていても、浸食具合までは知らない筈だ。

 

 十分な時間を置いて襲撃したにしろ、異形化するまで放置する事まではしなかった。

 

「殺しはしたいが、異形化させるのは避けたい……。そういう事か?」

 

 それとも、他に理由があるのか。

 あるとすれば、それは――。

 

「魔女は間違いなく弱っている! 間断なく攻め立てよ! ――魔術部隊!」

 

 指揮官が腕を大きく振り上げ、私目掛けて振り下ろした。

 私は薄く笑い、痛みを堪えながら魔力を練り上げる。

 

「それは少し、私を舐めすぎだな」

 

 最早、腹は括ったのだ。

 使うことに躊躇いがなければ、無力化は容易い。

 

 ――魔女術“領域干渉・主権宣言”。

 

 この森において、私以外の魔力行使を、一時的に制限する術式だ。

 発動した瞬間、エルフ達の魔力の流れが千々に乱れた。

 

「なっ……、魔力が……!?」

 

「術が、構築できない……!」

 

 彼らの動揺を見て、私は静かに告げる。

 

「お前達が相手をしているのは、――魔女だ。魔女相手に、魔術勝負が成立すると思っていたのか?」

 

 ここまでの狙いは良かった。

 その勝負をしたくないから、ここまで面倒な手順を踏んだ。

 

 使えても数回、それも大魔術は不可能――そう思って、最後の決着のつもりで、こうして来たのだろう。

 

 私は深く息を吐いた。

 呪いが、また確実に進んだ感触がある。

 

 ――だが、それでも。

 

「……まだ、やれる」

 

 夜の森が、僅かにでも頷いた気がした。

 後は一気に押し潰すだけ――。

 

 この戦いもいよいよ、終わりに向かおうとしていた。

 

 

  ※※※

 

 

「――何ッ!?」

 

 それはある種、偶然気付けた事だった。

 上空、それもほぼ真上から気配を感じて、咄嗟に避ける。

 

 前転するように前へ飛び出し、その直後に風切り音が首筋を通っていった。

 

 所々、地面が泥になっているせいで、身体が汚れる。

 それを忌々しく思いながら、転がる勢いを利用して立ち上がった。

 

「チッ……」

 

 そうして背後に目を向けると、そこには剣を手にした、一人のエルフが立っている。

 薄身の刃の刀身で、耐久性を抑えた代わりに切れ味を特化させた武器……の様に見えた。

 

 不意打ちならば、確かにこの首を断ち切るのに苦労はしないだろう。

 

 私はあわや危険だった首筋をするりと撫で、そうして不意に気付く。

 

「ない……」

 

 いつも肌身離さず身に付けている、四つ揃えの宝玉が連なるネックレス。

 それが無くなっている。

 

「ふむ……」

 

 目の前のエルフの手には、そのネックレスが握られていて、宝玉を見つめては矯めつ眇めつしていた。

 

「どうやら、間違いないな。ようやく……、ようやく我が手に……!」

 

 では、最初からそれが狙いだったのか、と(にわか)に理解する。

 

「この部隊運用も、囚人兵を利用した非人道的戦法も……。全ては、この一手の為だったのか……!」

 

「そうとも。空から好機を窺っていたものの、唐突に落とされた時は、正直焦ったものだがね。……まぁ、結果的にはそれが功を奏した」

 

 エルフは、喉の奥で低く笑った。

 その笑みには、勝利の余韻と、長年の執念が滲んでいる。

 

「……千年だ。千年も、我々はこの時を待った。森に守られ、国を渡り、時代を渡り……だが、ようやくだ」

 

 彼はネックレスを掲げる。

 四つの宝玉が月光を受け、淡く、しかし確かな脈動を返していた。

 

 ――時間停滞、老化否定、因果固定、存在定着。

 私が“今も若く在る”理由そのものだ。

 

 魔女として、幾重にも積み重ねてきた力の集積。

 それは寿命を延ばすなどという生易しいものではない。

 

 時間の流れそのものから零れ落ちぬよう、自身を世界に縫い留めるための楔だ。

 私自身が作り出したものではなく、師匠から譲り受け、託されたものでもあった。

 

 ――それを、奪われた。

 

 奪った相手は、エルフ国――カレドシーリア新皇国の神官長であり新皇でもある、アーダルブレヒト・ハルストレーム。

 

 数多いるエルフの頂点たる王その人が、わざわざここまで足を伸ばしてきた。

 その意味は大きい。

 

「こんな僻地までご苦労な事だ……。お前は塔の奥深くで動かないものだと思っていたぞ」

 

()()ばかりは、余人に任せられぬこと故な。それ程までに、これは魅力的すぎる」

 

 恍惚とした表情で宝玉を見つめた後、一転して路傍の石を見つめる視線を、こちらに向ける。

 

「……ふむ、久々の再会だが、髪色以外は随分、変わったものだ。()()()()()だが……これでは、昔を懐かしむ事すら出来ん。……いや、どこかで見た覚えも……?」

 

「言ってろ。その余裕に塗れた顔を、今すぐ恐怖に塗り替えてやる」

 

「強がりは止せ。お前の前に姿を現すリスクなど、百も承知だ。こうして逃げずに長話しているのも……」

 

 チラリと向けた視線の先に、何がいるかなど、確認するまでもなく分かる。

 先程の精兵達が、半包囲した形で、その輪を狭めるように接近して来ていた。

 

 アーダルブレヒトは、口の端に笑みを浮かべながら言う。

 

「物量の圧殺は、未だ有効な戦術だろう。現在、不調なお前ならば、私であっても食い止められよう」

 

 それとも――、と蔑む視線そのままに、言葉を投げ掛ける。

 

「この魔術封じを解除して、また別の魔女術を使ってみるかね?」

 

 状況は最悪で、打つ手は殆ど残されていなかった。

 ――アーダルブレヒトは強い。

 

 万全な状態ならば決して負けないが、今はその正反対で、使える魔女術はあと一回くらいだろう。

 

 私は歯嚙みしたくなるのを堪え、アイツに分からないよう、意思ある瞳で睨み付けるしかなかった。

 

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