混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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魔女狩りの夜 その8

 個の戦闘力だけを見ても、彼は私と正面から渡り合える、数少ない存在だった。

 あくまで渡り合えるだけであって、私に勝てる程ではないはずだが、それでも一分の時間を持ち堪えられれば、この場合では十分だ。

 

 そして今は、魔術封じを展開している。

 

 大抵のことは実現可能な“魔女術”だが、二つ同時に使用する事は出来ない。

 もしも一度に殲滅したければ、この魔封じを解除せねばならなかった。

 

 そして周囲には精兵達と、それを率いるミッコラが、ジリジリと近付いて来ている。

 魔術が解禁されれば、どうしても相手の有利に傾きかねない。

 

 それでもむざむざとやられるつもりはないし、凌いでみせる自信はあるが……眼の前の男を相手にしながらでは、いかにも不利だった。

 

 私は視界の端で距離を測りつつ、アーダルブレヒトに言葉をぶつける。

 

「……随分と、自信満々だな」

 

「自信ではない。計算だ。お前は人間なのに、千年近く生きている。それだけ生き延びてきた者が、この様な窮状に至ろうとも、無策で立っているはずがない」

 

 その視線が、我が家の方角へ、一瞬だけ向けられる。

 

「だが、切り札は有限だ。それも、この土地、この森、この家を守りながら戦うとなれば……尚更な」

 

 ――見抜かれている。

 いや、最初から“分かっていて”踏み込んできたのだ。

 

「こうして私が前に出てきたのは、この千年に決着をつける為だが、今となってはどうでも良い。……ようやく手に入った至宝だ。何より、お前は遠からず自滅する。だから至宝さえ回収できれば、後はどうでも良かった」

 

 アーダルブレヒトは手に持った四つ揃えの宝玉を、大事そうに懐へと仕舞う。

 

「我らの大義、我らの覇道が、ようやく再会されるのだ。お前の死は、その契機として、盛大な狼煙となるだろう……!」

 

「……ならば、わざわざ()()を奪う必要などなかったはずだ。私が異形化する危険を承知で、目の前に立つ愚を犯すって?」

 

「そうだな、リスクはあった。だが、私にとって重要なのは、至宝の行方のみだ。異形となって、姿形が変わってしまえば、それと一体化する危険もあった。そうなれば永遠の喪失だ。それは見過ごせない」

 

 分かる様で、分からない理屈だった。

 そもそも、私はエルフにとって不倶戴天の存在で、そしてこの力を恐れるが故に、命を狙われていると思っていた。

 

 だが、この口ぶりからすると、むしろ至宝を欲しての行動だったと思わせる。

 いや……今になって、それが本当の理由だったと悟った。

 

 ーーしかし、何故。

 

「何故そこまで、()()に拘る? 言っておくが、お前達エルフが羨む様な物ではないはずだぞ」

 

「そうかね? 寿命を延ばすのではなく、不老をもたらす魔術秘具が、どれほど垂涎の的であるか、お前には分からんか」

 

「不老……、エルフが? エルフがそんな、俗なものを欲するのか?」

 

「俗だと……?」

 

 アーダルブレヒトの雰囲気が変わる。

 それは怒りの発露だった。

 

 その怒りが力となって渦巻き、しかし魔力は形にならず、ただ髪の毛をざわつかせるだけで終わった。

 

「我らは最も優秀な種族だ。そうあるべきと、定められている」

 

「それについては異論あるが……まぁ、好きに言わせるさ」

 

 フン、と不快そうに鼻を鳴らして、アーダルブレヒトは続ける。

 

「優秀であるか否かは、その寿命が定める。弱い種族ほど短命で、また子を成す数も多い。それこそが生命と種の、生存戦略であるからだ」

 

「それは……、そうかもな」

 

「ならば、千年の寿命を持つエルフより、不老を手にした魔女の方が、我らを優越した事になりはしないか」

 

「それが許せなかったのか……」

 

 たかだかそんな理由で、という言葉は飲み込む。

 言っても無意味だろうし、逆鱗に触れるだけだろう。

 

 今さら怒りを買うことに躊躇はないが、この場では単なる愚策だった。

 少なくとも、この窮地を脱するまでは、機嫌良く話させた方が良い。

 

 そして実際、アーダルブレヒトは怒りを滲ませつつも、腕を広げて持論を続ける。

 

「我らは最も優秀でなくてはならぬ。そして、常に進歩を絶やしててもならぬ。我らは確かに長寿だし、延命する手段があったとしても……上限はある」

 

「生命として、ごく当然のことだろう。それこそが、この世の摂理と言うんじゃないのか」

 

「しかし、摂理から外れなければ、求めるものに近付けぬのだ」

 

 思わぬ事を聞かされて、私は一瞬、何を言ったのか理解が遅れた。

 

「求める……? 一体なにを……。長寿のエルフでさえ、多大な時間を浪費せねば手に入らないもの……?」

 

「それについては、お前が知る必要はない。我の悲願、我らの大願ぞ……!」

 

 どうも内容までは読めないが、本気で言っているのだとは理解できた。

 それに、わざわざ酔狂で言える事でもない。

 

 狂っている、とは思う。

 もしくは、エルフらしく、正しく狂っていると言うべきか。

 

 上昇志向の強いアーダルブレヒトだから、エルフ達はここまで躍進したと言えるし、そしてだからこそ、世界に覇を唱えんとした。

 

「最も優れた種だけが、世を正しく導けるのだ。真の平和とは、その先にしかない」

 

「その“正しい”は、エルフにとっては、でしかないんだろう? 逆らう者は奴隷落ち、という類いの?」

 

「何とも、前時代的なコトを言う……。お前が停滞していた間にも、時代は常に進んでいるのだ。統治と支配の方法も、時代と共に変化する。――今度こそ、正しく導き、支配してやらねばならない」

 

「いやはや、カミサマ気取りとは恐れ入った」

 

 皮肉を込めて言ったが、アーダルブレヒトは眉の一つも動かさなかった。

 

「お前は良い事をしたつもりかもしれないが、実際は混沌を撒き散らしただけだ。この数百年、ヒトはどうしてた? 上下を見定め、互いに争い、痛みを増やしていただけだ」

 

 それは否めないが、自由には代償が伴う。

 支配され、隷属する事は、ある種の平等を与えたかも知れないが、そこに競争はなかった。

 

「生きるとは即ち、衝突する事だ。それは決して危害を加える事だけを意味しないし、理解し尊重するには大切な過程でもある。それを奪った支配構造が、正しいとは思えない」

 

「では、いま起こっている、獣人国と公国の諍いが、正しいものだと思うのか? たかだか獣の見た目が気に食わない、という理由だけで、虐殺する様な事を?」

 

「あれは確かに愚かしい。だが、それ一つだけ取り上げて、自由と競争の全てを否定するのは飛躍し過ぎだろうさ」

 

 アーダルブレヒトは、つまらなそうに鼻を鳴らし、顎を僅かに上下させる。

 

「フン……。まぁ、ここで何を言っても、今さら何がどうなるでもないか。既に事は決定しているのだ。せめて、お前も満足して死にたいだろうと、優しさを見せたのが間違いだった」

 

「それは素敵な優しさをどうも」

 

 同じく顎を小さく上下させるだけの礼を見せる。

 

 精兵達の包囲は今も変わらず続いており、もう半径十歩もない。

 仕掛けるなら、もうこれが最後のチャンスだ。

 

 そして、そう考えていたのは、どうやら相手も同じらしい。

 アーダルブレヒトは、腕を上げて号令を掛ける。

 

「今こそ、魔女に鉄槌を下せ」

 

 その掲げた腕が振り下ろされる、その瞬間だった。

 私が起死回生――あるいは捨て身――の攻撃を繰り出そうとしたタイミングで、何かが傍に着地する。

 

 訝しげに思うのと同時、アーダルブレヒトの肘から先が斬り飛ばされ、回転しながら落ちてきた。

 

 アーダルブレヒト本人は、それを他人事の様に見つめ、それが何かを認識するなり、一拍置いて絶叫した。

 

「グアァァァアアア……ッ! う、腕……がッ!? 腕……ッ!」

 

「何者だ」

 

 私とよく似た暗色の外套を身に付け、顔はフードに覆われて分からない。

 ただし、その体付きから辛うじて女性だとは判別出来た。

 

 手には剣を持ち、これがアーダルブレヒトの腕を斬り飛ばした。

 敵ではない――、のだろう。

 

 しかし、目的が余りに不明だし、何処から来たのかも不明な相手には、不信感しか抱かなかった。

 

 だが、こちらの思惑など気にもせず、あっさりと身体を翻すと、背中合わせの格好を作る。

 

 余りに無防備、余りに無警戒な態度だった。

 まるで、自分は私に攻撃されない、とでも思っているかの様だ。

 

 あるいは、敵意がないと示す、その証明のつもりでやった事なのかもしれない。

 その彼女が、冷ややかに感じる声音で、不意に声を掛けて来た。

 

「私は貴女を助けに来た。共にこいつらを追い返して、奪われた物を取り返そう」

 

 ――敵か、味方か。

 それすら分からないのに、信用するのは危うい。

 

 腕を切り落としたからには、エルフと敵対している、と思って良さそうだが、敵の敵が味方とも限らないのだ。

 

 私はどうするべきか、一瞬の間に判断し、外套を被った相手へ声を掛けた。

 

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