混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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決意の旅立ちと最強の最下級 その6

 モンティはしばらく黙っていたが、やがて真剣な顔でこちらを見てきた。

 

「……でもさ、リル」

 

 低く落ち着いた声だった。

 

「ホントに分かってんのか? 西大陸に行けるのは、S級冒険者だけなんだぞ」

 

「うん、知ってる」

 

 風の噂は、森の奥の奥まで届く。

 ナナが運んでくる話の中にも、その話題は何度もあった。

 

 東から西へ渡る唯一の道――“境界橋”。

 そして、それを自由に越えることを特別に許される者――それが、S級冒険者だ。

 

 モンティは少しだけ眉を寄せて、更に言い募った。

 

「知ってるなら、尚更だ」

 

 厳しい目付きで、指を一本立てる。

 

「S級は“六人”しかいない」

 

 ミーナちゃんもそれに頷き、気遣わしげに言った。

 

「しかもね、その六人って殆ど入れ替わりがないの。誰か一人を打ち負かせば良いのか、それとも別の手段で代替わりみたいのがあるのか、それも不明で……」

 

「ただ強いだけじゃ、駄目なんだ……」

 

「それは最低条件、って事だと思う。その上で、自分が有能だと示すの。強さ以外の部分をね」

 

 そう言ってから、少し言葉を選んで続ける。

 

「“枠そのものに名前が付いてる”から、つまりそこを理解して、自分を磨くって考えもあるけど」

 

「その枠って?」

 

 ミーナちゃんは指で空中に数えるようにしながら説明する。

 

「例えば、“竜剣”とか、“星槍”とか……そういう感じの称号」

 

「それだけじゃ、どういう能力が必要なのか、全然分かんないね……」

 

 私がげんなりして言うと、モンティが補足してくれた。

 

「星槍は“王都守護”、竜剣は“竜を退ける”。剣でと言うより、対話で退けるの」

 

「話せば良いだけなのが、そんなに難しいの?」

 

「そりゃあ、そうだろ。竜は他の魔獣とは理由が違う。対面するだけでも大変なんだ。その上、竜の常識みたいのがあって、礼儀とかも知らなきゃならない。そういう知識は、普通持ってないんだよ……」

 

 それ自体は分かる気がする。

 私もお母さんと一緒じゃないと無理だったし、正しい礼儀というのも、良く分からなかった。

 

「そういう知識は、貴族の中——元貴族の中にしかなかった。だから、さっきの二つは今も元貴族がやってるんだって聞いた」

 

「竜の方はともかく……、守護も?」

 

「それこそかつて、貴族の管轄だった部分さ。その貴族がなくなったんで、今はギルドが受け持ってる、って話だ」

 

 そう言って、モンティからは挑む様に顔を少しだけ近付けた。

 

「大体全部そんな感じだから、S級は基本的に“増えない”」

 

 単純な話だった。

 強い冒険者が増えたからといって、S級が七人、八人になることはない。

 

 席は、最初から六つだけ。

 

「誰かがその称号を失うか」

 

 モンティの声が少し低くなる。

 

「死ぬか、引退するか、あるいは……その役職に相応しいと認められるか。そのとき、初めて次の候補が挑戦できる」

 

 ミーナちゃんが小さく息を吐き、それから少し困ったように笑う。

 

「だからね……。ただ強くなるだけじゃ駄目なんだよ」

 

 強い冒険者は、世の中にいくらでもいる。

 

 A級の上澄みは、S級の実力とそう違いは無いという。

 それでも――。

 

「席が空かなきゃ、S級にはなれないし、その席は滅多に空かない」

 

 静かな沈黙が流れる中、ギルドの喧騒が遠くから流れてくる。

 

「それでも、挑戦するつもりなのか?」

 

 私は、少しだけ視線を落とした。

 

 六つの席と、その席に名前を持つ称号。

 目指すというには、狭すぎる門。

 

 ……だけど。

 

「うん」

 

 頷く様に返事をして、顔を上げる。

 

「行く。目指すよ、S級」

 

 その短い答えに、モンティは苦笑する。

 

「即答かよ……」

 

 ミーナちゃんも、少し呆れたように笑った。

 

「リルちゃん、変わってないね」

 

「そう?」

 

「うん。昔から、一度決めたらこう、って感じで曲げないもん」

 

 モンティも同意するように鼻で笑った。

 

「この数年、大人しく暮らしていたみたいだから、少しは丸くなったかと思ったけど……。芯のところは変わってないな」

 

「難しいのは、分かってるつもりだよ」

 

 六つの席は、A級冒険者ならば、誰もが狙う頂点だ。

 最低ランクに属したばかりで、軽々しく口にするものではないだろうし、ましてや簡単に手に入るものじゃない。

 

「でも、挑戦すら無理とは聞いてない」

 

 モンティが思わず吹き出した。

 

「おいおい……」

 

「すごい言い方……」

 

 ミーナちゃんも苦笑して、二人は顔を見合わせると、モンティが言う。

 

「……まぁ、止めても無駄だな、これは」

 

「うん」

 

 ミーナちゃんは頷いて、昔と変わらない笑顔で言った。

 

「リルちゃんだもんね」

 

 モンティは力を抜いて息を吐き、壁にもたれながら続けた。

 

「ならせめて、最初は俺たちと組むのはどうだ?」

 

「え?」

 

「俺とミーナ、パーティ組んで一緒にやってるんだ」

 

 ミーナちゃんが元気よく手を上げる。

 

「まだD級だけどね!」

 

「初心者一人より、三人の方が生き残れるだろ?」

 

 その真っ直ぐな目は、本気で憂うからこその眼差しだった。

 言っていることは本当だろう。

 

《ギルド内の取り決めとか、細かなルールとか、知らなきゃいけない事も教えてくれるかもね。でも……》

 

 心の中で、ナナの助言が響く。

 だが同時に、それを歓迎していないのも明らかだった。

 

「本当に、ありがたい申し出だと思うんだけど……」

 

 二人と私の間には、超えることの出来ない隔たりがある。

 それにアロガと一緒である以上、二人と共に行動は出来ない。

 

 また、私の目的を考えると、エルフとの衝突は決まったようなものだ。

 巻き込みたくはない。

 

 モンティとミーナちゃん……。

 二人と組めば、きっと安心だろう。気心も知れているし、信頼もできる。

 

 けれど――。

 

「駄目なのか?」

 

 モンティが少し、身を乗り出す。

 その目には、さっきまでの軽い調子はなく、どこか寂しそうな色が浮かんでいた。

 

 私は慌てて首を振る。

 

「二人と組むのが嫌だって言うんじゃないの。そうじゃなくて――」

 

 その時だった。

 

「恥ずかしいことを、恥ずかしげもなく、よく言えたもんだな」

 

 唐突に、横合いから別の声が割り込んできた。

 

 先ほど二人が声を掛けてくれた時とは、まるで正反対の響きだった。

 期待や喜びではなく、露骨な嘲りが混じっている。

 

「しかもそれが、リル……お前だとはな!」

 

 空気がぴんと張り、モンティが露骨に顔をしかめた。

 隠そうともしない舌打ちしが響く

 

「チッ……! 嫌な奴が来た……」

 

 その態度は、彼にしてはかなり珍しかった。

 モンティは普段、あまり露骨に人を嫌うような態度を見せない。

 

 多少気に食わない相手でも、笑って流すことが多い。

 それなのに、今ははっきりと顔を背けている。

 

 ミーナちゃんもまた、似たような反応だった。

 モンティほど露骨じゃないけど、さっきまでの柔らかい表情が消えている。

 

 私は声の方を振り向くと、そこには、三人の冒険者が立っていた。

 

 中心にいるのは、二十歳より前くらいの男。

 背は高く、整えられた革鎧を着ている。

 剣の柄には装飾があり、装備も比較的上等そうだ。

 

 その左右には、取り巻きのように二人の男が立っていて、威嚇する様にこちらを見ていた。

 

 そして中央の男は、口の端を歪めて笑っている。

 明らかにこちらを見下すような笑みで……。

 

「今までパッタリ姿を見せなくなってた臆病者が、いきなりS級を目指すだと?」

 

 嘲りに侮蔑を混ぜて、鼻で笑う。

 

「ずいぶん大きなことを、言うようになったじゃないか、え?」

 

 その言葉に、周囲の冒険者たちが少しだけこちらへ視線を向けた。

 ざわ、と小さく空気が揺れ、モンティが私の間に入って低く言う。

 

「おい、やめろ。構うな」

 

「なんだ?」

 

 男はわざとらしく肩をすくめる。

 

「久しぶりの同級生に、声を掛けただけじゃないか」

 

 同級生……。

 その言葉に、私は少しだけ首を傾げた。

 

 そして、顔をもう一度よく見る。

 髪の色、目元、口元の形――全体の印象など。

 

 どこかに――。

 記憶の奥に、薄く残っている気配があった。

 

 けれど、どうしてもはっきり思い出せない。

 だから、私は素直に口に出した。

 

「……誰?」

 

 一瞬、沈黙が落ちた。

 次の瞬間、後ろの取り巻きの一人が嘲る様に笑った。

 

「ははっ、聞いたかよ! 物覚えが悪いのか、それとも気付かない振りをしてるだけなのか?」

 

 中心に立っていた男の顔が、ぴくりと引きつる。

 嘲ったまま固まっていた笑みが、ゆっくりと歪んだ。

 

「……なるほどな」

 

 それは酷く低い呟きだった。

 

「テメェに都合の悪いことは、都合よく消えちまうらしい」

 

 それから、少しだけ顎を上げた。

 

「俺だよ、ケレイだ」

 

 その名前を聞いた瞬間、記憶の断片が繋がった。

 

 学校の教室。初めての授業。

 後ろに二人を従えていた少年。

 

 偉そうで、ヒトを見下す態度。

 奴隷の子と言って、私を嘲り……そして、お母さんに尊厳と怒りを教えて貰った。

 

 ――そうだ、あのケレイだ。

 

「……あぁ」

 

 思わず声が漏れ、ケレイは満足そうに笑った。

 

「思い出したか? やっとかよ」

 

「でも、一日しか一緒に居なかったヒトを、同級生とは言わないと思うよ」

 

 その途端、モンティとミーナちゃんが吹き出す。

 コケにされたと思ったのか、ケレイの顔が真っ赤に染まった。

 

「昔のお前も鈍い奴だったが、それは今でも変わらんらしいな!」

 

《何であんなに尊大なのかしら? ――いえ、いられるのかしら? リルに一撃でノされたの、あっちこそ都合よく忘れてるんじゃない?》

 

 そういう事もあった。

 侮辱に対しては、時に苛烈な対応が必要なのだと教えてくれたあの時――。

 

 ケレイは私の一撃に為す術なく、お腹を抑えて蹲った筈だった。

 私が古い記憶を引っ張り出している間に、モンティが苛立った声を出していた。

 

「余計なこと言うなよ」

 

「余計? だって、本当のことだろ」

 

 冷静さを取り戻したケレイは、肩をすくめると、改めて私を見た。

 その視線には、侮蔑以上の敵意が宿っている。

 

「あの時の俺は、ちっとばかし無知だった。獣人相手に正面から殴り合いなんて、馬鹿のする事だ。……お陰で、ちったぁ謙虚になれた」

 

 くく、と喉を鳴らして笑ったケレイに対し、ナナからの辛辣な言葉が落ちる。

 

《……あれで? 殴られたついでに、謙虚の意味も、ついでに飛んでったんじゃないの?》

 

 だが、当然、それが聞こえていないケレイは、意気揚々と続ける。

 

「しかも、S級を目指す?」

 

 演技掛かった仕草で、わざとらしく首を振った。

 

「夢を見るのは自由だがな」

 

 その声は、周囲にも聞こえるように少し大きくなり——。

 

「せめて、現実を知ってからにしろよ」

 

 そして、ギルドの空気が、ほんの少しだけ張り詰めた。

 

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