混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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決意の旅立ちと最強の最下級 その7

「いいか、お前らはまだ“冒険者”じゃねぇんだ」

 

 ケレイは腕を組み、わざとらしく溜め息をついて指を向けた。

 

「特にリルはな、名乗っていい身分ですらねぇ」

 

「はぁ?」

 

 モンティの眉が一気に吊り上がった。

 

「お前、まだそんなこと言ってんのかよ。今でも差別根性は変わってねぇってか!?」

 

 肩を怒らせ、今にも詰め寄りそうな雰囲気だ。

 けれどケレイは、面倒そうに片手を振ってそれを制した。

 

「そういうこと言ってんじゃねぇ。それ以前の問題だ」

 

 ギルドの喧騒の中、こちらの会話だけが少し浮き上がっている気がする。

 迷惑に思うヒトもいるだろうに、そんな事を気にした風もなく、ケレイは続けた。

 

「そもそもな、“冒険者”って呼べるのはC級からなんだよ」

 

 私は思わず、ミーナちゃんの方を見る。

 するとミーナちゃんは、悔しそうに唇を噛み、ゆっくりと頷いた。

 

 どうやら、口から出任せの事ではないらしい。

 ケレイはそれを確認すると、少し得意げに笑った。

 

「例えばの話をしてやろう」

 

 周囲にも聞かせるように、少し声を張る。

 

「将来、商人に成りたいとするよな? となれば、商家に徒弟入りするしかない。最初に任される仕事は何だ?」

 

 周囲の反応を確かめて、わざとらしく肩をすくめた。

 

「店先の掃除だ。床を掃いて、埃を払って、桶に水を汲んでくる。まぁ、店によって内容はマチマチだろうが、これと大きく違いはないだろうよ」

 

 それから、こちらを見て、口元に薄い笑みを浮かべる。

 

「さて――、そいつを“商人”って呼ぶか?」

 

 一瞬の間があった。

 

《……まぁ、呼べないわよね》

 

 身体の内側で、ナナがあっさりと言い放ち、私もまた小さく頷く。

 それは確かに、その通りだと思う。

 

 私が見せたその小さな動作を、どうやらケレイは見逃さなかった。

 

「だろ? 最低ランクの冒険者ってのは、つまりそういう扱いだ」

 

 そう言うと、指を突きつけて、鼻で笑う。

 

「文字が書けりゃ、誰でもなれる。登録さえ済めば、誰だって名簿には載る。そんなもん、数の内に入らねぇ」

 

 吐き捨てる様に言うと、取り巻きの男たちがケレイの嘲りに合わせて、くすくすと笑った。

 

「見習い以前の問題だ。ギルドに貢献できる実力を持てて、初めて冒険者なんだよ」

 

《それは分かったけど……》

 

 ナナが少し呆れたように言う。

 

《何が言いたいのよ、この男。わざわざ突っかかる理由になってないじゃない》

 

 やっぱり心の中で同意した私は、その言葉を、そのまま口に出す。

 

「……で? 何が気に食わないの? 最初は誰でも、最低ランクから始まるんでしょ?」

 

 モンティが横から強く頷いた。

 

「そうだそうだ。新人なんて、皆そこからだ。一々、突っかかんな!」

 

 しかしケレイは、二人の言葉を鼻で笑った。

 

「分かってねぇな。問題はそこじゃねぇ。——お前が“S級になる”とか、抜かしてるからだよ!」

 

 荒らげた声の大きさに、ギルドの何人かが、不快そうにこちらを見つめた。

 でも、ケレイは構わず続ける。

 

「半人前にもなれねぇ内から、そんな馬鹿を言ってるからだ!」

 

 拳を握りしめて、ワナワナと震わせると、断ち切るように振り下ろす。

 

「身の程って言葉を知らねぇのか!?」

 

 ケレイは明らかに怒っていた。

 怒りの頂点と言って良い怒り具合だ。

 

 何故そこまで怒るのかも分からず、私は少しだけ考えてから答えた。

 

「知ってるとして……。だからって、どうして“目指すこと”まで馬鹿にされなきゃいけないの?」

 

 モンティがそれにも同意して、勢いよく床を踏み付ける。

 

「そうだ! 夢くらい好きに持たせろよ!」

 

 ここまで来ると、ミーナちゃんも小さくなっているだけじゃなくなっていた。

 小さく頷いては、モンティに続く。

 

「別に迷惑かけてるわけじゃないし……、それこそ新人が夢見て語るなんて、怒られる様な事じゃないでしょ。何が問題なの?」

 

 全くの正論をぶつけられたにもかかわらず、ケレイは三人の言葉をまとめて笑い飛ばした。

 

「あのなぁ……。冒険者ギルドが設立されて、三百年余り。……その間、獣人が何人S級になったと思う?」

 

 私は首を傾げた。

 聞いたこともないし、考えた事もなかった。

 

「さぁ……? どのくらいだろ?」

 

 ケレイの笑みが深くなり、敵意を丸出しにした表情で言い放った。

 

「一人もいない」

 

 空気が止まり、語気を強めて、更に続ける。

 

「一度たりとも! 獣人がS級になったことなんてないんだよ!」

 

 それは、思っていた以上に重い言葉だった。

 モンティもミーナちゃんも、すぐには反論できず、ケレイは逆に勢いづいた。

 

「三百年だぞ?」

 

 指を三本立てる。

 

「三百年の間、何千、何万の冒険者が出てきた。その中で、S級になった奴は何百人もいる」

 

 立てていた指を一本に戻して、ゆっくりと私を指差す。

 

「だが、獣人は――」

 

 口元を歪める。

 

「ゼロだ」

 

 わざわざ間を持たせて区切り、厭味ったらしさを増やしながら言う所に、悪辣さが見え隠れしていた。

 

「つまりな、歴史が証明してるんだよ。お前らじゃ、そこには届かないってな」

 

 見下す目は、いつか学校で向けられたものとは比較にならなかった。

 嘲りと敵意、怨み辛みがない交ぜになって私を刺す。

 

 けれど、そんな空気を正面から受け止めることもなく、肩の力を抜いたまま言った。

 

「じゃあ――」

 

 少しだけ首を傾ける。

 

「私が最初の一人になるんだね」

 

 一瞬の静寂かあって、次の瞬間――どっと、周囲から笑い声が上がった。

 

 けれどそれは、さっきまでのケレイの嘲りとは違う。

 喝采にも似た、大いに歓迎を示す笑いだった。

 

「ははっ、言うじゃねぇか!」

 

「いいぞ、嬢ちゃん!」

 

「そのくらいの気概がなくちゃ、冒険者なんてやってられねぇよなぁ!」

 

 そんな声が、あちこちから飛んできた。

 中には手を叩いて笑っている者もいる。

 

「歴史がどうとか、小難しいこと言うな!」

 

「そんなん言う前に、やってみりゃいいんだよ!」

 

「そうだそうだ!」

 

 直接こちらへ向けて、励ますような声も混じっていた。

 その空気に押されてか、さっきまで少し萎れていたモンティが、勢いよく顔を上げる。

 

「そうだよ! 何が“歴史の証明”だ! やるんだよ! 頑張ってやるんだ!」

 

 拳を握りしめて叫んだ姿に押されて、ミーナちゃんも負けじと声を上げた。

 

「リルちゃんは、昔から凄かったんだから! だから、きっと他の誰が駄目でも……!」

 

 その言葉の続きを、うまく言えないまま、目を輝かせて何度も頷く。

 

 しかし、その光景が、面白いはずもない者が一人いた。

 言うまでもなくそれはケレイで、額に青筋を浮かべて、顔を真っ赤にしている。

 

「馬鹿が……!」

 

 歯ぎしりするように言って吐き捨てた。

 

「お前程度、これまで何人もいたに決まってるだろ! S級を目指した獣人が、一体何人いると思ってる!?」

 

 握り拳を横に振って、怒鳴りつけながら続けた。

 

「調子に乗んな!」

 

《乗ってるかどうかは、言い合っても仕方ないから、この際置いとくとして……》

 

 ナナが呆れを通り越した、得も言われぬ声で言った。

 

《だからって、やっぱり関係ないじゃない。わざわざ、とやかく言う必要ある?》

 

「だよねぇ……」

 

 思わず小さく口から出てしまう。

 

「あ?」

 

 ケレイが眉をひそめた。

 

「何だ?」

 

 しまった、と思う。

 ナナとの会話は、当然ながら他の人には聞こえない。

 私は軽く首を振って誤魔化した。

 

「ううん、なんて言うか……。別にさ、私の目標がどうだろうと、とやかく言われる筋合いないよね?」

 

 その瞬間、ケレイの怒りが、完全に爆発した。

 

「お前に現実を分からせてやるよ!」

 

 勢いよく指を突きつけて、その気勢でまくしたてる。

 

「S級になれる奴ってのはな、最初っから強ぇんだ! 努力でコツコツやって、気がついたらS級でした――」

 

 周囲を見回しながら、反応を窺いつつ吐き捨てる。

 

「そんな綺麗な話はねぇんだよ! お前も本気で目指すつもりなら、俺がその資格があるか、確認してやる! この挑戦から逃げんなよ!」

 

「なっ……!?」

 

 モンティが声を上げ、ミーナちゃんも驚いた顔で口元を覆った。

 

「ふざけんな! お前C級だろ! そんなの相手に、模擬試合でもさせようって!?」

 

「恥ずかしいとは思わないの!?」

 

 ミーナちゃんが怒って言った後、モンティは苦々しく付け加えた。

 

「ケレイは移された学校でも上手くいかなかったんだ。やさぐれちまってさ」

 

 私に顔を近付けると、声のトーンを少し落として言う。

 

「それで、すぐにギルドに入った。だから、下積み時代も俺達より早い」

 

 それだけなら良いんだが、と前置きした上で、さらに続けた。

 

「実家の金で、装備も揃えてたし……。アイツはC級なのが自慢らしいけど、言うほど立派にランクを上げてきたわけじゃないんだ」

 

「うるせぇな! お前らは黙ってろ!」

 

 ケレイは口汚く怒鳴りつけ、そうして、再び私を睨みつけた。

 

「どうした、リル? 逃げるか?」

 

「え?」

 

「目指すことすら烏滸がましい、って認めるなら、今なら許してやってもいいぜ?」

 

《あぁ……》

 

 そこでナナが、妙に納得した声を出した。

 

《変だと思ってたけど、最初からここに持ってきたかったのね。子どもの頃の、意趣返しってやつ? 皆の前で恥をかかせたいとか?》

 

 そう言って、呆れ果てた声を落とした。

 

《ちっちゃな男ねぇ……》

 

「ふぅん……、そういう事なんだ……」

 

 何となく腑に落ちて、私は小さく息を吐いた。

 

「なんだよ、ごちゃごちゃと! やんのか、やんねぇのか!?」

 

 ケレイが苛立った声を上げ、只でさえ注目されていた視線が、一斉にこちらへ集まる。

 

《まぁ、いいでしょ》

 

 ケレイの威勢など、どこ吹く風のナナが軽く言った。

 

《リル、ちょっと遊んであげたら?》

 

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