「いいか、お前らはまだ“冒険者”じゃねぇんだ」
ケレイは腕を組み、わざとらしく溜め息をついて指を向けた。
「特にリルはな、名乗っていい身分ですらねぇ」
「はぁ?」
モンティの眉が一気に吊り上がった。
「お前、まだそんなこと言ってんのかよ。今でも差別根性は変わってねぇってか!?」
肩を怒らせ、今にも詰め寄りそうな雰囲気だ。
けれどケレイは、面倒そうに片手を振ってそれを制した。
「そういうこと言ってんじゃねぇ。それ以前の問題だ」
ギルドの喧騒の中、こちらの会話だけが少し浮き上がっている気がする。
迷惑に思うヒトもいるだろうに、そんな事を気にした風もなく、ケレイは続けた。
「そもそもな、“冒険者”って呼べるのはC級からなんだよ」
私は思わず、ミーナちゃんの方を見る。
するとミーナちゃんは、悔しそうに唇を噛み、ゆっくりと頷いた。
どうやら、口から出任せの事ではないらしい。
ケレイはそれを確認すると、少し得意げに笑った。
「例えばの話をしてやろう」
周囲にも聞かせるように、少し声を張る。
「将来、商人に成りたいとするよな? となれば、商家に徒弟入りするしかない。最初に任される仕事は何だ?」
周囲の反応を確かめて、わざとらしく肩をすくめた。
「店先の掃除だ。床を掃いて、埃を払って、桶に水を汲んでくる。まぁ、店によって内容はマチマチだろうが、これと大きく違いはないだろうよ」
それから、こちらを見て、口元に薄い笑みを浮かべる。
「さて――、そいつを“商人”って呼ぶか?」
一瞬の間があった。
《……まぁ、呼べないわよね》
身体の内側で、ナナがあっさりと言い放ち、私もまた小さく頷く。
それは確かに、その通りだと思う。
私が見せたその小さな動作を、どうやらケレイは見逃さなかった。
「だろ? 最低ランクの冒険者ってのは、つまりそういう扱いだ」
そう言うと、指を突きつけて、鼻で笑う。
「文字が書けりゃ、誰でもなれる。登録さえ済めば、誰だって名簿には載る。そんなもん、数の内に入らねぇ」
吐き捨てる様に言うと、取り巻きの男たちがケレイの嘲りに合わせて、くすくすと笑った。
「見習い以前の問題だ。ギルドに貢献できる実力を持てて、初めて冒険者なんだよ」
《それは分かったけど……》
ナナが少し呆れたように言う。
《何が言いたいのよ、この男。わざわざ突っかかる理由になってないじゃない》
やっぱり心の中で同意した私は、その言葉を、そのまま口に出す。
「……で? 何が気に食わないの? 最初は誰でも、最低ランクから始まるんでしょ?」
モンティが横から強く頷いた。
「そうだそうだ。新人なんて、皆そこからだ。一々、突っかかんな!」
しかしケレイは、二人の言葉を鼻で笑った。
「分かってねぇな。問題はそこじゃねぇ。——お前が“S級になる”とか、抜かしてるからだよ!」
荒らげた声の大きさに、ギルドの何人かが、不快そうにこちらを見つめた。
でも、ケレイは構わず続ける。
「半人前にもなれねぇ内から、そんな馬鹿を言ってるからだ!」
拳を握りしめて、ワナワナと震わせると、断ち切るように振り下ろす。
「身の程って言葉を知らねぇのか!?」
ケレイは明らかに怒っていた。
怒りの頂点と言って良い怒り具合だ。
何故そこまで怒るのかも分からず、私は少しだけ考えてから答えた。
「知ってるとして……。だからって、どうして“目指すこと”まで馬鹿にされなきゃいけないの?」
モンティがそれにも同意して、勢いよく床を踏み付ける。
「そうだ! 夢くらい好きに持たせろよ!」
ここまで来ると、ミーナちゃんも小さくなっているだけじゃなくなっていた。
小さく頷いては、モンティに続く。
「別に迷惑かけてるわけじゃないし……、それこそ新人が夢見て語るなんて、怒られる様な事じゃないでしょ。何が問題なの?」
全くの正論をぶつけられたにもかかわらず、ケレイは三人の言葉をまとめて笑い飛ばした。
「あのなぁ……。冒険者ギルドが設立されて、三百年余り。……その間、獣人が何人S級になったと思う?」
私は首を傾げた。
聞いたこともないし、考えた事もなかった。
「さぁ……? どのくらいだろ?」
ケレイの笑みが深くなり、敵意を丸出しにした表情で言い放った。
「一人もいない」
空気が止まり、語気を強めて、更に続ける。
「一度たりとも! 獣人がS級になったことなんてないんだよ!」
それは、思っていた以上に重い言葉だった。
モンティもミーナちゃんも、すぐには反論できず、ケレイは逆に勢いづいた。
「三百年だぞ?」
指を三本立てる。
「三百年の間、何千、何万の冒険者が出てきた。その中で、S級になった奴は何百人もいる」
立てていた指を一本に戻して、ゆっくりと私を指差す。
「だが、獣人は――」
口元を歪める。
「ゼロだ」
わざわざ間を持たせて区切り、厭味ったらしさを増やしながら言う所に、悪辣さが見え隠れしていた。
「つまりな、歴史が証明してるんだよ。お前らじゃ、そこには届かないってな」
見下す目は、いつか学校で向けられたものとは比較にならなかった。
嘲りと敵意、怨み辛みがない交ぜになって私を刺す。
けれど、そんな空気を正面から受け止めることもなく、肩の力を抜いたまま言った。
「じゃあ――」
少しだけ首を傾ける。
「私が最初の一人になるんだね」
一瞬の静寂かあって、次の瞬間――どっと、周囲から笑い声が上がった。
けれどそれは、さっきまでのケレイの嘲りとは違う。
喝采にも似た、大いに歓迎を示す笑いだった。
「ははっ、言うじゃねぇか!」
「いいぞ、嬢ちゃん!」
「そのくらいの気概がなくちゃ、冒険者なんてやってられねぇよなぁ!」
そんな声が、あちこちから飛んできた。
中には手を叩いて笑っている者もいる。
「歴史がどうとか、小難しいこと言うな!」
「そんなん言う前に、やってみりゃいいんだよ!」
「そうだそうだ!」
直接こちらへ向けて、励ますような声も混じっていた。
その空気に押されてか、さっきまで少し萎れていたモンティが、勢いよく顔を上げる。
「そうだよ! 何が“歴史の証明”だ! やるんだよ! 頑張ってやるんだ!」
拳を握りしめて叫んだ姿に押されて、ミーナちゃんも負けじと声を上げた。
「リルちゃんは、昔から凄かったんだから! だから、きっと他の誰が駄目でも……!」
その言葉の続きを、うまく言えないまま、目を輝かせて何度も頷く。
しかし、その光景が、面白いはずもない者が一人いた。
言うまでもなくそれはケレイで、額に青筋を浮かべて、顔を真っ赤にしている。
「馬鹿が……!」
歯ぎしりするように言って吐き捨てた。
「お前程度、これまで何人もいたに決まってるだろ! S級を目指した獣人が、一体何人いると思ってる!?」
握り拳を横に振って、怒鳴りつけながら続けた。
「調子に乗んな!」
《乗ってるかどうかは、言い合っても仕方ないから、この際置いとくとして……》
ナナが呆れを通り越した、得も言われぬ声で言った。
《だからって、やっぱり関係ないじゃない。わざわざ、とやかく言う必要ある?》
「だよねぇ……」
思わず小さく口から出てしまう。
「あ?」
ケレイが眉をひそめた。
「何だ?」
しまった、と思う。
ナナとの会話は、当然ながら他の人には聞こえない。
私は軽く首を振って誤魔化した。
「ううん、なんて言うか……。別にさ、私の目標がどうだろうと、とやかく言われる筋合いないよね?」
その瞬間、ケレイの怒りが、完全に爆発した。
「お前に現実を分からせてやるよ!」
勢いよく指を突きつけて、その気勢でまくしたてる。
「S級になれる奴ってのはな、最初っから強ぇんだ! 努力でコツコツやって、気がついたらS級でした――」
周囲を見回しながら、反応を窺いつつ吐き捨てる。
「そんな綺麗な話はねぇんだよ! お前も本気で目指すつもりなら、俺がその資格があるか、確認してやる! この挑戦から逃げんなよ!」
「なっ……!?」
モンティが声を上げ、ミーナちゃんも驚いた顔で口元を覆った。
「ふざけんな! お前C級だろ! そんなの相手に、模擬試合でもさせようって!?」
「恥ずかしいとは思わないの!?」
ミーナちゃんが怒って言った後、モンティは苦々しく付け加えた。
「ケレイは移された学校でも上手くいかなかったんだ。やさぐれちまってさ」
私に顔を近付けると、声のトーンを少し落として言う。
「それで、すぐにギルドに入った。だから、下積み時代も俺達より早い」
それだけなら良いんだが、と前置きした上で、さらに続けた。
「実家の金で、装備も揃えてたし……。アイツはC級なのが自慢らしいけど、言うほど立派にランクを上げてきたわけじゃないんだ」
「うるせぇな! お前らは黙ってろ!」
ケレイは口汚く怒鳴りつけ、そうして、再び私を睨みつけた。
「どうした、リル? 逃げるか?」
「え?」
「目指すことすら烏滸がましい、って認めるなら、今なら許してやってもいいぜ?」
《あぁ……》
そこでナナが、妙に納得した声を出した。
《変だと思ってたけど、最初からここに持ってきたかったのね。子どもの頃の、意趣返しってやつ? 皆の前で恥をかかせたいとか?》
そう言って、呆れ果てた声を落とした。
《ちっちゃな男ねぇ……》
「ふぅん……、そういう事なんだ……」
何となく腑に落ちて、私は小さく息を吐いた。
「なんだよ、ごちゃごちゃと! やんのか、やんねぇのか!?」
ケレイが苛立った声を上げ、只でさえ注目されていた視線が、一斉にこちらへ集まる。
《まぁ、いいでしょ》
ケレイの威勢など、どこ吹く風のナナが軽く言った。
《リル、ちょっと遊んであげたら?》