私とケレイの決闘の興奮が、まだ裏庭に残っている中――。
私はモンティとミーナちゃんを連れて、先にギルドの中へ戻った。
背後では、まだ冒険者たちの声が響いている。
「あんなの早々、見られるもんじゃねぇ!」
「格上が新人に、ちょいと絡んで実力見るのは良くあるがよ……。それで返り討ちってのは……」
「しかも素手だぞ、素手!」
「C級があんな簡単に沈むか、普通!」
「ケレイは素行に問題こそあったけどよ、どうあれ、C級の実力はあったからな……」
口々に感想を言い合う声が聞こえた。
まるで酒場の武勇伝みたいに、どんどん話が膨らんでいく気配がする。
それを背に受けながら、私はギルドの扉を押し開けた。
木の扉が、ぎい、と鳴る。
中はさっきまでと変わらない、同じ賑わい……のはずだった。
けれど、私たちが戻った瞬間、視線が幾つもこちらへ向いた。
どうやら、勝敗の話はしっかり伝わっていて、値踏みする様な視線が幾つも刺さる。
「……あの子?」
「俺もその場に居合わせてなかったんだが……え、獣人が勝ったのか?」
「やべえのが来たな。こりゃ、すぐに王都行きか?」
ひそひそ声が飛び交うのを見て、私は少しだけ肩が落ちる気持ちになった。
《すっかり有名人ね》
ナナがくすっと笑う。
「こういうの……ちょっと、困っちゃうね」
そう言っていると、モンティが我慢できない様子で声を上げた。
「いやぁ、凄かったぞ、リル!」
そうして、身振り手振りを交えて言う。
「勝つとは思ってたけど、まさか一撃で沈めるとは思わなかった!」
ミーナちゃんも大きく頷く。
「うん! びっくりした!」
それから少しだけ、真面目な顔になって言う。
「でも……やっぱり、リルちゃん強いね。昔から凄かったけど、今はもうあんなに強いなんて……」
私は少し困ったように笑った。
「そんなことないよ。お母さんと比べたら、全然だし」
《あれと比べるのは、基準がおかしいのよ》
ナナが呆れた声を出す。
《普通の人間なら、あんなの受け止めたら腕ごと持ってかれるわ》
(そうかな)
そんなことを話しながら、受付の方へ歩いていく。
カウンターの向こうには、オンブレッタがいて、腕を組み、じっとこちらを見つめている。
さっきまでの優しげな表情とは違い、どこか呆れたような顔をしていた。
「……リルちゃん」
そう言って、少し間を置いてから続ける。
「あなたねぇ……。登録に来て、いきなりC級と決闘なんて聞いたことないわよ」
溜め息をつかれて、私は思わず頭をかいた。
「えっと……。でも、向こうからだったし」
オンブレッタは、じっと私を見て、それから、ふっと笑う。
「それはそうだけど、普通はね、そんなの受けないものなのよ。もしくは、格上の方が……ま、いいわ。互いに大きな怪我も無かったみたいだし」
小さく肩をすくめ、それから意味深な目で言った。
「でもね、これであなた、色んなヒトに目を付けられたわよ」
カウンターの上に肘をつき、顎を乗せる。
「新人のくせに、C級を倒した子だなんて、将来有望。是非、うちのパーティーに……ってな感じでね」
「――しかも、素手だもんなぁ」
その時、後ろから声がした。
振り返ると、そこには複雑な表情をさせたラーシュと、興味で目を爛々とさせた少年が立っていた。
いつの間に来ていたのか、少年の方は掴んでいたラーシュのズボンから手を離し、両手をブンブンと振っては、興奮をあらわにする。
「ねぇねぇ、さっきのどうやったの!? パッと消えて、そしたらもう殴ってて……! れんしゅーしたら、できるようになるかな!?」
「えぇっと……」
この子が見せる表情は、まるで憧れのヒトに出会えた反応そのものだ。
困惑していると、ラーシュの方からせつめいがあった。
「すまないな、すっかり興奮しちまってて……。ほら、こいつ俺の息子。フィオだよ、知ってるだろ?」
「あぁ……!」
大きくなったから、全然分からなかった。
でも目や鼻の形に、当時の面影がある。
「いつも私の尻尾を触りたがってた子だ。今も触る?」
そう言ってお尻を向けると、ミーナちゃんから叱責が飛んだ。
「駄目だよ、リルちゃん! もうりっほなレディなんだから! レディはね、そんな事しないの!」
「そうなの? でも、ちっちゃな頃から知ってる子だし……」
「それでも! 駄目なの!」
有無を言わさぬ迫力に、私はとりあえず頷いた。
そうして、傍らで固まったままのフィオに顔だけを向ける。
「ゴメンね、尻尾はお預けみたい」
「いや、さわりたくねぇよ! 子どもじゃないんだから……!」
「……ん? 子どもでしょ?」
年の頃は六歳か七歳か、そこら辺に見える。
走り回ったり、遊んだりするのが大好きな年頃で、私の時もそうだった。
「子どもじゃないの! リッパな冒険者になるんだ! みんなが認める、すごい冒険者に!」
「そうなんだね」
微笑ましい気持ちと、昔の幼かった頃を重ね合わせて、その頭を撫でる。
しかし、その態度こそが、どうやら気に食わないみたいだった。
「やめろ! オレはオトコだぞ!」
「え〜? ただの可愛い男の子でしかないけど」
「ガ〜ン……!」
本当に言うヒト、初めて見た。
そんな感想を口に出す前に、フィオは踵を返して走り去ってしまった。
まだ一緒に居たかったし、色々話したかったのに、残念なことをした……。
そんな事を考えていると、ラーシュから「すまん、すまん」と苦笑いしながら声が掛かった。
「礼儀知らずな奴で申し訳ない。なんて言うか……英雄願望の強過ぎる子でなぁ。強い奴、強そうな奴を見ると、すぐあぁなんだ」
「個性的な子に育ったね」
「まったくな」
今度は苦笑いではなく、困った笑みを浮かべて頭を掻いた。
それからふと真顔になって。腕を組むなり、じっとこちらを見つめる。
「ちっと話を戻すか」
「なに話してたっけ?」
「目立つ云々の話だよ」
そのツッコミは、ミーナちゃんから来た。
そうだった、と思い直して、ラーシュに振り向く。
「……うん、それで?」
「まあ、なんつーか……。悪目立ちしちまったよなぁ、と思ってよ。勧誘ぐらいなら可愛いもん……っていうか、むしろ正当なくらいだ。でも、今の内に潰しちまおう、って考える奴もいるだろう」
その声に、周囲の冒険者たちも振り向いた。
ざわめきが広がり、互いに牽制する様な視線が飛び交う。
ラーシュはそんなものなど気にする様子もなく、ゆっくりとこちらへ歩み寄り、私の前で足を止める。
しばらくの間、無言のまま私を見ていた。
その目は、さっき裏庭で見た時と同じで、心配しているような、困っているような……けれどどこか感心しているような、複雑な表情だった。
「……お前さんが心配だよ。何かあったら、あの人に申し訳が立たねぇ」
「心配はありがたいけど、今は誰ともパーティー組む気はないから」
「そうなのか? まぁ、うちのギルドに、釣り合うのが居ないのは確かだが……。しかしなぁ……」
頭を掻きながら、苦悩する。
「パーティーで居ればこそ、避けられるトラブル、ってのもあってだなぁ」
それは多分、事実だろうけど、こちらにも組めない理由というのがある。
私は少しだけ肩をすくめて、ちらりと笑う。
「それは何とかします。寝込みを襲うとか、多分不可能だと思うし……」
「そうなのか? その妙な自信は気になる所だが……まぁ、いずれにせよ、冒険者ってのは、どこまで行っても自己責任の世界だしな」
ラーシュはそう言って、手をひらひら振る。
「けど、俺にはあの人に恩がある。だからまぁ、あまり無茶しないでくれよ。俺の心の平穏の為にもな」
ラーシュは冗談めかして笑い、ちらりとモンティとミーナちゃんを見る。
「二人がリルちゃんと、仲良いのは知ってる。でも、まだ見習い以下の新人と、D級を組ませる訳にはいかない。と言ってもこの場合、実力差が完全に逆転してるもの問題だ」
少し顎を擦りながら、悩ましげに言う。
モンティもそれには納得した様子で、神妙な態度で頷いていた。
「えぇ、その辺は納得しているつもりです。ちょっと……悔しいと言うか、寂しいですけど」
「パーティー組むのは無理だが、それはギルド内で仲良くするな、って意味じゃないからな。実力こそ大したものもんだが、色んな規約や常識は知らない筈だ。そういうの、面倒見てやってくれ」
「あ……、はいっ!」
ミーナちゃんが嬉しそうに返事する。
私も、このまま関係が途切れるかも、と思っていたから、その提案は嬉しかった。
《まぁ確かに、単純にありがたいわね。やっぱり、噂程度しか物事を知らないって不便だし》
そうして話がまとまり掛けた時、ラーシュはまたも私に顔を向けた。
「敢えて冒険者やろう、って言うんだ。事情は色々あるんだろうさ。でも、あの人を悲しませる真似だけはするなよ」
今度は少し真面目な声だった。
「俺があの人に、恨まれない為にもな」
《真面目な顔して、真面目に情けないこと言ってくれるわね》
らしいと言えば、らしいのかもしれない。
私の知るラーシュと言う人は、いつもお母さんに頭が上がらない情けない人、という印象だ。
真面目に威厳あるギルドマスターをやっている方が、どちらかと言うと違和感がある。
(こっちの方が、それらしいよ)
《それはまた……、彼にしても報われない話ね》
聞こえないのを良いことに、ナナはおどけて笑った。
「ともかく、分かりました。もう行っても?」
「あぁ、良いぞ。……ただ、その実力じゃ、依頼の方は随分退屈なものになるだろう。受けられるのは、どうしたってG級のものだからな」
「最下級じゃ、仕方ないか……」
ラーシュは神妙に頷く。
「そればっかりは仕方ない。特例を認めると切りがないし、周りもいい顔しないだろう」
「リルなら、すぐだって! 手早く依頼を片付けてさ、昇級試験を受ければいいんだ!」
モンティが嬉しそうにそう言って、ラーシュもそれに頷く。
「だな。普通は基準を満たしていても、実力不足を懸念して、しっかり準備期間を設けるもんだが、そっちの心配は要らなさそうだ」
ミーナちゃんは、当時のことを思い出してか、笑いながら言った。
「わたし達がD級に上がる時はね、半年待って貰ったんだ。モンティがまだ早いって、慎重になって……」
「へぇ、意外……!」
「そりゃ慎重にもなるだろ! 俺だけの失敗じゃないんだし、一度失敗するとな、一年は再試験受けられないんだぞ!」
「そういう事を考えられること自体が、意外だって言ってるんだけどな」
私が少しの皮肉を交えて言うと、モンティは怒った振りして腕を振り上げた。
「何おう!?」
思わず吹き出して笑い、つられてミーナちゃんも笑う。
本気ではないにしろ、繰り出される拳をひょいひょいと躱せば、更に笑いは大きくなった。
ラーシュはそんなやり取りを見て、ふっと息を吐いていた。