混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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獣の証明 その1

 私とケレイの決闘の興奮が、まだ裏庭に残っている中――。

 私はモンティとミーナちゃんを連れて、先にギルドの中へ戻った。

 

 背後では、まだ冒険者たちの声が響いている。

 

「あんなの早々、見られるもんじゃねぇ!」

 

「格上が新人に、ちょいと絡んで実力見るのは良くあるがよ……。それで返り討ちってのは……」

 

「しかも素手だぞ、素手!」

 

「C級があんな簡単に沈むか、普通!」

 

「ケレイは素行に問題こそあったけどよ、どうあれ、C級の実力はあったからな……」

 

 口々に感想を言い合う声が聞こえた。

 まるで酒場の武勇伝みたいに、どんどん話が膨らんでいく気配がする。

 

 それを背に受けながら、私はギルドの扉を押し開けた。

 

 木の扉が、ぎい、と鳴る。

 中はさっきまでと変わらない、同じ賑わい……のはずだった。

 

 けれど、私たちが戻った瞬間、視線が幾つもこちらへ向いた。

 どうやら、勝敗の話はしっかり伝わっていて、値踏みする様な視線が幾つも刺さる。

 

「……あの子?」

 

「俺もその場に居合わせてなかったんだが……え、獣人が勝ったのか?」

 

「やべえのが来たな。こりゃ、すぐに王都行きか?」

 

 ひそひそ声が飛び交うのを見て、私は少しだけ肩が落ちる気持ちになった。

 

《すっかり有名人ね》

 

 ナナがくすっと笑う。

 

「こういうの……ちょっと、困っちゃうね」

 

 そう言っていると、モンティが我慢できない様子で声を上げた。

 

「いやぁ、凄かったぞ、リル!」

 

 そうして、身振り手振りを交えて言う。

 

「勝つとは思ってたけど、まさか一撃で沈めるとは思わなかった!」

 

 ミーナちゃんも大きく頷く。

 

「うん! びっくりした!」

 

 それから少しだけ、真面目な顔になって言う。

 

「でも……やっぱり、リルちゃん強いね。昔から凄かったけど、今はもうあんなに強いなんて……」

 

 私は少し困ったように笑った。

 

「そんなことないよ。お母さんと比べたら、全然だし」

 

《あれと比べるのは、基準がおかしいのよ》

 

 ナナが呆れた声を出す。

 

《普通の人間なら、あんなの受け止めたら腕ごと持ってかれるわ》

 

(そうかな)

 

 そんなことを話しながら、受付の方へ歩いていく。

 カウンターの向こうには、オンブレッタがいて、腕を組み、じっとこちらを見つめている。

 

 さっきまでの優しげな表情とは違い、どこか呆れたような顔をしていた。

 

「……リルちゃん」

 

 そう言って、少し間を置いてから続ける。

 

「あなたねぇ……。登録に来て、いきなりC級と決闘なんて聞いたことないわよ」

 

 溜め息をつかれて、私は思わず頭をかいた。

 

「えっと……。でも、向こうからだったし」

 

 オンブレッタは、じっと私を見て、それから、ふっと笑う。

 

「それはそうだけど、普通はね、そんなの受けないものなのよ。もしくは、格上の方が……ま、いいわ。互いに大きな怪我も無かったみたいだし」

 

 小さく肩をすくめ、それから意味深な目で言った。

 

「でもね、これであなた、色んなヒトに目を付けられたわよ」

 

 カウンターの上に肘をつき、顎を乗せる。

 

「新人のくせに、C級を倒した子だなんて、将来有望。是非、うちのパーティーに……ってな感じでね」

 

「――しかも、素手だもんなぁ」

 

 その時、後ろから声がした。

 振り返ると、そこには複雑な表情をさせたラーシュと、興味で目を爛々とさせた少年が立っていた。

 

 いつの間に来ていたのか、少年の方は掴んでいたラーシュのズボンから手を離し、両手をブンブンと振っては、興奮をあらわにする。

 

「ねぇねぇ、さっきのどうやったの!? パッと消えて、そしたらもう殴ってて……! れんしゅーしたら、できるようになるかな!?」

 

「えぇっと……」

 

 この子が見せる表情は、まるで憧れのヒトに出会えた反応そのものだ。

 困惑していると、ラーシュの方からせつめいがあった。

 

「すまないな、すっかり興奮しちまってて……。ほら、こいつ俺の息子。フィオだよ、知ってるだろ?」

 

「あぁ……!」

 

 大きくなったから、全然分からなかった。

 でも目や鼻の形に、当時の面影がある。

 

「いつも私の尻尾を触りたがってた子だ。今も触る?」

 

 そう言ってお尻を向けると、ミーナちゃんから叱責が飛んだ。

 

「駄目だよ、リルちゃん! もうりっほなレディなんだから! レディはね、そんな事しないの!」

 

「そうなの? でも、ちっちゃな頃から知ってる子だし……」

 

「それでも! 駄目なの!」

 

 有無を言わさぬ迫力に、私はとりあえず頷いた。

 そうして、傍らで固まったままのフィオに顔だけを向ける。

 

「ゴメンね、尻尾はお預けみたい」

 

「いや、さわりたくねぇよ! 子どもじゃないんだから……!」

 

「……ん? 子どもでしょ?」

 

 年の頃は六歳か七歳か、そこら辺に見える。

 走り回ったり、遊んだりするのが大好きな年頃で、私の時もそうだった。

 

「子どもじゃないの! リッパな冒険者になるんだ! みんなが認める、すごい冒険者に!」

 

「そうなんだね」

 

 微笑ましい気持ちと、昔の幼かった頃を重ね合わせて、その頭を撫でる。

 しかし、その態度こそが、どうやら気に食わないみたいだった。

 

「やめろ! オレはオトコだぞ!」

 

「え〜? ただの可愛い男の子でしかないけど」

 

「ガ〜ン……!」

 

 本当に言うヒト、初めて見た。

 そんな感想を口に出す前に、フィオは踵を返して走り去ってしまった。

 

 まだ一緒に居たかったし、色々話したかったのに、残念なことをした……。

 そんな事を考えていると、ラーシュから「すまん、すまん」と苦笑いしながら声が掛かった。

 

「礼儀知らずな奴で申し訳ない。なんて言うか……英雄願望の強過ぎる子でなぁ。強い奴、強そうな奴を見ると、すぐあぁなんだ」

 

「個性的な子に育ったね」

 

「まったくな」

 

 今度は苦笑いではなく、困った笑みを浮かべて頭を掻いた。

 それからふと真顔になって。腕を組むなり、じっとこちらを見つめる。

 

「ちっと話を戻すか」

 

「なに話してたっけ?」

 

「目立つ云々の話だよ」

 

 そのツッコミは、ミーナちゃんから来た。

 そうだった、と思い直して、ラーシュに振り向く。

 

「……うん、それで?」

 

「まあ、なんつーか……。悪目立ちしちまったよなぁ、と思ってよ。勧誘ぐらいなら可愛いもん……っていうか、むしろ正当なくらいだ。でも、今の内に潰しちまおう、って考える奴もいるだろう」

 

 その声に、周囲の冒険者たちも振り向いた。

 ざわめきが広がり、互いに牽制する様な視線が飛び交う。

 

 ラーシュはそんなものなど気にする様子もなく、ゆっくりとこちらへ歩み寄り、私の前で足を止める。

 

 しばらくの間、無言のまま私を見ていた。

 

 その目は、さっき裏庭で見た時と同じで、心配しているような、困っているような……けれどどこか感心しているような、複雑な表情だった。

 

「……お前さんが心配だよ。何かあったら、あの人に申し訳が立たねぇ」

 

「心配はありがたいけど、今は誰ともパーティー組む気はないから」

 

「そうなのか? まぁ、うちのギルドに、釣り合うのが居ないのは確かだが……。しかしなぁ……」

 

 頭を掻きながら、苦悩する。

 

「パーティーで居ればこそ、避けられるトラブル、ってのもあってだなぁ」

 

 それは多分、事実だろうけど、こちらにも組めない理由というのがある。

 私は少しだけ肩をすくめて、ちらりと笑う。

 

「それは何とかします。寝込みを襲うとか、多分不可能だと思うし……」

 

「そうなのか? その妙な自信は気になる所だが……まぁ、いずれにせよ、冒険者ってのは、どこまで行っても自己責任の世界だしな」

 

 ラーシュはそう言って、手をひらひら振る。

 

「けど、俺にはあの人に恩がある。だからまぁ、あまり無茶しないでくれよ。俺の心の平穏の為にもな」

 

 ラーシュは冗談めかして笑い、ちらりとモンティとミーナちゃんを見る。

 

「二人がリルちゃんと、仲良いのは知ってる。でも、まだ見習い以下の新人と、D級を組ませる訳にはいかない。と言ってもこの場合、実力差が完全に逆転してるもの問題だ」

 

 少し顎を擦りながら、悩ましげに言う。

 モンティもそれには納得した様子で、神妙な態度で頷いていた。

 

「えぇ、その辺は納得しているつもりです。ちょっと……悔しいと言うか、寂しいですけど」

 

「パーティー組むのは無理だが、それはギルド内で仲良くするな、って意味じゃないからな。実力こそ大したものもんだが、色んな規約や常識は知らない筈だ。そういうの、面倒見てやってくれ」

 

「あ……、はいっ!」

 

 ミーナちゃんが嬉しそうに返事する。

 私も、このまま関係が途切れるかも、と思っていたから、その提案は嬉しかった。

 

《まぁ確かに、単純にありがたいわね。やっぱり、噂程度しか物事を知らないって不便だし》

 

 そうして話がまとまり掛けた時、ラーシュはまたも私に顔を向けた。

 

「敢えて冒険者やろう、って言うんだ。事情は色々あるんだろうさ。でも、あの人を悲しませる真似だけはするなよ」

 

 今度は少し真面目な声だった。

 

「俺があの人に、恨まれない為にもな」

 

《真面目な顔して、真面目に情けないこと言ってくれるわね》

 

 らしいと言えば、らしいのかもしれない。

 私の知るラーシュと言う人は、いつもお母さんに頭が上がらない情けない人、という印象だ。

 

 真面目に威厳あるギルドマスターをやっている方が、どちらかと言うと違和感がある。

 

(こっちの方が、それらしいよ)

 

《それはまた……、彼にしても報われない話ね》

 

 聞こえないのを良いことに、ナナはおどけて笑った。

 

「ともかく、分かりました。もう行っても?」

 

「あぁ、良いぞ。……ただ、その実力じゃ、依頼の方は随分退屈なものになるだろう。受けられるのは、どうしたってG級のものだからな」

 

「最下級じゃ、仕方ないか……」

 

 ラーシュは神妙に頷く。

 

「そればっかりは仕方ない。特例を認めると切りがないし、周りもいい顔しないだろう」

 

「リルなら、すぐだって! 手早く依頼を片付けてさ、昇級試験を受ければいいんだ!」

 

 モンティが嬉しそうにそう言って、ラーシュもそれに頷く。

 

「だな。普通は基準を満たしていても、実力不足を懸念して、しっかり準備期間を設けるもんだが、そっちの心配は要らなさそうだ」

 

 ミーナちゃんは、当時のことを思い出してか、笑いながら言った。

 

「わたし達がD級に上がる時はね、半年待って貰ったんだ。モンティがまだ早いって、慎重になって……」

 

「へぇ、意外……!」

 

「そりゃ慎重にもなるだろ! 俺だけの失敗じゃないんだし、一度失敗するとな、一年は再試験受けられないんだぞ!」

 

「そういう事を考えられること自体が、意外だって言ってるんだけどな」

 

 私が少しの皮肉を交えて言うと、モンティは怒った振りして腕を振り上げた。

 

「何おう!?」

 

 思わず吹き出して笑い、つられてミーナちゃんも笑う。

 本気ではないにしろ、繰り出される拳をひょいひょいと躱せば、更に笑いは大きくなった。

 

 ラーシュはそんなやり取りを見て、ふっと息を吐いていた。

 

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