受付での手続きをようやく終えて、私は一度カウンターから離れた。
ギルドの中は相変わらずざわついていて、裏庭での決闘の話が、すでに酒場の武勇伝みたいに広がっている。
「本当に素手だったのか?」
「俺、ケレイの奴が倒れた場面からしか、見れてねぇんだよ」
「カウンター潰して、腹に一発だったとか!」
そんな声があちこちから聞こえてくる。
さすがにその中心に立ち続ける勇気はないし、何より落ち着かない。
私はモンティとミーナちゃんを手招きして、人の少ない端の、柱の傍まで移動した。
「それでね」
私はどうにも落ち着かなくて、所在なさげに腕を組む。
こういう時、アロガがいたら、その毛皮に包まって隠れるのに……。
そんな事を思いつつ、改めて二人を見た。
「ちょっと……、聞きたい事があるんだけど……」
モンティは瞬きをして、意表を突かれた顔をした。
でも、すぐに持ち直して頷く。
「おう、いいぜ? 分かる事から、分からない事まで、何でも答えてやる」
「分からない事は、素直に分からないって言いなさいよ、もう……っ」
ミーナちゃんは呆れて言ったけど、その実、顔は笑っている。
モンティらしい返答だし、そういう冗談交じりの遣り取りが懐かしい。
「例の規則……、とかの話になると思うんだけど」
私がそう言うと、モンティが少し真面目な顔になった。
「リル、本当に気をつけろよ。規則は絶対だけど、破る奴だっているんだ」
ミーナちゃんも、先程の笑みを消して頷く。
「さっき言われてたの、軽いな忠告って思ってると、酷い目に遭うと思う……」
そうして、少し迷う素振りをしてから、続きを口にする。
「将来のライバルは、少ないに越したことはない、って考えのヒト……実は多いよ」
「どうして? だって、私を蹴落としても、自分が強くなる訳じゃないでしょ?」
「その通りだけど、A級にしろ……その枠は限られてるからさ。それがむしろ原因かもな」
そう言って、モンティは腕を組んだ。
「ある程度のラインを越えたら、誰でもなれるってならともかくなぁ……。S級やA級になりたい奴からすると、自分を追い越す奴は邪魔でしかないんだろ」
「でも、やっぱり納得いかない。規則違反してでも、私を蹴落としたいの?」
「まぁ、嫉妬する奴の気持ち次第だし、そんなの俺には分からん事だけど……。何しろ、俺達は精々、B級止まりだろうからさ」
自虐する様に言って、いつもの笑みを浮かべた。
「もしかしたら、それすら危ういくらいだ。でも、それでも良いのさ」
ひょいと肩を竦めてから、唐突に腕を掲げて、指先を窓の外へ向けた。
「未知を既知に変え、まだ見ぬ秘境を探索せよ! 力を身に付け、大いなる敵を打ち倒すのだ!」
突然、芝居掛かった物言いに、私はボカンと口を開けてしまった。
それに気付いたミーナちゃんが、慌てて補足してくれる。
「今のはね、冒険者ギルドの訓示というか……目的みたいなものなんだよ」
私は目を
そんな私を、ミーナちゃんは笑いながら言った。
「冒険者になるヒトって言うのは、つまりそういうのにロマンを感じてたりするんだ。勿論そこには、名誉だけじゃなくて、お金も付いて回るわけでね……」
「う〜ん……、単なるお題目?」
「ま、大いなる敵ってのは大袈裟さ。でも、剣を振ってさ、魔獣を倒して感謝されて、それでお金も貰えるってのはさ……。雑貨屋の倅でしかない男にとっては、すんごいロマンなんだな」
「へぇ~……。ミーナちゃんは、どうなの?」
興味本位で尋ねてみると、困った顔をして頬を手を当てる。
「う~ん……、ロマンは別に感じないかな。わたしが冒険者になった理由の一つはね、リルちゃんだよ」
「わたし……?」
自分の鼻先を指差して言うと、ミーナちゃんは、そう、と頷く。
「森の近くの農地持ちで、しかも何十人も農夫を雇ってるんでしょう? そして、歩いて街に来れる距離——そこに自分から会いに行こうと思ったんだよ」
「ミーナちゃん……」
じん、と心が温かくなる。
そうまで思ってくれる友達を持って、本当に幸せだと思った。
「後はね、モンティが心配だっていうのが、大きかったかな。わたしがいないと、もう全然、駄目なんだから」
「そうなの?」
「そうなの! 聞いて!」
ぐいっと突然、前のめりになった。
あまりの迫力に、思わず一歩
「この前だってね、水薬を買ったは良いものの、計算もろくに出来なくて……! 欲しい回復量と、それに掛かる値段が……」
「おい! いいだろ、その話は!」
堪り兼ねてモンティが口を挟み、無理やり話を終わらせた。
「それより、あれだ。ほら……リルがさっき、規則の話で訊きたい、とか言ってたろ。それはどうした?」
あまりに無理やりな話題転換だけど、それより訊きたかったのは確かなので、仕方なく話を戻す。
「ねぇ、モンティ」
「ん?」
「ランクって、どうやって上げるの?」
モンティは一瞬、ぽかんとした顔になった。
「……は?」
ミーナちゃんも同じ顔をしている。
「え?」
「え?」
三人でしばらく見つめ合う。
そうすると、やがてモンティ額を押さえながら息を吐いた。
「お前なぁ……。そこ知らないまま、S級とか言ってたのかよ」
私は素直に頷く。
「うん、噂程度なら知ってるんだけど……」
「すげぇな……。それで自信満々になれるのが、逆に分からん」
モンティは天井を仰ぎ、それから半ば呆れたように笑って、説明を始める。
「いいか、まず前提として――」
そう前置きして、指を一本立てた。
「昇級には、どのランクでも試験がある」
「試験?」
「そう」
ミーナちゃんが頷いて、話を継いだ。
「どんなに低いランクからでも、ちゃんと審査があるの」
指を折りながら説明する。
「依頼の達成数とか、危険度とか……」
「あと素行とか」
モンティがそう付け加えて、更に続けた。
「実力試験もあるぞ。ちゃんと戦えるかどうか、ギルドが見るんだ」
「なるほど……」
それは“風の噂”通りの内容だった。
ミーナちゃんが更に続ける。
「それでね、C級までは、基本的に楽に上がれるの」
「実績と試験」
「それが揃えば昇級」
私は首を傾げた。
「C級までは?」
モンティが頷く。
「ああ、勿論ランクが上がる程、試験内容は厳しくなる。B級への昇級ともなれば、必要な依頼達成数も。桁が一つ違うしな」
「むしろ、大変なのはA級になる方だよ。特別な資源が必要なんだから」
私は瞬きをした。
「資源……資源って何? どういう意味?」
ミーナちゃんが至極、難しい顔をして説明する。
「普通の依頼じゃ、まず手に入らないものって意味だよ。希少な鉱石とか、珍しい魔物の素材とか、秘境そのものの発見、って言うのもあったかな……」
指を折りながら挙げていき、それからふっと笑った。
「そういう、“特別な成果”が必要なの」
モンティが頷いて、話を続ける。
「A級ってのは、ただ強いだけじゃダメ」
「探索とか功績とか、そういうのも必要になる。正に“未知を既知に変え、大いなる敵を打ち倒す”ってやつだ」
「だから、A級の人数も実は少ないんだよ。S級だけが凄いって思われがちだけど、A級の人だって、凄い冒険と経験をしてるんだから」
そこで、これまで黙っていたナナが、心の中で囁く様に言う。
《親切に教えてくれた相手に言う事じゃないけど、まあ……概ね知ってる内容だったわね》
私は少し考えたあと、首を傾げて言った。
「でもさ、そういうのじゃなくて。もっと別の……」
「いやいやいや! そういうのなんだよ!!」
ギルドの中に、彼の声が響いた。
モンティは指をびしっと突きつける。
「楽な道なんてある訳ないだろ! 最短でもB級に上がるのに二年半! そういう事になってる!」
「え、なんで? 依頼を沢山達成して、素行よくしてれば良いんでしょ? 毎日受けて、毎日達成すれば、それだけ早く上がらない?」
「そういう訳にはいかねぇの! 昇級してから一定期間は、新たに試験は受けられない決まりだしな」
「A級ともなると、そもそも年に一回しか、その試験がないって聞くよ」
そう、とモンティは意気込んで頷く。
「だから、たとえ順当にいっても、最短で二年半かかる。達成数が一個でも足りないと、条件は満たしていても、一年待たされる事になるしな。簡単じゃないんだ、昇級ってのは!」
言うべき事を言って、満足に鼻を鳴らした横で、ミーナちゃんは苦笑していた。
でも、S級になる条件に、抜け道の様なものがあった筈だ。
私はそれを、“風の噂”で知っていた。