モンティの堂々とした説明は、ギルドの奥まで響くほど大きなものだった。
幾人かはその話を聞いていて、訳知り顔で頷いている。
その中にはエルフの姿があって、思わず動きを止める。
それに気付いたモンティが、怪訝そうな顔をした。
「どうかしたか? ……あぁ、確かにエルフは珍しいよな。ここ数年の間に、よく見るようになった」
「でも、大丈夫だよ。値踏みする様に見られるだけで、何か言われた事ないし。……多分だけど、強いヒトを探してるんじゃないかな」
二人から口々に言われて、とりあえず頷く。
何の目的があるにしろ、関わり合いになりたくなかった。
「ケレイとの戦いも見られたかな」
「さぁ……、でも多分な。多分、見られたろ。だから今も、あぁして見てくるんじゃないのか」
一度気になると、いつまでも見られている様な気持ちになった。
絡みつく様な視線は新人が調子に乗るな、と言っている様でもあったし、力だけ強くても、と揶揄する様にも感じられる。
私はそんな敵意にも似た視線を断ち切る様に顔を背け、強引に話を戻した。
「うんと……ほら、昇級の話! あれさ、普通に昇級してたら、何年も掛かっちゃうんでしょ? 本当に何年も……!」
「うん……? そりゃ、そうだ。そういうもんだ」
「だけどさ」
私は少し身を乗り出した。
「実はもっと早い道、あるんでしょ?」
「あぁ……? ンなもん、ある訳……」
「知ってるよ、“風の噂”で聞いたもん」
「よくよく、ウワサだけは知ってる奴だな……」
モンティが、じっとこちらを見つめる。
それは何かを値踏みする様でも、それとは逆の、期待の眼差しが含まれている様でもあった。
しばらく睨み合いが続いた。
けれど、私が目を逸らさないでいると、モンティは観念して大きく息を吐いた。
「……あるにはある」
「ほら!」
「――ただし!」
彼は指を一本立てて、小さく横に振った。
「それは昇級とは違う」
「え?」
「正しくは“認定”だ」
私がやはり判らない顔をしていると、ミーナちゃんが少し困った顔で言った。
「普通の冒険者は、まず関わらない制度だからね……」
「何それ?」
モンティは、声を少し落とした。
「ギルドにはな、“六席試練”っていう古い制度がある」
「六席っていうのは、つまり……」
「S級の席が六つあるからだな。そこに由来するんだろ」
そうだろうな、という思いと共に頷く。
そして、そこまでは知っている事でもあった。
「それで、な……」
モンティは続ける。
「席を奪う以外にも、S級になれる……かもしれない方法が、一つだけある」
「うん、それそれ」
「“三つある試練の、いずれかを突破する”。それが、一足飛びに駆け上がる方法だな」
内容にそれほど意外性はない。
けれど、その不透明な答えに、私は首を傾げた。
「試練……って、どんなの?」
私が視線を向けると、ミーナちゃんが説明してくれた。
「昔のS級冒険者達が残した、“常識外れの課題”……って、言われてるよ」
「課題……、常識外れの……?」
そう、と頷いて、モンティが苦笑した。
「強さを測る試験……というより――いや、勿論、強さがないと突破できないものではあるんだろうけど……」
「“英雄になれるかどうか”を試すものだって聞いてるよ」
何だか、とっても仰々しい。
私は更に興味を募らせた。
「へぇ~、例えば?」
モンティは少し、意地悪そうな顔付きになって言う。
「一つ目、“千人の依頼”。同じ街で、千人の依頼人から感謝される事」
「……は?」
「魔物退治でも、荷運びでも、迷子探しでもいい。内容を問わない代わりに、同じ依頼は二度使えない」
「それ、めちゃくちゃ面倒臭くない?」
「だから誰もやらねぇんだ」
モンティは肩をすくめた。
そもそも、それだけの依頼をこなしていれば、順当に昇級しているんじゃないかと思う。
「……ま、これは俗説の類いだな。王都でやるにも苦戦する数字だ。この街で被らず千個の依頼なんて、まず無理だし」
「だよねぇ……」
そして、モンティは立てていた指に二本目を追加して言う。
「二つ目、“七日伝説”」
「なにそれ」
「七日間で、“街一つに語り継がれる武勇伝”を作ること」
「曖昧すぎない?」
「そうだな」
モンティは真顔で頷く。
「だから、判断するのはギルドじゃない」
「じゃあ、誰が?」
「街の住人」
ミーナちゃんが小さく笑う。
「噂が広まって、“あれは凄かった”って皆が言うようになれば合格みたい」
「それもう、試験じゃないよ」
「昔の冒険者は、そういうノリだったらしいぜ。でも、誰にも認められる偉業を立てろって事だろ? それはそれで難しいと思うぜ」
「そうだねぇ……」
眉間に皺が寄るのを止められない。
偉業と一口に言っても、その内容は様々だ。
単に強い魔物を倒したくらいでは、偉業というには程遠いし、幾らでも難癖を付けられる。
何か凄い事をすれば良い、と分かっていても、何をすれば良いかは思い付かなかった。
(こういうの、お母さんなら簡単に終わらせちゃうんだろうな……)
《魔物退治云々なら、それこそ竜の首根っこ掴まえて、引き摺ってきそうなものだしねぇ……》
(そして、暴れそうになったら、ビタンビタン、ってするんだ)
いつだか、フンダウグルにやったみたいに。
いや、と思い直す。
お母さんなら、口裏を合わせて、もっと穏当に……そして派手な演出と共に突破しそうだ。
――誰にも非難されない形で。
それぐらいは、難なくやってのけるだろう、という信頼がある。
けれど、私には勿論、そんな事は出来ない。
魔物退治でなくとも良いから、他はないか……と頭を巡らせてみたけど——。
やっぱり、良さそうな案は思い浮かばなかった。
《濃縮水薬は、それこそ皆に認められる画期的商品だから、もしかして……って感じだけど》
(それだって結局、お母さんのだよ)
《ん~……。その辺、結構ビミョーなのよね。利権は既にリルのものだし、当時、その発明者については発表されてない筈だから》
(リケン? それがあるの? 私に?)
そもそも、それがどういうものかも分かっていない。
それどころか、いつの間にそんな事になっていたのかさえ、知らなかった。
《手続きの依頼をしてる時、リルも一緒だったんだけど……まぁ、覚えてないわよね。でもやっぱり、利権を所持してるってだけじゃ難しいかしら。上手く利用するには、きっと政治的手腕ってやつが必要になるんだわ》
(つまり、どういう事? 結局、無理って話?)
《……そうね。あたしにそんなの無理だし。人間のね、そういう遣り取りって、精霊にとってとは複雑怪奇過ぎるから》
その上手くやってくれそうな人が、つまりベントリーみたいな人になるんだろう。
だけど、長らく疎遠になっているし、そういうのが上手い人に、借りを作るのも何だか嫌だった。
「……おい。おい、リル。聞いてんのか?」
長くナナと話していたせいで、すっかりモンティの事を無視する形になってしまっていた。
私は小さく詫びて、続きを促す。
「ごめんごめん、色々考えてたら、ボーッとしちゃって。……で、何だっけ?」
「しっかりしてくれよ、おい。……まぁ、どれも難し過ぎて、途方に暮れる気持ちも、分からんでもないがよ」
そう言って苦笑し、モンティは三本目の指を立てた。
「三つ目は、“怪物を連れて帰る”だ」
「……うぅん?」
「魔物じゃないぞ」
もっと訳が分からなくなって、私は首を傾げる。
「じゃあ、何なの?」
「冒険者の手に余る生き物、という前提だ。少なくとも、A級が一人で立ち向かえないレベルなら、何だって良い」
「それで……連れ帰ってどうするの? 倒すの?」
「違う。……っていうか、一人で捕獲出来たんなら、それはもう倒した様なもんだろ」
それはそうだ。
今更、皆の前で倒し直す事に、それほと意味があるとは思えない。
そんな事を考えていると、モンティはにやりと笑った。
「むしろな、それより難しい条件だぞ。“友達になって連れてくる”……そういう話らしいから」
私は思わず、数秒、黙った。
「……それ、ホントに? ホントにそういう条件なの?」
「そうだ」
こっくりと頷いたモンティは、未だに疑わしい視線を向ける私に、ムッとしながら言った。
「あのな、言っておくけどな。A級でも一人で勝つのが難しい相手なんて、等しく凶暴なヤツしかいないんだからな!」
「単に逃げるのが上手いのとかは?」
「そういうのは、大抵A級討伐に該当しない。目撃件数が少なすぎて、それでA級依頼になるのもいるけど、それなら雲を掴む方が簡単ってレベルだしな」
「そうなんだ……」
ようやく納得した私に、モンティは大義そうに頷いた。
「だからこの制度、百年以上成功者がいないんだ」
ミーナちゃんも苦笑する。
「記録上、最後の成功者は二百年前みたい。友達っていうのは、その成功者がそういっただけで、実際は使役してみせろって事だと思うよ」
私は腕を組んで唸り声を上げた。
「つまり……檻の中で大人しくさせるんじゃなくて、檻の外から出しても、安全だって事を示す……ってこと?」
「おう、多分な。街の中にいれても安全、そういうところを見せられれば……。お前が主人だと認められれば……ってトコだな」
「それなら簡単だよ」
私は肩をすくめる。
「いっつも魔獣と遊んでたし」
「え……?」
「私の言う事なら、何でも聞いてくれるもん」
「いやいや、待て待て……! あのな、聞いてたか? A級単独でも無理な相手だぞ? 手の平に収まるような、可愛げのある魔獣じゃなくて……」
「分かってるってば。じゃあ、連れて来るよ。モンティとミーナちゃんは、このこと説明しておいて。すぐだから!」
そう言うと、私はギルドから飛び出して走り出す。
背後から制止するモンティの声は無視して、人垣を縫って駆けた。
「……アロガと一緒にいられる!」
街の中に入る度、我慢させずに済む。
いつでも、一緒にいられる。
——堂々と、誰にも邪魔されることなく!
その高揚感が、私の足を更に速くさせていた。