混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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獣の証明 その3

 モンティの堂々とした説明は、ギルドの奥まで響くほど大きなものだった。

 幾人かはその話を聞いていて、訳知り顔で頷いている。

 

 その中にはエルフの姿があって、思わず動きを止める。

 それに気付いたモンティが、怪訝そうな顔をした。

 

「どうかしたか? ……あぁ、確かにエルフは珍しいよな。ここ数年の間に、よく見るようになった」

 

「でも、大丈夫だよ。値踏みする様に見られるだけで、何か言われた事ないし。……多分だけど、強いヒトを探してるんじゃないかな」

 

 二人から口々に言われて、とりあえず頷く。

 何の目的があるにしろ、関わり合いになりたくなかった。

 

「ケレイとの戦いも見られたかな」

 

「さぁ……、でも多分な。多分、見られたろ。だから今も、あぁして見てくるんじゃないのか」

 

 一度気になると、いつまでも見られている様な気持ちになった。

 絡みつく様な視線は新人が調子に乗るな、と言っている様でもあったし、力だけ強くても、と揶揄する様にも感じられる。

 

 私はそんな敵意にも似た視線を断ち切る様に顔を背け、強引に話を戻した。

 

「うんと……ほら、昇級の話! あれさ、普通に昇級してたら、何年も掛かっちゃうんでしょ? 本当に何年も……!」

 

「うん……? そりゃ、そうだ。そういうもんだ」

 

「だけどさ」

 

 私は少し身を乗り出した。

 

「実はもっと早い道、あるんでしょ?」

 

「あぁ……? ンなもん、ある訳……」

 

「知ってるよ、“風の噂”で聞いたもん」

 

「よくよく、ウワサだけは知ってる奴だな……」

 

 モンティが、じっとこちらを見つめる。

 それは何かを値踏みする様でも、それとは逆の、期待の眼差しが含まれている様でもあった。

 

 しばらく睨み合いが続いた。

 けれど、私が目を逸らさないでいると、モンティは観念して大きく息を吐いた。

 

「……あるにはある」

 

「ほら!」

 

「――ただし!」

 

 彼は指を一本立てて、小さく横に振った。

 

「それは昇級とは違う」

 

「え?」

 

「正しくは“認定”だ」

 

 私がやはり判らない顔をしていると、ミーナちゃんが少し困った顔で言った。

 

「普通の冒険者は、まず関わらない制度だからね……」

 

「何それ?」

 

 モンティは、声を少し落とした。

 

「ギルドにはな、“六席試練”っていう古い制度がある」

 

「六席っていうのは、つまり……」

 

「S級の席が六つあるからだな。そこに由来するんだろ」

 

 そうだろうな、という思いと共に頷く。

 そして、そこまでは知っている事でもあった。

 

「それで、な……」

 

 モンティは続ける。

 

「席を奪う以外にも、S級になれる……かもしれない方法が、一つだけある」

 

「うん、それそれ」

 

「“三つある試練の、いずれかを突破する”。それが、一足飛びに駆け上がる方法だな」

 

 内容にそれほど意外性はない。

 けれど、その不透明な答えに、私は首を傾げた。

 

「試練……って、どんなの?」

 

 私が視線を向けると、ミーナちゃんが説明してくれた。

 

「昔のS級冒険者達が残した、“常識外れの課題”……って、言われてるよ」

 

「課題……、常識外れの……?」

 

 そう、と頷いて、モンティが苦笑した。

 

「強さを測る試験……というより――いや、勿論、強さがないと突破できないものではあるんだろうけど……」

 

「“英雄になれるかどうか”を試すものだって聞いてるよ」

 

 何だか、とっても仰々しい。

 私は更に興味を募らせた。

 

「へぇ~、例えば?」

 

 モンティは少し、意地悪そうな顔付きになって言う。

 

「一つ目、“千人の依頼”。同じ街で、千人の依頼人から感謝される事」

 

「……は?」

 

「魔物退治でも、荷運びでも、迷子探しでもいい。内容を問わない代わりに、同じ依頼は二度使えない」

 

「それ、めちゃくちゃ面倒臭くない?」

 

「だから誰もやらねぇんだ」

 

 モンティは肩をすくめた。

 そもそも、それだけの依頼をこなしていれば、順当に昇級しているんじゃないかと思う。

 

「……ま、これは俗説の類いだな。王都でやるにも苦戦する数字だ。この街で被らず千個の依頼なんて、まず無理だし」

 

「だよねぇ……」

 

 そして、モンティは立てていた指に二本目を追加して言う。

 

「二つ目、“七日伝説”」

 

「なにそれ」

 

「七日間で、“街一つに語り継がれる武勇伝”を作ること」

 

「曖昧すぎない?」

 

「そうだな」

 

 モンティは真顔で頷く。

 

「だから、判断するのはギルドじゃない」

 

「じゃあ、誰が?」

 

「街の住人」

 

 ミーナちゃんが小さく笑う。

 

「噂が広まって、“あれは凄かった”って皆が言うようになれば合格みたい」

 

「それもう、試験じゃないよ」

 

「昔の冒険者は、そういうノリだったらしいぜ。でも、誰にも認められる偉業を立てろって事だろ? それはそれで難しいと思うぜ」

 

「そうだねぇ……」

 

 眉間に皺が寄るのを止められない。

 偉業と一口に言っても、その内容は様々だ。

 

 単に強い魔物を倒したくらいでは、偉業というには程遠いし、幾らでも難癖を付けられる。

 

 何か凄い事をすれば良い、と分かっていても、何をすれば良いかは思い付かなかった。

 

(こういうの、お母さんなら簡単に終わらせちゃうんだろうな……)

 

《魔物退治云々なら、それこそ竜の首根っこ掴まえて、引き摺ってきそうなものだしねぇ……》

 

(そして、暴れそうになったら、ビタンビタン、ってするんだ)

 

 いつだか、フンダウグルにやったみたいに。

 いや、と思い直す。

 

 お母さんなら、口裏を合わせて、もっと穏当に……そして派手な演出と共に突破しそうだ。

 

 ――誰にも非難されない形で。

 それぐらいは、難なくやってのけるだろう、という信頼がある。

 

 けれど、私には勿論、そんな事は出来ない。

 魔物退治でなくとも良いから、他はないか……と頭を巡らせてみたけど——。

 

 やっぱり、良さそうな案は思い浮かばなかった。

 

《濃縮水薬は、それこそ皆に認められる画期的商品だから、もしかして……って感じだけど》

 

(それだって結局、お母さんのだよ)

 

《ん~……。その辺、結構ビミョーなのよね。利権は既にリルのものだし、当時、その発明者については発表されてない筈だから》

 

(リケン? それがあるの? 私に?)

 

 そもそも、それがどういうものかも分かっていない。

 それどころか、いつの間にそんな事になっていたのかさえ、知らなかった。

 

《手続きの依頼をしてる時、リルも一緒だったんだけど……まぁ、覚えてないわよね。でもやっぱり、利権を所持してるってだけじゃ難しいかしら。上手く利用するには、きっと政治的手腕ってやつが必要になるんだわ》

 

(つまり、どういう事? 結局、無理って話?)

 

《……そうね。あたしにそんなの無理だし。人間のね、そういう遣り取りって、精霊にとってとは複雑怪奇過ぎるから》

 

 その上手くやってくれそうな人が、つまりベントリーみたいな人になるんだろう。

 だけど、長らく疎遠になっているし、そういうのが上手い人に、借りを作るのも何だか嫌だった。

 

「……おい。おい、リル。聞いてんのか?」

 

 長くナナと話していたせいで、すっかりモンティの事を無視する形になってしまっていた。

 

 私は小さく詫びて、続きを促す。

 

「ごめんごめん、色々考えてたら、ボーッとしちゃって。……で、何だっけ?」

 

「しっかりしてくれよ、おい。……まぁ、どれも難し過ぎて、途方に暮れる気持ちも、分からんでもないがよ」

 

 そう言って苦笑し、モンティは三本目の指を立てた。

 

「三つ目は、“怪物を連れて帰る”だ」

 

「……うぅん?」

 

「魔物じゃないぞ」

 

 もっと訳が分からなくなって、私は首を傾げる。

 

「じゃあ、何なの?」

 

「冒険者の手に余る生き物、という前提だ。少なくとも、A級が一人で立ち向かえないレベルなら、何だって良い」

 

「それで……連れ帰ってどうするの? 倒すの?」

 

「違う。……っていうか、一人で捕獲出来たんなら、それはもう倒した様なもんだろ」

 

 それはそうだ。

 今更、皆の前で倒し直す事に、それほと意味があるとは思えない。

 

 そんな事を考えていると、モンティはにやりと笑った。

 

「むしろな、それより難しい条件だぞ。“友達になって連れてくる”……そういう話らしいから」

 

 私は思わず、数秒、黙った。

 

「……それ、ホントに? ホントにそういう条件なの?」

 

「そうだ」

 

 こっくりと頷いたモンティは、未だに疑わしい視線を向ける私に、ムッとしながら言った。

 

「あのな、言っておくけどな。A級でも一人で勝つのが難しい相手なんて、等しく凶暴なヤツしかいないんだからな!」

 

「単に逃げるのが上手いのとかは?」

 

「そういうのは、大抵A級討伐に該当しない。目撃件数が少なすぎて、それでA級依頼になるのもいるけど、それなら雲を掴む方が簡単ってレベルだしな」

 

「そうなんだ……」

 

 ようやく納得した私に、モンティは大義そうに頷いた。

 

「だからこの制度、百年以上成功者がいないんだ」

 

 ミーナちゃんも苦笑する。

 

「記録上、最後の成功者は二百年前みたい。友達っていうのは、その成功者がそういっただけで、実際は使役してみせろって事だと思うよ」

 

 私は腕を組んで唸り声を上げた。

 

「つまり……檻の中で大人しくさせるんじゃなくて、檻の外から出しても、安全だって事を示す……ってこと?」

 

「おう、多分な。街の中にいれても安全、そういうところを見せられれば……。お前が主人だと認められれば……ってトコだな」

 

「それなら簡単だよ」 

 

 私は肩をすくめる。

 

「いっつも魔獣と遊んでたし」

 

「え……?」

 

「私の言う事なら、何でも聞いてくれるもん」

 

「いやいや、待て待て……! あのな、聞いてたか? A級単独でも無理な相手だぞ? 手の平に収まるような、可愛げのある魔獣じゃなくて……」

 

「分かってるってば。じゃあ、連れて来るよ。モンティとミーナちゃんは、このこと説明しておいて。すぐだから!」

 

 そう言うと、私はギルドから飛び出して走り出す。

 背後から制止するモンティの声は無視して、人垣を縫って駆けた。

 

「……アロガと一緒にいられる!」

 

 街の中に入る度、我慢させずに済む。

 いつでも、一緒にいられる。

 

 ——堂々と、誰にも邪魔されることなく!

 その高揚感が、私の足を更に速くさせていた。

 

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