混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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獣の証明 その4

 最低でも、A級相当の“魔獣を連れて帰る”。

 その条件を聞いた瞬間、私は一つの確信に辿り着いていた。

 

(……それなら、もうクリアできる)

 

 頭に浮かぶのは、ただ一つ。

 森の狩人とも呼ばれる剣虎狼(ウルガー)、アロガの存在だ。

 

 森の中で共に育ち、共に過ごしてきた弟で、気心もしれている。

 

 そして、安易に狩れる魔獣ではなく、A級冒険者が複数で当たっても苦戦する、紛れもない強者だ。

 

 ましてや森の中となれば、その脅威はさらに跳ね上がる。

 

 “森の狩人”の異名に相応しく、気配を消し、風に紛れ、獲物を仕留める。

 実力以上に厄介で、そして恐ろしい魔獣なのだ。

 

 出会ったら死を覚悟しろ、と冒険者の間では噂されるとか。

 ――そんな存在が、私の隣を一緒に歩いてくれる“弟”なのだ。

 

《……確かに、条件だけなら満たしてるわね》

 

 ナナの声音は、肯定してくれている様でも、納得の色からは程遠い。

 

《普通は“連れてくる”どころか、“見つける”前に死ぬ相手よ。でもね……》

 

「でも……、なに?」

 

 あれを“友達にする”のがどれだけ異常な事か、今なら分かる。

 だからこそ——きっと、認めて貰えるだろう。

 

《でも、それをあたしは、中々怪しく思ってもるのよね……》

 

「どうして? ……というか、どういう意味?」

 

《いや、まぁ……。これは単なる勘みたいなものだし、“制度”の方を詳しく知らないから、何とも言えないんだけど……》

 

「ダメな事もあるの? アロガでも? もっと強いとか、怖い魔獣じゃなくちゃダメ?」

 

《その基準が問題なんじゃなくて……。まぁ、単なる杞憂かもしれないし、とにかく早く連れて行きましょ》

 

「うんっ!」

 

 胸の奥が、少しだけ高鳴る。

 ――誰も利用しない程度には、難易度の高い試練。

 

 それ故に、S級への最短の道だ。

 それが、もうすぐ手に入る。

 

《気が早いわねぇ》

 

 ナナが呆れ半分に笑う。

 

《でもまぁ、やってみて損はないし、やるだけの価値はあるわ》

 

「うん、だよね」

 

 駆ける足が、更に更にと前に出る。

 もっとずっと時間が掛かると思っていた。

 

 S級というランクは、口にするほど簡単にはなれない。

 それは良く分かっていたし、実際一年以内に昇級できれば御の字、とも思っていた。

 

 それが……それなのに、今や手の届く位置にある。

 走る速度が上がる度、胸の鼓動も、それに合わせて高まっていく。

 

(アロガ……!)

 

 門を抜け、街の外へ出ると、草原の風が頬を撫でた。

 まだ少し遠いけど、ここからでもあの場所が見える。

 

 さっき、アロガに隠れてもらった茂みへと、私は一直線に向かう。

 到着するなり、草をかき分けて進むと、伏せの状態でこちらを窺う姿が見えた。

 

 そして――。

 

「アロガ!」

 

 声をかけた、その瞬間――。

 低く、唸るような気配と共に、巨大な影が、のっそりと起き上がった。

 

 金色の瞳が、真っ直ぐにこちらを見つめる。

 

「ウォフ……」

 

 いつもなら、すぐに飛び付いては舐め回し、顔中がべろべろになるのに、今日だけは違った。

 

 どこか拗ねたような声を出すだけで、近寄ろうともしない。

 私は思わず笑ってしまった。

 

「ただいま」

 

 そう言って、一歩近づく。

 

「ねぇ、アロガ。お願いがあるんだよ」

 

 アロガは首を傾げるようにして、こちらを見ている。

 その瞳を真っ直ぐに見つめて、私は喜びを抑え切れずに言った。

 

「一緒に、街に行こうよっ!」

 

 その言葉を口にした瞬間。

 空気が、ぴたりと止まった気がした。

 

「グルゥ……」

 

 アロガが低く喉を鳴らす。

 金色の瞳が、わずかに細められた。

 

 ――警戒している。

 本当に行けるのか、と不信を露わにしていて、まるで値踏みでもしているかの様だ。

 

 それも当然かもしれない。

 これまで何度となく、街へ行く時、アロガは留守番だった。

 

 それが何故、今日に限って……と思ってしまうのは止められないだろう。

 しかも、そこは森じゃないし、狩場でもない。

 

 “ヒトの領域”だ。

 

 私は足を止めたまま、ゆっくりと両手を上げる。

 抱き付いて来るのを待つ、いつもの仕草だ。

 

「大丈夫。今回はね、特別なの。でも、危ないことはしちゃ駄目よ」

 

 静かに、優しく、言葉を選びながら続ける。

 

「もしかしたらね、これからずっと一緒に居られるかも知れないの。ここだけじゃなくてね、他の街でも!」

 

 アロガは動かない。

 ただ、じっとこちらを見ている。

 

 試すように。

 ……あるいは、見極めるように。

 

《……まあ、そうなるわよね》

 

 ナナが小さく呟く。

 

《普段なら、リルにベッタリなアロガだもの。一もなく二もなく飛び付いて、一緒に来るんでしょうけど……。でも、疑っちゃうくらいには、これまで留守番させ過ぎたわね》

 

(うん……、やっぱそうかぁ……)

 

 ――だからこそ。

 私は、もう一歩だけ近づいた。

 

 草を踏む音が、小さく鳴る。

 それでも、アロガは動かない。

 

「ねぇ、アロガ。私、あそこに用事があるんだ」

 

 振り返って、遠くに見える街の方を指す。

 

「一人でも行けるけど……一緒に来てくれたら、嬉しい」

 

 返事はない。

 風が、草を揺らす音だけが流れる。

 

 しばらくして――。

 アロガは、ゆっくりと顔を逸らした。

 

「……あれ?」

 

 ふい、とそっぽを向き、尻尾が、ぱたんと地面を打った。

 

《……拗ねてるわね》

 

(えっ、なんで!?)

 

 私は思わず慌てる。

 

「ちょ、ちょっと待って、怒ってる?」

 

「ウォフ……」

 

 その声は、どこか不安げで、そして不満そうでもあった。

 

《多分だけど、そんな事言っても、どうせまた置いていかれる、って思ってるわよ》

 

「う……」

 

 思い当たる節が、ありすぎた。

 さっきについてもそうだ。

 

 街に入る前、アロガには「ここで待ってて」と言った。

 一緒に森を旅立ち、どこまでも共にあろう、という気持ちでいたのに、結局は私の都合で離れ離れになってしまうのだ。

 

 またいつ帰って来るかも分からないのに、茂みに放置され、ただ待ち続けるのは辛かったと思う。

 

(そりゃ怒るよね……)

 

 しかも、私が街に行く時は、決まって何か楽しい事をしていた。

 それはアロガも知っていて、だから更に不満を募らせていたんだと思う。

 

 私は謝りながら、ゆっくりとアロガの横に回り込む。

 

 大きな体躯なのに、今はどこか子どもみたいに見えた。

 

「ごめんって」

 

 そう言って、そっと手を伸ばす。

 銀灰色の毛並みに触れる直前――、ぴくり、と耳が動いた。

 

 拒まれはしない。

 私はそのまま、優しく撫でた。

 

「ちゃんと戻ってきたでしょ?」

 

「……グルゥ」

 

 少しだけ、力の抜けた声で返事はあった。

 でも、まだ顔を向けてはくれない。

 

「今度は一緒に行こう?」

 

 撫でながら、ゆっくりと言う。

 

「絶対、置いてかないから」

 

 その一言で、アロガの耳が、ぴたりと止まった。

 そして、ゆっくりと、こちらを見る。

 

 金色の瞳の奥にあった警戒が、ほんの少しだけ緩んだように見える。

 やがて、大きな体が、のそりと動いた。

 

「……来てくれる?」

 

「ウォフ」

 

 今度は、低く力強い声で、はっきりとした返事があった。

 

「ありがとう、アロガ」

 

 私は笑ってその首に抱き着くと、ひとしきり撫で回してから身体を離した。

 そうして、そのまま隣に並んで歩き出す。

 

 草原を抜け、街の門へ向かう。

 だが、巨大な剣虎狼の堂々とした姿は、あまりにも目立った。

 

 門番がこちらに気付いた瞬間――。

 

「――止まれ!!」

 

 怒号が響いた。

 槍が構えられ、空気が一変する。

 

《はい来た、当然の反応》

 

 ナナが楽しそうに言うのと、アロガの喉が低く鳴るのは、ほぼ同時だった。

 

 そして、目の前では臨戦態勢が敷かれようとしていて、兵が門扉の後ろから次々と出て来る。

 私はアロガと門番の前に、割り込む様にして前へ出た。

 

「待って!! 攻撃しないで! この子、私の……家族です!」

 

 門番たちが、凍りつく。

 

「……は?」

 

「魔獣だぞ、それ……!」

 

「分かってます!」

 

 私は強く言い切ったその背後で、アロガが静かに息を吐く。

 アロガのとっては、既に彼らは攻撃の範囲内に入っている。

 

 けれど、私が制している限り動かない。

 私の後ろで、じっと機会を窺っていた。

 

 それが、門番にも伝わったのか、とりあえず話を聞く態度は見せてくれた。

 

「お願いです。この子は危害を加えません。私が責任を持ちます」

 

 私は一歩も引かず、まっすぐに言ったが、返答は沈黙だった。

 緊張が張り詰め、空気が重くなる。

 

 やがて――。

 

「……ギルドに連絡を入れる」

 

 門番の一人が、低く言った。

 

「勝手には通す訳にはいかん」

 

「はい、それでいいです」

 

 むしろ好都合だった。

 モンティには伝えてあるし、これで“連れてきた”って証明できる。

 

 胸の奥で確信が強くなり、試練の突破は、もうすぐそこに思えた。

 私はちらりと後ろを見る。

 

 アロガは警戒を解かないまま、その場に静かに座っていた。

 巨大な体躯を地面に預け、ただ向こうの対応を待っている。

 

 ――私を信じて、待っていてくれているのだ。

 

「……大丈夫だよ。すぐ終わるから」

 

「ウォフ」

 

 その言葉に応えて、短く、穏やかな声が返った。

 

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