混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

350 / 350
獣の証明 その5

 門番の一人が、詰所へと駆けて行く。

 

 残された者たちは、槍を構えたまま一歩も動かず、視線は私ではなく――アロガの方に釘付けだった。

 

 当然かな、と思う。

 相手は巨大な剣虎狼(ウルガー)で、完全に大人しく座っているけど、その威圧感は隠し切れない。

 

 風が吹くたびに、銀灰の毛並みが揺れる。

 それだけで、空気がびりつくかの様だった。

 

「……本当に、暴れないんだな?」

 

 門番の一人が、疑いを隠しもせずに言った。

 私は大きく頷いて、それからふと首を傾ける。

 

「はい。あぁ、勿論……お願いすれば、ですけど」

 

 ぴくり、とアロガの耳が動いた。

 

《その言い方、ちょっと誤解招くわよ》

 

(あっ……)

 

 ナナにそう忠告されて、慌てて付け足す。

 

「勿論、今だって大人しくするように言ってます。……ちゃんと話、聞いてくれから」

 

「……魔獣が?」

 

 信じられない、という顔で首を振られる。

 普通はあり得ないことだから、その反応も仕方ないと分かる。

 

 けれど――。

 

「アロガ」

 

 私は後ろを振り返り、いつもと変わらぬ気楽さで声を掛けた。

 

「そのまま待ってて。何をされても、怒っちゃダメよ」

 

「ウォフ」

 

 返ってきた短い返事に、門番たちの表情が変わった。

 ざわ、と小さなどよめきが広がる。

 

「……従った……?」

 

「今、返事したのか……?」

 

《ふふ、いい見世物ね》

 

 ナナが楽しそうに笑う。

 その時、詰所の扉が勢いよく開いた。

 

「どこだ!?」

 

 聞き覚えのある声に振り向くと、そこにいたのは――。

 

「モンティ?」

 

「リル!!」

 

 叫ぶように言って、全力で駆けてくる。

 その後ろには、ミーナちゃんと、数人のギルド職員もいた。

 

「お前、何やってんだ!?」

 

 開口一番が、それだった。

 

「何って……、さっき言った通りだよ。ちょっと試練を……」

 

「“ちょっと”で済むか!! こんな騒ぎにしやがって……!」

 

 モンティが頭を抱える。

 けれど、その視線はすぐにアロガへ向いた。

 

「でもさ、この試練って、騒ぎにならない方がおかしくない? だって、魔獣を引き連れて来る条件でしょ?」

 

「……野放しとは思わないだろ! 縄でふん縛るとか、檻に入れてるとか……何かそう言う、対処してるもんだろうが!」

 

「でも、“友達になる”って内容なのに……」

 

「それはあくまで、例えって言うか……。最初に成功させた、S級の言葉そのまんまなだけで……。普通はもっと、力で従えたり、何かこう……分かりやすく、屈服させたりするんだ!」

 

 言いたい事を言ってスッキリしたのか、乱れた息を整えて、それからポツリと言った。

 

「それ……剣虎狼(ウルガー)、だよな……?」

 

「うん」

 

「俺は絵姿でしか見た事ないけど……。こんなに大きなモンだったのか……?」

 

 その言葉を聞いて、ミーナちゃんも息を呑みながら首を振った。

 

「ううん、違うと思う。資料では、もっと……。もしかして、貴種ってやつなのかな……」

 

「それ、どういうヤツだ?」

 

「他より強くて大きくて、群れのボスになれるような個体、って意味」

 

 アロガは、そんな視線を気にも留めず、ただ静かに座っている。

 けれど、完全に無関心ではない。

 

 ちらり、とモンティたちを見る。

 その一瞬で、二人は背筋をぞくりと震わせ、身体を縮めた。

 

「ひっ……」

 

 ミーナちゃんが小さく息を呑む。

 

「アロガ」

 

 私はすぐに声をかけて、その首筋辺りを撫でながら宥めた。

 

「大丈夫。敵じゃないよ」

 

「……ウォフ」

 

 とりあえず納得は示してくれて、それ以上の威圧は出さず、視線も外した。

 その変化に、また空気がざわつく。

 

「……完全に理解してるな……」

 

 モンティが呟く。

 

「お前、本当に何したんだよ……」

 

「森から連れて来ただけだよ」

 

「“だけ”な訳があるか! 明らかに異常なんだよ!!」

 

 モンティはあらん限りに叫び、頭を掻きむしった。

 でも、それは事実と想定の食い違いから来るものだ。

 

 きっとモンティは、私が先程すぐ森に入って、その場で見つけたものを捕獲してきた……とでも思っているんだろう。

 

 だけど、それは事実とは全く違う。

 “森から”連れて来たのは本当だけど、生まれた時からずっと一緒の、姉弟だから出来たことだ。

 

 私も野生の剣虎狼(ウルガー)を、魔法みたいに従わせる事など出来ない。

 だから、これはもしかしたら、詐欺みたいなものかもしれなかった。

 

 でも、魔獣を従わせているのは事実だし、条件がそれなら十分満たしている。

 きっと、問題はないだろう。

 

 ミーナちゃんはモンティに賛成みたいで、その横で何度も頷いていた。

 そのやり取りに、少しだけ緊張が緩む。

 

 その時――。

 

「話は聞かせて貰った」

 

 低く、落ち着いた声が割り込んだ。

 振り向くと、そこにいたのは、ギルドマスターのラーシュだった。

 

「偉いさんの登場だ……」

 

「早く、この異常事態を何とかしてくれよ……」

 

 誰かが呟き、人垣が割れては道が出来る。

 そこを通って、ゆっくりとこちらへ歩いて来て――そして、アロガの前で止まった。

 

 アロガは行儀正しく座ったままだったが、ラーシュとは真正面から見つめる形になる。

 

 普通なら、それだけで威圧に飲まれる距離だけど、ラーシュは虚勢か……あるいは意地か。

 

 必死に震えを抑えて立ち続けていた。

 

「……な、なるほどな」

 

 呟く様に言って、じっと観察してから、目を細める。

 

「確かに“連れてきている”し、使役している様にも見える……」

 

 その一言で、場の空気が変わった。

 門番たちが顔を見合わせる。

 

「これは何だ……? 冒険者ギルドの催しか?」

 

「いや、催しとは違う。違うが……何しろ二百年ぶりの試練だ。騒ぎになる前に止めたかったんだが……」

 

《まぁ、今更だけど……。モンティじゃなくて、この人か……じゃなければ、オンブレッタに言うべきだったわよね》

 

(そうなの?)

 

《あたしもその辺、ちょっと抜けてたから大きな事は言えないけどさ。魔獣が街の直ぐ傍まで来るんだから、警備する人達にも通達するとか、当日の警備体制の連携とか、色々あるんじゃないかと思うのよ》

 

(アロガは危なくない)

 

《それを決めるのはね、残念ながらリルじゃないの。完全に、完璧に、安全だって証明出来てないと、騒ぎになるのは当然だわ》

 

 むぅ、と唇を尖らせて、アロガを撫でる。

 こうしていれば、少しはその安全をアピール出来るのかな。

 

 そうしていると、ラーシュは実に渋い顔をしながら息を吐く。

 

「条件を満たしているのは確かだ……」

 

 はっきりと、そう告げた。

 胸の奥が、どくんと跳ねる。

 

「本当ですか!?」

 

「ああ」

 

 ラーシュは頷いたが、そこへ更なる別の声が割って入り、再び空気が締まった。

 

「――待て」

 

 静かだけど、でも妙に通る声が、場を切り裂く。

 一度閉じていた人垣が、また自然と左右に割れた。

 

 現れたのは、白磁の様な肌を持つ、長身の男だった。

 ――エルフ。

 

 胸の奥が、ざわりと音を立てる。

 お母さんの仇……であると同時に、エルフの全てが敵ではない、と冷静な部分が言い聞かせる。

 

 あのエルフは、仇のエルフじゃない。

 ギルドで値踏みする様に見つめて来た、あのエルフだった。

 

 多分、きっと……関係ないエルフだとは思う。

 思うけれど、確信はないから睨む様になっていまうのは仕方なかった。

 

《いきなり暴れないでよ》

 

(……分かってる。エルフは嫌いけど……、何もしてない人まで恨んじゃいけない。……でしょ?)

 

《どうせなら、恨みも何やら全て忘れて、慎ましやかに生きて欲しいんだけどね……》

 

(もう何度も話したでしょ。止めないよ、お母さんの誇りを取り戻すまでは)

 

《それが純粋に、取り戻す事だけに、気持ちが向いてれば良いんだけどね……。敵討ちとか、余計なことまで考えてたら……》

 

(分かってるよ。ちゃんと分かってる)

 

 心の中で話している間にも、エルフはこちらに向かって歩いて来ていた。

 陽光を受けて、金色の髪が淡く輝く。

 

 そして、細められた翠の瞳には、露骨なまでの侮蔑が宿っていた。

 纏う外套も、装飾も、明らかに高位そうな物に見える。

 

 けれど何より目を引くのは――その態度だった。

 “自分がここで最も上だ”と疑っていない、その空気。

 

《また面倒そうなのが……》

 

 ナナが露骨に嫌そうな声を出して、大袈裟に嘆息した。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」(作者:庫磨鳥)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

美少女が謎の生命体と戦うソシャゲみたいな世界で、『謎の生命体』として生きていくことになった主人公が色々と活躍するお話。▼【二・五章完結】▼※カクヨムにも投稿を始めました▼登場人物の短編を別枠で投稿しているものがありますので、よろしければこちらもご覧ください。▼[くるがい ストーリー集]https://syosetu.org/novel/306231/▼活動報…


総合評価:48975/評価:8.95/連載:101話/更新日時:2025年06月11日(水) 18:00 小説情報

創世のアームズ・ディーラー〜現代と異世界を駆け回る貧乏高校生の武器商売奮戦記!(作者:大和タケル)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【現実味のあるファンタジーを求める貴方に、超ロマンを届けます!】▼ 西暦2030年、太陽フレアがきっかけで地上に魔物が現れた。自衛隊が交戦するも全く歯が立たず、お手上げ状態。そんな折、一人の青年が覚醒する。▼ 貧乏な高校生、大和創真が手にしたのは先祖の英霊と異世界への扉。▼ 脅威が迫りくる現代。彼は魔物に抗う武器を求めて異世界へと旅立った。自衛隊へ売る為に。…


総合評価:13/評価:3.29/連載:88話/更新日時:2026年04月29日(水) 08:08 小説情報

進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する(作者:霧夢龍人)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

なお、しっかりと飼い主♀に襲われる模様。▼カクヨム、なろうでも連載してます▼R18版投稿しました↓↓↓▼https://syosetu.org/novel/410361/#


総合評価:10476/評価:8.41/連載:110話/更新日時:2026年06月15日(月) 17:55 小説情報

賢者の石を手に入れた在宅ワーカーだけど、神様って呼ばれてるっぽい(作者:パラレル・ゲーマー)(オリジナル現代/冒険・バトル)

フリーランスのWebデザイナーとして、都心のマンションで静かな日々を送る橘栞(たちばな しおり)。彼女の趣味は、複雑なルールのゲームを解析し、最適解を導き出すこと。そんな彼女の日常は、ある日、目の前に現れた【スキル『賢者の石』を入手しました】というウィンドウによって、静かに終わりを告げる。▼万物を対価(コスト)に変え、新たな能力を獲得できるその力に、栞は恐怖…


総合評価:5476/評価:7.11/連載:280話/更新日時:2026年06月16日(火) 20:30 小説情報

機甲猟兵エルフリーデの屈折した恋愛事情~最強ロボパイロットの英雄譚~(作者:灰鉄蝸)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【書籍1巻発売中】人型兵器バレットナイト、帝国に滅ぼされた故郷、戦場に送られた青春――最強のパイロットである少女エルフリーデは、陰謀渦巻く帝国で英雄譚を紡いでいく。▼運命の出会いをした、謎の男クロガネとともに。▼そして敵の美少女パイロットたちの脳を焼いていく、英雄なので。▼ロボバトルが強い美少女と政治チート善人イケメンがイチャイチャしつつ、いろんな事件を解決…


総合評価:4850/評価:9.02/連載:215話/更新日時:2026年07月08日(水) 19:36 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>