混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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獣の証明 その6

「その魔獣……」

 

 エルフは足を止め、アロガを一瞥した。

 値踏みするような冷たい視線で、何だかとっても嫌な感じがする。

 

「試練の対象として、認めるべきではない」

 

 ざわり、と周囲の見物人が揺れた。

 

「……どういうことだ」

 

 ラーシュが低く問うと、エルフはゆっくりと口角を上げた。

 

「単純な話だ。あまりに速すぎる。時間が掛かっていない」

 

「は?」

 

 思わず声が漏れた。

 エルフは私を見ることすらせず、淡々と続ける。

 

剣虎狼(ウルガー)の捕獲。あるいは従属化。どちらにせよ、森の中でそれを成すには、相応の時間と準備が必要だ」

 

 そう言って、指先で軽くアロガの方を示す。

 

「試練に挑むと私が耳にしたのは、ついさっきだ。そして、この短時間で“連れてきた”? 笑わせるな」

 

 空気が、ぴり、と張り詰める。

 

「つまり――」

 

 そこでようやく、エルフの視線が私に向いた。

 冷たい、氷のような目だと思った。

 

「予め調教された個体を、用意していたのだろう」

 

「なっ……!」

 

 誰より早く声を荒らげたのは、モンティだった。

 

「ふざけんな! そんなこと――」

 

「違うと? では可能だと思うのか、この短時間で捕獲と調伏を」

 

 しかし、どこまでも冷徹な声で、反論は遮られた。

 二の句を継げないモンティは、それで言葉に詰まってしまった。

 

 その反応に満足したエルフは、わずかに肩をすくめる。

 

「森まで往復するだけならば、可能かもしれんな? ……だが逆を言うと、それだけの時間しか経っていないのだぞ。ならば、この場での評価は保留が妥当だ」

 

「待ってください」

 

 私は一歩前に出て、必死の弁明を試みた。

 確かに私が取った行動は拙かったと思う。

 

 言われてみれば当然で、せめて二日か三日、待つべきだった。

 でも、逸る気持ちが、その判断を誤らせた。

 

「この子は森で出会って、一緒に――」

 

「感情論は不要だ」

 

 しかし、即座に切り捨てられる。

 

「我々が見るのは、“結果”と“過程の妥当性”だ」

 

 淡々とした声は、私の意見など、まるで価値がないと断じるかの様だった。

 

《あたしも迂闊だったわ……》

 

 ナナが悔しげに呟く。

 

《こんなのが居るなんて知らなかったけど、でもエルフはもう、西大陸に浸出しているんだもの。ギルドにも当然の様にいたし、そして色んな事に口を出したんでしょ。――何故って、自分たちが一番偉いと思ってるから》

 

 奥歯を、ぎゅっと噛みしめる。

 それは以前、ナナからも聞いていたことだ。

 

 エルフが西大陸から来てなかったのは、お母さんたった一人を恐れていたからだ。

 でも、もう居ないと安心したから、かつての勢いを取り戻そうとしている。

 

《冒険者ギルドは、そもそもエルフが作ったものだから、その頭を抑えるのも簡単だったでしょうね》

 

 そう言って、ナナは舌打ちする。

 

《失敗したわね。エルフの見える所で、あんな話、させるんじゃなかった。予想以上に、エルフは存在感を表に出したいみたいね》

 

 これまで溜めていた鬱憤もあるのかしら、とナナの思考は違う方向に向き始める。

 だけど、いま大事なのは、アロガを認めさせる事――そして、S級への道を閉ざされない事だった。

 

「じゃあ、どうすれば証明になるんですか」

 

 出来るだけ、冷静に問う。

 すると、エルフは少しだけ考える素振りを見せてから、薄く笑った。

 

「そうだな……。この場で、その魔獣を殴らせろ」

 

「……え?」

 

「その上で、我々に牙を剥けぬことを、明確に示せ」

 

 周囲からざわめきが広がり、それ以上の動揺が辺りを揺らした。

 

「無理だろ……!」

 

「挑発するだけでも危険なのに……」

 

「反撃させるなって? 不可能だ、そんな事……!」

 

「魔獣が攻撃されて、反撃しないなんて、あるもんか!」

 

 周囲の声は、当然としか言えなかった。

 危険を感じてか、周囲の人垣が遠退く。

 

 魔獣は普通、攻撃的なものだし、只の獣であってさえ、殴られて(なだ)(すか)すのは難しい。

 

 しかも今この場は、複数の武装した人間によって囲まれている。

 アロガの緊張は、とても高いはずだった。

 

 少しでも刺激すれば――。

 普通の魔獣なら即座に暴れ出し、そうでなければ逃げ出す。

 

 ――と、エルフはそう考えている。

 

「……分かりました」

 

 しかし、ここで引くわけにはいかない。

 

《ちょっと、本当にいいの?》

 

(うん、仕方ないよ。嫌だけど……、本当に嫌だけど……アロガを殴らせるなんて)

 

《まぁ、代替案を出したところで乗ってこないでしょう。何より、提案すること自体に機嫌を悪くしそうよね》

 

 だったら、尚更だ。

 あの覚め切った目を見れば、自分の考えを曲げそうにない事は、直ぐに分かる。

 

 私はアロガの首筋や耳の周りを、撫でつけながら見つめた。

 

「アロガ」

 

 金色の瞳が、こちらを見据える。

 

「これから、怖いことあるかもしれないけど……何もしないでね。じっとしてて」

 

 沈黙が下り、風の音だけが耳に残る。

 そして――。

 

「……ウォフ」

 

 低く、穏やかな声で返答があり、その場に座り直すと、完全に動きを止めた。

 

 耳と尾に、力は入っているものの、完全な非戦闘姿勢を取ってくれた。

 ざわっ、と周囲の気配が揺れた。

 

「おい……、今の……」

 

「本当に殴らせてやるつもりか……?」

 

 しかし、エルフは白けた雰囲気で、わずかに目を細めただけだった。

 

「なるほど。どうやったら、ここまで従順になるのやら。……では、問題ないな?」

 

「いつでもどうぞ」

 

 私が言うと、エルフは顔を横に向けて言い放った。

 

「ラーシュ、やれ。武器を抜いても構わんぞ」

 

「お、俺ですかい!?」

 

 ラーシュは自分を指差しながら目を剥いた。

 私もてっきり、あのエルフがやると思ってたけれど、視線に気付いて露骨に溜め息をついた。

 

「私が直接、“それ”に触れるなど有り得んことだ。獣の臭いを移されては適わんからな」

 

「へぇへぇ……、さいですか」

 

《どうやらラーシュにしても、完全に恭順してる訳ではないみたいね。まぁ、気に食わなくても従わないといけないのかしら。ギルド長として、色々あるんでしょう》

 

 それは何となく分かる。

 大人は好き勝手に、何でも自由に、とはいかないらしい。

 

「じゃあ、リルちゃん……。すまねぇけど……」

 

「はい、どうぞ。アロガは大丈夫」

 

 私はアロガの傍から離れず、その首に手を添える。

 ラーシュは武器こそ構えたが、鞘に収めたまま、抜き身にはしなかった。

 

 それを上段に振りかぶり、頂点でピタリと止める。

 もう一度、私にやるぞ、という視線を向けてきたので、頷いて返す。

 

 そうしてから、次の瞬間——。

 細い呼気と共に剣が振り下ろされた。

 

 攻撃はアロガの眉間辺りに命中し、ゴッ、と鈍い音を立てる。

 周囲で固唾を呑んで見守っていた人達から、声にならない悲鳴が上がった。

 

 しかし、アロガは全く意を介さない。

 どうやら随分、手加減してくれたみたいで、あの程度では攻撃とすら思ってないかもしれなかった。

 

 でも、それがエルフには気に食わなかったらしい。

 

「……誰が一発で良いと言った。もっと殴れ」

 

「いや、しかし……」

 

「安全性を保障するのは、お前の仕事だろう。街に入れた後、酔った冒険者が殴り付けたら? もしも、子どもが尾を踏んだら? 被害が出た後、“一発”殴っても平気だったから、と釈明するのか?」

 

 ラーシュは苦虫を噛み潰した様な顔をして、それから頷いた。

 

《まぁ、これに関しては正論、って気がするわよね。難癖付けて、単に失敗させたいだけかもしれないけど》

 

「アロガ、大丈夫……大丈夫よ。もうちょっと我慢してね」

 

「ウォフ……」

 

 エルフが再度「やれ」と指示して、ラーシュが殴る。

 今度は一発ではなく、何度となく打たれた。

 

 眉間だけではなく、鼻先や顎、首に肩と、色々な所を打ち付けていく。

 しかし、アロガに動じたところはなく、途中から欠伸までする始末だった。

 

《手を抜き過ぎ……と思ってたけど、もしかして結構、本気だったのかしら》

 

(……というより、途中から本気になったんだと思う。それでもやっぱり、アロガには全然、通じてないけど)

 

 私と打ち合う時と比べて弱すぎ、遅すぎるから、尚のこと警戒する必要も感じてないんだと思う。

 

 最後の一撃を放った後、ラーシュは肩で息をする程だったから、彼なりに本気だったのは間違いない。

 

 それは見物している者達も同じように感じたみたいで、最初にあった緊張は既に消えていた。

 

「なぁ……、もう十分じゃないか」

 

「おお……。あれだけされても、暴れようともしないしな」

 

「証拠やら保障なら、もうしっかり見せて貰ったろ……」

 

 周囲の雰囲気も、明らかに醒めたものになっている。

 ラーシュにしても、剣を腰の留め金に付け直していて、これ以上やる気はない、と暗に示していた。

 

「アロガ、よく我慢したね」

 

「グルゥ……」

 

 あの程度……、と呆れた雰囲気さえ発し、私が良い子良い子して撫でると、甘えた声を出した。

 

 顔を擦り付け、そして舐めてくる。

 程々の所で止めさせて、私はエルフに向き直った。

 

 そこではやはりというか、白け切った表情で溜め息をつく姿がある。

 どうやら……。

 

 まだまだ、納得には程遠い様子で、許可を得るのは難しいみたいだった。

 

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