混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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獣の証明 その7

「まぁ……、駄目だな」

 

 エルフの一言で、ぴたり、と空気が凍った。

 周囲の見物人――特に数が増えてきた冒険者たちから、剣呑な雰囲気か発せられる。

 

「何が駄目だ?」

 

「認めたって良いだろう。……いや、そりゃあ、あれが街の中を闊歩するかと思うと、ゾッとせんがよ……」

 

 エルフはそれらの言葉が聞こえていないかの様な素振りで、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「そもそもだ」

 

 視線が、私を上から下まで舐めるように動く。

 

「S級というものは、“格”を示す称号だ」

 

《ああ~……、嫌な予感がする》

 

 ナナの苦々しい声を聞いて、私も嫌な予感が嫌でも増した。

 そして――。

 

「そこに、獣臭い連中を加えるわけにはいかん」

 

 あまりにも侮辱的な言葉が、静かに……しかしはっきりと落ちた。

 空気が、完全に止まる。

 

「……は?」

 

 モンティが固まり、ミーナちゃんも言葉を失っている。

 私も似たようなもので、何を言われたのか一瞬、理解出来なかった。

 

 しかし、時間が経つにつれ、ゆるゆると怒りが湧いてきて――。

 頭の奥で、何かが音を立てて切れかける。

 

 けれど、エルフは止まらない。

 感情を感じさせない、冷たい声のまま続けた。

 

「品が落ちる。格が落ちる。そのような者をS級として認めれば、ギルド全体の価値すら疑われる」

 

 エルフの視線が、真っ直ぐに突き刺さる。

 

「分かるだろう?」

 

 ――分かるはずがない。

 胸の奥が、ぐつぐつと煮える。

 

《冷静になりなさい。ここで暴れても意味はないわ。……いえ、むしろ悪い》

 

 ナナの声が、静かに響く。

 落ち着かせたくて、わざとゆっくり、諭すような口調だった。

 

 ゆっくりと息を吐き、長く吸う。

 何度か呼吸を繰り返すと、気持ちが少しは落ち着いてきた。

 

《……そう、それでいいの。暴れるだけ損よ。このエルフを殴っても、ギルドを追放されるだけ》

 

 そう言って唐突に、不意に落ちた様な声を出した。

 

《……あぁ、もしかして、それも狙い? わざと挑発して、殴り掛からせたかったのかも。そうすれば、S級への挑戦も無かった事に出来る訳だし》

 

(本当に? 何で……、そこまで?)

 

《さぁ……? でも多分、あの“試練”のせいでしょ。突破できるなんて想定してなかった……でも、法に則る限り、受け入れなければならない。だから難癖付けて来るんでしょうし、どんな手を使おうと、蹴落とそうとしてる》

 

 ――何て卑劣なヤツ!

 絶対にお母さんが嫌いなタイプだ。

 

 またも胸の奥が、カッとした。

 でも、ここで手を出したり、文句を言ったりしたら、きっと相手の思う壺だ。

 

 私は深呼吸を繰り返して、気分を落ち着かせてから一歩、前に踏み出した。

 

 地面を踏む感触が、やけに硬く感じる。

 視線が一斉に集まるのが分かった。

 

 私が何を言うのか。

 何をするのか。

 

 ――皆が息を潜めて見つめてる。

 けれど私は、拳を握ったりしなかった。

 

 怒りはある。

 胸の奥で、煮え滾るものがある。

 

 でも、それを爆発させた瞬間が、きっと私の負けなんだ。

 ――お母さんなら、きっと何か、上手くあしらったりするんだろうけど……。

 

 でも私に、そんな器量や技能はなかった。

 だから、私なりに足掻くだけだ。

 

「……私には分からない」

 

 その一言で、周囲が少しざわついた。

 エルフの眉が、わずかに動く。

 

「ほう?」

 

 まるで、子どもを試すような声で、自分の優位を疑っていない顔だった。

 

「あなたの言う“格”が、何を指してるのか……私には分からない」

 

 あくまでも平静に。

 それを心掛けて……けれど、言葉に芯を込める。

 

《そう、良いわよ。それで良いの》

 

「血筋? 見た目? 匂い? そういうものが格なんですか?」

 

 エルフが薄く笑う。

 

「そうだな、血筋……その通りだ。世の秩序というものは、そうして保たれている」

 

 ――秩序。

 その秩序の為に、エルフは何をした。

 

 森の奥深くで隠れて暮らすお母さんを、執拗に探り出して排除した。

 そうやって、要らないものをどんどん排除していけば、秩序ある世界になるのだろうか。

 

 私はもう一度息を吸って、熱くなりそうな頭を冷やしてから、質問をぶつけた。

 

「じゃあ……、S級って何ですか? 強さを示す称号じゃないんですか?」

 

 エルフは肩をすくめた。

 

「強さだけで語るのは、野蛮人の発想だな。“獣”との混ざり物なればこそ、実力至上主義になるのも分かるが……」

 

 その言葉で、また空気が冷える。

 この街で――この国で、獣人への侮辱が何を生むか、分からない筈がないのに。

 

 そして、尊厳への侮辱は怒って良いのだと、お母さんは教えてくれた。

 でも――。

 

 私は唇を噛んで、拳を握る。

 握った拳がふるふると震えた。 

 

 耐えるしかない。

 お母さんの教えは正しいと思うけど、でも——殴ったら終わりだ。

 

《そう……いい子ね、リル。アイツの挑発は露骨よ。露骨すぎるわ。あなたを怒らせたいの。だから、冷静でいるのが、一番の勝利の鍵よ》

 

 ナナの声が優しく心を撫でる。

 だから私も、冷静でいられた。

 

《殴るのなら、そのまま、言葉で殴り返しなさい》

 

(言葉で……)

 

 私は目を閉じ、ほんの一時だけ考える。

 そうして五秒、目を開けて声を張った。

 

「私は魔獣を従えてる。重要なのはその一点で……あらかじめ従えた事の何が問題? 時間を掛けてもどうせ無理だったから、これまで誰一人として、達成していなかったんじゃないの?」

 

「む……」

 

「卑怯だよ。ズルだよ。論点ずらしだよ。難癖つけたいだけなんだ」

 

「……獣人の分際で、よく吠える。いや、獣であればこそ、そこまで吠えるのか」

 

 その言葉に、周囲の冒険者たちの怒りが遂に爆発した。

 

「おい! 俺らにまで喧嘩売ってんのか!」

 

「言い過ぎだ!」

 

「撤回しろ!」

 

 見物人の数は、時間が経つ毎に増えていた。

 その中には多くの獣人達がいて、だから怒号の数も馬鹿にならないものになっている。 

 

 でもエルフは、それらを平然と受け流しながら言った。

 

「この娘が本当に剣虎狼(ウルガー)を従えたのなら……、どうであれ異常だ。そして異常なものほど、疑うべきだろう?」

 

 言葉が、刃のように鋭い。

 

「試練とは、通常の昇級を経ずにS級へと至る制度。疑わしきを残して、突破させるものではない」

 

 その理屈は、もっともらしく聞こえる。

 ――だからこそ、厄介だ。

 

《まったく嫌になるわね》

 

 ナナが吐き捨てるようにして言う。

 

《これって単に、正論の形をした偏見じゃないのよ》

 

 エルフは口元を歪めて続ける。

 

「それに、もし仮に認めるとして……。やはり、魔獣を目にした民衆は、大いに混乱するだろう。我先にと逃げ出す者もいるかもしれない。死者が出る可能性もある」

 

 周囲の者たちが、これには頷ける部分があるのか言葉を失う。

 互いに顔を見合わせて、どう言い返すか考えている風でもあった。

 

 確かに、危険はある。

 けれど――。

 

「……でも結局、それは試練の条件に問題ががある、という話でしかない。従えたら従えたで、起こり得る問題全てを解決しないと認めないの? そんな馬鹿な話ないよ」

 

 突っぱねる様に言うと、賛同する声があちこちから上がって来た。

 そして、その中でも一際大きな声が上がる。

 

 モンティだ。

 

「そうだ、そうだ! そんなこと言うなら、魔獣を従えるって、お題そのものがおかしくなる! 意味のない試練だ!」

 

「達成者の事を周知させたり、従えた魔獣に分かり易い印を付けたり……。そういう事をすれば、随分変わると思うし、そういうのも、ギルドの仕事だと思います!」

 

 ミーナちゃんも声を上げてくれて、胸が熱くなる。

 何より、具体的な方法を言ってくれたのもありがたかった。

 

「だったら、こうしたら……」

「それなら、むしろ……」

「つまり、こう……」

 

 あっという間に喧々諤々(けんけんがくがく)とした議論が始る。

 先程の熱気がそのまま移ったせいか、喧嘩腰になっている人もいる。

 

 でも、エルフの傲慢さに一泡吹かせよう、という意見は一致していて、だから議論は意外なほどアッサリ終わった。

 

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