混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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獣の証明 その8

 議論は熱を帯びたまま、しかし不思議と散らばらなかった。

 怒鳴り合いのようでいて、誰もが同じ方向を向いている。

 

 ――この場で、証明してやる。

 ――そして、難癖を潰してやる。

 

 その感情の一致が、混乱を秩序に変えていった。

 

「よし、いいか!」

 

 最初に声を張ったのは、片腕に大きな傷跡を持つ獣人の男だった。

 

 筋肉質の身体と負傷で欠けた耳が、いかにも修羅場をくぐってきた冒険者に見える。

 

「従属してるって言うなら、“見て分かる証拠”が要る!」

 

「そうだ!」

 

「口だけじゃ絶対。後で揉める!」

 

 次々と頷きが返り、その中で、ミーナちゃんが小さく手を挙げた。

 

「……首輪は、どうですか?」

 

 皆の視線が集まって、ミーナちゃんは少しだけ緊張した顔で強張る。

 それでも視線に負けず、はっきりと言った。

 

「従属の証明なら、首輪を付けるのが一番分かりやすいと思います。遠くからでも見えますし……」

 

「首輪か……!」

 

「確かに!」

 

「それなら民衆も安心するかもな!」

 

 ざわめきが肯定に変わる。

 モンティもそれには頷いたけど、すぐに腕を組みながら唸った。

 

「だが首輪って……革じゃ、剣虎狼(ウルガー)なら簡単に、爪で切れるんじゃないか?」

 

「金具でも曲げられるだろ。そんぐらいの力はある筈だぞ」

 

「じゃあ、鎖で作るべきだな。太い鉄のチェーンで」

 

 次々に意見が出て来て、そこへすぐに別の声が割り込んだ。

 

「待て。鎖はただ巻きゃいい、ってもんじゃねぇぞ」

 

 そう言って前に出たのは、背の低いドワーフだった。

 腰の革帯には工具がびっしり吊られ、手は鉄粉で黒い。

 

 その職人の手、そして顔には見覚えがあって、お母さんと良く顔を出していた鍛冶屋の……。

 

「お髭の、おじちゃん……」

 

《バルミーロ親方よ。いつまでも、子どもの時の呼び方じゃ締まらないでしょ》

 

(ん……、そうだね)

 

 バルミーロ親方は、私を見てはチラリと笑って、話を続ける。

 

剣虎狼(ウルガー)の首に合うサイズ、締め付けすぎず、外れず、しかも頑丈。そんなもん、ミスリル銀を素材にせんと、首を傷つけるだけじゃ」

 

「……じゃあ、誰が作る?」

 

 誰かが問うと、ドワーフは鼻を鳴らした。

 

「儂しかおらんだろうが! 嬢ちゃんの母親には借りがある。こういう時に返さんと、いつかえせるあか分からんな! だがな、それには他にも細工師が要る!」

 

 その一言に、空気が少し困惑したものに変わった。

 

「細工師……?」

 

「あんたアレだろ? 裏路地の名工って言われる鍛冶屋だろ? それなのに、他のヤツが必要なのか?」

 

「鎖を作るだけなら儂で足りるだろうが、問題は“留め具”の方だ」

 

 そう言って、ドワーフは指を立てる。

 

「鍵付きにするのか、刻印を入れるのか。ギルドの印を刻むなら彫金師だ。そういう細工が出来る奴が絶対に必要じゃ!」

 

 それを聞くなり、どこぞから声が上がった。

 

「それなら……」

 

 振り向くと、細身の人間の男が手を上げている。

 腰には小さな槌と刻印道具があった。

 

「俺、彫金師だ。ギルドの依頼で、護符の刻印もやってる」

 

 ざわっ、と歓声が起きる。

 

「おっ、いいぞ!」

 

「やれるのか!」

 

 彫金師は頷いた。

 

「チェーン自体は、バルミーロ親方以上に頼れる人はいないだろう。俺は刻印と留め具を作る。ギルドの印章を借りられれば、偽造できない刻印が出来る」

 

 その言葉に、オンブレッタさんが即座に反応した。

 

「印章は私が管理しています。刻印用の型は……ギルド倉庫にあるはずです」

 

 話が一気に現実味を帯びて、モンティが喜色満面に叫ぶ。

 

「よし、首輪は決まりだ!」

 

 しかし、そこで別の冒険者が腕を組んで言った。

 

「待て。首輪を付けるだけじゃ、“従属”の証明には弱い」

 

「何でだよ?」

 

「首輪は“証拠”であって、“証明”じゃないからだ」

 

 一理あると思ったのか、モンティは押し黙ってしまった。

 そこへ冷静な声が割り込む。

 

 声の主は、灰色の髪を束ねた女冒険者で、鋭い目付きが印象的だった。

 

「証明は、目の前で従わせること、だろう? じゃあ首輪は、その後の“周知”のために必要な物、と考えれば良いのか?」

 

「周知……」

 

 その言葉に、皆が頷き始める。

 

「そうだ、街の連中に知らせなきゃ意味がねぇ」

 

「見たことない魔獣が歩いてたら、誰だって逃げる」

 

「門番がいくら説明しても、全員が聞くわけじゃないって!」

 

 そうして、議論が次の段階へ進む。

 

 ――どうやって街に周知するか。

 オンブレッタさんが、帳簿を抱え直しながら言った。

 

「ギルド内の掲示板に張り紙を出します。それと、受付で冒険者に口頭で伝える事で……」

 

「いや、それだけじゃ足りないな」

 

 すぐに別の声が飛ぶ。

 

「それじゃ、一般市民には届かないだろ」

 

「露店の連中は、ギルド掲示板なんか見ないぞ」

 

「農家も職人も、情報が遅れる」

 

 すると、門番隊長らしき男が前に出た。

 

「門番隊から伝令を出せる」

 

「伝令?」

 

「門の詰所に張り紙を出し、入出の商人に必ず口頭で伝える。これで近隣の村にも広がるだろう」

 

 なるほど、と周囲が頷く。

 だが、それでも足りない。

 

「もっと早く広めるなら、酒場だ」

 

 酒臭い男が笑いながら言った。

 

「酒場の噂は早い。夜には街中が知れ渡る」

 

「確かに!」

 

「なら酒場の店主に伝えよう!」

 

 そう言って、別の冒険者が手を挙げる。

 

「市場の組合長にも伝えるべきだ。あそこが一番、人が集まる」

 

「でしたら、僭越ながら、(わたくし)が……」

 

 その言葉が聞こえると同時、人垣が割れて恰幅の良い紳士が現れた。

 羽振りの良さそうな身なりで、明らかに商人の出で立ちだ。

 

「ベントリーさん……! あんた程の人が、この件に関わるのかい……!? エルフに睨まれてもいい事なんてないだろうに……何でまた……!?」

 

「何でも何も、私はこの街における、彼女の後継人みたいなものですから。むしろ、協力しない方がおかしい」

 

 そう言って、茶目っ気たっぷりに笑った。

 強力な味方の登場に、周囲の人達の熱気は更に上がる

 

「この人が協力してくれるんだったらさ、教会もいけるだろ。神官が説教のついでに言えば、老人や子どもにも届く」

 

「学舎はどうだ? 子どもの噂話も馬鹿にならん。広めるの早いぞ」

 

「裏路地も忘れて貰っちゃ困るよ」

 

 そう言った顔にもまた。覚えがある。

 勝ち気な顔の黒髪を持つ猫獣人。

 昔、お母さんと一緒に関わった事があった。

 

「マジェンダ……!」

 

「そうさ、リル。久しぶりだね。まったく何の騒ぎかと思ったら……。ともかく、ようやく借りを返せる時が来たようだ」

 

 そう言って笑うと、勝ち気な顔に不敵な笑みを浮かべた。

 

「路地裏には結構、顔が利くんだ。そしてさ、裏の情報ってのは時として、表よりも素早く……そして説得力があるものさ」

 

「ちょおっと待った……!」

 

 そこへ被せる様に声が上がる。

 

「そういう事なら、エルトークス商会も混ぜて貰おうかい!」

 

「ボレホ……!」

 

 誰かが名を呼び、それに呼応して手を挙げると、その拳を握り締める。

 

「裏の社会に働き掛けようってのに、うちを外して貰っちゃ困るぜ」

 

「でもよ、良いのか? そんな勝手をして……」

 

 また誰かが口を挟み、ボレホは何でもないかの様に手を振った。

 

「お嬢さん絡みじゃ嫌とは云わねぇだろうよ。姐さん怒らせたくねぇしな……!」

 

 情報の伝達網が、蜘蛛の巣のように広がっていく。

 誰もが勝手に話しているようでいて、内容は自然に整理されていた。

 

 それこそがきっと、集団の強さなのだろう。

 

 個人それぞれが培った判断力。

 必要な要素を、瞬時に拾い上げる嗅覚。

 

 そして――、一致団結した時の推進力。

 それらは到底、エルフ一人で止められるものではなかった。

 

 完全に蚊帳の外に置かれたエルフは、忌々しそうに周囲を睨みつける事しか出来ていなかった。

 

 そこへラーシュが手を叩いて、周囲から注目を集める。

 

「よし、まとめるぞ!」

 

 皆がそちらを向くと、ラーシュは指を折りながら言った。

 

「第一! チェーンの首輪を作る。鍛冶屋で鎖を打ち、彫金師が留め具と刻印を作る。そこへギルド印章を刻む」

 

「第二! 首輪は“剣虎狼従属の証拠”として目立つ形にする。遠目でも分かるように、銀色を選んで、金具を光らせる」

 

「第三! ギルド職員が正式に記録し、掲示板と受付で周知する」

 

「第四! 門番隊が商人や旅人に伝え、周辺に広げる」

 

「第五! 酒場、市場、教会、学舎……街の情報源に話を通す」

 

 そこまで、一気に並べ立てると、周囲から次々と賛同の声が上がった。

 

「よしよし、中々良いんじゃないか!」

 

「完璧だ!」

 

「これなら誰も文句言えねぇ!」

 

 モンティが興奮した声を上げる。

 

「よし! じゃあ、誰が動く!?」

 

 すると、驚くほど素早く役割が決まった。

 

「酒場は任せろ、顔が利く!」

 

「教会なら俺の婆ちゃんが通ってる、話してくる!」

 

「門番詰所は俺が伝える!」

 

 次々に躊躇せず手が挙がる。誰もが、怒りを行動に変えていた。

 オンブレッタさんが頷きながら言う。

 

「こちらは証明書の作成と、掲示の準備を進めます。首輪の刻印が出来次第、正式な登録はすぐにも行えます」

 

 彫金師が口を開く。

 

「刻印は三日以内に出来る。いっそ鍵を付けるのは? 二重にしてギルド保管用と、本人用で、どちらかが欠けても勝手に外せない様にするんだ」

 

「それなら偽造も防げるな!」

 

「いいぞ!」

 

 ミーナちゃんが私のすぐ傍へ寄り添う様に立ち、握りしめていた私の手をそっと握った。

 

「……これなら、もう文句なんて言えないよね」

 

 私は言葉を出せなかった。

 皆の優しさや行動力に、ただ頷くことしか出来ない。

 

 周りの人たちは、私のために動いている。

 獣人だから、蔑まれた怒りもある。

 

 けれど、それ以上に――。

 同族を侮辱された怒りが、彼らを動かしていた。

 

 私はアロガを見る。

 アロガは静かに座ったまま、周囲を見渡している。

 

 この騒がしさの中でも興奮せず、いっそ泰然としている様にも見えた。

 私の隣で、ただ緩やかに尻尾動かして、時折、私の腕に絡ませたりしていた。

 

「……アロガ」

 

 私はそっと、その首元に触れた。

 

「首輪を付けるのは、嫌?」

 

 アロガは金色の瞳で私を見つめて、首肯の代わりにひと舐めしてくる。

 

「ウォフ」

 

 短く鳴く声に、嫌がる様子はない。

 その反応に、胸がきゅっと締まる。

 

《首輪が何か、分かってないだけだと思うけど……それでも、一つ確かな事はある》

 

 ナナが静かに言った。

 

《あなたと繋がる証が貰えるって、それが分かるのね。それが嬉しいから、拒まないのよ》

 

(……そうだと良いな)

 

 私は心が温かくなるのを感じながら、そっと笑みをこぼした。

 その毛並みを確かめるように撫でていると、バルミーロ親方が叫んだ。

 

「決まりだな! 儂ぁ早速、自分の鍛冶屋に戻るぞ!」

 

「ついでに彫金師も連れてけ!」

 

「ギルド職員は準備を!」

 

「門番隊は街へ伝令!」

 

 怒号のような声が、今度は命令になって飛び交う。

 まるで戦場の作戦会議だ。

 

 皆が一斉に動き出し、それぞれが走って、役割を果たしに散っていく。

 

 街が――、動き始めた。

 ただ一人の獣人を守るために。

 

 剣虎狼の従属を証明するために。

 そして、何より――。

 

 “格”などというくだらない言葉を、叩き潰すために。

 

 私はその中心で、ただ立ち尽くしていた。

 風が吹き、アロガの毛が揺れる。

 

 全てが上手く回ろうとしている。

 でも……、私は見た。

 

 少し離れたり所で、エルフが腕を組んだまま、冷たい目でこちらを睨んでいるのを。

 

 そしてその顔は……。

 これまで見た事のない、羞恥と怒りで歪んでいた。

 

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