議論は熱を帯びたまま、しかし不思議と散らばらなかった。
怒鳴り合いのようでいて、誰もが同じ方向を向いている。
――この場で、証明してやる。
――そして、難癖を潰してやる。
その感情の一致が、混乱を秩序に変えていった。
「よし、いいか!」
最初に声を張ったのは、片腕に大きな傷跡を持つ獣人の男だった。
筋肉質の身体と負傷で欠けた耳が、いかにも修羅場をくぐってきた冒険者に見える。
「従属してるって言うなら、“見て分かる証拠”が要る!」
「そうだ!」
「口だけじゃ絶対。後で揉める!」
次々と頷きが返り、その中で、ミーナちゃんが小さく手を挙げた。
「……首輪は、どうですか?」
皆の視線が集まって、ミーナちゃんは少しだけ緊張した顔で強張る。
それでも視線に負けず、はっきりと言った。
「従属の証明なら、首輪を付けるのが一番分かりやすいと思います。遠くからでも見えますし……」
「首輪か……!」
「確かに!」
「それなら民衆も安心するかもな!」
ざわめきが肯定に変わる。
モンティもそれには頷いたけど、すぐに腕を組みながら唸った。
「だが首輪って……革じゃ、
「金具でも曲げられるだろ。そんぐらいの力はある筈だぞ」
「じゃあ、鎖で作るべきだな。太い鉄のチェーンで」
次々に意見が出て来て、そこへすぐに別の声が割り込んだ。
「待て。鎖はただ巻きゃいい、ってもんじゃねぇぞ」
そう言って前に出たのは、背の低いドワーフだった。
腰の革帯には工具がびっしり吊られ、手は鉄粉で黒い。
その職人の手、そして顔には見覚えがあって、お母さんと良く顔を出していた鍛冶屋の……。
「お髭の、おじちゃん……」
《バルミーロ親方よ。いつまでも、子どもの時の呼び方じゃ締まらないでしょ》
(ん……、そうだね)
バルミーロ親方は、私を見てはチラリと笑って、話を続ける。
「
「……じゃあ、誰が作る?」
誰かが問うと、ドワーフは鼻を鳴らした。
「儂しかおらんだろうが! 嬢ちゃんの母親には借りがある。こういう時に返さんと、いつかえせるあか分からんな! だがな、それには他にも細工師が要る!」
その一言に、空気が少し困惑したものに変わった。
「細工師……?」
「あんたアレだろ? 裏路地の名工って言われる鍛冶屋だろ? それなのに、他のヤツが必要なのか?」
「鎖を作るだけなら儂で足りるだろうが、問題は“留め具”の方だ」
そう言って、ドワーフは指を立てる。
「鍵付きにするのか、刻印を入れるのか。ギルドの印を刻むなら彫金師だ。そういう細工が出来る奴が絶対に必要じゃ!」
それを聞くなり、どこぞから声が上がった。
「それなら……」
振り向くと、細身の人間の男が手を上げている。
腰には小さな槌と刻印道具があった。
「俺、彫金師だ。ギルドの依頼で、護符の刻印もやってる」
ざわっ、と歓声が起きる。
「おっ、いいぞ!」
「やれるのか!」
彫金師は頷いた。
「チェーン自体は、バルミーロ親方以上に頼れる人はいないだろう。俺は刻印と留め具を作る。ギルドの印章を借りられれば、偽造できない刻印が出来る」
その言葉に、オンブレッタさんが即座に反応した。
「印章は私が管理しています。刻印用の型は……ギルド倉庫にあるはずです」
話が一気に現実味を帯びて、モンティが喜色満面に叫ぶ。
「よし、首輪は決まりだ!」
しかし、そこで別の冒険者が腕を組んで言った。
「待て。首輪を付けるだけじゃ、“従属”の証明には弱い」
「何でだよ?」
「首輪は“証拠”であって、“証明”じゃないからだ」
一理あると思ったのか、モンティは押し黙ってしまった。
そこへ冷静な声が割り込む。
声の主は、灰色の髪を束ねた女冒険者で、鋭い目付きが印象的だった。
「証明は、目の前で従わせること、だろう? じゃあ首輪は、その後の“周知”のために必要な物、と考えれば良いのか?」
「周知……」
その言葉に、皆が頷き始める。
「そうだ、街の連中に知らせなきゃ意味がねぇ」
「見たことない魔獣が歩いてたら、誰だって逃げる」
「門番がいくら説明しても、全員が聞くわけじゃないって!」
そうして、議論が次の段階へ進む。
――どうやって街に周知するか。
オンブレッタさんが、帳簿を抱え直しながら言った。
「ギルド内の掲示板に張り紙を出します。それと、受付で冒険者に口頭で伝える事で……」
「いや、それだけじゃ足りないな」
すぐに別の声が飛ぶ。
「それじゃ、一般市民には届かないだろ」
「露店の連中は、ギルド掲示板なんか見ないぞ」
「農家も職人も、情報が遅れる」
すると、門番隊長らしき男が前に出た。
「門番隊から伝令を出せる」
「伝令?」
「門の詰所に張り紙を出し、入出の商人に必ず口頭で伝える。これで近隣の村にも広がるだろう」
なるほど、と周囲が頷く。
だが、それでも足りない。
「もっと早く広めるなら、酒場だ」
酒臭い男が笑いながら言った。
「酒場の噂は早い。夜には街中が知れ渡る」
「確かに!」
「なら酒場の店主に伝えよう!」
そう言って、別の冒険者が手を挙げる。
「市場の組合長にも伝えるべきだ。あそこが一番、人が集まる」
「でしたら、僭越ながら、
その言葉が聞こえると同時、人垣が割れて恰幅の良い紳士が現れた。
羽振りの良さそうな身なりで、明らかに商人の出で立ちだ。
「ベントリーさん……! あんた程の人が、この件に関わるのかい……!? エルフに睨まれてもいい事なんてないだろうに……何でまた……!?」
「何でも何も、私はこの街における、彼女の後継人みたいなものですから。むしろ、協力しない方がおかしい」
そう言って、茶目っ気たっぷりに笑った。
強力な味方の登場に、周囲の人達の熱気は更に上がる
「この人が協力してくれるんだったらさ、教会もいけるだろ。神官が説教のついでに言えば、老人や子どもにも届く」
「学舎はどうだ? 子どもの噂話も馬鹿にならん。広めるの早いぞ」
「裏路地も忘れて貰っちゃ困るよ」
そう言った顔にもまた。覚えがある。
勝ち気な顔の黒髪を持つ猫獣人。
昔、お母さんと一緒に関わった事があった。
「マジェンダ……!」
「そうさ、リル。久しぶりだね。まったく何の騒ぎかと思ったら……。ともかく、ようやく借りを返せる時が来たようだ」
そう言って笑うと、勝ち気な顔に不敵な笑みを浮かべた。
「路地裏には結構、顔が利くんだ。そしてさ、裏の情報ってのは時として、表よりも素早く……そして説得力があるものさ」
「ちょおっと待った……!」
そこへ被せる様に声が上がる。
「そういう事なら、エルトークス商会も混ぜて貰おうかい!」
「ボレホ……!」
誰かが名を呼び、それに呼応して手を挙げると、その拳を握り締める。
「裏の社会に働き掛けようってのに、うちを外して貰っちゃ困るぜ」
「でもよ、良いのか? そんな勝手をして……」
また誰かが口を挟み、ボレホは何でもないかの様に手を振った。
「お嬢さん絡みじゃ嫌とは云わねぇだろうよ。姐さん怒らせたくねぇしな……!」
情報の伝達網が、蜘蛛の巣のように広がっていく。
誰もが勝手に話しているようでいて、内容は自然に整理されていた。
それこそがきっと、集団の強さなのだろう。
個人それぞれが培った判断力。
必要な要素を、瞬時に拾い上げる嗅覚。
そして――、一致団結した時の推進力。
それらは到底、エルフ一人で止められるものではなかった。
完全に蚊帳の外に置かれたエルフは、忌々しそうに周囲を睨みつける事しか出来ていなかった。
そこへラーシュが手を叩いて、周囲から注目を集める。
「よし、まとめるぞ!」
皆がそちらを向くと、ラーシュは指を折りながら言った。
「第一! チェーンの首輪を作る。鍛冶屋で鎖を打ち、彫金師が留め具と刻印を作る。そこへギルド印章を刻む」
「第二! 首輪は“剣虎狼従属の証拠”として目立つ形にする。遠目でも分かるように、銀色を選んで、金具を光らせる」
「第三! ギルド職員が正式に記録し、掲示板と受付で周知する」
「第四! 門番隊が商人や旅人に伝え、周辺に広げる」
「第五! 酒場、市場、教会、学舎……街の情報源に話を通す」
そこまで、一気に並べ立てると、周囲から次々と賛同の声が上がった。
「よしよし、中々良いんじゃないか!」
「完璧だ!」
「これなら誰も文句言えねぇ!」
モンティが興奮した声を上げる。
「よし! じゃあ、誰が動く!?」
すると、驚くほど素早く役割が決まった。
「酒場は任せろ、顔が利く!」
「教会なら俺の婆ちゃんが通ってる、話してくる!」
「門番詰所は俺が伝える!」
次々に躊躇せず手が挙がる。誰もが、怒りを行動に変えていた。
オンブレッタさんが頷きながら言う。
「こちらは証明書の作成と、掲示の準備を進めます。首輪の刻印が出来次第、正式な登録はすぐにも行えます」
彫金師が口を開く。
「刻印は三日以内に出来る。いっそ鍵を付けるのは? 二重にしてギルド保管用と、本人用で、どちらかが欠けても勝手に外せない様にするんだ」
「それなら偽造も防げるな!」
「いいぞ!」
ミーナちゃんが私のすぐ傍へ寄り添う様に立ち、握りしめていた私の手をそっと握った。
「……これなら、もう文句なんて言えないよね」
私は言葉を出せなかった。
皆の優しさや行動力に、ただ頷くことしか出来ない。
周りの人たちは、私のために動いている。
獣人だから、蔑まれた怒りもある。
けれど、それ以上に――。
同族を侮辱された怒りが、彼らを動かしていた。
私はアロガを見る。
アロガは静かに座ったまま、周囲を見渡している。
この騒がしさの中でも興奮せず、いっそ泰然としている様にも見えた。
私の隣で、ただ緩やかに尻尾動かして、時折、私の腕に絡ませたりしていた。
「……アロガ」
私はそっと、その首元に触れた。
「首輪を付けるのは、嫌?」
アロガは金色の瞳で私を見つめて、首肯の代わりにひと舐めしてくる。
「ウォフ」
短く鳴く声に、嫌がる様子はない。
その反応に、胸がきゅっと締まる。
《首輪が何か、分かってないだけだと思うけど……それでも、一つ確かな事はある》
ナナが静かに言った。
《あなたと繋がる証が貰えるって、それが分かるのね。それが嬉しいから、拒まないのよ》
(……そうだと良いな)
私は心が温かくなるのを感じながら、そっと笑みをこぼした。
その毛並みを確かめるように撫でていると、バルミーロ親方が叫んだ。
「決まりだな! 儂ぁ早速、自分の鍛冶屋に戻るぞ!」
「ついでに彫金師も連れてけ!」
「ギルド職員は準備を!」
「門番隊は街へ伝令!」
怒号のような声が、今度は命令になって飛び交う。
まるで戦場の作戦会議だ。
皆が一斉に動き出し、それぞれが走って、役割を果たしに散っていく。
街が――、動き始めた。
ただ一人の獣人を守るために。
剣虎狼の従属を証明するために。
そして、何より――。
“格”などというくだらない言葉を、叩き潰すために。
私はその中心で、ただ立ち尽くしていた。
風が吹き、アロガの毛が揺れる。
全てが上手く回ろうとしている。
でも……、私は見た。
少し離れたり所で、エルフが腕を組んだまま、冷たい目でこちらを睨んでいるのを。
そしてその顔は……。
これまで見た事のない、羞恥と怒りで歪んでいた。