混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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アロガの傷、リルの決意 その5

 どうしようかと、暗澹たる気持ちになっている時、鍛冶屋の屋根が大きく崩れ落ちた。

 

 火の粉が舞い、爆ぜる音が響く。

 それを見たバルミーロ親方は、吐き捨てる様にして叫んだ。

 

「クソッ……!」

 

 親方の目には涙が滲んでいたけど、それでも、炎を睨みつける。

 

 燃えているのは店じゃない。

 親方の人生そのものだ。

 

 私もまた、燃え盛る鍛冶屋を見て、胸の奥が締め付けられた。

 でも――今は、泣いている暇なんてない。

 

 その時、門番隊長が叫んだ。

 

「犯人は拘束した! 残りは消火に回せ!」

 

「はいっ!」

 

 忙しく駆け回る門番隊をよそに、灰髪の女冒険者は、捕らえられた襲撃者の顎を掴むと、無理やり顔布を剥ぐ。

 

 そうして露わになったのは、私も知る顔で——それは間違いなく、ケレイだった。

 

「クソっ! 離せ! 離しやがれ!」

 

 なんで……。

 どうして、こんな事を……。

 

 女冒険者が舌打ちする。

 

「バカな真似しやがって……! 自分が何をやったか、本当に分かってるのか?」

 

「うるせぇッ! 知ったことか!」

 

 ケレイは暴れて拘束から逃げ出そうとする。

 でも、屈強な男たち複数人で取り押さえているので、身動ぎくらいしか出来ていなかった。

 

「同じ冒険者同士、衝突する事くらいある。喧嘩ぐらいは笑い話だ。しかし、明確な殺意をもって刃を振り下ろすのはご法度だ。……しかも、毒だと?」

 

 あり得ない、と吐き捨てて、ケレイの横っ面を張る。

 甲高い音と共に、その顔が跳ねて落ちた。

 

 でもまたすぐに、顎を掴んで無理やり顔を合わせる。

 

「何でこんなことをした? 極刑もあり得るぞ」

 

「知るかよ! オレはあいつが気に食わないんだ!」

 

「あいつ……? リルか?」

 

「これまで何もかも上手くいってたんだ! もっともっと上に行く! なのに、あいつに恥を掻かされた!」

 

「それだけの理由でか……。逆恨みも甚だしい」

 

 まったくおなじ気持ちだった。

 周囲の冒険者たちからも、侮蔑の視線が飛ぶ。

 

「負けのない人生などない。多くのA級も、多くの失敗を経験してる。それを知らぬはずがないだろう」

 

「うるせぇッ! 恥を掻かされた! 同じ奴に二度も!」

 

「ああ、そうか……」

 

 その声はどこまでも素っ気ない。

 結局の所、その程度の理由で襲った、という感想しか浮かばなかったのは、誰もが同じだった。

 

「コイツ、どうする……?」

 

 問われて一瞬、答えに詰まる。

 ——許せない。

 

 間違いなく許せないけど、今はそれより重要な事がある。

 解毒薬があるなら、それが欲しい。

 

「ねぇ……」

 

「うるせぇッ! 知るか! 知るか! あぁ……! あぁあ、あ、あ……!」

 

「おい、様子がおかしいぞ……」

 

「いよいよ、錯乱したのか?」

 

「——いや、違う!」

 

 女冒険者は、ケレイの顔を二度、張った。

 それでもケレイの調子は変わらず、うわ言のように同じ言葉を繰り返している。

 

「……薬か、もしくは魔術か。リルへの敵愾心を利用されたか。攻撃しろ、と言う命令を、この上なく正確に実行したことだろう」

 

 同じようにして、それを見ていたオンブレッタさんが青ざめ、隣に立っていたラーシュは舌打ちした。

 

「これじゃあ、尋問出来ないかもしれないな……」

 

 門番隊長が唸りながら、ケレイを見やる。

 

「状況的に、犯人はエルフだと思うが……」

 

「しかし、証拠がない。洗脳や意識操作は高度な術ではあるものの、エルフでなければ使えない、という訳でもないからなぁ……。Bランク相当の魔術士ならば、大抵は出来ちまう」

 

 獣人の男が、怒りで拳を震わせる。

 

「卑怯な奴らめ……! ケレイは問題のある奴だったが、やるにしても喧嘩の範疇に収まっただろう。それを殺意まで膨れ上げさせたのは、間違いなく外からの干渉だ。これだから、エルフというヤツは好かんのだ!」

 

 怒りと興奮で憤るのは、誰もが同様だった。

 そんな中、私はアロガの顔を両手で包んだ。

 

 熱い息がかかり、金色の瞳が私を見つめ返す。

 少しだけ、辛そうだ。

 

 でも、まだ立っていて、私を守ろうとする意思は強かった。

 

「……アロガ」

 

 私は唇を噛んで、呟いた。

 

「ごめんね……私のせいで……」

 

 アロガは小さく鼻を鳴らし、私の頬を舐めた。

 

「ウォフ」

 

 責めるな、と言っているみたいだった。

 私はその優しさと、その温もりに申し訳なくなる。

 

 だけと、同時に理解した。

 ――これは、ただの嫌がらせじゃない。

 

 エルフは、私を潰すためなら火を放つ。

 人を使い捨てる。毒を盛る。

 

 この街の安全すら、犠牲にする。

 

 目尻に浮かび掛けていた涙は、すぐに引っ込んだ。

 その代わり、胸の奥に残ったのは、燃えるような怒りだった。

 

「……三日後まで待つつもりなんて、最初からないんだね」

 

 誰に向けた言葉でもなく、私は呟く。

 ただ、自分の中で確かめるように。

 

 灰髪の女冒険者が私を見て、何か言いたげな顔を向けたが、結局なにも言わなかった。

 

《もう……これ、S級の試練とか関係ないわよ》

 

 ナナが言って、私も内心で頷く。

 

(うん……、私とアロガを潰すための、戦いになってる)

 

《だったら、リルはもっと強くならないといけないわ。力や技術の話じゃないわよ。心の方。どっしり構えて、隙を与えないの》

 

 私はアロガの首筋を撫で、炎の向こうを見据えた。

 煙の中で、火が燃えている。

 

 でも私の胸の中にも、同じ火が灯っていた。

 

 ――こんな卑怯な手には負けない。

 絶対に、S級になる。

 

 そして必ず、この卑劣な真似をする連中を、正面から叩き潰す。

 アロガが、もう一度だけ低く唸った。

 

「グルル……!」

 

 それは、怒りの声だった。

 私の怒りと、同じ色をした声だった。

 

 

  ※※※

 

 

 アロガの唸り声が、火の粉の舞う空気を震わせる。

 その声に呼応するように、私の中の怒りが更に燃え広がった。

 

 ――許さない。

 

 火を放ち、毒を盛り、罪のない人間を操って使い捨てる。

 ――それが“格”を語る者の、やることなのか。

 

 私の拳は、いつの間にか爪が食い込むほど握り締められていた。

 

「……親方」

 

 私は炎に向かって立つバルミーロ親方に声をかけた。

 親方は振り返らず、唸るように答える。

 

「何だ、嬢ちゃん……」

 

「お弟子さんは……?」

 

 名前が咄嗟に思い付かなかったので、そんな問い掛けになってしまったが、親方はそれを聞いて肩をわずかに揺らした。

 

「それは……」

 

 何かを答えようとして言葉に詰まった、その時だった。

 横合いから、息の切れた声で呼び掛ける者がいる。

 

「親方……っ!」

 

「おめぇ……、グルダーニ!? 無事だったのか!」

 

 顔の辺りを乱暴に拭って、バルミーロ親方は近づいて行く。

 感動の再会……の筈なのに、グルダーニはどこまでも自然体で、むしろ飄々とさえしていた。

 

「いやぁ……、命張って店を守るってのも考えたんですけど、ちょっと荷が重そうだったんで……。とりあえず、仕事道具だけは持ち出しました」

 

 ほら、と差し出した木箱の中には、確かにハンマーなどを始め、一式全て揃っていそうに見えた。

 

「確かに一式だが……、最低限の物しかねぇじゃねぇか。どうせなら、ちゃんと全部持ってこい!」

 

「無茶言わないで下さいよ! そんな事したら、両手じゃとても抱え切れませんって! それに……」

 

 そう言って、慌てた素振りから一転し、険しい顔付きになる。

 

「火の回りが早すぎました。油か何かを撒いたんだと思うけど……とにかく、あっという間の事で……!」

 

 その言葉に、周囲の冒険者たちが歯噛みする。

 

「油……!」

 

「しゃらくせぇ真似しやがってよ……!」

 

 門番隊長の行動は素早く、周囲に声を張り上げる。

 

「消火班! 油を断て! 土を持ってこい! 桶の水は火元じゃなく、延焼を止める方へ回せ!」

 

「了解!!」

 

 門番隊が走り、土嚢や砂袋が運ばれていく。

 

 冒険者たちも桶を奪うようにして手伝い始めた。

 魔術を使えるヒトは使い、他にも自分の得意分野を駆使して手助けしていく。

 

 街のヒトも、ただ見ているだけではなく水を運んでいて、誰もが必死だった。

 ――だけど。

 

 私は、アロガの方を、どうしても心配してしまう。

 肩の傷を見れば、既に血は止まっていた。

 

 けれど、毛の奥の皮膚が、赤黒く変色し始めているのが分かる。

 

 ――毒が回り始めているんだ。

 それを見た瞬間、頭が冷えて、怒りよりも先に恐怖で背筋が冷えた。

 

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