混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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母の副業 その8

 転移の魔術には幾つか種類があり、その内もっともポピュラーなのが、マーキングした地点への移動だった。

 

 血液を解析し、そこから辿るのは非常に高度な技術で、専門設備を用いても、対象位置に大きなズレが出る事も多い。

 

 だから普通、凡その位置特定にしか使わず、実際に転移したりしないものだ。

 “黒鉄の戦鎚”が私の登場に驚いたのも、そうした部分が多分にあった。

 

 そして、それこそが不意打ちの成功に繫がり、それを為した私に対して畏怖を感じ、最初から抵抗らしい抵抗を見せない理由にもなっていた。

 

 彼らを引き連れ、ギルドの倉庫へ転移して戻る。

 

 膝程度の高さから床上へと落ち、“黒鉄の戦鎚”メンバーはバランスを崩して、尻もちをついた。

 

 リーダーは気絶しているので、受け身を取るも何もなく、そのまま肩から落ちて頭を打ったが、誰も気にしない。

 

 彼らは身体中が雪だらけにしていたので、その衝撃で床に落ち、縄を用意して待っていたラーシュは大いに顔を顰める。

 

「おいまさか……。山を移動中って、そっちの方だったのか? てっきり崖超えでもしてるかと……」

 

「いいや、尾根の方だった。……ギルドの設備も、案外大した事ないな」

 

「まぁ、お前の腕には、いつもお見逸れしてるけどよ……。でも言い訳させて貰うなら、うちの設備は王都にある物より、ずっと悪いからであって……」

 

 ラーシュが言ってるのは、弁明と言えるか甚だ疑問だったが、それに便乗してオンブレッタも言葉を添えた。

 

「組合全体から見て、ここは全然、重要拠点じゃないわけですから。場末には場末の、それに見合った設備がお似合い、と言ったところで……」

 

「実が結構、苦労してたりするのか?」

 

「それはもう」

 

 オンブレッタは壮絶な思いを笑みで隠しつつ、首を大きく上下させた。

 

「色々と、苦労させていただいております」

 

「……これ以上、藪をつつくのは止めておこう」

 

「実に賢明ですね」

 

 芝居掛かった仕草で一礼すると、オンブレッタは隣に立っていたラーシュの背中を叩いた。

 

「ほら、お仕事ですよ。ここまで紫銀の方にご助力いただいたんですから、後の楽な仕事はキリキリ働いてください」

 

「分かってるよ……」

 

 その言葉通り、ラーシュは彼らを一人ずつ、縄で後ろ手に拘束し始めた。

 抵抗する素振りもなく、今では大人しいものだ。

 

 それもこれも、私が睨みを利かせているからで、今も身体を震わせている。

 

 山の寒さが、今も身体の芯に残っているのも理由の一つだが、認識阻害の魔術で恐怖心を植え付けているのも、大きな理由だろう。

 

「ばかに大人しいな、お前ら。どんだけ怖い目に遭わされたんだ?」

 

 ラーシュの軽口にも、彼らは付き合おうとしない。

 ただ顔を俯けて、唇を強く引き絞っていた。

 

 彼らは恐怖で縛られている。

 魔物慣れした彼らでも、決して破れない強い恐怖だ。

 

 精神の奥底で彼らの恐怖を握っているから、本能的に私を恐れる。

 

 既にその顔さえ覚えておらず、思い出してくないとさえ思っていて、それが精神に蓋をする事にもなっていた。

 

 彼らが顔を俯けているのも、私という存在に少しでも気持ちを向けられたくない、と思っているが故だ。

 

 明日になれば、雪の尾根で誰と出会ったかも、綺麗に忘れている事だろう。

 S級パーティが逃げる様に去ったのも、これと同じ恐怖が植え付けられたからだ。

 

 彼らはあの森に誰と会ったか覚えておらず、怖い何かと出会ったとだけ心の奥底で理解していて、他の誰にも話そうとはしないだろう。

 

 それがまた、森の不可侵性と恐怖、不透明性と不気味さを演出してくれる。

 森の噂は広まりこそすれ、禁足地としての側面を強化して行く事になるのだ。

 

「しかし、惜しいな……」

 

 私は顔に出さないまま密かに満足していると、ラーシュが最後の一人に縄をしながら、ぼそりと呟いた。

 

「こんだけの実力ある奴が冒険者やってないとか、詐欺も良いトコだろ。お前は絶対、才能を無駄遣いしてるぞ」

 

「いったい何度、その話を蒸し返せば気が済むんだ? やる気なんてないし、何よりまだ小さなリルを残して、長く家から離れられる訳ないだろう」

 

「……それはつまり、手が掛からなくなったら、冒険者になる可能性が……?」

 

 ラーシュは実力ある冒険者を切望している。

 だから、こうして何度も勧誘めいた話をしてくるのだが、私の返事はいつでも変わらない。

 

「――有り得ない。そもそも、やる気があるなら、最初からやってる」

 

「そりゃそうだが……。じゃあ、せめてギルド員の非常勤として……」

 

「喧しい。縄を縛り終わったなら、さっさと連行して行け! 気紛れで協力して貰えるだけ、有り難いと思え」

 

 私の態度で、ラーシュは尻を叩かれた様な反応をして、“黒鉄”のメンバーを引き連れて行った。

 

 それを見送っていたオンブレッタは、後をついて行かずそのまま残る。

 ラーシュの姿が見えなくなった所で、私に向けて深く頭を下げた。

 

「ギルド長の勝手な言い分、さぞ気分を害したでしょう。代わってお詫びいたします」

 

「別に、お前に謝って貰う事はないけどな」

 

「でも、誠意はお見せしなくては。ギルド長も悪気があっての事ではないんです。ただ圧倒的に、思慮が足りないというだけで……」

 

 私は頷きながら苦笑する。

 ラーシュに悪気はなく、そして思慮が足りないなど、私自身よく分かっていた。

 

 そして、裏表のない一本気質の性格だから、多くの者が好ましく思うし、私も縁を切らないでいる。

 

 ギルド長などをやらされているのも、そうした理由が一番を占めているのだろう。

 

 そして、優秀な参謀がいるから、良いリーダーとなっているのだ。

 ただし、私の様な者を相手にしても、その思慮が足りないのは問題だ。

 

 気安い酒飲み友達感覚で良いのは、同じ冒険者までだ。

 そして、彼の世界では、それで万事回ると思っている。

 

 しかし、実際の事実は異なる。

 

 だからこそ、こうしてオンブレッタが頭を下げる羽目になっているし、裏でこうした遣り取りがあるなど、彼は想像もしていないに違いない。

 

「まぁ、困った奴ではあるな。……だが、不思議と憎めないのは、一種の才能だろうか」

 

「私としては、貴女のその度量の深さに感心するばかりですが……」

 

 私は小さく笑って頷く。

 

「それもまた、違いない。……後で改めて、もう誘うなと言っておけ。特に冬の間は、顔を出さないつもりだしな」

 

「はい、その様に……。でも、驚きです。金輪際、関わりにならない、と言い渡されても当然、と思っていましたのに……」

 

 それを考えないでもなかった。

 しかし、完全に孤立しようとも思っていないのだ。

 

 街との付き合い、街との距離を適切に離したいとは思っても、絶縁しようとは思わない。

 

 それは今後のリルを思っての事でもあるし、私の一存で機会を奪いたくない、という理由もあった。

 

「まぁ、色々さ……。母は子を思って、様々な道を用意しておきたいと考えるものさ」

 

「なるほど、お子の為でしたか……。でもそうすると、将来的に、リルちゃんは冒険者になるかも、と……?」

 

「それとこれとは違う。むしろ、出来る限り阻止したいくらいだ」

 

「え、でも……」

 

 不思議そうに首を傾げたオンブレッタへ、機先を制するように言葉を投げる。

 

「あくまで後ろ盾の一つとして、だ。実際、荒事の際は、ギルドと縁があれば心強い」

 

「今日はお一人で、商会に殴り込みを掛けた人の台詞とは思えませんけれど……」

 

 含み笑いにそう言ったものの、オンブレッタは素直に一礼した。

 

「縁を切りたくないのは、こちらも同じ……いえ、むしろこちらこそ切り離して欲しくないところです。リルちゃんについては、こちらも深く気に留めておく事にします」

 

「そうしてくれ」

 

 話し込んでいる間に、ラーシュはギルドのロビーに入ったらしい。

 

 ロビーに残っていた冒険者の数は少ない筈だが、それでも分かるぐらい、にわかな騒ぎとなっている。

 

「さて……、下の騒ぎでリルが起きてもいけない。私は部屋に戻る」

 

「ご協力、ありがとうございました。すぐにお茶をお持ちします」

 

 背中でオンブレッタの声を聞きながら、倉庫を出る。

 

 そうしてロビーに入ると、ラーシュが数人の冒険者から質問攻めにあっている所を見掛けた。

 

 彼は彼で、自慢気に鼻の下を擦っては、ある事ない事を吹聴している。

 

 自分で自分の首を締めるのは勝手なので、私は近付かない様にしながら回り込んで横切り、二階へと上がった。

 

 部屋に入ると、リルはまだ寝たままで、魔術でそっと小さな身体を浮かしながら、ソファーに座る。

 

 そうしてリルの頭を太腿の上に置いた時、耳がぴくりと動いて、身体をもぞもぞと動かした。

 

 眠そうに目を(しばたた)きながら、身体を横にして丸める。

 

「んぅ……、おかあさぁん……」

 

「眠いなら、まだ寝ていなさい」

 

 お腹の辺りをぽんぽんと軽く叩くと、再び寝息を立て始めた。

 窓の外を見つめながら、お茶が来るまで、一定のリズムで優しく叩いていた。

 

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