混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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エルフの矜持、折れない牙 その4

 街へ戻る道は、さっき来た時よりも遠く感じた。

 足の全体が重くて、呼吸のたびに肺が少し痛む。

 

 でも、アロガの足音が隣にあるだけで、私は前へ進めた。

 

 襲撃者はモンティとグレイスが縄で縛り上げ、口にも布を噛ませている。

 噛ませていなければ、舌を噛み切るかもしれない――そんな雰囲気があったからだった。

 

 彼か今、自由になるのは目ぐらいて、だからずっとこちらを睨んでいる。

 その視線が、私の背中を刺していた。

 

 ……憎悪だけじゃない。

 絶望と、諦めと、そして――多分、焦りも。

 

 まるで「早く殺せ」と言っているみたいだった。

 

《妙ね……》

 

 ナナが小さく呟いた。

 

《この男、捕まったことより……“捕まったままでいること”を恐れているみたい》

 

(口封じが来るってこと?)

 

《……かも、しれないわね。エルフは使い捨てが好きみたいだし、それに……こっちの予想より、ずっと行動が早い。また失敗した事を悟ったら、今度はその証拠を消しに来るかも》

 

 私は無意識に襲撃者から距離を取った。

 もし今、遠距離から矢が飛んできたら――最初に狙われるのはこいつだ。

 

 そして次は、私たち。

 捕虜は“餌”になる……と、そう考えた瞬間、背筋が冷たくなった。

 

「急ごう」

 

 私が言うと、グレイスが短く頷いた。

 

「分かっている。だが焦って隊列を乱す方が危険だって、知っておくと良い。隙を見せた瞬間、そこを狙われる」

 

 淡々とした口調だったけど、だからこそ、今はそれが頼もしい。

 モンティは歯を食いしばりながら捕虜を引きずっていて、肩の傷から滲む血が痛々しい。

 

「モンティ、大丈夫?」

 

「大丈夫……じゃねぇけど、平気だ。俺がヘマしたんだし、仕方ねぇ。それに水薬だって飲んだしな。知ってるか、リル? 今の水薬は凄いんだぞ。回復力の強弱と回復速度が、その場で注文出来るんだ。“紫銀の試験紙”ってのがあってな、目で見て分かり易いから、詐欺にも遭わないって代物さ」

 

「紫銀……?」

 

 思わず問い返すと、モンティは自慢気な顔付きで頷いた。

 

「紙は普通の麻色なんだけどな。何でか、紫銀の、って言うんだよ。一番最初は、そんな色だったのかね? その名残とか……」

 

「違うよ」

 

 お母さんが作ったからだ。

 でも、お母さんは自分の事を自慢するのが嫌いだった。

 

 なのに、私が勝手に言うのも違う気がして、そのまま黙ってしまう。

 モンティが不思議そうに首を傾げた時、グレイスから声が上がった。

 

「無駄話は止めておけ。適度にリラックスするのは良いけどな」

 

「うん、ごめん……」

 

 素直に謝罪して、もう一度、モンティの傷に目を向けた。

 

「傷は本当に大丈夫? 無理してない?」

 

「おう、さっきの話に少し戻るけど、だから俺みたいな見習い冒険者でも、水薬なんてのが買えるんだ。傷が完全に塞がる上等なモンじゃないけど……でも、大丈夫」

 

 苦笑するように言って説明を終えると、唐突に目が据わる。

 その目は怒りで燃えていた。

 

「傷なんてどうでも良いんだ。俺……、あいつらにリルを殺されかけた方が、ずっとムカつく」

 

 私はその友情に、素直に感謝した。

 胸が熱くなって、咄嗟に返事が出来ない。

 

 ……私が無茶をしたせいで、巻き込んだのに。

 

 そんな事を考えている間に、川沿いの道を抜け、襲撃者の一人を残した宿屋に戻った。

 でも、その時――唐突に、風が変わった。

 

 焦げた匂いは、まだ完全には消えていない火災の残り香だけど、それに混じって――鉄臭い血の匂いがする。

 

 私は足を止めて、呟くように言った。

 

「……何か、変」

 

 グレイスもすぐに止まり、周囲を見回す。

 アロガが耳を立て、鼻を鳴らした。

 

 捕虜が、その瞬間だけ目を見開き、その反応にモンティが眉をひそめる。

 

「おい、何だよ……?」

 

 捕虜は布を噛まされているから、言葉を出せない。

 だが喉の奥で、くぐもった息を漏らした。

 

 グレイスが即座に捕虜の顔を掴み、強引にこちらへ向けさせる。

 

「……お前、何を知ってる?」

 

 グレイスが低く問う。

 だけど、その質問にはもう意味がないと、たった今、気付いてしまった。

 

 街の入口付近――崩れた塀の影に、幾つかの人影がある。

 また、あの黒い外套だ。

 

 手には弓を持っていて、数は三人――。

 

 どれも背が高く、動きが軽い。

 そして、こちらを品定めする様な、不躾な視線が印象的だった。

 

 ――エルフだ。

 

 肌の白さが、夕暮れとなった今の薄い光で、余計に映える。

 

 こっちとの実力差は、一体どれくらいだろう。

 森に――お母さんの森に、攻め込んで来たのはエルフだった。

 

 そして、そのエルフに、お母さんは瀕死になるまで追い詰められた。

 心臓がドキリと、一度大きく跳ねる。

 

 逃げ道はあった。

 あの林に戻ればいい。

 

 でも、もしこのまま逃げたら――。

 次にまた、別の誰かが狙われるかもしれない。

 

 私に協力を申し出た、他の誰かが……。

 ベントリーさんは街の有名人だから、店の場所なんて、すぐに分かる。

 

 もし、新たにターゲットを定めるなら、次はそこ、という気がした。

 

 その上で、捕虜も消される。

 連れて逃げる訳にはいかないから、当然そうなるはずだ。

 

 ――どうしよう。

 すぐに答えを出せなかった私と違い、グレイスは迷わなかった。

 

 捕虜を地面に叩きつけ、剣を引き抜く。

 今度は短剣ではなく、腰に佩いていた長剣の方だ。

 

「……口封じに、殺しに来たか」

 

 エルフの一人が、笑うように肩を揺らした。

 

「おやおや……」

 

 その声は冷たく、どこまでも見下すものだった。

 胸が寒くなる心地がして、人間の声じゃない様に思える。

 

「我々は回収しに来ただけだ。お前らの手を渡ると、少々面倒になる」

 

「まったく……、洗脳された仲間を捕らえるだけで、満足していれば良かったものを……。宿屋まで来ることがなければ、こんな面倒な事にならなかった」

 

「我らにとって、文字通り口をきけなくさせるのは容易い事だ。白痴の様になってしまうが……まぁ、死ぬよりマシだろう?」

 

 捕虜の顔が歪む。

 その目が必死に何かを訴えていた。

 

 ――助けてくれ、と言っている気がする。

 でも、助けたところで、こいつが善人になるわけじゃない。

 

 ――それでも。

 ここで白痴にされたら、殺されたも同然だし、エルフの思い通りになる。

 

 ——それは嫌だ。

 私は歯を食いしばった。

 

「渡さないよ」

 

 私が言うと、エルフたちは一瞬だけ驚いたように目を細めた。

 そして次に、小馬鹿にしながら笑う。

 

「獣人の娘が、我々に逆らうのか」

 

「逆らうよ、当たり前」

 

 私は剣を握り直した。

 腕が少し震える。

 

 でも、この恐怖を隠さなかった。

 怖いのは当然で――でも、怖くても、決して逃げない。

 

 エルフの一人が弓を引き絞った。

 

「ならば、教育が必要だな。まずはその魔獣を沈めるとしようか」

 

 番えた矢尻が青く光った。

 ――魔術を付与された、特殊な矢だ。

 

 私も持ってる、普通の矢とは根本的に違う武器。

 当たれば骨ごと砕けるか、あるいは防御など関係なく貫く。

 

「アロガ!!」

 

 私が叫ぶとアロガは一瞬で理解して、身を低く構える。

 それと同時に矢が放たれ、空気が裂けた。

 

 矢はアロガの肩目掛けて一直線に飛んだけど、それを横へ跳んで躱した。

 矢は地面に突き刺さると同時、轟く様な音と共に爆ぜた。

 

 土が弾け、石が飛び、木の皮が裂ける。

 私は衝撃で身を守るので精一杯で、思わず片膝をついた。

 

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