これがエルフの戦い方なの……?
遠距離から確実に殺す、という――合理的で、残酷で——そして剣を合わせるつもりはない、という明確な意思表示があった。
グレイスが低く呟く。
「……魔術の弓士か。面倒な相手だな」
モンティが唾を飲み込み、捕虜を盾のように引き寄せた。
「お、おい……! こっちを狙うなよ! 生かすつもりはあるんだろう!?」
エルフが鼻で笑って、肩をすくめた。
「出来れば、というだけの話だ。失敗した愚か者が死んだら死んだで、それだけのこと……」
その言葉に、捕虜の目が絶望で濁る。
私は腹の底から怒りが湧いた。
命を何だと思ってるのだろう。
――人を、道具みたいに。
「……ナナ」
私は一度大きく息を吸って、心の中で呟いた。
(私、魔法を使う)
《やめなさい、それはまだ――》
(分かってる。でも、ここで負けたら意味ないよ)
ナナは一瞬沈黙して、それから静かに言う。
《……なら、最小限の使用で留めましょ。狙いを絞りなさい。広範囲は駄目。せめて弱い魔法しか使えない、って思わせるの》
(うん……!)
私は指先に魔力を集めた。
風の力が、手首から先の狭い範囲で、皮膚の表面を走る。
エルフの弓が再び引き絞られ……、次の矢が放たれる前に――私は地面を蹴った。
一直線に突っ込むのは無謀だ。
だから、木々の陰を使い、今だけは盾にする。
私は走りながら、風の魔力を糸のように伸ばした。
――狙いは弓弦。
弓を壊せば、距離の優位は消える。
私が手を振ると、糸の上を滑るように風の刃が走る。
湾曲しながら突き進む刃は、どれだけ回避しようとしても、その狙いを外すことはない。
そして——。
空気を裂き、飛来する刃は、正確にエルフの弓弦を切断した。
「……ッ!」
しかし、エルフは切断される直前、身を引きつつ矢を放っていた。
私はそれを跳んで避けたけど、矢は地面に刺さり、爆ぜる。
衝撃波が背中を叩き、吹っ飛びながら転がった。
「ベッ! えほっ、ケホッ!」
泥と砂が口に入り、咳が出た。
でも……それでも構わず、とにかく立とうとする。
でも、当たりどころが悪かったのか、膝が震えてうまく立てない。
立たないと――。
立たなくちゃ——!
焦りばかりが募る中、その時、アロガが吠えた。
「ウォオオオォッ!!」
咆哮と共に、アロガが突進する。
獣の全力の速度は尋常ではなく、巨体が地面を揺らしながら、倒木を蹴散らす。
それでエルフたちが顔色を変えた。
「速い……!」
後ろの一人が後退さり、もう一人が手を掲げて呪文を唱えた。
空気が歪み、青白い光が集まると、氷の槍が生成される。
その氷槍がアロガへ放たれそうになったその時、私は反射で叫んでいた。
「アロガ、右!!」
アロガは即座に反応して身体を捻る。
氷槍は肩を掠めて地面に刺さった。
でも、消失したりはせず、刺さった場所から、氷が広がる。
広がる速度は一定で続き、留まることをしない。
地面が次々と凍り、その範囲を広げていった。
――多分、足を止めるための魔術。
あの俊敏な動きを、地面ごと封じるつもりだ。
でも、グレイスもまた、黙って待っているだけではなかった。
走り寄りながら、氷が広がる前に短剣を投げる。
刃は正確に、術者の肩へと突き刺さった。
「ぐっ……!」
術者が呻き、魔術効果が途切れると、氷の広がりが止まる。
それを見たモンティが、すかさず叫んだ。
「今だ!!」
モンティは捕虜を地面に転がし、剣を構えて走り出す。
未熟であっても、その必死の突撃に意味はあった。
エルフたちは一瞬、躊躇して動きが固まる。
――状況は三対四。
しかも、こちらには
簡単に勝てる相手じゃない、と判断されるはず。
そう思った矢先、先頭のエルフが、口元を歪めて言った。
「……撤退だ。命を張ってまで、アレにこだわる必要はない」
その言葉と同時、彼らは地面へ何かを叩きつけた。
黒い煙が瞬時に広がり、一帯を包み込む。
毒などではなく、目を潰す為の煙みたいだった。
「チィ……ッ!」
グレイスの舌打ちが聞こえた。
煙の中で足音が三つ、軽く跳ねる音がして、逃げていく音を耳が拾う。
アロガも追おうとしたものの、すぐに止まった。
これは視界を潰されるだけでなく、匂いまで乱される。
下手に追うのは危険だった。
歯嚙みして待つしかなく――そして、煙が晴れる頃には、もう誰もいなかった。
私は膝に手をついて、荒い息を吐いた。
胸が痛い。頭が熱い。
命の遣り取りを今日一日で何度となく繰り返したせいで、すっかり疲弊してしまっていた。
でも、とにかく生きている。
誰も死んでいない。
やり遂げた気持ちでいると、グレイスが捕虜を蹴って転がし、冷たく言った。
「……運が良かったな。アイツらが損切りを早くに決断しなければ、互いに一人くらい犠牲が出てた」
捕虜は悔しげに目を伏せ、それから顔を背けた。
助かった事を素直に喜べないのは、これからの尋問を考えての事かもしれない。
……それとも、エルフの魔の手はまだ諦めてない、と知っているのかも。
モンティが重い重い、溜め息を吐く。
「エルフって……、あんな奴らなのかよ」
「そうだよ」
お母さんを襲ったあの日のことを、私は精霊達から聞いている。
その精霊達は、エルフがどういう考えでいるか、どうして襲ったのか、その詳細を聞いていた。
「命を軽く扱うんだよ、エルフは。自分たち以外の命は、全て利用されて当然の道具だと思ってる」
私はアロガの首筋に触れた。
やっぱり、まだ少し熱い。でも、体調の方は、もう問題ない様に見えた。
アロガが私の手に頬を擦りつける。
その仕草だけで、胸の奥が少しだけ落ち着いた。
《リル》
ナナが神妙な口調で、静かに言った。
《彼らは、今の戦いで“あなたが精霊魔法を使える”ことを知ったわ。もしかすると、魔術の方と誤解している可能性もあるけど》
(……うん)
《そして、それは彼らにとって想定外。だから次は、必ずそれを込みにした対策をしてくる》
眉間に力を入れて歯を食いしばったその時、グレイスから声が上がった。
「……でも、これで分かった」
「何が?」
「エルフは、もう隠す気がない」
私は捕虜が持っていた、あの紋章を握り締めた。
「この戦いを、表に出してもいいって考えなんだろう。我々の言葉など、誰にも届かないとでも思っている。……だが、どうであれ、黙って耐える必要はない」
モンティが荒く息を吐いて、憤然と腕を組んだ。
「……ギルドに訴えるのか?」
「訴えるだけじゃ足りないよ」
私は眉間に力を入れたまま言う。
今はどうにも、怒りや不満といった感情を抑え切れなかった。
「ギルドに、“エルフが試練の妨害をしている”って公にして貰おう」
そうすれば、彼らにも監視が付くかとしれない。
少なくとも、露骨な暗殺はしづらくなる。
それでもやってくるなら――その時は、諸手を振って反撃できる。
場所がどうあれ、エルフに味方するヒトは居ないだろうし、その立場だって揺らぐ。
——そう、思いたい。
その話を聞いて理解したグレイスは、少しだけ口角を上げた。
「……なるほど。むしろ、積極的に攻められるな。なら、まずは情報戦だ」
私は頷いて、捕虜を見下ろした。
「もしも生き残りたいなら、素直に喋る事だよ。そうすれば、ギルドは積極的に守ってくれる気がする。……どう?」
「……ま、そうだな。取り引き材料にはなるだろう。お前が価値ある情報を話す限り、ギルドはその身柄を保護しようとする」
グレイスの返答に、捕虜の目が揺れる。
恐怖と、迷いと、そして――ほんの少しの希望とで揺れていた。
エルフが縛った鎖は強いのかもしれない。
でも、それは絶対じゃない。
実際に使い捨てられた者が、尚も忠誠を誓えるか――恐怖で縛り付けられるか疑問だ。
何しろ目の前には、救いとなる一縷の希望があるのだから。
――私は、決して負けない。
私は深く息を吸い込み、街の中心――ギルドのある方角を見た。
「急いで戻ろう。今度こそ、こっちの番だから」
アロガが低く唸った。
その唸りは、私の戦意に同意する、獰猛な唸り声だった。