混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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エルフの矜持、折れない牙 その5

 これがエルフの戦い方なの……?

 

 遠距離から確実に殺す、という――合理的で、残酷で——そして剣を合わせるつもりはない、という明確な意思表示があった。

 

 グレイスが低く呟く。

 

「……魔術の弓士か。面倒な相手だな」

 

 モンティが唾を飲み込み、捕虜を盾のように引き寄せた。

 

「お、おい……! こっちを狙うなよ! 生かすつもりはあるんだろう!?」

 

 エルフが鼻で笑って、肩をすくめた。

 

「出来れば、というだけの話だ。失敗した愚か者が死んだら死んだで、それだけのこと……」

 

 その言葉に、捕虜の目が絶望で濁る。

 

 私は腹の底から怒りが湧いた。

 命を何だと思ってるのだろう。

 

 ――人を、道具みたいに。

 

「……ナナ」

 

 私は一度大きく息を吸って、心の中で呟いた。

 

(私、魔法を使う)

 

《やめなさい、それはまだ――》

 

(分かってる。でも、ここで負けたら意味ないよ)

 

 ナナは一瞬沈黙して、それから静かに言う。

 

《……なら、最小限の使用で留めましょ。狙いを絞りなさい。広範囲は駄目。せめて弱い魔法しか使えない、って思わせるの》

 

(うん……!)

 

 私は指先に魔力を集めた。

 風の力が、手首から先の狭い範囲で、皮膚の表面を走る。

 

 エルフの弓が再び引き絞られ……、次の矢が放たれる前に――私は地面を蹴った。

 

 一直線に突っ込むのは無謀だ。

 だから、木々の陰を使い、今だけは盾にする。

 私は走りながら、風の魔力を糸のように伸ばした。

 

 ――狙いは弓弦。

 弓を壊せば、距離の優位は消える。

 

 私が手を振ると、糸の上を滑るように風の刃が走る。

 湾曲しながら突き進む刃は、どれだけ回避しようとしても、その狙いを外すことはない。

 

 そして——。

 空気を裂き、飛来する刃は、正確にエルフの弓弦を切断した。

 

「……ッ!」

 

 しかし、エルフは切断される直前、身を引きつつ矢を放っていた。

 

 私はそれを跳んで避けたけど、矢は地面に刺さり、爆ぜる。

 衝撃波が背中を叩き、吹っ飛びながら転がった。

 

「ベッ! えほっ、ケホッ!」

 

 泥と砂が口に入り、咳が出た。

 でも……それでも構わず、とにかく立とうとする。

 

 でも、当たりどころが悪かったのか、膝が震えてうまく立てない。

 立たないと――。

 立たなくちゃ——!

 

 焦りばかりが募る中、その時、アロガが吠えた。

 

「ウォオオオォッ!!」

 

 咆哮と共に、アロガが突進する。

 獣の全力の速度は尋常ではなく、巨体が地面を揺らしながら、倒木を蹴散らす。

 

 それでエルフたちが顔色を変えた。

 

「速い……!」

 

 後ろの一人が後退さり、もう一人が手を掲げて呪文を唱えた。

 空気が歪み、青白い光が集まると、氷の槍が生成される。

 

 その氷槍がアロガへ放たれそうになったその時、私は反射で叫んでいた。

 

「アロガ、右!!」

 

 アロガは即座に反応して身体を捻る。

 氷槍は肩を掠めて地面に刺さった。

 でも、消失したりはせず、刺さった場所から、氷が広がる。

 

 広がる速度は一定で続き、留まることをしない。

 地面が次々と凍り、その範囲を広げていった。

 

 ――多分、足を止めるための魔術。

 あの俊敏な動きを、地面ごと封じるつもりだ。

 

 でも、グレイスもまた、黙って待っているだけではなかった。

 走り寄りながら、氷が広がる前に短剣を投げる。

 刃は正確に、術者の肩へと突き刺さった。

 

「ぐっ……!」

 

 術者が呻き、魔術効果が途切れると、氷の広がりが止まる。

 それを見たモンティが、すかさず叫んだ。

 

「今だ!!」

 

 モンティは捕虜を地面に転がし、剣を構えて走り出す。

 未熟であっても、その必死の突撃に意味はあった。

 

 エルフたちは一瞬、躊躇して動きが固まる。

 

 ――状況は三対四。

 しかも、こちらには剣虎狼(ウルガー)までもがいる。

 

 簡単に勝てる相手じゃない、と判断されるはず。

 そう思った矢先、先頭のエルフが、口元を歪めて言った。

 

「……撤退だ。命を張ってまで、アレにこだわる必要はない」

 

 その言葉と同時、彼らは地面へ何かを叩きつけた。

 

 黒い煙が瞬時に広がり、一帯を包み込む。

 毒などではなく、目を潰す為の煙みたいだった。

 

「チィ……ッ!」

 

 グレイスの舌打ちが聞こえた。

 煙の中で足音が三つ、軽く跳ねる音がして、逃げていく音を耳が拾う。

 

 アロガも追おうとしたものの、すぐに止まった。

 これは視界を潰されるだけでなく、匂いまで乱される。

 下手に追うのは危険だった。

 

 歯嚙みして待つしかなく――そして、煙が晴れる頃には、もう誰もいなかった。

 私は膝に手をついて、荒い息を吐いた。

 

 胸が痛い。頭が熱い。

 命の遣り取りを今日一日で何度となく繰り返したせいで、すっかり疲弊してしまっていた。

 

 でも、とにかく生きている。

 誰も死んでいない。

 やり遂げた気持ちでいると、グレイスが捕虜を蹴って転がし、冷たく言った。

 

「……運が良かったな。アイツらが損切りを早くに決断しなければ、互いに一人くらい犠牲が出てた」

 

 捕虜は悔しげに目を伏せ、それから顔を背けた。

 助かった事を素直に喜べないのは、これからの尋問を考えての事かもしれない。

 

 ……それとも、エルフの魔の手はまだ諦めてない、と知っているのかも。

 モンティが重い重い、溜め息を吐く。

 

「エルフって……、あんな奴らなのかよ」

 

「そうだよ」

 

 お母さんを襲ったあの日のことを、私は精霊達から聞いている。

 その精霊達は、エルフがどういう考えでいるか、どうして襲ったのか、その詳細を聞いていた。

 

「命を軽く扱うんだよ、エルフは。自分たち以外の命は、全て利用されて当然の道具だと思ってる」

 

 私はアロガの首筋に触れた。

 やっぱり、まだ少し熱い。でも、体調の方は、もう問題ない様に見えた。

 

 アロガが私の手に頬を擦りつける。

 その仕草だけで、胸の奥が少しだけ落ち着いた。

 

《リル》

 

 ナナが神妙な口調で、静かに言った。

 

《彼らは、今の戦いで“あなたが精霊魔法を使える”ことを知ったわ。もしかすると、魔術の方と誤解している可能性もあるけど》

 

(……うん)

 

《そして、それは彼らにとって想定外。だから次は、必ずそれを込みにした対策をしてくる》

 

 眉間に力を入れて歯を食いしばったその時、グレイスから声が上がった。

 

「……でも、これで分かった」

 

「何が?」

 

「エルフは、もう隠す気がない」

 

 私は捕虜が持っていた、あの紋章を握り締めた。

 

「この戦いを、表に出してもいいって考えなんだろう。我々の言葉など、誰にも届かないとでも思っている。……だが、どうであれ、黙って耐える必要はない」

 

 モンティが荒く息を吐いて、憤然と腕を組んだ。

 

「……ギルドに訴えるのか?」

 

「訴えるだけじゃ足りないよ」

 

 私は眉間に力を入れたまま言う。

 今はどうにも、怒りや不満といった感情を抑え切れなかった。

 

「ギルドに、“エルフが試練の妨害をしている”って公にして貰おう」

 

 そうすれば、彼らにも監視が付くかとしれない。

 少なくとも、露骨な暗殺はしづらくなる。

 

 それでもやってくるなら――その時は、諸手を振って反撃できる。

 場所がどうあれ、エルフに味方するヒトは居ないだろうし、その立場だって揺らぐ。

 

 ——そう、思いたい。

 その話を聞いて理解したグレイスは、少しだけ口角を上げた。

 

「……なるほど。むしろ、積極的に攻められるな。なら、まずは情報戦だ」

 

 私は頷いて、捕虜を見下ろした。

 

「もしも生き残りたいなら、素直に喋る事だよ。そうすれば、ギルドは積極的に守ってくれる気がする。……どう?」

 

「……ま、そうだな。取り引き材料にはなるだろう。お前が価値ある情報を話す限り、ギルドはその身柄を保護しようとする」

 

 グレイスの返答に、捕虜の目が揺れる。

 恐怖と、迷いと、そして――ほんの少しの希望とで揺れていた。

 

 エルフが縛った鎖は強いのかもしれない。

 でも、それは絶対じゃない。

 

 実際に使い捨てられた者が、尚も忠誠を誓えるか――恐怖で縛り付けられるか疑問だ。

 何しろ目の前には、救いとなる一縷の希望があるのだから。

 

 ――私は、決して負けない。

 

 私は深く息を吸い込み、街の中心――ギルドのある方角を見た。

 

「急いで戻ろう。今度こそ、こっちの番だから」

 

 アロガが低く唸った。

 その唸りは、私の戦意に同意する、獰猛な唸り声だった。

 

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