ギルドへ向かう道は、火事の後始末で混乱していた。
焼けた木材の匂いがまだ濃く、灰が風に舞っている。
バルミーロ親方の店の屋根は倒れ、壁は黒く煤けていた。
それでも応援に駆け付けた冒険者達は、自らに割り振られた仕事を、実直にこなしている。
水桶を運び、瓦礫をどかし、声を掛け合う姿は心強い。
バルミーロ親方と、その弟子グルダーニも一緒に手伝っていて、時折発破を掛けるように声を上げていた。
良かった……。
――親方の心は、まだ死んでいない。
迷惑を掛けてしまった事も含めて、お詫びしないといけない、と思う。
でも今は、捕虜を連行する方が先だった。
一度は引いたエルフだけど、またどこからか狙ってくるとも限らないのだ。
道を進むと、アロガの足音が響くたび、人々が驚いて道を空ける。
逃げる様に避けるのが大半なのは、今は仕方なかった。
でも、反応は何も怯えるだけじゃなくて、何かを期待する目を向けるものもあった。
きっと、私が門前でエルフに、啖呵を切った事を知っている人達だ。
怖がりながら、それでも期待している目を向けるのは、今の火事もエルフの横暴だと、きっと知っているからだろう。
私はその視線を受け止めながら、まっすぐに歩いた。
ギルドの建物は、職人通りの奥まった所にある。
火の手は親方の店一つで留められていたけれど、それでも周囲は騒然としていた。
入口には、衛兵みたいな真似をしている冒険者が複数いて、緊張した顔で行き交う人を止めている。
でも、私たちを見つけた瞬間、その内の一人が目を見開いた。
「……リルちゃん!? 無事だったの!?」
ミーナちゃんだった。
自分の実力は良く分かっていたからか、モンティみたいに無鉄砲に飛び出して、一緒に後を追うことはしなかった。
止めても止まらない、と分かっていたから、せめて帰って来たとき、すぐ出迎えられる様に、ギルドの入り口前で待っていたらしい。
でも、色々あって衛兵に組み込まれてしまった、とミーナちゃんは語った。
でも今は、無事の再会を喜び合っている暇はなかった。
「うん、何とかね。今はまず、こっちが大事。――それでね、捕虜が取れたよ」
私はそう言って、縛られた襲撃者を示した。
それで一気に、ミーナちゃんの顔色が変わる。
「……まさか」
「エルフの手先だ。暗殺未遂の証拠もある」
グレイスが低い声で補足すると、ミーナちゃんは一瞬固まり――そして次の瞬間、走り出した。
「すぐに、上の人に報せてくる!」
ラーシュやオンブレッタさんは、今も火災現場にいるはずだから、そこへ呼びに行ったんだと思う。
とはいえ、ここで待ちぼうけは危険が大きい。
もう一人の衛兵に目配せすると、ギルドの扉を開いてくれ、私たちは中へと通された。
中は、いつもの喧騒とは違って、怒号と叫び声が飛び交い、また床には紙束が散らばっていた。
喧騒の
しかし、それも一時の事で、すぐに元に戻ってしまった。
その図太さは、流石冒険者、と言えるのかもしれない。
そしてようやく、私も周囲を見渡せる余裕が持てる様になった。
火事による怪我人が運び込まれているのか、と思ったけど――違う。
勿論いたけど、あくまで少数だったし、その怪我も大した事はないようだった。
消火活動の際に、どこかにぶつけたとか、軽い火傷を負ったとか、その低度の傷みたいで、それについてはホッとした。
それより酷いのは、抗議の怒号の方だ。
火事はエルフの仕業だと、真しやかに噂されていて、それでエルフに与する派閥と争いになっていた。
遂には殴り合いの喧嘩に発展して、治癒師たちに余計な仕事を増やしている。
街の事を思うから――。
だから、横暴を許せないんだと分かるけど、肝心のエルフはどこにも居ない。
でも、刃傷沙汰になってないだけ、マシなのかもしれなかった。
今のところ真実は闇の中だから、この程度で済んでいる。
でも、そうでないと知ったら……。
私は唇をきつく結んだ。
下手をすると、ここでも命のやり取りがされるかもしれない。
「リルさん!」
聞き覚えのある声がして、私はその方向に振り返った。
声の主はベントリーさんで、門前でも私の味方を表明してくれた一人だ。
恰幅が良くて、でっぷりとしたお腹が特徴で、今も揺らしながら近付いてくる。
「ご無事の様で、安心しました……! あぁ、勿論そちらのアロガさんも……!」
ベントリーさんはアロガを見上げ、ほっとしたように息を吐いた。
「……良かった。貴女方に何かあれば、あの方に何とお詫びをしたら良いか……!」
私は心配されたことよりも、ベントリーさん自身の方が気に掛かった。
「ベントリーさんも……大丈夫? お店の方とか……」
「あぁ、まさにそれです。相手の狙いは分かり易い。妨害行為を行うと同時に、味方をすれば損をする、と思わせる為でしょう。協力を表明した者への報復……それと脅迫ですな。関わるとロクな事にならない、と言いたいのでしよう」
私は申し訳なさでいっぱいになる。
胸が痛くなって、ベントリーさんを直視できない。
でも、ベントリーさんは、ふっと笑って続けた。
「その様な顔を、なさいませぬな。なに、これぐらいのことは、実に慣れたものですよ」
「……えっと、そうなの?」
「えぇ。商売とは、常に綺麗事で回ったり致しませんからな。この事業から手を引け、余計な欲を出すな、と……アレやコレや嫌がらせを受けたものです」
私が絶句していると、ベントリーさんは笑みを深めた。
「
そう言うと、今度こそ腹を揺らして笑った。
「そう言う訳で、今回も信用の置ける冒険者を幾人か、警備に雇い入れようと思いまして。それで、先程まで交渉しておったのです」
「じゃあ……、お店の方は大丈夫なんですね」
「そう願いたいですな。……とはいえ、同じ手を何度も使うほど、向こうも迂闊ではないでしょう。冒険者を見張りに使うのも、半分以上はポーズですよ」
「そうなんだ」
笑おうとしたが、笑い切れずに顔が歪む。
ベントリーさんの表情が、一瞬だけ固まって、それからすぐに慈しむものに変わった。
「ですから、本当に心配は要らないのです。むしろ、直接的に手を出された、貴女方の方が余程心配です」
ベントリーさんは捕虜の方をチラリと見て、視線を細めた。
そこには長年、商人として修羅場を潜った者特有の、心の奥底まで値踏みする鋭いものが見えた。
――きっと、私が思う以上に、こういう事態に慣れてる。
私は頷いてから丁寧に別れの挨拶をして、先へ進んだ。
ギルドの奥へ行くと、事務員に応接室のような部屋へ通された。
すると早速、グレイスが捕虜を二人とも、椅子に縛り付ける。
モンティが見張りに立ち、剣を抜いたまま睨み付けてた。
けど、捕虜は汗を流しながら、決して目を合わせようとしなかった。
その上、その目はどうにも落ち着かない。
扉の方を何度も見ては、視線を外すのを繰り返している。
――口封じされかけた恐怖が、未だに根強く残っているせいかも。
そう思いつつ、同情はしなかった。
私だって襲われたんだし、アロガは最悪の事態になっていたかもしれないのだ。
縛られた相手を今さら殴りつけよう、とは思わないけど、昏い気持ちは消えてくれない。
今はとにかくラーシュ達が帰って来るのを待つしかなくて、遅いな、と思いながら、更に五分が経った。
すると、ようやく扉が開かれて、ギルドの幹部たちが入ってくる。
その中には、オンブレッタさんとギルド長のラーシュもいた。
「……リル、お前さんが戻ったという報告を受けて戻って来たんだが……」
ラーシュの声はいつもより低く、重い。
それが事の重大さを示しているように感じられた。
「そして……、そいつが——そいつらが捕虜か?」
「はい」
私は一歩前へ出て、捕虜の一人から奪った金属板を差し出した。
「これが証拠です。エルフの紋章。襲撃者が持っていました」
ラーシュは受け取ると、じっと刻印を見つめた。
そうして、少しの間、沈黙が落ちる。
その沈黙が、重かった部屋の空気を、更に重くさせた。
「……確かに、エルフの紋章だな」
ラーシュが呟くと、幹部らしき一人が怒鳴った。
「馬鹿な……! エルフがギルドの試練を妨害するなど……、そんな事はあり得ん!」
「あり得たから、こんな事が起きてるんだよ」
グレイスがそう言って冷たく返すと、ラーシュは視線を捕虜へ移した。