「お前、名前は?」
捕虜は黙ったまま視線を逸らす。
素直に答えないと見て、ラーシュは頭を掻きながら、面倒臭そうに言った。
「素直に言ってくれねぇかな……。言わなきゃ、いつまで経っても終われねぇし、そしたら強引な手段にだって出るんだぜ?」
それでも反応はなく、ラーシュは重く溜め息をついた。
「ここで切り落とす指を選んで貰うか? 一本ずつ、喋るまで続ける事になるぞ」
詰まらなそう口調だったけど、そこには脅しではない、本当にやる凄みがあった。
するとようやく、捕虜の顔色が変わる。
「……くっ」
だが、それでも口は割らない。
モンティが歯を食いしばり、肩を怒らせながら前に出た。
「おい……、喋れよ! お前、見捨てられたんだろ!? エルフがさっき殺しに来たじゃねぇか!」
捕虜の瞳が揺れて、震える声で吐き捨てる。
「……黙れ」
モンティが拳を握り締め、なじるように言う。
「黙ってたらなあ、本当に指、切り落とされんだぞ! 冒険者はお上品なモンじゃねぇって、お前も知ってんだろ!」
殴り掛かろうとした瞬間、グレイスが腕を伸ばして止めた。
「やめろ、モンティ。感情で殴るな。意味がない。こいつはきっと、その程度の痛みには慣れている」
グレイスは捕虜の髪を掴み、顔を上げさせる。
「……だが、恐怖には慣れていないらしいな」
捕虜が唾を飲み込む。
私は捕虜の目を見つめ、静かに言った。
「ねぇ……。あなた、怖いの?」
捕虜の眉が、ピクリと動いた。
「さっきのエルフたち、あなたを“回収”するって言ってた」
私は一歩近づき、声を落とす。
「回収されたら、どうなってたの? 無事に生かしてくれた? そして、また何か別の命令……されたのかな。それとも……白痴にされて、捨てられたのかな?」
捕虜の喉が鳴って、呼吸が速くなる。
動揺は大きく、辛そうに見えたけど、私は構わず続けた。
「あなたはエルフに従った。命令されたから。逆らえなかったから」
「……違う」
捕虜が掠れた声で言った。
ようやくそれらしい態度が返ってきて、全員の視線が集中する。
そこへラーシュが低く問うた。
「喋れるんなら、まずは名前だ」
捕虜は歯を食いしばった。
汗が額を流れる。
「……俺の名は、セルド」
その名が口から零れた落ちた瞬間、部屋の空気が変わった。
捕虜――セルドは、目を伏せながら続ける。
「エルフの連中は、俺を拾った。……昔の話だ」
「拾った?」
モンティが怪訝に首を傾げる。
セルドは吐き捨てるように言った。
「孤児を集めて、汚れ仕事をさせる為に育ててるのさ。食い物を与え、教育を施し、忠誠を刷り込む。そして命令に逆らえば……、手痛い罰を与える」
グレイスが目を細める。
「罰とは?」
これには数秒の沈黙があって、それから震える声で返答があった。
「……頭を壊す魔術だ。考える力を奪われる。喋ることも、歩くことも、全部奪われるんだ……。何一つ自由にならない恐怖と言うのを、お前らは知らんだろうな……」
部屋の中に重い沈黙が落ちて、私は胃が冷たくなるのを感じた。
――そんなことが、許されていいわけがない。
ラーシュの声が低く響く。
「命令したエルフは誰だ」
セルドは首を振った。
「名は知らない。俺たちは名前で呼ばれないし、名を知る権利すらない」
「なら、特徴は?」
「……銀の髪。瞳は薄い緑。右手の人差し指に指輪をしている」
銀髪のエルフは珍しいのかどうか、私には分からない。
そして、特に珍しくないのだとしたら、瞳の色――薄い緑と合わせても、実りのある情報とは思えなかった。
指輪にしてもそうだ。
何かの家紋か、権力者の証でも刻まれていれば、捜すのにも役立つのに……。
そんな事を考えていると、ラーシュが職員へ目を向けて言う。
「記録を当たれ。銀髪、薄緑の瞳、指輪。ギルドに出入りしたエルフの中に、該当があるかどうか」
「それだけの特徴では、絞るのも難しそうですが……やってみます」
そう言って、職員が飛び出していく。
セルドはその背を見送りながら、震えた声で続けた。
「俺は……試練の日に、もう一度動けと言われていた」
「何をするつもりだったの?」
私が身を乗り出して詰問すると。セルドは唇を噛み、絞り出すように言う。
「……毒を打ち込む。魔獣を狂乱させる毒だ。
モンティが怒りで顔を赤くし、唾を飛ばす勢いで怒鳴る。
「ふざけんな……ッ!」
でも、グレイスはどこまでも冷静で、モンティを腕で遮る。
「毒の種類は」
セルドは視線を泳がせる。
「それは知らない……。だが、あくまでそれは、今回の件が失敗してから、という考えでいた。そして、失敗するとは、殆ど考えていないような口振りだった……」
私は拳を握り締めて、口の端から細く息を吐く。
分かっていた事だけど、今日の襲撃で終わりじゃなかった。
まだまだ続けるつもりで、試練当日に大失態を犯させるつもりなんだ。
それも、無関係の人達を巻き込む形で。
《リル……》
ナナの声が、私の頭の中で鋭く響く。
《どんどん事が大きくなっていくわね。エルフのプライド故ってやつ? 失敗続きで、引っ込みが付かないだけかもしれないけど。……でも、アロガの牙が、誰かを傷付けたりしたら最悪よ》
(……分かってる)
私が深呼吸して落ち着こうとしていると、ラーシュもまた深く息を吐いて、それから頷いた。
「……よく喋ってくれたな、セルド」
その声は優しげだった……けど、どこか重い。
「お前の身柄はギルドが保護する。少なくとも、エルフに引き渡したりしないし、殺されることもない」
セルドの目に、少しだけ涙が浮かんだ様に見えた。
けど、それを隠す為か、すぐに顔を背けてしまう。
でも、次の瞬間――。
窓の奥――その更に奥から、ぱきり、という音が聞こえた。
音が小さすぎて、私も最初は気のせいだと思ったけど――。
でも、アロガの耳がぴくりと動いた。
次に鼻を鳴らし、低い唸り声が漏れる。
――外だ。
私は反射的に窓へ目を向けると、通りの向かい——屋根の上に、黒い影が立っているのを見つけた。
夕暮れの光を背負い、細身の体躯が輪郭だけ浮かぶ。
フードを被っているから、髪の色や人相までは分からない。
でも、その手には弓が握られていて、矢尻が青白く光っていた。
——エルフだ。
しかも、さっきまでの三人とは違う。
上手く言えないけど、纏う空気が違う気がした。
魔力の圧が、肌を刺す。
私達の様子に気付いたラーシュが、怪訝そうに低く呟いた。
「……おい、どうした?」
どうして分からないのか、そちらの方が不思議だった。
私がどう答えるか迷っていると、影が窓越しに笑みを浮かべた。
口元だけを歪める、嫌な笑いだ。
「ギルド長、余計なことをしたな」
距離も随分あるのに、はっきりと声が室内に届いた。
ラーシュはキョロキョロと辺りを見回す。
「ん……? この声、どこから……?」
「エルフの魔術だろう。距離に関係なく声を届ける、という」
「これがそうか……」
グレイスがそう推測して、得心したラーシュは小刻みに頷く。
誰もが音の出どころに気付かない中、私だけが気付くというのは、何だか不思議な気がした。
でも、きっとこいつが――セルドの言った銀髪のエルフだ。
窓向こうの影が、矢を番えたまま言う。
「返せ。今なら、命だけは助けてやる」
ラーシュが笑った。
それは、荒くて低い、達観を含んだ笑い声だった。
「……ふざけるなよ。幾らエルフによって作られたギルドとは言え、それも昔の話だ。今はヒトの手で運営されているし、貴様らの好き勝手を許しはしない」
影のシルエットしか見えないエルフだけど、気配だけで、その目が細くなるのが分かった。
「ならば、仕方ない」
その言葉と共に矢が放たれ、同時に私も叫んだ。
「伏せて!!」
矢は窓を貫き、室内へ飛び込む。
狙いは、拘束されて動けないセルド。
――やられる!
そう思った瞬間、アロガが飛び込んだ。
巨体が椅子ごとセルドを押し倒し、矢を牙で弾く。
金属音と共に矢が床へ転がり――次の瞬間、爆発した。
轟音と衝撃が身体を襲う。
部屋の壁が揺れ、窓枠が砕け、火花が散った。
私は吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。
「ぐっ……!」
視界が揺れる。
耳鳴りもする。
煙が充満する中で、エルフの声が静かに響いた。
「……ほう? よもや
その声には、どこか楽しげな響きがあった。
でも、それに続く言葉は冷たい。
「面白い。ならば、試練の日まで……存分に足掻け」
影が、屋根から消えた。
逃げた……と言うより、言葉通り、見逃されたのだろう。
私は歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
でも、足が震えてうまく立てない。
爆発の衝撃で内臓が揺れたのか、もっと別の理由があるのか。
グレイスが咳き込みながら立ち上がり、窓へ駆け寄った。
「追うな!」
だが、そう叫んでラーシュが制止する。
「いま追えば、またぞろ何があるかわからん。……それに、奴は“宣告”しに来ただけだろう」
モンティが震える声で言う。
「宣告……?」
ラーシュは拳を握り締めた。
「そうだ。奴は言った。試練の日まで、足掻けと」
私は床に転がった矢の破片を見つめた。
青白い魔力の残滓が、まだ揺らめいている。
これが、エルフの本気——。
今日までの襲撃は、前座に過ぎない。
試練の日に、確実にもっと厄介な事をして来る。
私は唇を噛み締めた。
胸の奥で、恐怖が蠢く。
でも、それ以上に――怒りが燃える。
絶対に、負けない。負けられない。
アロガが低く唸り、私の隣に立つ。
その体温が、私の決意を支えてくれた。
首筋を撫でていると、ラーシュが重い口調で言葉を落とす。
「……準備するぞ。ギルドの名にかけて、エルフの横暴を許すな」
その言葉に部屋の全員が頷き、私は拳を握り締め、心の中で誓った。
試練の日は、彼らの思い通りにはさせない。
――私たちは、必ず勝つ。