混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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エルフの矜持、折れない牙 その7

「お前、名前は?」

 

 捕虜は黙ったまま視線を逸らす。

 素直に答えないと見て、ラーシュは頭を掻きながら、面倒臭そうに言った。

 

「素直に言ってくれねぇかな……。言わなきゃ、いつまで経っても終われねぇし、そしたら強引な手段にだって出るんだぜ?」

 

 それでも反応はなく、ラーシュは重く溜め息をついた。

 

「ここで切り落とす指を選んで貰うか? 一本ずつ、喋るまで続ける事になるぞ」

 

 詰まらなそう口調だったけど、そこには脅しではない、本当にやる凄みがあった。

 するとようやく、捕虜の顔色が変わる。

 

「……くっ」

 

 だが、それでも口は割らない。

 モンティが歯を食いしばり、肩を怒らせながら前に出た。

 

「おい……、喋れよ! お前、見捨てられたんだろ!? エルフがさっき殺しに来たじゃねぇか!」

 

 捕虜の瞳が揺れて、震える声で吐き捨てる。

 

「……黙れ」

 

 モンティが拳を握り締め、なじるように言う。

 

「黙ってたらなあ、本当に指、切り落とされんだぞ! 冒険者はお上品なモンじゃねぇって、お前も知ってんだろ!」

 

 殴り掛かろうとした瞬間、グレイスが腕を伸ばして止めた。

 

「やめろ、モンティ。感情で殴るな。意味がない。こいつはきっと、その程度の痛みには慣れている」

 

 グレイスは捕虜の髪を掴み、顔を上げさせる。

 

「……だが、恐怖には慣れていないらしいな」

 

 捕虜が唾を飲み込む。

 私は捕虜の目を見つめ、静かに言った。

 

「ねぇ……。あなた、怖いの?」

 

 捕虜の眉が、ピクリと動いた。

 

「さっきのエルフたち、あなたを“回収”するって言ってた」

 

 私は一歩近づき、声を落とす。

 

「回収されたら、どうなってたの? 無事に生かしてくれた? そして、また何か別の命令……されたのかな。それとも……白痴にされて、捨てられたのかな?」

 

 捕虜の喉が鳴って、呼吸が速くなる。

 動揺は大きく、辛そうに見えたけど、私は構わず続けた。

 

「あなたはエルフに従った。命令されたから。逆らえなかったから」

 

「……違う」

 

 捕虜が掠れた声で言った。

 ようやくそれらしい態度が返ってきて、全員の視線が集中する。

 

 そこへラーシュが低く問うた。

 

「喋れるんなら、まずは名前だ」

 

 捕虜は歯を食いしばった。

 汗が額を流れる。

 

「……俺の名は、セルド」

 

 その名が口から零れた落ちた瞬間、部屋の空気が変わった。

 捕虜――セルドは、目を伏せながら続ける。

 

「エルフの連中は、俺を拾った。……昔の話だ」

 

「拾った?」

 

 モンティが怪訝に首を傾げる。

 セルドは吐き捨てるように言った。

 

「孤児を集めて、汚れ仕事をさせる為に育ててるのさ。食い物を与え、教育を施し、忠誠を刷り込む。そして命令に逆らえば……、手痛い罰を与える」

 

 グレイスが目を細める。

 

「罰とは?」

 

 これには数秒の沈黙があって、それから震える声で返答があった。

 

「……頭を壊す魔術だ。考える力を奪われる。喋ることも、歩くことも、全部奪われるんだ……。何一つ自由にならない恐怖と言うのを、お前らは知らんだろうな……」

 

 部屋の中に重い沈黙が落ちて、私は胃が冷たくなるのを感じた。

 ――そんなことが、許されていいわけがない。

 ラーシュの声が低く響く。

 

「命令したエルフは誰だ」

 

 セルドは首を振った。

 

「名は知らない。俺たちは名前で呼ばれないし、名を知る権利すらない」

 

「なら、特徴は?」

 

「……銀の髪。瞳は薄い緑。右手の人差し指に指輪をしている」

 

 銀髪のエルフは珍しいのかどうか、私には分からない。

 そして、特に珍しくないのだとしたら、瞳の色――薄い緑と合わせても、実りのある情報とは思えなかった。

 

 指輪にしてもそうだ。

 何かの家紋か、権力者の証でも刻まれていれば、捜すのにも役立つのに……。

 

 そんな事を考えていると、ラーシュが職員へ目を向けて言う。

 

「記録を当たれ。銀髪、薄緑の瞳、指輪。ギルドに出入りしたエルフの中に、該当があるかどうか」

 

「それだけの特徴では、絞るのも難しそうですが……やってみます」

 

 そう言って、職員が飛び出していく。

 セルドはその背を見送りながら、震えた声で続けた。

 

「俺は……試練の日に、もう一度動けと言われていた」

 

「何をするつもりだったの?」

 

 私が身を乗り出して詰問すると。セルドは唇を噛み、絞り出すように言う。

 

「……毒を打ち込む。魔獣を狂乱させる毒だ。剣虎狼(ウルガー)を群衆の中で暴れさせろ、と言われた」

 

 モンティが怒りで顔を赤くし、唾を飛ばす勢いで怒鳴る。

 

「ふざけんな……ッ!」

 

 でも、グレイスはどこまでも冷静で、モンティを腕で遮る。

 

「毒の種類は」

 

 セルドは視線を泳がせる。

 

「それは知らない……。だが、あくまでそれは、今回の件が失敗してから、という考えでいた。そして、失敗するとは、殆ど考えていないような口振りだった……」

 

 私は拳を握り締めて、口の端から細く息を吐く。

 分かっていた事だけど、今日の襲撃で終わりじゃなかった。

 

 まだまだ続けるつもりで、試練当日に大失態を犯させるつもりなんだ。

 それも、無関係の人達を巻き込む形で。

 

《リル……》

 

 ナナの声が、私の頭の中で鋭く響く。

 

《どんどん事が大きくなっていくわね。エルフのプライド故ってやつ? 失敗続きで、引っ込みが付かないだけかもしれないけど。……でも、アロガの牙が、誰かを傷付けたりしたら最悪よ》

 

(……分かってる)

 

 私が深呼吸して落ち着こうとしていると、ラーシュもまた深く息を吐いて、それから頷いた。

 

「……よく喋ってくれたな、セルド」

 

 その声は優しげだった……けど、どこか重い。

 

「お前の身柄はギルドが保護する。少なくとも、エルフに引き渡したりしないし、殺されることもない」

 

 セルドの目に、少しだけ涙が浮かんだ様に見えた。

 けど、それを隠す為か、すぐに顔を背けてしまう。

 

 でも、次の瞬間――。

 

 窓の奥――その更に奥から、ぱきり、という音が聞こえた。

 

 音が小さすぎて、私も最初は気のせいだと思ったけど――。

 でも、アロガの耳がぴくりと動いた。

 

 次に鼻を鳴らし、低い唸り声が漏れる。

 ――外だ。

 

 私は反射的に窓へ目を向けると、通りの向かい——屋根の上に、黒い影が立っているのを見つけた。

 

 夕暮れの光を背負い、細身の体躯が輪郭だけ浮かぶ。

 フードを被っているから、髪の色や人相までは分からない。

 

 でも、その手には弓が握られていて、矢尻が青白く光っていた。

 ——エルフだ。

 

 しかも、さっきまでの三人とは違う。

 上手く言えないけど、纏う空気が違う気がした。

 

 魔力の圧が、肌を刺す。

 私達の様子に気付いたラーシュが、怪訝そうに低く呟いた。

 

「……おい、どうした?」

 

 どうして分からないのか、そちらの方が不思議だった。

 私がどう答えるか迷っていると、影が窓越しに笑みを浮かべた。

 口元だけを歪める、嫌な笑いだ。

 

「ギルド長、余計なことをしたな」

 

 距離も随分あるのに、はっきりと声が室内に届いた。

 ラーシュはキョロキョロと辺りを見回す。

 

「ん……? この声、どこから……?」

 

「エルフの魔術だろう。距離に関係なく声を届ける、という」

 

「これがそうか……」

 

 グレイスがそう推測して、得心したラーシュは小刻みに頷く。

 

 誰もが音の出どころに気付かない中、私だけが気付くというのは、何だか不思議な気がした。

 でも、きっとこいつが――セルドの言った銀髪のエルフだ。

 窓向こうの影が、矢を番えたまま言う。

 

「返せ。今なら、命だけは助けてやる」

 

 ラーシュが笑った。

 それは、荒くて低い、達観を含んだ笑い声だった。

 

「……ふざけるなよ。幾らエルフによって作られたギルドとは言え、それも昔の話だ。今はヒトの手で運営されているし、貴様らの好き勝手を許しはしない」

 

 影のシルエットしか見えないエルフだけど、気配だけで、その目が細くなるのが分かった。

 

「ならば、仕方ない」

 

 その言葉と共に矢が放たれ、同時に私も叫んだ。

 

「伏せて!!」

 

 矢は窓を貫き、室内へ飛び込む。

 狙いは、拘束されて動けないセルド。

 

 ――やられる!

 

 そう思った瞬間、アロガが飛び込んだ。

 巨体が椅子ごとセルドを押し倒し、矢を牙で弾く。

 

 金属音と共に矢が床へ転がり――次の瞬間、爆発した。

 轟音と衝撃が身体を襲う。

 

 部屋の壁が揺れ、窓枠が砕け、火花が散った。

 私は吹き飛ばされ、床に叩きつけられる。

 

「ぐっ……!」

 

 視界が揺れる。

 耳鳴りもする。

 煙が充満する中で、エルフの声が静かに響いた。

 

「……ほう? よもや剣虎狼(ウルガー)が、盾になろうとはな」

 

 その声には、どこか楽しげな響きがあった。

 でも、それに続く言葉は冷たい。

 

「面白い。ならば、試練の日まで……存分に足掻け」

 

 影が、屋根から消えた。

 逃げた……と言うより、言葉通り、見逃されたのだろう。

 

 私は歯を食いしばり、立ち上がろうとする。

 でも、足が震えてうまく立てない。

 

 爆発の衝撃で内臓が揺れたのか、もっと別の理由があるのか。

 グレイスが咳き込みながら立ち上がり、窓へ駆け寄った。

 

「追うな!」

 

 だが、そう叫んでラーシュが制止する。

 

「いま追えば、またぞろ何があるかわからん。……それに、奴は“宣告”しに来ただけだろう」

 

 モンティが震える声で言う。

 

「宣告……?」

 

 ラーシュは拳を握り締めた。

 

「そうだ。奴は言った。試練の日まで、足掻けと」

 

 私は床に転がった矢の破片を見つめた。

 青白い魔力の残滓が、まだ揺らめいている。

 

 これが、エルフの本気——。

 今日までの襲撃は、前座に過ぎない。

 

 試練の日に、確実にもっと厄介な事をして来る。

 私は唇を噛み締めた。

 胸の奥で、恐怖が蠢く。

 

 でも、それ以上に――怒りが燃える。

 絶対に、負けない。負けられない。

 

 アロガが低く唸り、私の隣に立つ。

 その体温が、私の決意を支えてくれた。

 

 首筋を撫でていると、ラーシュが重い口調で言葉を落とす。

 

「……準備するぞ。ギルドの名にかけて、エルフの横暴を許すな」

 

 その言葉に部屋の全員が頷き、私は拳を握り締め、心の中で誓った。

 試練の日は、彼らの思い通りにはさせない。

 

 ――私たちは、必ず勝つ。

 

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