混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

371 / 371
銀の絆と王都の毒 その2

「うわぁぁっ!」

「魔獣が暴れるぞ!!」

「逃げろ!!」

 

 ――違う!

 

 アロガは暴れてない。暴れようともしてない。

 ただ、敵に対して、強く威嚇しただけだ。

 

 でも、群衆はそんな事まで理解しない。

 暴れ出すのでは、という恐怖だけが伝染していく。

 

 私は群衆に向けて、声の限りに叫んだ。

 

「違う! アロガは暴れない! 敵以外を傷付けたりしないッ!」

 

 でも、誰も聞いてくれなかった。

 沈静化する気配すら見せず、それどころか更に拡大していく。

 

《単なる混乱じゃないわね。最初の叫び声も、いま思えば何だか怪しかった。きっと、暗躍してるのがいるのよ》

 

(エルフのシンパとか言う……?)

 

《多分ね。そいつらが危険を煽って混乱させてるんだわ》

 

 悔しげに呻く中、次の影が動いた。

 毒煙の外側――広場の人混みの中で、ごく普通の市民服を着た男が、アロガへ近付こうとしている。

 

 その動きだけか、異様に滑らかだったから気付けた事だった。

 それに、一般市民と比べて動揺が少なすぎる。

 

 ある予想が頭の中を駆け巡り、私は強く睨み付けた。

 

 あれはきっと、“刺す役”じゃない。

 刺す役が失敗したから、次の手が動いたんだ。

 

 私は指先に魔力を集めて、細く、細く……風の糸を紡ぐ様に、見えない刃を形成する。

 

《やりすぎないでよ!》

 

 ナナが焦った様に叫ぶ。

 

《殺したら駄目よ! 今は証拠が必要!》

 

(分かってる……!)

 

 私は息を止めて、目標を定めた。

 狙いは首ではなく――手か、足だ。

 

 まず、動きを止める。

 風の刃が走り、男の手首を浅く裂いた。

 

「うぐッ――!?」

 

 男が呻き、突然傷付いた腕を見て驚愕する。

 それと同時に、私は叫んだ。

 

「そこ!! その人!!」

 

 ラーシュが即座に反応し、顔を周囲に向けてから、指を突き付けて怒鳴った。

 

「捕らえろ!!」

 

 近くにいた冒険者が飛びつき、男を押し倒す。

 男は抵抗しようとしたが、何かをする前に、グレイスが喉元へ剣を突き付けた。

 

「動くな。次は首を傷付けられたいか?」

 

 男が舌打ちと共に抵抗を緩めたのも束の間、その時、屋根の上で何かが跳ねる音がした。

 

 そこへ見張りの弓士から、悲鳴にも似た怒号を発する。

 

「逃げるぞ!! 屋根の上、銀髪――!!」

 

 私は反射で屋根を見上げた。

 そこに立つのは、昨日とよく似た影だった。

 

 銀の髪、薄い緑の瞳。そして手には、指輪の光が反射して見えた。

 

 あの時のエルフだ。

 そのエルフが、心底楽しそうに笑っていた。

 

「――面白いな」

 

 声が魔術で私に届く。

 

「獣人の娘。貴様は思ったよりも、よく出来る」

 

 私は剣を握り締め、叫び返した。

 

「今度は逃がさない!!」

 

 エルフは肩をすくめた。

 

「そうかね? まぁ、好きに吠えろ。犬らしくな。それより……」

 

 彼の指が、軽く鳴る。

 次の瞬間、捕らえられた男の身体が硬直した。

 

「……ッ!?」

 

 男の目が白目を剥き、次いで泡を吹く。

 身体が痙攣し、喉から声にならない音が漏れた。

 

 ――また魔術。

 そして、きっとこれが、“頭を壊す魔術”だ。

 

 セルドの言葉が脳裏に蘇ると同時に、私は叫んでいた。

 

「やめて!!」

 

 白衣の治癒士が即座に術式を唱え、治癒魔術を飛ばす。

 でも、男の痙攣は止まらない。

 

 エルフはそれを冷ややかに見つめ、薄く笑った。

 

「拾った道具が壊れるのは惜しいが……、余計な事を喋られるのは、もっと困る」

 

 そう冷徹に零してから、淡々と言い放つ。

 

「そして、思い知ると良い。力ある者に刃向かうと、どうなるのかを」

 

 エルフは弓を引き絞った。

 狙いは――私。

 

 青白い矢尻が、こちらへ向けられる。

 息を呑み、剣を構えたその瞬間――。

 

 アロガが、私の前へと踊り出た。

 巨体が盾となり、牙を剥く。

 

「アロガ、駄目!!」

 

 叫んだのに、アロガは動かない。

 

 ――必ず守る。

 そう決めた獣の背中が、私の視界を塞いだ。

 

 そして、エルフの矢が放たれた――けど、でも、その矢は途中で唐突に弾けた。

 

 空中で風が裂け、矢の軌道が歪み、それで逸れたのだと分かった。

 地面に突き刺さり、その直後、矢尻が爆発して砂埃が舞う。

 

 一拍遅れて、今のはナナのお陰だと気付いた。

 

《今よ! リル!!》

 

 私は歯を食いしばって、思い切り腕を伸ばした。

 遠過ぎて、走ったのでは逃げられるし間に合わない。

 

 だから、屋根の上へ向けて、風の魔力を最大まで引き絞った。

 刃ではなく、イメージしたのは罪人を縛る“縄”だ。

 

 風の糸を束ね、鞭のように伸ばす。

 それは屋根の縁を叩き、エルフの足元を絡め取った。

 

「……ッ!?」

 

 銀髪のエルフの眉が、初めて動いた。

 驚愕と共に彼の足が止まり、体勢が崩れる。

 

 その隙を逃さず、屋根の上の弓兵が矢を放った。

 矢はエルフの肩を掠め、血が飛ぶ。

 

「……なるほど」

 

 エルフは笑った。

 傷を負っても尚余裕で……だからそこか、その笑みは崩れない。

 

「器用な事をする。中々に厄介だ」

 

 彼が指輪に触れ、淡い光を灯すと、次の瞬間、風の糸が霧散した。

 きっと、そういう魔術秘具なんだろう。

 

 ――でも、十分だ。

 

 今の一撃で、奴は“安全圏”から狙撃する余裕を失った。

 警備の弓兵が、完全に狙いを定めている。

 

 エルフもまた、己の不利を悟ったらしく、屋根の反対側へと下がって行く。

 

「今日はここまでにしよう」

 

 そして、薄い緑の瞳で私を見下ろす。

 

「――チャンスはこれ一度限り、という訳でもなし。私は、もっと面白い結末を期待している」

 

 そう言い残し、奴は屋根の陰へ消えた。

 追いかけるべきか――そう考えた途端、頭の中からナナの声が響いた。

 

《放っておきなさい。下手に追うのは危険だわ。それより、気にする事があるでしょう》

 

 私は息を吐き、膝が震えるのを叩いて叱咤する。

 

(……うん、広場の混乱は、まだ完全には収まってない)

 

 でも、致命的な惨事は防げた。

 そう思っていると、ラーシュの怒号が聞こえてくる。

 

「落ち着け!! 暴れてねぇだろ、良く見ろ!! 剣虎狼(ウルガー)は制御されてる!!」

 

 それと同じくして、グレイスが捕らえた男を蹴り倒し、周囲に向けて叫んだ。

 

「証拠を確保した! 毒針だ! これが奴らの手口だ!!」

 

 その朗報に、少し安堵したのも束の間、治癒士からは悲痛な叫びが聞こえて来た。

 

「……駄目です。意識はもう薄く……、反応がありません。これでは、もう……!」

 

 最後にエルフが使った魔術は、もしかしたら、もっと酷いものだったのかもしれない。

 それこそ、命まで奪ってしまうような……。

 

 私はアロガの首に両手を置いた。

 

「アロガ、大丈夫?」

 

 アロガは鼻を鳴らし、私の手に頬を擦りつけた。

 その温かさに、私はようやく実感する。

 

 ――守れた。

 そして、広場に集まった誰もが見た。

 

 エルフが毒を使い、妨害したこと。

 ギルドがそれを止めたこと。

 

 そして、アロガが暴れたのではなく、“狙われた”ことを――。

 ラーシュが、血走った目で空を睨みながら吐き捨てた。

 

「……いいぜ。幾ら気にしねぇって言っても、証人は山ほどいる」

 

 私は剣を仕舞うと、木柵の中――試練の場を見た。

 集まった人数は、もう半分程に減ってしまったけれど……。

 

 でも、アロガはギルドに認められた、正式なパートナーだと知らしめなければならない。

 

 私は声を張って尋ねた。

 

「ラーシュさん……この場合、どうなりますか?」

 

 一瞬だけ考え込む仕草を見せ、それから困ったように笑った。

 

「まぁ実際、さっきのでアロガはしっかり言う事を聞く、と証明されたようなもんだしな……。そこについては、問題なしとして良いだろう!」

 

 そう言って、広場全体に響く声で宣言した。

 

「――この剣虎狼(ウルガー)が、やみくもに暴れなかったのは見ての通りだ! ヒトに囲まれ、誰が敵で、また味方か分からん状況でも、制止の言葉を聞いて、よく堪えていた!」

 

 今も尚、泰然としているアロガの姿を見て、散り散りになった群衆が、元に戻ろうとしている。

 

 恐怖ばかりの状況とは違い、今は少し冷静になったのもあって、ある程度話を聞く気になった様子だ。

 

「今の妨害行為、全員見ただろう! 魔獣を従えられた者は、S級への資格を得る! 

だが、それを良しとしなかったから、今回のこれが起きた!」

 

 群衆が、怒りと興奮でざわめく。

 私はアロガの隣に立ち、木柵の中へ踏み出した。

 

 ラーシュの演説は続く。

 

「冗談じゃない! ギルドに定められた、正式な試練だ! 魔獣を従え、その安全性を示す! 今回の件で、それは間違いないと、ギルドとして認めるものとする!」

 

 私が一礼すると、冒険者達を中心として拍手が起こる。

 グレイスは控え目なものだが、モンティはバンバンと激しく手を叩き合わせている。

 

 いつの間にやら、その横にはミーナちゃんもいて、やっぱり激しめの拍手を送ってくれていた。

 

 ――でも、そこで終わりではない。

 群衆の間を掻き分けて、ある人物が現れたからだった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する(作者:霧夢龍人)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

なお、しっかりと飼い主♀に襲われる模様。▼カクヨム、なろうでも連載してます▼R18版投稿しました↓↓↓▼https://syosetu.org/novel/410361/#


総合評価:10551/評価:8.4/連載:110話/更新日時:2026年06月15日(月) 17:55 小説情報

この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」(作者:庫磨鳥)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

美少女が謎の生命体と戦うソシャゲみたいな世界で、『謎の生命体』として生きていくことになった主人公が色々と活躍するお話。▼【二・五章完結】▼※カクヨムにも投稿を始めました▼登場人物の短編を別枠で投稿しているものがありますので、よろしければこちらもご覧ください。▼[くるがい ストーリー集]https://syosetu.org/novel/306231/▼活動報…


総合評価:49049/評価:8.95/連載:101話/更新日時:2025年06月11日(水) 18:00 小説情報

創世のアームズ・ディーラー〜現代と異世界を駆け回る貧乏高校生の武器商売奮戦記!(作者:大和タケル)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

【現実味のあるファンタジーを求める貴方に、超ロマンを届けます!】▼ 西暦2030年、太陽フレアがきっかけで地上に魔物が現れた。自衛隊が交戦するも全く歯が立たず、お手上げ状態。そんな折、一人の青年が覚醒する。▼ 貧乏な高校生、大和創真が手にしたのは先祖の英霊と異世界への扉。▼ 脅威が迫りくる現代。彼は魔物に抗う武器を求めて異世界へと旅立った。自衛隊へ売る為に。…


総合評価:15/評価:3.29/連載:36話/更新日時:2026年03月15日(日) 20:16 小説情報

【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~(作者:不破ふわる)(オリジナル現代/ホラー)

上位存在に日替わりで性別をコロコロされる生贄系転生者が、因習村を抜け出して怪異風味の現代ダンジョンに殴り込み(強制)を仕掛ける話。


総合評価:23560/評価:9.01/連載:174話/更新日時:2026年08月18日(火) 20:00 小説情報

異世界でチート美少女になればやり直せると思ってたけど燃え尽きた(作者:暁刀魚)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

どんな人生を送っていても、異世界でチート美少女になればやり直せると思っていた。▼でも実際にそうなった時、ミツキは自分の生き方を変えようとして挫折した。▼そして逃げるように冒険者となった時、気づいてしまったのである。▼力も容姿も手に入ってしまったから、これ以上を望む必要がない、と。▼今の彼女に残っているのは、いかにノンストレスに生きるかということだけ。▼これは…


総合評価:19041/評価:8.81/連載:46話/更新日時:2026年08月17日(月) 18:05 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>