混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

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銀の絆と王都の毒 その5

 目の前に伸びる白茶色の街道は、遥か地平線の先まで続いている。

 見上げる空はどこまでも高く、自由と、それと同じくらいの不安が、私の胸を占めていた。

 

 しばらく歩いていると、街道脇で待機していた一台の馬車が見えてきた。

 その側面に描かれているのは、ベントリーさんの商会の紋章だ。

 

「リルさん、こちらです!」

 

 御者台から身を乗り出して、手を振っているのは若い御者だった。

 何だか頼りなさそうに見えるけど、あのベントリーさんが任せるくらいだから、それなりの人物なのかもしれない。

 

「……どうしたの? 何か困りごと?」

 

「いえ、旦那様の計らいです。王都へ向かう商隊に、これから合流するので、どうせなら便乗されてはどうか、と……」

 

「そっか……、ありがたいね」

 

 私がアロガに向けて言うと、不満そうに鼻を鳴らした。

 アロガはその巨体故、当然荷台には乗れない。

 

「アロガ、どうせなら自分に乗れって、思ってる?」

 

 アロガは馬車を一瞥し、頷き代わりに鼻から勢い良く息を吐いた。

 

「普段なら、そうしても良いんだけど……」

 

 今は他人の目があるし、何より互いに別方向を警戒しておいた方が良い。

 

「もう妨害はない……なんて思ってられないもの。アロガに乗ってると、いざって時、躱せなかったりするでしょ? だから、アロガはそっちの方を見てて」

 

 私が指差すのは、馬車の進行方向に対して左側だった。

 そして、私は荷台から逆方向を警戒する。

 

 見えるのは、だだっ広い草原だけだけど、今は警戒し過ぎて、し過ぎるという事はないはずだ。

 

 私が荷台に乗り込んで、御礼と共に手を振ると、馬車はゆっくりと歩き出した。

 馬はアロガを酷く警戒していて、今にも逃げ出そうとしている。

 

 力ある魔獣が傍に居るだけで、獣は酷くストレス受ける……と、お母さんは教えてくれた。

 

 ――あの時は森獣を手放すしかなかったけど……。

 あの馬の様子を見ていると、今更ながらにお母さんは正しいことをしたんだと分かった。

 

 お母さん……。

 今や遠い過去となってしまった事に思いを馳せる。

 でもすぐに、頭の中でナナの声が響いた。

 

《ようやく出発ね。……ねぇ、リル。あの老婆の言葉、気にしてる?》

 

 ナナはいつも通り冷静な声音だったけど、でも少しだけ面白がっているようにも聞こえた。

 

(……“二つの顔を持つ男”、でしょ?  気にしない方が無理だよ)

 

《“言葉と法という名の毒”、か……。確かに、剣が届かない相手ほど厄介なものはないわ。――でもリル、忘れないで。いつだって、あたしとアロガは、頼りになる相棒なんだからね》

 

(……物騒な言い方しないでよ。でも、そうだね……)

 

 私は懐に仕舞った、あの透明な水晶に触れた。

 リェーシェ婆が言っていた“心の光”。

 

 それこそが、王都という権謀術数渦巻く場所で、私とアロガが自分たちを見失わないための道標かもしれない。

 

 

  ※※※

 

 

 警戒すると言いつつも、いつまでもその緊張が続くはずもなく――。

 いつの間にやら、馬車が揺れるに任せて、私は流れていく景色を眺めるだけになっていた。

 

 緑の草原が続き、時折、遠くに古い遺跡や小さな村が見える。

 

「……ねぇ、アロガ」

 

 荷台のすぐ横で併走――というより、併()していたアロガが、片方の耳をこちらに向けた。

 私はその毛並みに指を沈ませ、温かな方熱を感じながら言う。

 

「お母さんの剣を取り戻すのに、西の地へ行く。……その為には、きっと、もっと頑張らなきゃいけないんだよね。S級の人たちって、どのくらい強いんだろ」

 

 アロガは目を向けず、ただ静かに尻尾を一度だけ振った。

 まるで、気にするな、とでも言うかのように。

 

 そして、全て任せろ、とでも言いたげな、自信に満ちた雰囲気を発した。

 馬がまた怯えて、馬車がグラリと揺れる。

 

「もぉ~、アロガぁ~……」

 

 苦笑しながら、毛並みを叩く様にして漉く。

 まだまだ、王都までは時間が掛かりそうだった。

 

 

  ※※※

 

 

 今はすっかり王都行きの商隊と合流し、気軽な道行きを楽しんでいる。

 

「これだけ立派な剣虎狼(ウルガー)と一緒なんだ。危険の方から避けてくれるだろう」

 

 そう言って、商隊のリーダーは笑ったものだ。

 それは護衛の冒険者も一緒で、既に話を聞いていた彼らは、多少おっかなびっくりではあったものの、その堂々たる姿に惚れ惚れしていた。

 

 そうして、旅が始まって二日目の夕暮れ時――。

 前方を走っていた護衛の冒険者が、鋭い口笛を鳴らした。

 

「おい、見ろ!  検問所があるぞ!」

 

 沈みゆく夕日に照らされて、木の杭を幾つも打ち込み、急ごしらえで作られた関門が見えてきた。

 ここを越えれば、いよいよ王都の管轄内に入るらしい。

 

 前にも一度通ったはずなのに、記憶にないのは何故だろう。

 そんな小さな呟きを、御者の青年が耳聡く拾って答えてくれる。

 

「別に珍しくないですよ。関が設けられれば、その分だけ税の徴収が出来るわけてすからね」

 

「それって、行き来し辛くならない?」

 

「なりますね。その分だけ商品の値段も上がりますし……。特に最近は、街の再建が上手く行って羽振りが良いですから」

 

「そうなの?」

 

「うちから“紫銀の試験紙”が多く輸出できるようになったのも、理由の一つですよ」

 

 そう言って、青年は笑った。

 

「作れば作るほど売れるので、我らが商会は過去最高益を更新し続けています。……で、その旨みを貰い受けようって、国としては考えたんでしょうね」

 

「イヤだね……」

 

「ま、仕方ないですよ。関があれば、野盗なんかも出なくなりますし、安全性を保たれるって意味もありますから、邪険にし過ぎるのも考えものです」

 

「色々……複雑なんだね。森とは大違い……」

 

 あっちはもっと、単純だった。

 商売なんてしてないから、それはそうだと思うけど……。

 

 でも、妖精達が精霊界に帰る時、関なんて作ろうとは思わない。

 お互い、それが当然だと思っていたけど、国って言う大きな家を維持するには、必要な事なんだろうか。

 

 ――ヒトの世界は面倒くさい。

 妖精も言ってた事が、今更ながら一つ理解できた気がした。

 

 そんな事を考えていると、関がもう目の前まで来ていた。

 でも、門番たちの様子が、少しおかしい。

 

 商隊を歓迎する風でもなく、どこかピリついた空気でこちらを睨みつけている。

 

「……アロガ」

 

 私は短剣の柄にそっと手をかけた。

 王都へ着く前から、もう“毒”の気配が漂い始めている。

 

 リェーシェ婆さんの予言――。

 “二つの顔を持つ男”との出会いは、案外すぐそこまで来ているのかもしれない。

 

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