混沌の魔女と獣人の子   作:鉄鎖亡者

381 / 381
偽りを切り裂く刃 その4

 広場を抜け、大通りへと続く白石の道を歩いていると、前方から見覚えのある馬車がみえた。

 

 その馬車が、いささか慌てた様子でこちらへ駆けて来て、私達の目の前で停車する。

 

「リルさん! それに……まさか、カトリーヌ様も!?」

 

 御者台から身を乗り出すようにして声を張り上げたのは、ベントリーさん使いである、あの青年だった。

 

 彼は興奮気味に息を切らせながら、座席から飛び降りる。

 

「ギルド本部へお迎えに上がったら、すでに法務院へ向かわれたと聞いて、肝を冷やしましたよ……! ご無事でしたか!?」

 

「うん、大丈夫。――ほら、ちゃんと書類も貰えたよ」

 

 私が手にした公式の書類を見せると、青年は目を見開いた後、心の底から安堵したように胸を撫でおろした。

 

「信じられない……。あの偏屈揃いで知られる法務官から、一発でこれをもぎ取るなんて。……一体どうやったんですか?」

 

「アタシらのハッタリと、この大きなワンちゃんの実力勝ちさ」

 

 カトリーヌさんが、わははと笑い、アロガの頭を今度こそ強引にガシガシと撫で回した。

 

「ウゥ……」

 

 アロガは嫌そうな声を漏らしたけれど、彼女に悪意がないと分かっているからか、噛み付こうとはしなかった。

 

 ただ、助けを求めるように、私へ冷ややかな視線を送ってくるだけだ。

 

「もぉ、カトリーヌさん、アロガが困ってます。……でも、本当にカトリーヌさんが居てくれて助かりました」

 

「礼には及ばないさ。アタシはただ、あいつらの苦虫を噛み潰した顔が、見たかっただけだからね。……さて、と」

 

 カトリーヌさんはそこでアロガから手を離し、ぐるりと周囲の街並みを見回した。

 

「アタシの同行はここまでだ。お偉方の『資格審査』は明日の朝から始まる。流石にアタシがずっと張り付いている訳にもいかないからね。今日のところは、その宿とやらに行って、泥のように眠るこった」

 

「明日の審査って……具体的には、何をするんですか?」

 

 私の問いに、カトリーヌさんは少しだけ真剣な目付きになって、声を潜めた。

 

「形式上は、ギルド上層部と評議会の代表、それに魔術学園の偏屈どもの前での『面接』する、ってことになる。実力を測るために、彼らの用意した試験官(おもちゃ)と戦わされることもあるな。……だが、一番厄介なのは、あいつらが言葉の端々に仕込んでくる『罠』だよ」

 

 ――罠。

 その不穏な響きに、私の耳が自然と伏せる。

 

「アンタの素性、獣人としての立場、魔獣を連れていることの危険性……。あらゆる角度から、アンタが『S級に相応しくない』という言質を取ろうとしてくる。明日もゼノスや、一緒に居た法務官みたいな奴らが、手ぐすね引いて待ってるはずさ。……だから、今夜はしっかり頭を休めなきゃいけない」

 

「……分かりました。色々と、ありがとうございました」

 

 私が深々と頭を下げると、カトリーヌさんは笑って短く手を振り、そのまま雑踏の中へと消えていった。

 

 その背中は、どこまでも堂々としていて、これが本当のS級なんだ、と教えてくれる。

 素直に格好良い、とそう思った。

 

 

  ※※※

 

 

 青年の運転する馬車に揺られ、私たちはようやく『鹿の蹄亭』へと到着した。

 案内された中庭付きの離れは、昨日も使ったはずなのに、どこか新鮮に感じられる。

 

 改めて見ると静かで、とても落ち着く場所だった。

 

 高い石壁に囲まれた中庭には、青々とした芝生が敷かれていて、アロガが寝転がるのにも十分な広さがある。

 

「リルさん、お食事はどうされますか? 部屋までお持ちすることも出来ますが」

 

「あ、じゃあ、そうして貰えるとありがたいです。アロガと一緒に食べたいので」

 

「かしこまりました。王都名物の極上肉を、アロガさんの分も含めて、特大サイズで用意させますね!」

 

 青年はそう言って、快活に笑いながら本館へと戻っていった。

 

 部屋の重い木扉を閉めると、どっと、一気に疲れが押し寄せてきた。

 私はそのまま、ふかふかのベッドへ仰向けに倒れ込む。

 

 アロガもまた、私のすぐ傍の床に、大きな体体躯を丸めるようにして横たわった。

 

「……はぁ。本当に、ヒトの世界って疲れるね」

 

 寝返りを打って、天井を見つめながら呟くと、視界の端から、すうっとナナが姿を現した。

 

 そうして、部屋に設置された豪奢な椅子に、さも当然のように腰を下ろす。

 

「だから言ったでしょう? 言葉の戦いっていうのは、剣を振るうよりもずっと神経を使うのよ。でもね、リル。今日のあんたの機転は、お母さんにも負けてなかったわよ」

 

「……そうかな?」

 

「ええ。エルフの用意したくだらない二択を無視して、アロガの『威圧』だけで解決するなんて。あのゼノスって男の顔、今思い出しても傑作だわ」

 

 ナナがふふっ、と意地の悪い笑みを浮かべる。

 その言葉に、私の胸のモヤモヤも、少しだけ晴れていくような気がした。

 

 懐から、お母さんの首飾りを取り出してみる。

 夕暮れの光を浴びた石は、今は静かに、ただ透明な輝きを放っていた。

 

(お母さん……、見守っていてね。私……あいつらの毒に、染まったりしないよ……!)

 

 アロガが、ふいにと金色の瞳を開け、私の手元にある水晶をじっと見つめた。

 それから、安心させるように、私の足元にそっと大きな頭を擦りつけてくる。

 

「うん、大丈夫。私には、アロガも、ナナもいるもんね」

 

 私はアロガの銀灰色の毛並みに指を沈め、その心地よい温かさを噛み締めた。

 

 明日になれば、またあの冷たい、正解のない戦いが始まる。

 けれど、私の心にある“光”と、相棒達との“絆”がある限り、私は絶対に自分を見失ったりしない。

 

 窓の外、少しずつ夜の帳が下りていく王都の街並みを眺めながら、私は明日の決戦に向けて、静かに闘志を燃やした。

 

 

  ※※※

 

 

 翌朝、窓から差し込む鋭い朝の光が、私の瞼を押し上げた。

 不思議と頭は冴え渡っている。

 

 ベッドから起き上がると、気配を察したアロガが、大きなあくびをしながらのっそりと身を起こした。

 

「いい朝ね、リル。……戦闘準備は万端かしら?」

 

 ふわりとナナが現れて、挑戦的な声が響く。

 でも、その声音からは、私と同じように小さく張り詰めた緊張感が伝わってきた。

 

「――うん。いつでもいけるよ」

 

 私は鏡の前で、頭の耳と尻尾を軽く整え、お母さんの首飾りを服の内側にしっかりとしまい込んだ。

 

 革鎧のバックルを締め直すと、胸の奥でカチリと何かが切り替わる。

 部屋を出ると、宿の青年がすでに馬車を仕立てて待っていた。

 

 彼の顔には、昨日とは違う、どこか神妙な色が浮かんでいた。

 

「リルさん……。本日の審査会場ですが、ギルド本部ではなく、評議会直轄の『白亜の公会堂』に変更されたそうです。……かなり異例の措置だと、朝一番にギルドからの伝令が来ました」

 

「公会堂……。やっぱり、最初から普通に審査する気はないんだね」

 

 私が呟くと、アロガが威嚇するように低く喉を鳴らした。

 カトリーヌさんの言っていた通り、あの権力者たちは、法務院での面子を潰されたことを、根に持っているらしい。

 

「カトリーヌ様は、緊急依頼で今朝早くに王都を発たれたそうです。……本当に、お一人で大丈夫ですか?」

 

 心配そうに顔を曇らせる青年に、私は無理に作ったものではない、まっすぐな微笑みを返した。

 

「大丈夫です。元から、カトリーヌさんには、付き添えないって言われてますから」

 

「でも、こうもあからさまだと、カトリーヌ様だってよく思わないでしょう。事情を知れば、きっと苦情の一つも……」

 

 そこまで言って、あっと口を抑える。

 

「だから、緊急依頼なのか……。余計な横槍を嫌がったんだ……! リルさん、行くのは危険かもしれません!」

 

「だとしても、行きます。逃げてどうなるものでもないし、逃げたら嬉々として冒険者資格すら剥奪してくるかもしれません。だから、私とアロガは戦わないといけないんです。――さ、行きましょう」

 

 

  ※※※

 

 

 馬車が到着した場所は、街の喧騒から隔絶された、冷徹なまでの静寂が支配する巨大な円形建築物だった。

 

 石の柱が立ち並ぶ通路を、案内人に従われて進む。

 アロガの爪が爪音を立てるたび、高い天井にその音が不気味に反響した。

 

 やがて、重厚な鉄の扉が、行く手を阻むように現れる。

 そこで案内人の役人が無機質に告げた。

 

「これより『特例S級資格審査』を執り行う。リル殿、ならびにその随伴個体。……入りなさい」

 

 重い音を立てて扉が開く。

 一歩足を踏み入れたそこは、すり鉢状になった広大な円形審議場だった。

 

 中央の舞台(テラス)は容赦なく冷たい光に照らされ、それを見下ろす半円形の雛壇には、十数人の“王都の権力”が並んでいる。

 

 豪奢な法衣を纏った評議会の老人たち。

 奇妙な魔導具をいくつも身につけた、魔術学園の偏屈そうな魔術士たち。

 

 そして――。

 

「……遅かったな、地方の迷子(まよいご)よ」

 

 雛壇の中央、最も高い席から見下ろしていたのは、純白の騎士服みたいな格好で身を包んだ男だった。

 

 整った金髪に、すべてを見透かしたような冷徹な琥珀色の瞳。

 得も言われぬ威圧感がって、只者でないのはすぐに分かった。

 

「私こそが、S級第一位の冒険者であり、この王都で治安維持の重責を預かる――アレクシス」

 

 彼の姿を認めた瞬間、私の懐の水晶――婆に貰った方の水晶が、これまでにないほど激しく、警戒を促すように冷たく脈打った。

 

「アレクシス……」

 

 私がその名を小さく呟くと、彼は誇り高く堂々とした様子で顎を引いた。

 

「ギルド長やベントリー商会の推薦状、さらには法務院の通行許可書。数々の手続きを、機転を利かせて這い上がってきたりその執念は実に見事だ、認めよう。……だが、ここから先は『言葉の遊び』では進めない」

 

 アレクシスが軽く手を挙げると、彼の背後に控えていた魔術士たちが、一斉に複雑な呪文を唱え始めた。

 

 審議場の壁に刻まれた魔法陣が起動し、空間そのものが、ねじ切られるような圧力を帯びていく。

 

「これより始めるのは、貴様が真に『S級』という、国家最高戦力の一角を担うに足る存在か否かの査定だ。……まずは、その武力を見せて欲しい」

 

 アレクシスの冷酷な声が響き渡ると同時に、私たちの正面にある床が大きく割れ、地下から“何か”がせり上がってきた。

 

「あれって……」

 

 それは、全身を黒銀の重装甲で覆われた、不気味な巨躯を持つ人型のゴーレムだった。

 

《リル、気を引き締めなさい。あの人形、ただの鉄屑じゃないわ。……体内に、強烈な『魔力喰い』の核が仕込まれている。もしかすると、アレが噂の――魔術学園が誇るっていう、対魔獣用自律兵器、なのかも》

 

 ナナの警告が脳裏を走る。

 

 見上げる雛壇の老人たちは、誰もが品評会の家畜を見るような、あるいは獲物が罠にかかるのを待つような、好奇の視線をこちらに向けていた。

 

 私は、お母さんの首飾りを服の上からそっと抑え、アロガと視線を交わす。

 言葉の罠を通り抜け、今度は“力”による、彼らの傲慢な洗礼が始まろうとしていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

進化したら人外系お姉さんになる雑魚モンスの俺、飼い主♀の性癖を破壊する(作者:霧夢龍人)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

なお、しっかりと飼い主♀に襲われる模様。▼カクヨム、なろうでも連載してます▼R18版投稿しました↓↓↓▼https://syosetu.org/novel/410361/#


総合評価:10552/評価:8.4/連載:111話/更新日時:2026年09月05日(土) 14:39 小説情報

この苦しみ溢れる世界にて、「人外に生まれ変わってよかった」(作者:庫磨鳥)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

美少女が謎の生命体と戦うソシャゲみたいな世界で、『謎の生命体』として生きていくことになった主人公が色々と活躍するお話。▼【二・五章完結】▼※カクヨムにも投稿を始めました▼登場人物の短編を別枠で投稿しているものがありますので、よろしければこちらもご覧ください。▼[くるがい ストーリー集]https://syosetu.org/novel/306231/▼活動報…


総合評価:49087/評価:8.95/連載:101話/更新日時:2025年06月11日(水) 18:00 小説情報

悪役令嬢の私が追放された先の世界で機械人形に乗って無双しますわ~!(作者:エスカド)(オリジナルSF/冒険・バトル)

アーデニアム公爵令嬢レタリアは、聖女と崇められる妹を階段から突き落としたという冤罪で、転送魔法による追放刑に処された。▼――だが、光に包まれた先で彼女を待っていたのは、遠い異国ではなく、全方向に星々が輝く「宇宙」という名の未知の世界だった!▼言葉も通じず、ならず者に捕らえられ、ボロボロの機械人形(マキナ)に「囮」として押し込められるレタリア。しかし、彼女の「…


総合評価:204/評価:7.33/連載:127話/更新日時:2026年09月08日(火) 11:58 小説情報

異世界魔女の配信生活(作者:龍翠)(オリジナルファンタジー/日常)

【お知らせ】書籍版好評発売中です!▼精霊の森と呼ばれる森に小さな魔女が住んでいました。▼その魔女は師匠から一つの魔法を与えられます。▼その魔法は配信魔法。師匠の故郷に声と映像を届ける不思議な魔法です。▼小さな魔女は配信魔法でのんびりまったり楽しみます。▼配信で魔法を見せて、投げ菓子という不思議な仕組みでお菓子をもらったり。▼視聴者さんが言う料理に興味を持って…


総合評価:10405/評価:8.74/完結:580話/更新日時:2026年09月09日(水) 17:35 小説情報

【8/24 1巻発売!】因習村出身でも現代ダンジョンでなろう系をやれますか?~俺の後ろの上位存在があまりにもラスボスすぎる~(作者:不破ふわる)(オリジナル現代/ホラー)

上位存在に日替わりで性別をコロコロされる生贄系転生者が、因習村を抜け出して怪異風味の現代ダンジョンに殴り込み(強制)を仕掛ける話。


総合評価:23835/評価:9.01/連載:185話/更新日時:2026年09月09日(水) 20:00 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>