ゴゴゴ……、と地響きを立てて完全に姿を現したゴーレムは、見上げる程に巨大だった。
黒銀の装甲には、魔術が刻まれた事を示す、複雑な術式がびっしりと刻まれている。
その頭部に当たる部分に、ぽつりと一つ、血のように赤い魔導光が灯った。
それと同時に、カチリ、と硬質な起動音が審議場に響き渡る。
その瞬間、部屋全体の空気が一変した。
肌を刺すような寒気――。
法務院の舞台でも感じた、あの魔力を吸い上げられる不快な感覚が、数十倍もの密度になって押し寄せてきた。
「う、く……っ」
立っているだけで、体内の活力がじわじわと削られていくのが分かる。
アロガも低く唸り、牙を剥き出しにして黒銀の巨躯を睨みつけた。
銀灰色の毛並みが、立ち込める重圧に抵抗するように逆立っている。
「起動を確認。対魔獣用自律兵器――『ロスタ・グレイル』」
雛壇の最上段から、アレクシスの硬質な声が降ってきた。
彼は椅子の背にもたれかかったまま、冷徹な琥珀色の瞳で私を見下ろしている。
「その人形の核には、あらゆる魔力を無尽蔵に喰らい尽くす『吸魔の心臓』が組み込まれているんだそうだ。魔獣の強力な
アレクシスは淡々と、公正さを感じさせる声音で——けれど、絶対的な敗北を突きつけるように言葉を続けた。
「審査の条件は単純だ。その『ロスタ・グレイル』を完全に沈黙させるか、何らかの力で無力化させるかだ。……獣人の少女よ、貴様らの誇る『未知の暴力』が、王都の魔術の結晶を前にどこまで通用するか、見せて欲しい」
その言葉を合図とするように、ゴーレム――ロスタ・グレイルが、重厚な足音を響かせて一歩を踏み出した。
ドォン、と床が揺れる。
標的は言わずもがな……、完全に私とアロガに絞られていた。
《リル、まともに魔法を使うのはダメ。魔力を込めるのも、止めておくのが賢明ね。武器に込めた魔力ごと、一瞬で吸い取られて体勢を崩されるわ!》
頭の中に響くナナの警告に、私は小さく顎を引いた。
今、私にあるのは、家の武器庫から拝借した剣と弓矢だ。
素人目で業物だと思ったのを選んだだけだから、特殊な能力とかはないと思う。
矢については、自分の弱点を補おうと、それぞれ違う属性が付与されている。
元々、ゴーレムに矢は通じにくい上に、折角の付与が完全に裏目だった。
だから、残された手段は魔力による強化だったのに、それが使えないとなれば……。
後は自分の身体能力と、アロガの純粋な“爪と牙”の力だけで挑むしかなくなる。
「アロガ、いくよ……! 正面は任せたからね!」
私が叫ぶと同時に、アロガが弾かれたように地を蹴った。
魔力を吸い上げる空間など関係なく、銀の流星となったアロガが、ロスタ・グレイルの胸元へと肉薄する。
鋭い爪が、黒銀の装甲へ向かって一閃した。
ガギィィィンッ!!!
激しい火花が散り、鼓膜を震わせる金属音が審議場に反響する。
アロガの一撃は、確かにロスタ・グレイルの巨躯を数歩よろめかせたけれど――。
装甲には、白い引っかき傷がついただけで、致命的なダメージには程遠かった。
「ギ、ガ、ギ……」
ロスタ・グレイルはよろめきながらも、その丸太のような剛腕を容赦なく振り下ろしてきた。
空気を引き裂きながら、大質量が襲う。
アロガは寸前で後ろに跳躍して回避したけど、風圧だけで私の髪が大きく煽られた。
(硬すぎる……! それに……触れた瞬間、アロガの動きが僅かに鈍った?)
その瞬間を見逃さなかった。
アロガの爪が装甲に触れた時、その身体を覆う野生の魔力が、目に見えてロスタ・グレイルへと吸い込まれていったのだ。
魔獣とは――。
名前の通り、魔力を擁する獣の事。
ヒトが習うまで扱えないその制御を、本能的に使用できる。
でもだからこそ、その制御力は訓練したヒトに及ばず――だから接触するだけでも、その力を奪われた。
まさに魔獣の天敵とも言える兵器だった。
雛壇の老人たちが、それを見て満足げにニヤニヤと笑い始める。
「やはりな」「いくら強力な魔獣とて、学園の最高傑作の前には無力だ」「エルフから技術支援を受けてから、性能は五倍増しなった」「エルフにでかい顔を……と、嘆く者の気持ちが分からんよ」「西方の技術を愚鈍に吸収する良い機会ではないか」
彼らの嘲笑が、視線となって突き刺さる。
でも、アレクシスだけは笑っていなかった。
ただじっと、冷徹に、私たちの出方を見極めようとしている。
「……ハァッ!」
私はアロガが引いた隙を突き、ロスタ・グレイルの死角へと回り込んだ。
狙うのは、関節の隙間。
いかに硬い装甲で覆われていようと、動くための継ぎ目には必ず隙があるはず。
鋭い踏み込みから、手に握った剣をロスタ・グレイルの膝の裏へと突き立てた――!
キィィンッ!
「そんな……!?」
手応えは最悪だった。
隙間を狙ったはずの剣先は、目に見えない魔力の膜のようなものに阻まれ、滑るように弾かれてしまったのだ。
「無駄だ、獣人の子」
雛壇の一角から、いかにも尊大な老魔術士が声をあげた。
「関節部には幾重もの『
ロスタ・グレイルが、背後にいる私へと不気味に首を回した。
赤い魔導光がギラリと光り、巨大な拳が、私の頭上へと振り上げられる。
《リル、後ろに!!》
「くっ……!」
回避が間に合わない。
その衝撃に身構えた瞬間――私の前に、巨大な銀の壁が割り込んだ。
ドゴォォンッ!!!
アロガがその強靭な肩で、ロスタ・グレイルの拳を受け止めていた。
凄まじい衝撃波が舞台を走り、足元の石床が蜘蛛の巣状にひび割れる。
アロガは押し込まれそうになりながらも、太い四肢でぐっと踏ん張り、力比べで互角に持ち込んでいた。
「グルゥゥゥ……ッ!!」
アロガの金色の瞳が、激しい怒りと共に輝く。
だけど、このままではアロガの力がどんどん吸い取られていってしまう。
(何か……何か方法があるはず。あいつの『吸魔の心臓』を、逆に利用するような方法が……!)
私は必死に頭を回転させた。
懐の水晶が、ドクドクと、まるで心臓の鼓動に呼応するように熱を帯びていく。
このリェーシェ婆さんに貰った水晶は、ただの警告器じゃない。
リェーシェ婆さんが言っていた、“心の光”を形にするための……。
私は、アロガの背中越しに、黒銀の怪物を睨みつける。
そうして、改めて弱点か何か探した時——。
その胸の奥で、不気味に脈打つ“紫色の核”を見つけた。